2017-10

「女だらけの戦艦大和」・『武蔵』あれこれ2 - 2012.09.12 Wed

かつて『武蔵』で医務科に勤務していた旧姓・春山兵曹、現三浦桃恵はその晩の23時頃、軽い腹部の違和感を感じた――

 

(あれ?なんだろう、なんだかおなかがキューっとしてるんだけど)一旦寝付いた桃恵ではあったがその違和感で目を覚ました。隣の布団では夫の智一が軽い寝息を立てている。

昨日も智一は仕事で疲れていたようだ、こんなことで起こしてはいけない・・・そう思って桃恵は(このくらいなら平気。明日になったら婦人科にへ行こう)と、もう一度眠ろうと目を閉じた。

 

そして朝、東の空が白々と明けてくるころ桃恵は腹部の張りに目を覚ました。昨晩よりきつい。おなかを触ると張っているのがよくわかる。

「なんだろう、これ」と厠にそっと立った桃恵は<しるし>が降りてきているのを見た。早晩お産が始まる、と直感した。智一が起きる6時前には張りが規則的になっていた。目覚めた智一はさすがに妻の様子がおかしいのに気がついた。

「どうした?桃恵、・・・まさかもしかして!」

三浦中尉は(ついに来た!)と思った瞬間もう慌てふためいていた。どうしよう、桃恵しっかりしろよ、海軍病院に行くかそれとも産婆さんか!?しっかりしろ気を強く持て!

取り乱す夫に桃恵は笑って、

「大丈夫ですよ、智一さん。・・・まだまだですよ」

という、その落ち着き払った様子に中尉は「まだまだって・・・だって陣痛始ってるんだろう?そしたらすぐ生まれちゃうじゃないか」と真っ青になる。桃恵は笑って夫の手をそっと取ると、「智一さん、初めてのお産は時間がかかるんですって。だから大丈夫です。あわてないでくださいね」

と言った。智一は少しほっとしたが、

「でも今日明日だろう。すぐ海軍病院に行こう」

と言ってまず海軍病院に電話、そのあと部下に電話をし自動車で海軍病院に行くことにした。桃恵は「こんな早くから申し訳ないです」と恐縮したが部下の技術少尉は

「そんなことないですよご心配なく。それより奥さま、少し揺れるかもしれませんが何かあったら遠慮なくおっしゃってくださいね」

と快く引き受けてくれた。自動車は海軍病院を目指す。

 

海軍病院ではすでに連絡を受けていたから入院の準備を整えてくれている。

前に『武蔵』に乗っていた下士官の出産とあって、産婦人科では少し緊張気味で桃恵を迎えた。桃恵を診察した軍医は、

「この調子ならそうですね・・・今夜までには生まれるでしょう。おなかの張りは昨晩からでしたね」

と聞く。桃恵はうなずいて「はい、昨晩の23時ころからです」とその時から今までの様子を細かく伝える。

その様子に軍医は(さすが『武蔵』の医務科の出身だ。的確な答えだ)と感心した。そして軍医は「では三浦さんはこちらへ」と桃恵を一室にいざなった。そのあとを中尉がついてゆく。その中尉に軍医は

「三浦中尉はどうぞお仕事へいらしてください」

という。その軍医に中尉は心外な!という顔で「そんなあなた!子供が生まれちゃうではないですか」と軽く抗議。すると軍医――杉山大尉――は笑いながら、

「三浦中尉。赤ちゃんはまだまだすぐには生まれません。奥さまは初産ですからね。早く見ても陣痛発来から12時間。遅い場合はもっとかかります。ですからどうぞご安心なさってお仕事にいらしてください」

と言った。三浦中尉は「そんな・・・まだまだ桃恵はこれから苦しむんですか」と呆然としている。そんな中尉に桃恵は

「あなた、ご心配には及びません。私は女です、お産は女の戦場です。どんなことが起ころうとも覚悟はできています。ですからどうぞ安心なさってください」

とほほ笑み、やっと中尉は落ち着くことができた。

「そうか・・・でももう生まれる!とか何かあったら絶対連絡をするんだよ。杉山大尉、どうかよろしくお願いいたします」

そういうと、軍医大尉に敬礼し桃恵の手をグッと握って「頑張れよ」というと名残惜しげに妻の瞳を見つめた後、踵を返し職場に向かったのだった。

 

桃恵はそれから徐々にきつくなってくる陣痛と戦うことになった。ベッドの上で段々間隔が狭まる陣痛に耐える。

(私は『武蔵』で戦ってきたんだからこれくらい平気。だってこれは赤ちゃんを抱くための戦いだもの)

桃恵は時を追うごとに激しくなる陣痛に、耐えた。

そして、桃恵は自分と夫・智一の出会いからこちらを思い出していた。

・・・あの時、三浦中尉と出会っていなかったらきっと私はあのままどうしようもない投げやりなままで『武蔵』で勤務していただろう。あの日、私が落とした牧水の詩集を拾ってくれた三浦中尉は私が泣いていたのに気がつくとさりげなくあの優しいマスターのいる喫茶店に誘ってくれたのだ。マスターは私の様子を見るなり気を利かしてくれて店の奥の他からはちょっと見えないようなつくりの席に案内してくれたのだ。その席に座って、最初何も言わないで黙って私を見つめていた中尉。私の気が落ち着くと中尉は運ばれてきたコーヒーの一つをそっと私に差し出して「つらいことがあるならこれを飲んで忘れましょう。もし何かお話したいことがあるなら私が聞きましょう。安心してください、私は口が堅いですから聴いたことは誰にも言いませんからね」と言ってくれた。

初対面なのに私は三浦中尉には今までのこと包み隠さず話せたのだ。彼には安心できる何かがあったから。
学校の同級生と付き合っていたこと、彼の下宿に「住んでいた」事やあの衝撃的な破局のこと・・・それを聞いた中尉の顔が痛ましげに歪んだのを私は見た。そしたら中尉は言ってくれたのだ、「もうすべて過ぎたことですよ。忘れましょう、そしてあなたは新しい一歩を歩きださないといけませんね。・・・誰か、いい人を探しましょうよ」と。その時なんだか中尉がそわそわした感じだったのを不思議に思った私だけどあれは・・・。

そのあとまた横須賀で出会って、一緒に話をしているうちにもう離れがたくなってしまった私たち。

そしてあのプロポーズ・・・私は本当に自分の過去が気になっていたけど、中尉は「済んだことは済んだこと。済んだ過去にはこだわりませんからあなたももう忘れてくださいね」と言ってくれて私は本当にうれしかった。そしてあの暖かかった祝言。そしてその晩のこと。翌日私が『武蔵』に乗り込む前に交わした口づけ、妊娠して横須賀に帰ってきた晩にそっと抱きしめてくれた夫の胸の温かさ…一生忘れない。

 

そこまで思い出した時、新しい陣痛の波が桃恵を襲った。

「!!」

声をたてないように歯を食いしばる桃恵の脳裏に、波濤を蹴立てて進む『武蔵』の姿が浮かんだ。そして医務科の皆や猪田艦長、加東副長の顔が浮かんだ。

「みんな・・・」

桃恵は手にしていた『武蔵』の皆の集合写真を思わず胸に抱いた――

  (次回に続きます)

 

        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

いよいよ出産のとき!つらい陣痛もこらえろ桃恵!これが女の正念場だ。

というわけで、次回いよいよ・・・!

ところで・・・本当の海軍病院には産婦人科と小児科はありませんでしたことを追記しておきます!



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● COMMENT ●

酔漢さんへ

酔漢さんこんばんは!

本物の『大和』『武蔵』にもさすがにいなかったでしょうね「助産婦」さんはw!
艦内にいてお腹が大きくなってその時を迎えてしまったらやはり・・・二次室が相当でしょうか。さすがに長官室は無理だなあ~、艦長室空けてくれたらいいのになあ~なんて!ww。
泉下のご祖父さまもこんなトンデモハップンな話に「いったい何これは!」とあきれられてるのではないかと心配な今日この頃です・・・(-_-;)

ええっ!
『武蔵』のご飯のほうがおいしかった!?
古村さんのおっしゃることなら間違いでないですね…これは一度「山口たも」さんを『武蔵』に試食に行かせないといけませんね!!

いろいろ考えまして・・・

理髪師も歯科医師もおりました大和、武蔵ですが、助産婦までは・・・。
新しい命の誕生はそれだけでも感動です。
そういうときの為に、「二次室」(第二士官室)をそれ用の部屋に直しては?
祖父の居場所が無くなりますが、駆逐艦乗りが染みついておりますので、ハンモックは得意だった(と推察)。古参兵、一平卒士官ですから、きっと理解してくれるものと・・・。
すみません、現実と見張り員さんのお話しとごっちゃになりました。(反省)

「武蔵の料理の方が大和とより旨かった」
二代目艦長、古村さんがこう申しておりました。妊婦さんにもきっと身体によくて、おいしい物をだしてくれてたのでは?

今後の展開。楽しみです。

matsuyama  さんへ

matsuyama  さんへ
母親になる人は勿論、父親になる人にとっても初めての出産の思い出は鮮烈ですね。
私の場合は・…いつか改めてお話しましょう^^。

でも、そのまんじりともできずにいたその時のお気持ちは今も鮮明でしょう。

本当に女の一大事で戦場です。
昔はこれで命を落とした女性もたくさんいたと聞いてとても痛ましい気持ちになります。

さて!
桃恵さんはどうなりますか、ご期待を! 

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
私も娘のころから母や祖母に「お産の時大声で騒ぐものではない」とまさに厳命されていましたのでそれだけは守ろうと出産に挑みました。
看護婦さんがたから「見張り員さんはがまん強い!」と言われましたが結構大騒ぎする人が多いのだそうです。
その辺の顛末はいつか「日々雑感」に書きたいと思っています!

桃恵はどうなるでしょうか、不安いっぱいの初産です・・・
お楽しみに!

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは!

無痛分娩…考えましたが義妹がそれをやった時麻酔が切れたときの「絶望感」が半端なかったというのでやめました。
ふつうはとても辛かったですがいい思い出です。
私は帝王切開の話を聞くとなんだかぞーっとしてしまいます(-_-;)

桃恵のお産が上首尾に行きますよう祈ってやってくださいね!

自分の嫁さんの時は夕方破水があって、急遽病院に連れて行きました。
時間がかかるからと一旦帰宅、自宅待機でした。出産したのはその日の深夜だったと思いますが、病院から連絡があったのは明け方でした。その日はまんじりともなく眠れないままうつらうつらしてましたね。出産は女の一大事業ですから。よくぞ元気な子を産んでくれたと感謝です。

桃恵さんの無事出産をお祈りします。

いよいよですか。こんな時、男は為すすべもなく祈るばかりですね。
元嫁の母は、「陣痛が始まったら絶対に声を出してはいけない」と厳命していました。
痛かろう、苦しかろうに、声を出してつるっと出せば楽だろうにと思ったものでした。あとで聞いた話ですが我が母も私を産むときに私の祖母から、「女たるものみっともなく声を出すな」と言われたそうです。「私は頑張ったよ」といまだに母は誇らしげに言います。祖母から母へ、明治の気骨はまだ昭和初期生まれの人には行き届いているようです。

桃恵さん、きっと無事に終えることを祈っています。見張り員さん渾身のストーリーを楽しみにしていますぞ!!

こんにちは。私は痛いのがイヤで無痛分娩にしたトンでもないヘタレなので、陣痛に耐える人たちの話を聞くと「あう~」です。ご無事な出産、願っております!!ガンバれ!!


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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