「女だらけの戦艦大和」・トレーラーの奇人変人3
――やがてトレーラー水島海軍警備隊に、あの男の取材に行っていた写野兵曹と武田水兵長、そして筑紫少尉が戻ってきた。
殘間中尉達は一足先に、梨賀艦長に紹介された宿で一休みしていた。その宿に入ってきながら筑紫少尉は「なんだかあんまりきれいじゃないですねえ、ここは。ホテルとは名ばっかりじゃなくって?ちゃんとしたベッドもないしなんか・・・ねえ」
と軽く文句をたれた。殘間中尉が同意しようとしたその時袴田兵曹が
「何を言ってるんですか、筑紫少尉。こういう南方の島ではこういう宿が当たり前なんですよ。これこそここでしか味わえない旅の味じゃないですか。それを梨賀艦長もおわかりの上で敢えて我々に紹介して下すったんでしょ?ひとさまのご厚意は素直に受けなきゃ、罰があたります!」
と厳しくいさめた。そう言われて筑紫少尉はもう何も言い返せないし、殘間中尉も(変なこと言わなくってよかった)と思う。
三谷兵曹が部屋の窓からあたりを見回して「ほう、これは静かでいいですね。でも夜になったら静かすぎてちょっと怖いかもしれないですねえ」と言って皆を振り返って笑った。
小林兵曹が「出たらさっそく取材しようよ、南方妖怪・南方幽霊の類は私も逢ったことはないですから、楽しみですよ」といい、武田水兵長・写野兵曹が大笑いした。
その中で一人殘間中尉だけが力なく笑って「・・・そ、そうね・・・」とつぶやく。
実は殘間中尉は幽霊とか妖怪というものがこの世で一番大嫌いなのである。それがこの世にいようがいまいが、話があると言うだけで怖ろしく気味悪い。
それを知ってか知らずか、写野兵曹が殘間中尉の顔色を見るなり「殘間中尉、もしかして怖いのと違いますかぁ?」と言ったので殘間中尉はびくりと身を固くした。そして身を固く構えたまま、
「そ、そんな。私はいやしくも海軍中尉ですよ?そんな私が幽霊だの妖怪だのというわけのわからないものなんか怖がるわけないでしょう?いやですねえ~」
と笑ったがその笑いの裾が細かく震えてたのを写野兵曹は聞き逃さなかった。
(怖いんだな本当は。しょうもない中尉だなあこの人)
内心あきれる写野兵曹。
この宿はこの島に停泊する艦艇の乗り組み員がよく利用するホテルの一つである。
今日も『大和』『武蔵』の上陸員が何名もここに泊るようで時間が経つにつれて続々と入ってきた。ホテルのロビーでタバコを吸っていた筑紫少尉がそれを見て、
「おお、ここって結構人気あるんだねえ。見ろよ、次から次に兵隊が入ってくるじゃないか」
と傍らの武田水長にいう。水長は備え付けの内地の新聞を読むのに一所懸命だったが顔をあげるとそれを見て、
「ああ、そうですねえ。でもなんですね、士官は一人もこないですね。ここって下士官以下の専門ですかねえ」
というとまた視線を新聞に落とした。
筑紫少尉はハッとして彼女たち宿泊者の階級章をそっと見た。――二等兵曹、水兵長、上等水兵、一等兵曹、それに上等兵曹。それからまた二等兵曹の集団に一等兵曹の団体さんにたま~に兵曹長がポツリポツリ。おかしいぞ少尉中尉とか全くいない・・・ギョッ、このホテル本当に兵専門のホテルみたいだ・・・私のようないわゆる士官は・・・。
筑紫少尉はなんだか居心地の悪さを感じていた。
ここは私のようないわゆる士官の居場所じゃないみたいだ。もし、もしもこの下士官以下の連中に『なにしに来てんだよ、ここはてめえみてえな士官が来るところじゃねえんだよ~』とか何とか因縁つけられたらどうしよう。私は幽霊妖怪よりそっちの方が怖い・・・
「なあ、武田水兵長」と筑紫少尉はあたりを見回しつつ武田水兵長の肩を揺すった。一所懸命新聞を読んでいた武田水兵長は不機嫌そうな眼を少尉に向けて「なんです?いったい」と唸った。
筑紫少尉は「ここは兵専門の宿なんだろうか、私のような士官がいていじめられたりしないだろうか?大丈夫だろうか」と問う。その少尉をさもバカにしたような眼でしばらく見つめた後武田水兵長はまずフンと鼻を鳴らした後、
「どうしてだれがあなたなんぞいじめなきゃいかんのですか?思い上がりって言うんですよソウイウの。ここは宿泊代金が安いようですからね、だから兵・下士官が来るんでしょう?みんな口に出さないだけで内心思ってますよ、『あの少尉もやりくり大変なんでしょうな』ってね。まあでも今回はご紹介をいただいての宿泊ですから大威張りでいたらいいんですよ。何か言われたら『大和の梨賀艦長のご紹介だ』と言やあいいんですよ」
というと再びフン、と鼻を鳴らしてから新聞を読み続ける。
筑紫少尉はなんだかがっかりしたような顔で下を向いてしまった。そして心のうちで(なんだってそんなホテルを紹介してくれたんだ梨賀艦長)と梨賀艦長をちょっぴり恨んだのだった。
その晩。
『大和』に帰って安部少尉と野田兵曹の取材をするはずだった筑紫少尉と武田水兵長だったが夕食を食べに行って遅くなりランチの時間に間に合わず、その晩はこのホテルに宿泊することとなった。
十畳ほどの部屋に皆で雑魚寝状態になるが、三谷兵曹や袴田兵曹はそれが珍しいらしく喜んでいる。粗末なマットの上に二・三人づつ寝転んではしゃいでいる。
他の部屋から『武蔵』や『大和』他の艦艇からの泊り客たちの話し声や笑い声が漏れてくる。殘間中尉は憂鬱そうに部屋の壁を見つめて、
「なんて安普請なんだ・・・声が筒抜け」
とぼそっと呟いた。筑紫少尉が「仕方ないでしょう、ここはそういう宿。いいじゃないですかいかにも南方らしくってさ」と少し投げやりな感じで言う。
「あ、そういえば」
と小林兵曹が言った、どうしたねと聞く殘間中尉に小林兵曹は
「さっき部屋の外で『武蔵』の兵曹に聞いたんですがね、ここの宿って二二〇〇(午後十時)になると電気が消えるんだそうです。その前にメイドがジュースを持ってくるんだそうで、そのあと大体三十分程で消えるらしいですよ」
と教えた。袴田兵曹が「へえ~、ジュースが合図かあ。でも二二〇〇で消灯ってのもずいぶん一方的だねえ。あ、もしかして安い宿だから経費削減ッて奴かね?」と言って笑った。
「まあいいじゃないですか。内地の皆にいい土産話が出来ますよ。ここで二、三泊もしたら立派なトレーラー通になれるかもですよ」
と武田水兵長もいう。殘間中尉以外は笑って思い思いに寝転んだり本を読んだり。
やがてホテルのメイド嬢が人数分のトロピカルジュースを持ってやってきた。
袴田兵曹が「ありがとう」と言って現地人メイド嬢にチップを渡した。メイド嬢も白い歯を見せて笑って「アリガト、ヘイタイサン」と言ってそれを押しいただくと「デハ、オヤスミナサイ」と言って出て言った。
他の部屋でもジュースをもらったらしく「そろそろ消灯だな」などという声が聞こえてくる。それを聞きながら三谷兵曹がジュースをストローで吸いあげて「おお、美味い。これこそ南方の味!」と感激している。
皆「美味い」「いいねえ、いかにも南方だね」といいつつジュースを飲み終えた。
殘間中尉ほかが粗末なマットを並べ、その上に身を横たえた五分ほど後電燈が消えた。「お。話通りですね」と小林兵曹がいい、やがてそれぞれ深い眠りについたのだった。
どのくらい時間がたったのだろう――
写野兵曹はどこからかうなり声のようなものが聞こえて来たので眼を覚ました。(一体だれのいびきか?鬱陶しい)と思ったがよくよく耳を澄ますと入り口近くから聞こえてくる。
(もしかして殘間中尉の声か?)と闇を透かして見たが今夜は月のない晩で、鼻をつままれてもわからないほどの闇である。
しかし、声は入り口近くから聞こえてくる。
殘間中尉は入り口から二番目に寝た。今夜は月もない晩ということで消灯になるとともに真っ暗になった。(怖いなあ、でも今日はうんと疲れたから寝ちゃえば怖いも何もないよね。うん、そうだ早いとこ寝ちゃおっと)
殘間中尉はそう思って、タオルケットをお腹まで引き上げると眠りについたのだった。
が。
どのくらい眠った時かよくわからないが急に息苦しくなり眼が覚めた。真っ暗やみの中誰かに首を絞められているようだ。
苦しい・・・助けて。
そう叫んだつもりが声になっていない。右となりに寝てるはずの袴田兵曹を掴んで起こそうとしたが手には何も触れない。
いったい誰が私の首を絞めるのだろう、そう思った次の瞬間。殘間中尉は(出た!南方妖怪だ!)と思ってぞっとした。
ついに出た、しかも私の首を絞めに来た。怖い、怖い怖い・・・誰か助けて!
遂に殘間中尉の恐怖が沸点に達した。思い切り「ギャーー!」と叫び声をあげた。写野兵曹がまず飛び起き、枕元のカメラをつかむなりシャッターを切る。装着してあったフラッシュがまばゆく光る。
「はっ!」
シャッターの光の中に、浮かびあがった黒い影。
『海きゃん』の皆が起き出して大騒ぎになったところで他の部屋の兵隊たちがどやどやと入ってきた。細い光が幾条も差し込む。皆、手に懐中電灯を持っている。
「み、みんな。・・・出た。ついに出たよ南方妖怪、幽霊が・・・」
と息も絶え絶えに言う殘間中尉。しかしほかの部屋から来た兵たちは大笑いしている。いったい何で?と怒りさえ覚えた殘間中尉であったが自分の上にまたがった黒い人影に懐中電灯の光が集中したところで「ああ―!?」と大声をあげていた。
筑紫少尉や写野兵曹、武田水兵長たちもぽかんとして黒い影を見つめる。
黒い影は、かぶっていた頭巾をゆっくりとった。中から生身の人間が出て来てその人は「どーも!」というと殘間中尉から降りた。
見に来た兵たちが大笑いしている、そして「今夜はここだったか!」とか「残念、あとひと部屋違ってたらうちらの部屋じゃったんにのう」などと言っている。
「どういうこと?」
わけのわからない『海きゃん』取材班一行に一人の兵――『武蔵』乗組員――が説明してくれた。実はこの人(お化け役)は『武蔵』乗組員の稲川兵曹といい怪談がとても上手な人である。ここのホテルのオーナーとは以前からいい友人であったがこのホテルの経営危機に当たり、「いっそお化けが出るというのを売りにしては?」と稲川兵曹が提案し、兵曹がお化けにふんして出たところ口コミで評判になり、その正体がわかった今でもこうして時折稲川兵曹自ら出演し、好評を得ているのだということ。
週末には、稲川兵曹が仕込んだ現地人講釈師によるトレーラー風怪談の講談もありこれがまた大人気なんだと。
「なんだ・・・そんなこと梨賀艦長一言も言わなかったじゃないの。ひどい」
すべてを聞き終えた殘間中尉は涙をこぼして訴えた。が、筑紫少尉以下の『海きゃん』一行は大喜びでウケまくる。
「梨賀艦長、知ってて我々に勧めてくれたんだねえ。さすが大戦艦の艦長ともなるとすることが粋だねえ。さっそくこのことも記事にしよう。でも稲川兵曹の事は伏せてね」
泣いている殘間中尉をよそに、筑紫少尉や写野兵曹たちは勝手に盛り上がり真夜中というのに稲川兵曹や居合わせて大笑いの下士官嬢たちに取材を敢行したのだった。
翌朝、上機嫌で起きて来た一行とは裏腹に殘間中尉は泣きはらしたまぶたの上寝不足でふらふらで再びトレーラー取材に出掛けて行ったのだった――
(次回に続きます)
・・・・・・・・・・・・・・・
覚えてますか?稲川兵曹のこと。以前『武蔵』の猪田艦長と加東副長を脅かした本人です。詳しい話はこちら。
さあ、トレーラー取材も終盤の『海軍きゃんきゃん』一行。彼女らを待ち受けているのは――!?
トロピカルジュース。ぜひトレーラー島で飲みたい!!(画像お借りしました)
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まろゆーろさんへ
なんだかとても癖のある人たちが多く出演するようになりました!いいのかなあ~~~(-_-;)それはともかくこんなホテルがあったら、ちょっと泊まるのをためらいますね。私もあまり幽霊妖怪の類は好きではないですので(ーー;)、種がわかってもいい気がしないとは思いますね~。
でも、トロピカルジュースはいいですよね。写真は「トロピカルジュース」で検索して出た画像からお借りしたのですが真っ青な南方の海と空の間でのんびり飲んでみたいですね^^。
明日のクリスマス。
きっと仕事しながらFEN聞いてのクリスマスかもしれません。
あ!
ケーキ買ってこなくちゃー!
一層寒い日本列島です、どうぞ御身大切にお過ごしくださいませ❤
いなばさんへ
エガチャン…もうこの話ではなくてはならない人になっちゃったかもですね(^^ゞ
またそのうちきっと出てきます。
ホテルも起死回生ってとこでしょうね。でも売りが幽霊じゃちょっと考えてしまいますね。
南方の夜にトロピカルジュースのサービスっていうのは大歓迎です!!
オチの写真、美しいですね。ジュースを飲みたくなりましたがこの時間じゃメタボまっしぐらになりますね。
風邪を引かないようになさって下さいね。明日はクリスマス。見張り員さんはどんな夜になるのかなぁ。