2017-10

「女だらけの戦艦大和」・子守唄<捕虜収容所編 2> - 2012.10.17 Wed

三鷹兵曹は、ライネン・ノオ・カレンダー海軍上等水兵が持っているものを見たとたん「これは!」と上ずった声をあげていた――

 

カレンダー上等水兵の手には数枚の写真が握られていて、一番上の一枚にはかわいい赤ん坊が写っている。三鷹兵曹は「盗ったりしないから、ちょっと見せて」と言って、カレンダー上等水兵はおとなしく従った。

三鷹兵曹は数枚の写真を丹念に見つめた。最初の一枚は一人の赤ん坊。次の二枚目からは大きくなった女の子ともう一人赤ん坊がソファに座って笑って写っている。

そして最後の二枚には、その子供たちを抱きかかえて微笑むカレンダー上等水兵が。

三鷹兵曹は、もう一度カレンダー上等水兵を見た。見ただけでは外国人の年齢はよくわからない。が、彼女は他の捕虜嬢たちに比べれば少しばかり年齢が上のような感じも受ける。自分よりは結構年上、と言っても差し支えなさそうだ。

三鷹兵曹は、写真を返しながら

「この写真の子供たちは・・・あなたの子供?」

と聞いてみた。するとカレンダー上等水兵は三鷹兵曹を見て嬉しげに微笑んで、

「ソウ!私のムスメタチ。この子はイマ、6サイ。こっちはマダひとつ」

と写真の子供たちを兵曹に示して笑った。三鷹兵曹は「そうか・・・カレンダー上等水兵はお母さんだったのか」とつぶやいた。しかし、と兵曹はカレンダー上水に話しかける。

「子供さんが二人もいてどうして軍人になったのか?子供がいるなら軍人にならなくても良かったのではないか?」

すると、カレンダー上等水兵は悲しげにうつむくと

「ワタシ、夫ト別れマシタ。オカネないとセイカツデキナイ。だから海軍にシガンシマシタ。子供はワタシノママが見てクレテルカラ平気。・・・デモ・・・」

と言った。兵曹は「でも?」と先を促す。カレンダー上等水兵は三鷹兵曹をじっと見つめると、

「ココニイルト、アノコタチカラ手紙モコナイ。カケナイ。あの子たちがドウシテルカ、ワカラナイ・・・それがカナシイ。ツライデス、ミタカさん・・・」

というなりその青い瞳から涙を流して、その場に泣き伏してしまった。

三鷹兵曹は(やはり、どこでも事情は似たようなものか)と暗然とする思いだった。三鷹兵曹も聞いた話ではあったが、帝国海軍にも夫を亡くしたりあるいは離婚をして、子供のため生活の為、やむなく軍に志願する女性も少なからずいることを知っていた。(それに・・)士官以上は産後、一年から一年半で地上勤務に復帰しそれから艦隊勤務に戻る者もいるのだと聞いた。覚悟していることとはいえ、(子供と長い間別れて暮らすのは、せつなかろう)と思う。それは敵であるアメリカ人やイギリス人も同じだろう。

「そうか、そうだったのか。ライネン。あいたかろうなあ」

三鷹兵曹は泣いているカレンダー上等水兵の肩をそっと叩いてあやすようにした。

そうしているうちふと、三鷹兵曹の口から

・・・ねんねんころりよ おころりよ

   ぼうやは いい子だ

   ねんねしな・・・

と日本の子守唄が流れて出ていた。カレンダー上等水兵は、顔をあげて三鷹兵曹を見た。三鷹兵曹は、歌いながらカレンダー上等水兵の肩をそっと優しくたたいている。

カレンダー上等水兵はやがて泣きやみ、「ミタカサン、」と話しかけて来た。ん?と顔を向けた兵曹にカレンダー上等水兵は、

「ソノウタハ、なんのウタデスカ?」

とたずねた。三鷹兵曹は、笑って

「子守唄、と言ってね。日本では小さい子供を寝かしつける時こういう歌を歌うんだよ。私も子供のころ、母親の背中でこれを聞いて眠ったものさ」

と教えてやった。カレンダー上等水兵は、「ワタシノ国にもソウイウ歌アリマスガ、日本の子守唄、フシギナメロデイーね。でも、ステキ。子供、きっとヨクネムレル」と言った。

三鷹兵曹は「そうか・・・」ともう一度歌い出す。今度はそれにカレンダー上等水兵もたどたどしい言葉でついて来る。

カレンダー上等水兵は昼の休憩時間の終わりに、

「ミタカサン。またソノ子守唄をオシエテクダサイネ」

というと少し明るい表情で作業に戻っていったのだった。

 

その日の夜、三鷹兵曹は国分寺少尉に今日の話をして聞かせた。そして、「捕虜にも手紙を書かせてもいいのではないでしょうか。もちろん検閲はしなければなりませんが、子供たちに母親の無事を知らせてやることを許してやってほしいのです」と懇願した。国分寺少尉はうーんと唸って腕組みをした、そして「俺は分隊士だから俺の一存じゃできない。これは分隊長から上に話をつけてもらわんとならんぞ。まあ・・・どこの国の人間でも親子の情はあるんだなあ」と最後の方は独り言のように言って「明日、俺から分隊長に話しておく」と言いその日は終わった。

翌日国分寺分隊士は、小金井大尉に話をし、感動した小金井大尉は基地司令に話を持って行った。基地司令の立川中佐は最初のうちしばらく考え込んでいたが、やがて顔をあげると

「よかろう。手紙を書くことを許そう。検閲をしっかり福生大尉と横田大尉にさせよ。その上で問題のない手紙は、それぞれの大使館に送って各自の家族のもとに送って貰えるよう頼んでみよう」

と言い、皆の顔がほころんだ。

そして、この件はすべての部署の了解を取り付けることができ、捕虜嬢たちには「自分がいる場所の地名や推察できるようなことを書かない」ことや、「写真を送ってもよいがその場合背景は建物の壁を使うこと」等々の制約はあったが

「ヤットこれでママとパパにゲンキデスと報告デキル!」「フィアンセに無事をシラセラレル!」等々喜びと感謝の声が渦巻いた。

その喜んで手紙を書く姿を、三鷹兵曹は見ている。そこにカレンダー上等水兵がそっと近づいて「ミタカサン・・・アリガト。これもアナタノオカゲネ。これでアノコタチも安心。ワタシモ安心」

と言って微笑んだ。そして、

「アメリカに帰ッタラ、アノコタチに日本の子守唄、ウタッテヤリマス」

と言い三鷹兵曹は「そうか、じゃまた今日も昼休み練習だぞ」と言うと二人は笑いあった。

 

青い青い空と海の間に、日本海軍兵曹嬢とアメリカ海軍上等水兵嬢の歌声が流れてゆく―――

   (次回に続きます)

       

      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

子供を思う心は洋の東西を問いませんね。

ライネン・ノオ・カレンダー上等水兵の手紙が、故国の子供たちを喜ばすことでしょう。そしていつか・・・日本の子守唄を歌える日も。

 

次回は「子守唄」帝国海軍編です。

作中の子守唄「江戸の子守唄」です。なんだか泣ける旋律ですね・・・




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● COMMENT ●

matsuyama さんへ

matsuyama さんこんばんは!
いつの時代もそれなりに子育ては大変なものですね。それぞれの家の事情も相まって、本当に大変なものだと痛感します。
でもやはり、実の母に勝るものはないと思います。どんな母親でも、子供にとっては大事なもの、唯一無二のもので、以前見たTVでは虐待を受けた子がそれでも「お母さん大好きだから」というのをみてショックを受けました。
子守唄の思い出はかすかではありますが確実に残っていますね。
日本の子守唄のあの哀愁に満ちた旋律はやっぱり風土がなせる技・・なんでしょうね。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
ララバイを口ずさみながら逝けたら最高でしょうね、なんてもっと先の話ですが^^。
東京ララバイ、ありましたね!
今日は19日、東京から凱旋なさっておうちがまたにぎやかなことでしょう^^!

昨日は雨の一日、靖国も雨の中だったと思います。
国難の中、どうか英霊のみなさんのご加護がほしいところですが、今を生きる国民ももっと気を張って生きたいものですね。
私は昨日ははげしい頭痛で寝てました・・・(-_-;)

女性の子育て、昔も今も大変ですね。
例えお祖母ちゃんが見てくれてるからといっても、実の母親のようには行かないんでしょうね。成長期の子供は母親の愛情をしっかり受け止め、育って行くのでしょう。共稼ぎと違って軍人さんとして長期間子供と離れて暮らすと、親への不信感、不安感が募ってくるんではないんですかね。
自分も小さい頃、母親の子守唄を聞きながら育ったようなかすかな記憶があります。外国の子守歌もそうですが、日本の子守歌にはどこか哀愁がありますよね。日本の風土が身についてるからこそ日本の子守唄に愛着が湧いてくるんでしょうかね。

オスカーさんとのやり取りを拝見して「ララバイララバイ」と口ずさみながら死んでいけたらいいなぁなんて思ったじゃありませんか(笑) そういえば東京ララバイという歌もありました。家人はいよいよ明日、東京ララバイです。

今日は靖国神社の秋季例大祭ですね。東京はあいにくの雨でしょうか。つまらない国から脅されている日本。今日は更に御霊たちの慰安鎮撫の祈りになるのではないでしょうか。
私は女だらけの戦艦大和を拝見しつつ思いを馳せ此処から祈らせて頂きますね。

ジスさんへ

ジスさんこんばんは!。
お忙しそうですがお風邪などひいてはいませんか?くれぐれも御身大切になさってくださいね。

親子の情だけは、どんなに時代が変わろうと不変であってほしいものです。最近の親子をめぐる凄惨な事件を見聞きするたび、哀しい思いにとらわれます。
戦争は人を時に悪魔や鬼に変えることがありますが、そんな中でも親は子を思い、子は遠く離れた親を思う。そんな心は忘れたくないものだと思います。


東京は夕方から雨になりました。寒さすら感じて、昼間の暑さがうそみたいです!
ゆっくり過ごす休日は何よりの宝物ですね^^。
ジスさんも御身大切に!

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは!
この物語はずいぶん以前から温めていたものです、遠く離れた親子。特に親の心を描きたかったのです。そして「捕虜」という形で家族と連絡を取るにとれない立場だったら?とかいろいろ考えまして・・・
カレンダーもおっしゃるように、あえない日を数えるという意味も込めております。

ララバイの語源。初めて知りました!
そうですね、穏やかな気分で夢の世界へ行きましょう、行きなさい、というような意味があるような気がしますね。
母の静かな声で歌われる子守唄、まさに「ララバイ」です。

子守唄も日本の場合は土地土地の風土などでずいぶん色合いが違いますね。
きっと昔の母親や子守娘たちは労働しながら子守もして、辛いことも多かったのではないかしらと推察します。
物悲しい旋律や内容が多いのもそのためかなあ??

いつもコメントをありがとうございます。とても励みになります!

こんばんは。いつもありがとうございます。
大変ご無沙汰しており申し訳ございません。

今回も心温まるお話をありがとうございます。
子を思う、家族を思う気持ちはとても大切ですね。
国のために戦争という状況に駆り出されてもやはり人と人という触れ合いの気持ちは失いたくないものです。

今日hあ休日でしたが雨でした。わりとゆっくり過ごせたと思います。見張り員さんもお身体どうぞお大事にしてくださいね。

こんにちは。親が子どもを想う気持ち、女性だからこそ男性以上に細やかな部分もすくいとって最善策を考えられる気がしました。カレンダーという名前も一日千秋の想いが込められているように思いました。今も家族と離れていろんなお仕事に従事されている方がたくさんいらっしゃいますよね。
今回ララバイ(lullaby)の語源について調べてみました。16世紀の中頃、lull(穏やかな)という言葉と、bye-bye(バイバイ)の連続から、生まれたそうです。おだやかに日常のざわめきからさよならして眠りなさいってことなのかしら?日本の子守唄は赤ちゃんのためというより自分を慰めるために歌っている部分が多いので、物悲しいのでしょうね、きっと。
今回もあたたかいお話でした。ありがとうございます(*^^*)


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Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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