2017-10

日々雑感・桜花爛漫の中で思う。 - 2012.04.10 Tue

願わくは 桜のもとにて春死なむ その如月の望月のころ

そう詠んだのは西行法師だったか。確かにこの春の桜花爛漫な様子を見ると「さもありなん、かくありたし」と思う。しかし桜のもとどころか、深い海の底や草いきれの中で死なねばならなかった若者たちがかつて、いた――

 

大東亜戦争で散華された英霊の皆さんの詠んだ歌(あの当時の日本人は折々でよく歌を詠んだ。その歌の素晴らしさは下手な感想を挟むまでもなし)も、自分を「桜花」にたとえた歌が多い。

また歌としてではなくともその遺書の中で桜にたとえたものも多くみられる。

たとえば、

深山の桜のごとく、人知れず咲き、散るべき時に潔く散る。何の雑念も含まず」(西田高光 海軍 神風特攻・第五筑波隊で昭和二十年五月十一日南西諸島海域にて戦死。二三歳)

この桜の散る頃一緒に茂は立派に散ってゆきます」(松土茂 陸軍 特攻・第一〇四振武隊で昭和二〇年四月一三日沖縄海域にて戦死)

咲いて散るのが桜の花で、散って咲くのが人の華」(杉本徳義 海軍 桜花特攻・建武隊で昭和二〇年四月三日沖縄海域にて戦死。一八歳)

のように、あまりにも淡々とわが身が散華する日を、その時を待っている。

この「死」の怖さを超越したとしか私には思えない「死生観」のような感覚を、彼らはいかにして身につけたのだろうか?

単に当時の教育だけでこうした死生観を身につけることはそう簡単にできることではないと思うから普段の学習――学校での指導はもちろん、家庭での教育や読書等によるもの――からえたりしたものであろうとしか今の私には推測できないが、それにしてもすさまじいばかりの思いである。

今、例えば私が「明日(あるいは明後日)出撃だから」と言われても覚悟などできるわけがない。それは私がありえないほど平和で自分のことしか考えない世の中に生きているからに他ならない。しかし私は彼らの「死」を恐れない生き方に惹かれるのである。とは言っても彼らも死に着くまでどれほどの逡巡や懊悩があったかわからない。

だがそのすべての苦悩を見せることなく逝った彼らに私は惹かれる。

もちろん彼らとて人の子であるから、残される家族――特に母親――への追慕の情は涙なしには語れないものがある。

優しい優しいお父さんお母さんの顔がまぼろしの様に浮かんで来ます。泣けて泣けてなりません」(金井良吉 陸軍 特攻・第二一四振武隊で昭和二〇年六月十日南西諸島海域にて戦死。二〇歳)

今こそ大声で呼ばして頂きます。お母さん、お母さん、お母さんと」(相花信夫 陸軍 特攻・第七七振武隊で昭和二〇年五月四日、沖縄海域にて戦死。一八歳)

どれも哀切なまでの肉親愛に満ちてはいまいか。特にこの相花信夫命は、「お母さん」という方が継母である、彼は六歳で実母に死に別れた、「我六歳の時より育て下されし母。継母とはいえ,世の此の種の母にある如き不祥事は一度たりとてなく、慈しみ育て下されし母。有難い母、尊い母・・・遂に最後まで『お母さん』と呼ばざりし俺、幾度か思い切って呼ばんとしたが、なんと意志薄弱な俺だったろう。母上、お許しください。さぞ寂しかったでしょう」と彼は己の不孝をわび、冒頭の叫びの文をしたためた。断ち切りがたい愛しさがそこにはあふれている。

 

が、彼らは軍人である。国を、国土をそして家族を守るためにそうした思いを手紙にしたためたうえであとは胸に秘めて発って行った。彼らの思いは今も、散華した空に、海に、大地に漂っているのだろうか。

 

彼らの御霊は、今日本をどう見ておられるのだろうか?

私は最近とても気になる。日本は高度成長からこちら、大変に世界でも評価されその地位を上げた。しかしここ二〇年ほどどうもその国の雲行きが怪しい。

不景気はいずれの時代にもあることでこれは「世界」相手の経済ではいたしかたない部分もあろうが、いたしかたないでは済まないのが日本人の精神的退廃、腐敗のひどさ。

特にここ最近は新聞紙上、TVを殺人事件の記事がない日は皆無と言っていいし、街に目を転じれば自分中心で闊歩する老若男女の多いこと。

私自身も自己中心主義の一人ではあるがその自分から見ても今の日本人はひどすぎる。

 

誰が何が日本人をそうさせたか。

元凶はかつて日本を占領した「進駐軍」ではあるが、日本はその占領軍が去った後も新しい思想を有難がりかつての日本の良き思想や風習、伝統を復活させることなく<捨て去った>。そこから日本の腐敗が始まった気がしてならぬ。

アメリカなど欧米ではどうか私は知らないが、日本人にいわゆる<個人主義>は合わなかったのではないか。<個人主義>がすべて悪いものだとは言わないが、日本人には合わないものを無理に合わせた結果残ったのが今の「自己中心主義」という誤った個人主義ではないのか。

昔読んだあるタレントの本にこういう部分があったのを覚えている、(少し変えてあります)「・・・原宿を車で通る、さまざまな人間たちの通る姿に内心辟易していると、マネージャがしきりに『いいね、いいねバラバラでいいよ』という、何かと問うと『だってバラバラってことは自由ということだから』。そう言われてこのタレントも、そうか自由とはバラバラであると言うことなんだ」と感激すると言うもの。

確かにそうかもしれないが、バラバラ=自由という図式は早計過ぎないかという気もしている。自由というものは社会に置いてはそれなりの束縛の中で認められるもので決して「皆が勝手に」してることが自由ではない。自由=勝手気まま、ではない。

もしこのマネージャ氏が、そういう意味で言ったのならそれは違うと思うし、そういう意味で言ったのではないと信じたい。

そう思う時本当の自由を知らぬまま散華した若者たちがあまりに不憫で哀れになる。でも彼らは手の届く範囲の自由の中で精いっぱい生き、笑い、泣き、愛し愛され、そして死んでいった。きっと彼らの短い一生は今の私の一生より幸せだったのかもしれない。

 

「戦艦大和」沈没六七年、そしてまた廻りくる「沖縄戦」の時期を思いつらつらと書いてみました。

死ぬことが怖いと思った時、自分自身を叱咤するために特攻隊員の遺言を集めた本を読むうちに自分の死に対する怖さがどれほど甘ったれたものか悟りました。

恥ずかしい限りです・・・

 

(文中の遺書は<特攻隊員語録 祖国に殉じた若者たちの真情>北影雄幸 光人社 から引かせていただきましたことを申し添えておきます)

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● COMMENT ●

ジスさんへ

ジスさんこんばんは!
こちらこそいつもありがとうございます。

桜の花を見上げた時心を震わす感動、感激こそが日本人のDNAそのものかもしれませんね。散り際の美しさをめでる・・きっと今を生きる日本人の中にもあるはずだと思いたいです。

ジスさんもおっしゃるように、今の私たちが「明日出撃だから・・」と言われたところで「え?」っていう感じになるのは当然かもしれません、いや当然でしょう。
まず時代が違いますし、受けた教育もまったく違いますものね。
日々の重さとか命の重さがまずもって違うんだと思います。

本当に暖かくなって少しほっとしますね(でもまだ花粉が・・!)。
東京の桜もずいぶん散り始めました、ちょっとさみしいですね・・・

ルパンさんへ

ルパンさんこんばんは!。
>コメントに自信がない
そんなことおっしゃらずにどうぞ!!

「咲いて散るのが~」の歌にはなんだかドキッとさせられました。これこそが当時の人が持っていた「覚悟」の真髄のような気さえします。
「散って咲くのが人の華」
そう言い切れる、いいきってしまうかつての若者に今彼らの倍以上生きた私は全く近づけません。悲しいかな。

散華した彼らは、桜よりも美しい・・・

NoTitle

こんばんは。いつもありがとうございます。

ぱっと咲いてぱっと散る・・・桜の潔さ、まさに日本人の心に古くから染み込んでいる心意気とでもいうのでしょうか。
現代に生きる我々が「明日出撃だからwwwプゲラwww」って言われても全くピンとこないでしょうね。ここまで心意気を訴えた歌など歌えるはずもないことかと思います。

今日は暖かくなりましたね。名古屋の桜、早くも散り始めています。

NoTitle

こんにちわ

コメントに自信がないときは、コメント遅出しです^^

「咲いて散るのが桜の花で、散って咲くのが人の華」
この歌に心打たれました。
解釈が浅いと恥ずかしいので、勘弁してもらいますが、
ジーンと胸に刺さりました。
桜に負けず、哀しく清く美しすぎる精神です。




matsuyamaさんへ

matsuyamaさんこんばんは!
死にゆく人たちの残した美しい言葉の前に私は自分の言葉の拙さを恥じます・・・
これが18やそこらの人が書いた文章だろうか、と目を疑うような名文ばかりですね。「教養」の高さは当時の日本は最高クラスだったと思います。
そして家族や人を思う心の気高さ、国を憂うる心の強さ。
今の日本人、私もそうですがなかなか持ちえないものだと思っています。

自由とは何か。
matsuyama産のおっしゃる通りだと思います、
>本来の自由とは社会の規範を守った上で、自分の時間を持つということではないか
まさにそれですね。私の言いたかったことです。社会の規範を守らないでの自由はあり得ませんよね、それこそ勝手気ままという奴で。

そう思う時、自由時間は就寝前のほんの少しの時間だったという若い兵隊さんたちがひとしお哀れになります。

柴犬ケイさんへ

柴犬ケイさんこんばんは!。

あまりに若い命をなげうって逝った特攻隊員たち。今の日本は全くその御霊に応えていませんね、ばかりか裏切るようなことを平気でしています。
いずれ・・・大きな罰が当たることだと思っています。
アメリカ支配は終わらず、悪しき部分でより強くつながっている気がしてなりません。もっと素晴らしい部分でつながれるなら本当にいい「トモダチ」になれるのでしょうけど・・・

今夜の8時20分過ぎです、外はすっごい雨風!早めに散歩に行ってよかったですがなんだかモミジ、落ち着かないようですね・・・
桜、明日もきれいに咲いてるといいですね^^。

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは!
そう!そこがとても不思議なんですね。結局、「被害者」「加害者」にわけないと気が済まない現在の教育というか思想がそこにあるんだと思います。それこそ「占領軍」の思うつぼだと思います。
日本軍の兵隊さんは侵略者ではないし、自衛隊は暴力装置ではないし、靖国神社は敬虔な祈りの場です。それを「危ない」とか言って白眼視してる人のほうが私には危なく思えますね。

NoTitle

死を前にして書いた彼らの手紙には感動しました。
一つ一つの語句、表現を見ていると、思いやりの強い文章ですね。
ここまで親への思いやり、国を守ることへの執念。死を直前にしたからこそ湧き上がる優しさなのでしょうか。
このような気持ち、現代の人々は持ちあわせているのでしょうか。
以前自分の息子がアパートを借りて自由な生活をしてみたいといったことがありました。息子の世代が抱く自由とは何なのか。
ただ単に誰にも束縛されないという意味なのかもしれませんが、本来の自由とは社会の規範を守った上で、自分の時間を持つということではないかと思います。
死に直面した彼らには自分だけの自由な時間はなかったんでしょうね。

NoTitle

見張り員さん   こんにちは♪

いつもありがとうございます♪

若くして国のため特攻隊の方の死んで行かなくては
ならなかったんですね。
今の政治と官僚たちとアメリカの支配は終わってなく
悲しんでいるでしょうね。

今日は風雨で桜が散らないと良いですね。
こちらは雨も本降りで夕方の散歩はカッパを着せて
終わりましたがこれから雷に注意で鳴らないことを
願っています。
モミジちゃんも昨夜の桜の散歩で春を感じ今日の
雨の散歩小降りになると良いですね。

こんにちは。学校の修学旅行で広島・長崎・沖縄などにいき、戦争体験談を聞かせたりするのに、戦時中に実際戦わなくてはならなかった兵隊さんの話をしたり自衛隊の話をしたり靖国神社の話などをすると「危ない人」みたいな視線を向けられるのはなぜなのでしょう? すごく不思議です。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんおはようございます。
つい最近、なんですよね思えば。彼らが生きてそして死んでいった時代はたかだか60数年前ですがそんな時代に武士も驚く死生観を持ちえた日本人がいたということに改めて感慨を深くしたところです。
「信じられない」と思う気持ちは私にもありますね、どうしてこうも笑ってゆけるのかと。これを理解するにはきっとーーあってはならぬことではありますがーー同じような世界の状態に再びならない限り真には理解しえないと思います。
後世の同胞から「狂信的」とか正常な思考ではない、などと言われる特攻思想ではありますがしかし彼らが健全な思考を持っていた何よりの証左が「母親への思慕」や家族への愛情あふれる言葉が示していると思います。
独裁ですさまじいばかりの北朝鮮でも、かつての日本人のような心はないと思いますね、やはり日本人ならではの心だと思います。

NoTitle

私も思っていました。彼らの生死感の根源は何処だろう。何だろうと。武士道の遺産でしょうか。日清日露の勢いでしょうか。
それにしても命と引き換えに国を護るなんていうことを粛々と敢行できていたという潔さ、素晴らしいと思うと同時に失礼ながら信じられなくもあります。ですから「お母さん」への思いはせめてもの本心の裏打ちのような思いもします。母に向ける感謝や思慕の言葉には誰も止めることは出来ないでしょうから。
あの統制厳しい北朝鮮ですら総書記様の為に命を捧げるだろうかと思うと、日本人の血の美しさに恐懼するばかりです。


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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