2017-09

日々雑感・Tちゃんのこと。 - 2012.09.02 Sun

「女だらけの大和」を書きつつ思うのは戦争のことばかりではなく・・・自分の中学時代の仲間との楽しかったかたらい。

兵たちのたわむれは昔の私たちの姿でもあります。

懐かしきあの頃。

懐かしきあの人たち。

私は小学校卒業とともに転居して千葉市立K中学に入りました。知っている人一人もない中で、地元の小学校を出た人たちはとても仲良く親切にしてくれました。クラスの友人を介してそのまた友人を紹介されたりして楽しかった。

中学の三年間を通してのクラスメートの顔は今も覚えていますがそのまた友人たちも覚えています。

その中の一人――TMちゃんは今も忘れえぬ強烈な印象を残した女の子です。

私の憧れの女の子でもありました。Tちゃんは他のクラスの子でしたが可愛くて有名、その上気立ても良くて誰とでも仲良しになれる子です。

背丈は当時の私(私は小さかった方で中学時代は150くらいでした)より高くすらりとしていて髪は短めのいわゆる「中学生カット」、そして笑うとえくぼが出来てとても愛らしい女の子でした。

彼女は全く知らないはずの私にも親しく声をかけてくれて、友人と数人でなかよく話をした記憶があります。

体育祭の時だったでしょうか。あの時は他クラスの子たちと皆で楽しく語り合い私の今までの人生でも最も楽しかった時です。

TちゃんのほかにもNさんという子も愉快な子だったですね、いつも快活で元気な女の子でした。あとなかなかシビアなものの見方をするOさん。

そんな彼女たちと一緒に過ごした中学三年間。

私たちの学年は12クラスもありひとクラスの人数は約45人。正直顔も知らずに卒業した同期生も多かったのが事実です。

ですがクラスメートの思い出とともにTちゃんの事は忘れられませんでした。彼女の優しいまなざし、言ってみれば新入りのような私を受け入れてくれた有難さに今も感謝の念を持っています。

 

時は流れ、私が初めての子供を妊娠して重症の『悪阻』(つわり)で実家に帰った五月の初め。その朝私は新聞を広げていました。

新聞の「京葉版」を見ていた私は信じられないものを見てしまいました。

小さな記事には昨日国道14号で起きた死亡事故のことが書いてありました。また事故か、いやだなあと思ってみたその記事に・・・

被害者としてTちゃんの名がありました。

Tちゃんは国道を横切る横断歩道上を通行中、突っ込んできた20代の若いものの運転する乗用車にはねられて死んでしまいました。

Tちゃんが、死んじゃった」

すべてが真っ白になりました――

 

それから一年ほど過ぎた後、中学23年で一緒だった女の子と実家近くで偶然出会いその時「Tちゃんのこと知ってる?」とたずねました。

彼女――Hちゃんは少し沈痛な面持ちで、

「聞いたよ・・・Tちゃんはね」

国道14号沿いにあるファミレスに勤務していたんだそうです。その日は遅番だったのかそれとも勤務を終えて帰宅途中だったのかそれはわかりませんがともかく14号の横断歩道を渡っていたところ乗用車にはねられてしまった、と言いました。

どんなに痛かっただろうか。どんなに苦しんだのだろうか。

まだ30歳の若さでした。まだ結婚もしていなかったようです。

好きな人がもいたと思います。

やりたいこといっぱいあったはずです。彼女を必要としている人がたくさんいたはずです。

明日も明後日も、いや、何十年先も生きるつもりだったはずです。

でもTちゃん、可愛くって思いやりのあったTちゃんの命はこの日で断たれてしまいました。Tちゃんが私に向かって微笑んだあのえくぼの顔はもうどこにもありません。

Tちゃんを「はね殺した」男性は今どうしているのだろうか、はねられて倒れているTちゃんの姿を今も覚えているのだろうか、そして何より激しい後悔の念にさいなまれているだろうか。そして、今も運転をしているのだろうか?

 

Tちゃんは私たちの大事な「友達」でした。

返して下さい。

 

Tちゃんは私の記憶の中でひっそり生きるのみになってしまいました。

 

Tちゃんが非業の死を遂げてあれからもうそろそろ20年になります。

Tちゃんはあの日から年をとりませんが生きている私たちクラスメートはすっかり中年になり果てました。

Tちゃんはあのあと日本や世界で起きた事を知らないまま永久の眠りについています。もし彼女に会えて、「あの後こんなことがあってね」と言ったらあのえくぼの顔を時には曇らせ、時には笑って「そう、そんなことが!」と言ったことでしょう。

スマホも、ブログも、ツイッターさえも知ることなく逝ってしまったTちゃん。私は「運命」というものの残酷さをいまさらながら身にしみて感じています。

深い付き合いではなかったけれどあの優しい気遣いを持ったTちゃんは私が死ぬまで忘れえない人の一人になっています。

 

Tちゃん安らかに。

そしていつか私が行った時も覚えていてね。あのころみたいに楽しくお話ししようね。すっかりおばさんかお婆さんになったかつての同期が集まる日も来るでしょう、その時「やだあ、お婆さんになっちゃって」と笑われるかな?

「もう一遍若かったあの日に戻りたいね」

そんなふうに言いながら皆で愉快に過ごしたいね。心は中学生に戻って。

 

その日まで、Tちゃん待っててね。

中学時代の思い出詰まった歌です。




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● COMMENT ●

ローガン渡久地さんへ

ローガン渡久地さんこんばんは!

この記事は私自身泣きながら書きました。
Tちゃんへの鎮魂の文であり、自分の過ぎし中学時代を回想する時でした。
還らない時の重さ、還ることのない人の命の重みを痛いほど感じた瞬間でした。

そう…私結構いい年ですぞw。体調不調に悩む時がきております^^、、、。

見張り員さん、おはようございます。

途中から泣いてしまいました。
昨日観た「拝啓天皇陛下様」という映画でも、ラストで主人公がトラックにはねられ命を落としてしまったので・・・
こちらはフィクションですが、毎日交通事故で亡くなる方がいる現状を思うと、胸が痛みますね。

蛇足ですが、なんとなくお年が分かりました(笑)

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは!
命って本当にきれいで儚いですね・・・でもだからこそ愛おしくって抱きしめたいのです。

生きている自分は命の終わりの日まで一所懸命生きる…それが使命なのかなあ?なんて思ったりして。

Tちゃんのことがこの記事を通してみなさんの心の片隅にちょっとでも残れば、そうしたらTちゃんはたくさんの命の中に生きることになる。・・そう思いますね。

オスカーさんもおっしゃるように亡き人を思い、記憶して生きてゆくことが大事ですね。

本当にまだ暑いですねいい加減へたってきました!オスカーさんもくれぐれも御身大切になさってね^^!

鍵コメさんへ

鍵コメさんこんばんは!

年齢を重ねるとどうしてもかつての友人との別れをしなければならないときがありますね。
記憶の中ではみな若いあの日のままなのに、現実っていうものはなんて残酷なんでしょうか・・・

ご紹介の記事、拝読させていただきますね。

まだ暑い日が続くようです、御身大切にお過ごしくださいね^^。

matsuyama さんへ

matsuyama さんこんばんは!
イエスタデイ・ワンスモアに入れ込みのある(というと変ですが)人は多いですね。私もその一人ですがカレン・カーペンターが亡くなったのはショックでした。
私がカレンの歌声と出合ったのは小学校2年くらいでしたか、それ以来の友人のような感じでしたから本当に悲しかったです。

Tちゃんとはそれほど深い付き合いではなかったけど、優しくしてもらったことがとてもうれしくて以来彼女のファンでした。
ですから彼女の死を新聞で知った時の衝撃とか落胆とか・・・もろもろの感情が噴き出したことでした。
今もその時の衝撃から脱出できてないようです。

それでも私は生きてゆかねばなりません。彼女の笑顔を心に、生きてゆきます。

ルパンさんへ

ルパンさんこんばんは!
小学生時代はいじめにあっていいことなしでしたが転居して入った中学はみな親切で愉快な人ばかりでした。私の一番いい時だったと思っています。
そんな中で知り合い、言葉を交わし合った友達の、中学卒業後たった15年後の事故死に今も衝撃が続いています。

みなそれぞれいろんな友人関係がありますね。私は高校時代はあまり良くなかったですがそれでも今でも年賀状のやり取りする間の友人がいますから「よくない」と一概には言えないかもしれないですね。

私の性格、結構激しいですよ~~。千万人といえども我いかん、というところもあります(軍人向き)。
マイルド・・・う~ん、そういう部分もあるのかなあ??ww

荒野鷹虎 さんへ


荒野鷹虎 さんこんばんは!
わざわざありがとうございます^^。
その後お体いかがですか、まだ暑さもきびいいですからご自愛のほどを願います!

かっつんさんへ

かっつんさんこんばんは!

弟さん、たった12歳だったんですね・・・生きてらしたら私よりはちょっとお兄さんですね。

かっつんさんの体を借りて弟さんは世の中をみているのかもしれないですね。

どうかもう、どんな理由であっても若い人は死んではいけないと思う昨今です。親より早く死ぬという悲しいこと、あってはなりません。

こんにちは。今もどこかで誰かの何かの命が終わりを告げているのだと思うと、今、生かされている自分は何をしたらよいのかと改めて考えてしまいます。
見張り員さまのブログを通して、Tさんの命のキラキラしたものを皆さまが受け取ったことで、ずっと生き続けるのではないかと思いました。
亡き誰かを想い、記憶して生きることは立派な供養になると考えています。
まだまだ暑い毎日、お身体に気をつけて下さいね。ムリなさらずマイペースで!

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

カーペンターズの「イエスタデーワンスモア」大好きな歌でした。
あの清んだようなカレンさんの声。仕事で疲れた身体を癒してくれました。
そのカレンさんが突然の死。
写真や映像では見たことありますけど、もちろん直接会ったことはありません。歌手とかタレントというだけではなく、1度知り得た人の死とは悲しいものです。ぽっかりと胸に穴が空いたような淋しさでした。
まして毎日のように会って話をし、遊んだことのある友人の若い死は大きなダメージですね。いつまでも癒されることはないでしょうが、楽しかった思い出を奥深く胸に刻み、強く生きて行ってください。

おはようございます

見張り員さんの中学時代は友達に恵まれ楽しそうでしたね。
Tちゃんの人柄のイメージが目の前に浮かび、胸がジーンとしました。
偶然にも新聞で知られるとか、余計に悲しさが増してしまいます。

私の中学時代は友達もいなく、いい思い出はありません。
友達は欲しいのですが、自分の未熟な人格で他人とのかかわり方が分からず、
できる友達と言えば、私と同類の友達のいない未熟人格の輩で最悪でした。
だから勉強に逃避したのですかね^^; 
でも高2になってバンカラな男友人と『女の子の利害関係』で親友になることができ、、
不器用な私も学習し、人並みの人格に達することが出来ました^^。
私の人生のよい転機は女性絡みがような気がします、果報者です^^。
いい友達の多さで、その人の人柄のバランスが分かりますね。
きっと見張り員さんも、性格は激しいようで本当はマイルドに違いありませんね^^。

今日はお留守にもかかわらず嬉しいコメント感謝致します。!取り急ぎお礼まで。!☆彡お許しください。!

僕の弟

12歳でこの世を去りました
ちょうど40年前の今日のことです
それで今僕はこういう生き方してるんだなぁ
そう思ってます
若い命が奪われる悲しみ、たくさんの人が背負っているんですね

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんにちは。

実は今日、この記事を半分泣きながら書いていました。
たちがたい愛しさがあふれてどうにもなりませんでした。
そして今、まろにいさまのコメントにまた涙流れてなりません。

トラックにはねられて亡くなった同級生のかた。若い身空であまりに無残です。若い命があまりに哀れで言葉もありません。
飛び降りされた若いお嬢さんも何があったのか・・ご両親もあったでしょうにその嘆きをも思えないくらいの悩み苦しみがあったのならなんとこれも無残なことでしょう。
24歳のお嬢さんも許嫁を残されて無念の死。
そしてたいがい加害者には後悔の念も心からの謝罪もない。これが交通事故で一番腹が立つことです。中には一生心を痛めて墓参を欠かさないという事故加害者もいるようですがそれはもうごくまれ。
人の命を何とも思わない、人の痛みを自分のものにできない人間などそれこそ生きている資格などないと思います。

残されたお母さまは、アルツハイマーですか・・・そうですね考え方によってはそのほうがご本人にはよかったかもしれないですね。辛い現実を抱えて生きるよりはそのほうが・・・

当事者には絶対なりたくないですね。被害者は当然、加害者の立場にも。
だから娘たちには「運転免許など安易にとってはいけない」と言い続けています。ひとさまの命を奪ってしまうようなことがあれば償いききませんもの・・・

私も非業の死を遂げた3人のことが生涯忘れられません。
一人は中学生の同級生。下校時に学校で「じゃぁ、あとでね」。その数時間後に待ち合わせ場所に向かっていた彼が大型トラックにはねられて。無残な姿だったと言います。
ふたり目は仕事先の受付の女の子。挨拶してくれてお茶を淹れてくれていつもと変わらないはずだったのに商談中に外で大きな音が。その会社のビルの屋上から飛び降りて。最後の目撃者として立ち合いましたが、つらかったですね。彼女に何があったのか。
3人目は実家の隣の娘さん。私とちょうどひと回り年下の子でした。夜のテレビで24歳の女の人が交通事故で即死したと。可哀そうにと思って見ていました。翌日、父からの電話でその人がお隣の娘さんでした。加害者は親に連れられてヘラヘラとしながら一応の詫びに来たらしいです。明日にも結婚しようかという許嫁がいたのに命を奪われてみんなが悲しみに包まれました。出雲の出身のご両親ですので神式の立派なお見送りでした。
あれから20年。娘を亡くしたおばさんはとても気丈な人でしたが、今75歳ですが70を過ぎたあたりからアルツハイマーになって昔の凛とした面影もありません。ご本人はもしかしたらその方が楽なのかもと思ったりしています。
生きているとさまざまな現場に立ち会いますね。ただなるべくならばその当事者にはなりたくないというのが偽らざる本音ですね。長々とごめんなさいね。


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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