「女だらけの戦艦大和」・『武蔵』あれこれ3

「それでは妻を、よろしくお願いいたします」

そう言って海軍病院産婦人科病棟を後にした三浦技術中尉であったが――

 

職場についても気もそぞろ、どこか上の空の中尉に上司の喜木キリ少佐が「あなたねえ、今日ちょっと変じゃない~。なにかあったのぉ?」と話しかける。

三浦中尉はハッとして

「申し訳ありません喜木少佐・・実は」

と今朝からのことを話し出した。喜木少佐はまあ、と声を立てて両手をうつと

「それであなた、心ここにあらずだったのね。そう・・・私が出産経験者だから言うわけではないけど赤ちゃんてねえそんなにすぐに生まれるものじゃないのよ?生まれそうになったら病院から連絡してもらったらいいわよ。あたしが病院に話しといてあげるから、そうしたらあなたそぐにすっ飛んでゆけばいいわ。それまで仕事仕事!ハイハイ!」

と言って三浦中尉の肩をたたく。三浦中尉ははいっとうなずくと自分の机に向かう。それを見届けた喜木少佐は立ち上がると別の部屋へ入りそこの電話を取った・・・

 

その頃三浦桃恵は陣痛に耐えていた。

時を追うごとに激しくなる陣痛に(話には聞いていたがこれほどとは)と内心驚く余裕すらある。部屋の時計を見やれば、時刻は午前10時もそろそろ30分になろうとしている。いつ頃生まれるのだろうか、まだあと何時間もこんな状態なのかしらと桃恵は思っている。そこに看護兵嬢が来て「三浦さん、ちょっと診察しますね」とゴム手袋の手で桃恵を診察。看護兵嬢はゴム手袋をはずしてから「三浦さん、もうちょっと。もうちょっとすると子宮口が全開になりますから、あと少しの辛抱ですよ」とほほ笑んで教えてくれた。

(あと少し、あと少しの辛抱。頑張らねば。頑張れるはず、だって私はあの『武蔵』でも一所懸命やってきたんだもの)

桃恵は看護兵嬢に微笑み返すと天井をしっかり見つめた。

 

午前11時。

桃恵は破水した。軍医がやってきて「もうこうなるとどんどんお産は進みますからね。そろそろいきみが出てくるでしょうがまだいきんじゃ駄目だよ?いいと言われるまでいきまないこと。いいね」と桃恵に言った。桃恵は顔を上気させてちょっとのぼせたような顔つきで「はいわかりました」と答える。

痛みが増してきた・・・

 

その同じころ。

トレーラ島の『武蔵』では医務科の秋川兵曹が医療器具の手入れを看護兵たちとしている。そこに北野少尉がやってきて「なあ、秋川兵曹よ」と話しかける。何でしょうか北野少尉、と問う秋川兵曹に北野少尉は、

「私は夕べ、春山兵曹の夢を見たよ。兵曹が赤ちゃんを抱いて『武蔵』に来たんだよ。もしかしたらもう生まれたんじゃないだろうか」

と言い秋川兵曹も「ほう、そうかもしれませんね。もう生まれる頃ですから・・・どっちだったかなあ。知らせが来たら何か祝いを送ってやりたいですね」と言い北野少尉は「そうだな・・・皆で考えておこうじゃないか」とうれしげである。

秋川兵曹は(何がいいかな。と言ってこんな外地ではいいものがあるだろうか)と心が浮き立つのを感じている。

次に上陸したら何かいいものがないか探しに行こう、と思う秋川兵曹である。

 

午前11時半。

いよいよ桃恵の分娩が始まろうとしていた。桃恵は最初いた部屋から分娩の為の部屋に移動。看護兵嬢に抱えられながら、ふうふうと息をつきながら廊下を数歩歩いた分娩室へ入る。そこにはもう杉山軍医がきちんと準備を整えて数名の産科の看護兵嬢たちと待っていた。

桃恵は大きなおなかを抱えて、台の上に乗る。(いよいよだ、いよいよ赤ちゃんが生まれる)と桃恵はもう待ちきれない思いである。早く顔を見たいという思いと、早くこの痛みから解放されたいと思う心両方がある。そしてそれはどちらも本当の心。

軍医が桃恵の股に消毒液をかけ、さあ正念場が始まる。

 

その分娩室の前に走り込んできたのは誰あろう、夫の三浦中尉である。彼は喜木少佐から「もう生まれるようよ!早く行ってあげなさい!」と言われてすっ飛んできたのだ。中尉は額に汗を光らせて通りがかった看護兵嬢の白衣の袖をつかんで

「あの、あのっ!三浦ももも・・・桃恵の夫ですが妻はもう、産みましたか!」

と興奮と期待と焦りと心配とがないまぜになったようで言葉につっかえながら訊いた。看護兵嬢は笑って三浦中尉の手を白衣から外して、

「今さっき分娩室にお入りになりましたから、まだもうちょっとですよ。ご心配なくここの椅子におかけになっていらしてくださいね」

と言い中尉を部屋の前に並んだ椅子の一つに座らせた。看護兵嬢が去ると、中尉はあちこちきょろきょろしながら「ご心配なくと言っても・・・ご心配だ。桃恵は、子供は大丈夫なんだろうか?」と独り言を言う。軍帽を取って額の汗をぬぐった。

落ち着かない。

座っていても心が焦る、思わず立ち上がって固く閉ざされた部屋の扉の前を右往左往している。

 

「まだでしょうか!?」

三浦中尉は通りがかったさっきとは別の看護兵嬢に尋ねた。看護兵嬢は、腕時計を見て「もうちょっとですよ。分娩室にお入りになってからまだ20分しかたっていませんから。初めてのお産でしたね、でしたら少し時間がかかりますよ。ご心配なく」と言って微笑んで見せると歩き去る。

「ご心配なく、と言ってももう20分もたつとは!時間がかかり過ぎではないのか?桃恵は大丈夫なんだろうか?うむっ・・」

三浦中尉は腕を組んで考え込むと椅子に座った。

長い。長い長い一分が長い。長すぎやしないか、一分が。

10分が一時間以上に感じられる。

本当にこの部屋の中に桃恵はいるのだろうか、本当に今子供を産んでいる最中なのだろうか。なんだかここにいること自体が夢ではないのか、と三浦中尉は考える。

桃恵は私にとってかけがえのない女性である。あの日あの時桃恵に偶然出会わなかったら、きっと今の私はいない、もっと気の弱いただの技術士官に過ぎなかったはず。あの日桃恵に出会って喫茶店へ行き、彼女の涙の原因を知った時、私はもういてもたってもいられなかった。彼女を守るのは自分だけだと確信したのだ。

しかし桃恵は自分の『過去』に悩んでいたようだった。私は彼女の過去がどうあろうとこうあろうとすべて終わってしまっているのならば構わない、と言った。それを何度も言ううちに彼女の瞳が柔らかい色を帯びて来たのを私は見た。

そして何回目かのデートで結婚を切りだしたのだ。その時の桃恵のあの嬉しそうな顔は生涯忘れない。喫茶店のマスターからの贈り物のかわいいケーキも。

桃恵との祝言はこじんまりとしてはいたがとても心のこもった暖かい祝言だった。白無垢の桃恵はまるで人形のように可愛く可憐だった。すべて式が終わり、二人だけの部屋に引きとり桃恵は私の前に三つ指つくと深く頭を下げて「ふつつか者ではございますがどうぞ、末長くよろしくお願いいたします」と言ったのだ。電燈の光に、白無垢の打ち掛けに縫い取られた『櫻と錨』がまぶしかった。

私も「うむ、こちらこそ」と言って二人初めて笑い合った。すぐに女将が風呂を案内してくれ、それぞれゆっくりつかった後・・・初めて桃恵を抱いた。

桃恵は乙女だった。「過去」など私は桃恵にはなかったと思った。私は桃恵を妻にした喜びと幸せでいっぱいだ・・・

 

三浦中尉は昨年の事を思い出し、初夜のあたりで思わずほほを赤らめた。

その時。

「!」

中尉はハッとして顔をあげた。分娩の部屋の中から産声が聞こえて来たのだ。小さく、だんだん力強く。

椅子から立ち上がって部屋の扉を見つめる中尉。それからしばらくして扉が開き杉山軍医大尉がマスクを外しながら出て来た。

「杉山大尉!」

三浦中尉は噛みつくような剣幕で大尉の前に。その中尉に軍医大尉は笑って

「おめでとう、三浦中尉。元気なかわいい女の子だよ。もちろん、奥さんも無事。ただちょっと出血が多かったからしばらく安静だがね。心配ない」

というとその肩をトントンと軽くたたいて廊下を歩いて行った。

「やった・・・やったぞ、女の子だ!」

喜びを全身にみなぎらす中尉。

 

それから小一時間後、すべての処置を終えて桃恵と新生児は病室に。ベッドで休む桃恵の傍らの小さなベッドには、待ち望んだ二人の子供が無心に眠っている。

中尉は桃恵のほほをそっとなでると「お疲れ様。よくやりました、可愛い女の子をありがとう。入院中は何も心配しないでゆっくり休んでくださいね」と言った。桃恵が微笑み中尉と赤ん坊を交互に見た。

赤ん坊は、薄い桃色で描かれた『櫻に錨』の産着がまぶしいほど似合っている。中尉は

「将来の帝国海軍軍人の誕生ですね。『武蔵』に乗れるといいですね」

と言って、桃恵はうなずいたが

「あなた。・・・また敬語でお話。ダメですよ、今日からお父さんのあなたですからもっと威張って下さらなきゃ」

と言って微笑み、三浦中尉はしまったという顔で「私としたことが・・・でもね、私は桃恵が大事だから敬語を使ってしまうんだよ。大事なものには丁寧に話しかけたいんだ・・・。でも桃恵がそういうならちょっとだけ今日から威張るとするか!」と言って、二人は少し声を立ててわらった。

その声にも動じず赤ん坊は眠っている。

桃恵はそのかわいい顔を見ながら、

(今日から私はお母さん。そして中尉はお父さん。あたりまえだけどなんだかとても不思議で嬉しい。夢のような出来事だけどこれは現実。智一さん、今日から三人であるきます。どうぞよろしくお願いします。

そして『武蔵』の皆さん、退艦の時お世話になった潜水艦や輸送艦の皆さん。私はとうとう女の子を産みました。みなさんのおかげで今日を迎えることができました、あの時優しくしてくださって本当にありがとう。みなさんのご武運を心から祈ります)

と祈った。

その桃恵の心がわかったというのか、赤ん坊が笑ったように見えて桃恵は幸せな思いに心を占領されたのだった――

  (次回に続きます)

 

        ・・・・・・・・・・・・・・・・・

桃恵さん、女の子を産みました!

みなさんの祈りのおかげで安産でした。さあ、三浦中尉と桃恵夫妻の新しい一歩がここから始まります!

次回は『武蔵』話、信じられないおはなしが・・・!ご期待下さい。

分娩台。これの思い出は今もあの日のごとく・・・(画像お借りしました)。分娩台
そして衛生科の下士官階級章、海軍病院の看護兵嬢もこれをつけてた??
海軍衛生科階級章



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まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!

三浦夫妻に女の子の誕生、喜んでいただけてうれしく思います。
どうしてもわが子の時とシンクロしますね、私の時を思い出し書いてみました。もう最初のお産からは20年近くになりますが昨日のように鮮やかに思い出せます。

ご長男に電話、そしてご次男には鉱物の鳥の空揚げを・・・なんかこのような話がきっかけになって一層家族を思うよすがになって嬉しいです。
母性本能ならぬ父性本能がうずく…素晴らしいことですね!世の親たち、見習えー!

「女だらけの武蔵」のみなの思いが安産につながりました!
さて、お次は命名ですが・・・これはホントてんやわんやでした(-_-;)
三浦夫妻どんな名前にするでしょうか・・・!?

女の子の誕生おめでとうございます!!
なんだか我が事のように興奮して、ドキドキして、安堵して、喜びに浸っております。
忘れかけていた我が家の息子たち誕生のことを鮮やかに思い出しました。
東京の息子に電話して声を聞きたくなりました。次男には大好物の鳥の唐揚げを作ってやりたくなりました。父性本能が疼いております。

武蔵のみなさんも優しくて。大きな思いがひとつになって桃恵さんを守ったのかもしれませんね。
出血は大丈夫なのですか。桃さんにお大事にとお伝え下さい。さて、あとは命名ですが見張り員さんの本領発揮ですね。
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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