2017-10

「女だらけの戦艦大和」・海色の瞳1 - 2013.01.28 Mon

――「女だらけの大和」には英語の堪能な士官二人がいる。

 

その一人は岡沢中尉といい、親の仕事の関係で幼いころから米国で過ごした人で以前「シ―・ドーベルマン」(捕鯨反対団体)の妨害攻勢の際も外国人船長相手に活躍した人である。

その素晴らしい行動は今も乗組員の口に登るくらいである。

 

通信室。決して広いとは言えない部屋で通信科の兵員たちがレシーバーを耳に当て、艦隊司令部などからの通信やあるいは、敵の通信に耳をそばだてている。

「岡沢中尉、これを通信長に願います」

「何処茂兵曹、この電文を艦長にお渡しせよ」

などと忙しい部署である。

そんな中にあって一人部屋の片隅で一人の大人しそうな少尉が眼を閉じて通信機に手をかけてレシーバーの中の音に聞き入っている。敵信傍受班の中矢少尉である。彼女こそ、英語の堪能なもう一人の士官である。

その後ろを通りかかった菊池中尉が、少尉の座る椅子を思いっきり蹴っ飛ばした。少尉がはっとしてレシーバーを取って振り向くと菊池中尉は、

「こんなところにいるんじゃねえよ、邪魔だ。貴様の席はもっと隅に置け!」

とののしった。それを見ていた他の兵員たちは気まずそうに下を向いている。あるいは知らん顔を決め込んでいる。椅子を蹴られた少尉は悲しそうな顔になると、これ以上寄せようのない場所に通信機ごとデスクを動かそうとしていた。

それを見た菊池中尉の仲間の宮沢中尉がわざわざ中矢少尉のそばにやってくると、傍らの兵曹の肩に手を置いて大きな声で

「全くよう、なんでこの帝国海軍期待の超弩級艦にこんなやつが乗ってくるかねえ?なあ、信じられんだろう?」

と言ってその兵曹の同意を求めるようにした。兵曹はちらちらと少尉の方を見ながら聞きとれないくらいの声で「・・・はあ、はい・・・」という。宮沢中尉はいきなりその兵曹を掴んで引き起こした。レシーバーが外れて床に落ちた。

中尉は、兵曹を自分の方に向かせるとその胸ぐらをつかんで

「もっと大きな声で返事しないか!こんなやつはこの大和にはいらん。いや、帝国海軍にはいらないんだ!そんなこともわからんのか」と言って兵曹を座席にたたきつけ、皆に向き直ると

「なあみんな、そう思うだろうが!こんなやつがなんで我が海軍にいるのか、俺には理解できん。帝国海軍の面汚しだ!」

と怒鳴った。菊池中尉が「そうだそうだ」と声をあげた。他の兵たちは黙って気まずそうに顔を伏せてしまった。岡沢中尉が「ちょっと待て、」と言って立ち上がろうとしたその時、

「ちいとひどすぎるんと違いますか!」

と声をあげて宮沢中尉に詰め寄った一人の兵曹長。三山兵曹長である。彼女は宮沢中尉の前に出ると、背の高い宮沢中尉に負けまいと背伸びをして、

「宮沢中尉、どうしてそがいに中矢少尉をいじめるでありますか?あまりにひどいではないですか。いったい中矢少尉が何を悪いことした言うんですか、おかしいじゃないですか?それこそこげえないじめは帝国海軍の面汚しです!」

と一気に言った。三山兵曹長のほほが怒りと興奮で紅潮している。宮沢中尉の顔が、すっと青くなったと思う次の瞬間、

「貴様生意気だあ、準士官の分際で!」

という怒声と鈍く頬を打つ音とともに、三山兵曹長は狭い部屋の中ですっ飛んでいた。宮沢中尉の鉄拳をほほにくらって、岡沢中尉の横をとんで、自分の受け持ちのデスクの前に落ちた。

「三山兵曹長!」と、中矢少尉は立ちあがって宮沢中尉の横をすり抜けると三山兵曹長を助け起こした。「しっかりしなさい・・・大丈夫か?」

そう心配げに、そっと三山兵曹長を抱き起こした中矢少尉の二つの瞳は――青かった。

「平気であります・・・ありがとうございます」と三山兵曹長が言いながら、口の端から流れた血を右の手の甲でぬぐった。

岡沢中尉がたちあがって二人のそばに来て様子を見た後、「宮沢中尉、いくら何でもやり過ぎではないのか?大体中矢少尉のどこがそんなに気に入らないのか?今日こそきちんと説明しろ」と大きな声を出した。

宮沢中尉は、岡沢中尉を睨みつけると中矢少尉を指差して、

「こいつは半分アメリカなんだぞ。この艦には、いや、帝国海軍に半分アメリカ人はいらない!もしかしたらこいつはスパイかもしれないぞ。スパイ行為をしていないか調べた方がいいんじゃないのか?」

と反撃した。それを聞いた瞬間、中矢少尉の青い目から涙がこぼれその肩が大きく波打ち出した。岡沢中尉が、

「ほう、スパイね。すると何か根拠があってそう言うことを言ってるのだろうね?それもなしにただ自分が気に入らないからと話を作るなら、貴様は帝国海軍軍人にあるまじき行為をしていると思わないか」

と両腕を組んで宮沢中尉の前に立った。宮沢中尉は少したじろいで「じ、事実かどうかは・・・」とあいまいなものの言い方をした。しかしなんとか立ち直ると、

「ともあれだ!俺はこいつの様な女が「大和」に居ることが気に入らん。ああ、どう思われてもいい、気に入らないんだよ!」

と大声で怒鳴ると思い切り中矢少尉をぶん殴ってその場を出て行ってしまった。後には妙な沈黙が漂っている・・・

 

――中矢少尉は日本の外務省に勤務する父親と、アメリカ人の母親の間に生まれた娘である。

そもそも父親が戦前に、アメリカ大使館勤務になり数年後大使館で行われたレセプションで中矢少尉の母親となる、やはり外交官の娘であるアリスと知り合った。二人はすぐに恋に落ち一年後に結婚した。さらにその一年後には長男、その二年後には女の子、そしてさらに二年後に中矢少尉が生まれた。

その間、父親・良介は日本に戻る時もあったが妻のアリスと子供たちはアメリカで過ごした。アリスは英語と日本語をバランスよく教え、「パパの国の言葉、きれいでいろんな表現があります。ママの国の言葉、人の心に直接響きます」と言ってどちらの言葉も大事にするよう教え込んだ。

そして一家が日本に帰る時が来たが、中矢少尉は体の弱い子供で長い船旅には耐えられないと医師に判断されてしまった。困った両親であったがアリスの両親が「クニコが丈夫になるまで私たちがここでしっかり育てるから心配しないで」と言って、それで中矢少尉だけアメリカでその後、ハイスクールを出るまで生活することになったのだった。

そして、その間にすっかり丈夫になった中矢邦子少尉は「日本で勉強したい」という希望を悩みながらも祖父母に伝えた。ここまで育ててくれた祖父母を捨ててゆくような気がしてならなかったが祖父母は「あなたのパパの国。しっかり勉強してきなさい。私たちは平気だから。そしていつの日か立派になった姿を見せにきてください」と笑って送り出してくれた。

そして中矢少尉が両親兄弟のもとに帰り、日本の大学に入り二年がたったある年アリスと兄弟たちが<里帰り>中に日本とアメリカは戦端を開いたのだった。うすうす日本とアメリカは戦争するかもしれないとは分かっていたが、唐突にそれは始ってしまった。母アリスと兄、姉は帰国出来ずそのまま祖父母の家にとどまることとなった。

中矢少尉は(ママと兄さん姉さん、日本人の家族だから大変な目に遭ってるのでは)と心配だったが、祖父が外交官という職業もあってかそれは杞憂に終わった。少尉の父親も「心配しなくて大丈夫だよ」と言ってくれた。

しかし中矢少尉には過酷な運命が待ち受けていた。アメリカ人との混血というだけで中矢邦子はいわれのない差別や迫害を受けるのだ。

邦子の見かけは日本人だが、決定的に違うのが眼の色、青い目の邦子は「アメリカ、アメ公。アメリカに帰れ」と学友からもいじめられた。電車に乗れば周囲の乗客から白い目で見られた。つらかったが(でも、アメリカのままたちに心配はかけられない。パパにだって)と必死に歯を食いしばって耐えた。

それでもいじめはひどさを増し、ある時中矢邦子は決心した。とある晩父親の書斎に行って邦子がやおら切り出した言葉に父親はさすがに仰天した。

「海軍兵学校に入るって・・・本気かね邦子」

そう問う父親に邦子は本気であることを伝えた。父親は邦子の青い目を覗き込みながら「・・・まさか周囲からアメリカ人と言われてやけになって、ではないだろうね?」と言った。一瞬邦子のまなざしが揺らいだが、邦子は次の瞬間父親の目をしっかり見つめると、

「ちがいます。私は日本人です、私は日本国籍を持った・・・日本人・・・」

最後の方は涙で言葉が消えた。母と兄弟たちはアメリカ国籍で、邦子は日本に帰った時日本国籍を取得していた。これで母の住む、兄弟の住む国と戦うことになってしまった。

「でも、国難の時に私は黙っていられません・・・」

泣きながらそういう邦子に、父親はもうかけるべき言葉もなかった。しばしの間瞑目してそしてたった一言、「立派な日本人として生き抜きなさい」とだけ言った。

そして中矢邦子は海軍兵学校を受験し、入学をしたのだった。ここでも好奇の視線にさらされる邦子ではあったが助かったのが英語の時間で、これは邦子の独壇場だった。

教官でさえ邦子に何かと助けを求めることが多く、「中矢はいずれ、敵を手玉に取れる人物になる」とさえいわれるようになった。卒業時のハンモックナンバーは148人中3番。少尉候補生として輝かしい第一歩を踏み出した。

しかし順調にいかないのが世の常、最初に配属になった巡洋艦では中尉や大尉と言った連中にいじめ抜かれるのである。

が、中矢少尉の才能を見抜いた巡洋艦の艦長や直属の上司の支えもあり、それから間もなく中矢少尉は『大和』に転属となるのである。

「シンデレラストーリー」と言ってもいいかもしれない。

 

だが。

期待に胸ふくらませて乗艦した『大和』ではあったがその夢もすぐにしぼんだ。

「なんだ、アメ公じゃねえか」と宮沢中尉・菊池中尉に目をつけられ何かというと殴られたり蹴られたりして挙句には「貴様は外に出るな、ガンルームに入るな」と言われ厠に押し込まれたことさえあった。

そんな目に遭いながらも彼女を支えたのは<家族>、父親の良介・母親のアリス、二人の兄弟であった。(お母さん。私は日本で自分の居場所を作っています。だからお母さんたちも頑張って。いつかきっと一緒に暮らせる日が来ますから)

 

 

「中矢少尉、これ」

そう声をかけられて我に返った中矢少尉は、三山兵曹長がハンカチを差し出しているのに気がついた。三山兵曹長は

「出血していますよ・・・なんてひどいことをするんじゃろう、あの中尉ども」

と憤りながらハンカチを少尉の口の端にそっと押しあてた。中矢少尉の寂しい心に、三山兵曹長の優しさがしみた。三山兵曹長は少尉を痛ましげに見つめている。

少尉は三山兵曹長の手首のあたりを握りしめるとむせび泣いた――

 

           ・・・・・・・・・・・・・・・・

 

ひどいいじめです。

中矢少尉、がんばれ!そしてこのあと・・・!
海軍兵学校
海軍兵学校。現在も広島県江田島市にあり海上自衛官の幹部候補生を育てています。(画像お借りしました)


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● COMMENT ●

荒野鷹虎さんへ

荒野鷹虎さんこんばんは
何だか書き散らしのような文章でお目汚しをして、読んでくださる皆さんに申し訳ない気持ちです(-_-;)

海軍さんの制服は、水兵服も詰襟も『恰好よい』と当時の少年たちはもとより女学生からもモテモテだったようですね(私が当時生きていたら絶対『海軍さんと結婚する』とか言っていたはずw)。

おお、戦後は荒野さんの学生服になったのですか!お兄さまも空の上からほほ笑んで見守ってらっしゃったことでしょう。
昔も、そして今も。
亡くなったお兄さまに恥ずかしくない日本にしたいものです。いや、しなければなりませんね!

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは
あの体罰事件は「愛の鞭」の名を借りた単なる暴行事件だと思いますね。学校の外なら逮捕されますよね、暴行罪で。
出の学校という器の中では許されるとしたらこれはおかしな話です、許されません。自ら命を絶って逝った子の気持ちを踏みにじるようなことだけはしないでほしいですね。浮かばれませんよ。

中矢少尉、わかってくれる人がたとえ一人でもいれば心も休まるかもしれないですね。
本当に人の真価は何かあった時、すっと手を差し伸べられるというところにあると私も思います。

見張り員さんへ!!

良く調べられての長文を長期にわたり発信することに特に感銘いたしております。次兄も、海軍航空隊で戦死しましたが、良く陸軍の制服よりは海軍の制服は格好が良いと女学生から持てていたようですね。
その征服も、戦後私の学生服に替わってしまい、今思うと惜しい事をしたと思っています。笑)がんばってくださいませ。!

最近の教師たちの体罰を彷彿とさせられた話でした。いわれなき差別や腹いせまじりって鬼の仕業だと思います。それと人を外見で判断する……、日本人の悪い癖のひとつですね。
そういうことをしているあんたが笑われ嫌われているんだよ!! そう言いたいですが、あの高校の顧問にはまだ期待の声があるとか。大人も子供も信じられない人たちですね。矛先がまったく違うのですから救いようがありません。

しかし捨てる神あれば拾う神ありで、中矢少尉さんも少しだけ気持ちが落ち着いたのではないでしょうか。
人の優しさって言動の大小ではないんですよね。とっさの行動こそがその人の真価じゃないかといつも思っています。


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Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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