2017-10

日々雑感・卒業式から思うこと。 - 2012.03.09 Fri

昨日は娘の高校の卒業式でした。

とてもいい卒業式で、在校生の送辞も泣けましたしもちろん卒業生代表の当時は感涙ものでした。皆入学当時より精神的成長がおおいに見えましたし、数人の娘の友人にあいさつを受けましたがみんなとてもいい挨拶をしてくれ嬉しく思いました。

そんな彼女たちも4月からはそれぞれの道に向かって歩き出します。その長い道に幸多かれと祈らずにはいられません。この先彼女たちには様々なことが待ち受けているでしょう、社会は思うより厳しく恐ろしいです。時には立ちすくんでしまうかもしれません、泣き出したい時もあるでしょうしもしかしたら絶望すら感じる時もあるかもしれません。

でも、どんなことがあっても人間は必ずその試練を乗り越えるだけの力があると私は信じています。私自身がそうでした、私のような人間にできたことが彼女たちにできないわけがない。

時には立ち止まって自分の居場所を見つめ、見直してまた歩けばいい。どうしても歩けそうもない道なら別の道を探して歩くのもいいでしょう。

命のゴールのその時まで決してあきらめないで歩いていってほしい。人生は悪いことばかりではない、たとえ先の見えない暗雲漂う中を歩いていても、逆巻く怒涛の海を航海していても必ず晴れて穏やかになる日が来る。

そして荒天の日はこの先の人生を歩く上でのよい教訓になる。

人生に置いて「無駄」はないのです。

絶対自分をあきらめず、横道にそれないでそれぞれの人生と言う長い道を歩いて行って下さい。それが母としての、娘にそして娘とお友達になってくれたみんなに贈る言葉です。

 

 

            ・・・・・・・・・・・・

卒業式と言って思い出すのは沖縄戦で戦死した「ひめゆり学徒隊」やあまり知られてはいませんが「白梅学徒隊」などの女学生のこと。

彼女たちのうち最上級生はいよいよ戦況が悪くなった昭和20年の今月から4月初頭にかけてあわただしく「戦場の卒業式」を挙行。そのあと急ごしらえの看護員として陸軍病院等に勤務しその多くが散華してしまいました。ひめゆりであまりに有名なこの学徒隊は、「県立第一高等女学校」の200名と「沖縄師範学校女子部」の120名で結成され沖縄陸軍病院に勤務し、「県立第二高等女学校」の65名は先に書きました<白梅学徒隊>として第24師団第一野戦病院に勤務。他に「県立第三高等女学校」「県立首里高等女学校」「私立積徳高等女学校」「私立昭和高等女学校」がそれぞれ10名から80名ほど軍の野戦病院に勤務しました。

その多くが帰らず、ひめゆり以外は沖縄でもその存在を忘れられているという由々しき事態だそうです。

「白梅の塔(県立第二高女)」はひめゆりの塔にほど近いところのあるにもかかわらず訪れる人もほとんどないそうです。同じ学徒隊でありながらどうしてこう差がついてしまったかはよくわかりません。でも彼女たちの「国に尽くす心」「赤誠心」はどの学校の生徒であっても変わるはずはない。もし、この先沖縄に行かれることがあったら、あまり知られることなく沖縄の地にひっそりと眠る彼女たちの慰霊碑を探してお参りしてください。若干15歳から19歳くらいまでの乙女たちがその命のすべてを燃焼させた戦いの後をたどりましょう。

かく言う私も沖縄の地は未踏ですが行く時は必ず彼女たちのもとを訪れたい。そして今の平和(いささか問題アリの平和であっても)を感謝し、この国を未来永劫守ることを彼女たちの御霊に約束してこようと思っています。

 

        ・・・・・・・・・・・・・・・

更に今日39日、この日の日付が10日に代わる頃あの「東京大空襲」(昭和20年)がありました。この時も、国民学校の6年生が進学等で疎開先から帰宅し、たくさんの子供たちがその業火に焼かれてしまいました。中には帰宅したその晩に空襲に襲われ遺体もいまだ見つからない生徒もいると聞いてその非道さに身が震える思いです。幼い御霊は今も親を、兄弟を求めてさまよってはいまいかと思うと悲しみがこみ上げてきます。

 

         ・・・・・・・・・・・・・・・   

 

名古屋の河村市長は「南京虐殺」はない、と発言して問題になったそうですがあれは「なかった」と思います。様々な資料があの話は捏造だったと証言しています。第一段々犠牲者の人数が多くなるのがおかしいです。(これを書きだすと終わらないので書きませんが私は「なかった」という説を支持します)

話がそれてしまいましたがあるラジオで有名な司会者MM氏がこれについて大変怒って「一人殺したって虐殺なんだよ!謝れ」と怒鳴っていましたが、それを言うなら東京大空襲は、広島長崎の原子爆弾はどうなんだ?と思いますね、だいたいM氏は「戦争」と言うものについて芯から理解していない気がしてなりませんでした。戦争と言うものは大量殺人です。これは厳然たる事実です。それを理解したうえで話をしないとできるものではないのですがどうも氏は感情論で戦争を話そうとしている気がして遺憾に思っています。実際彼はアメリカの蛮行については触れませんでしたし。

 

ですから私は河村市長は謝罪の必要はないと思うし、謝罪というならまずアメリカがあの許されざる大量「虐殺」を謝罪すべきではないかと思いますね。

もう日本はあれこれ言ってくる国に対し「謝罪」なんぞしなくていいと思いますが・・・

 

            ・・・・・・・・・・・・・・

平和な時代の卒業式を見て思ったことを書き連ねて見ました。

なんだか昨日から涙もろくなって困っている私でありました(娘の学校では「君が代」斉唱があり「仰げば尊し」「蛍の光」の合唱があり、校門には二旗大きな日の丸を掲げた至極まともな日本の格好です、そういう学校に通わせたことは私にとって誇りです)。

卒業式の定番の歌です。・・・思い出しましょう、そして泣いてください!!





にほんブログ村 小説ブログ 百合小説へ
にほんブログ村
関連記事

● COMMENT ●

独言さんへ

独言さんこんばんは。

実は書きこむレスがすべて『不正』と判断されて投稿できません。ですのでこのお返事はまた別の場所でさせていただきたいと思います!
全くどうしてこうなんだか、ああ腹がたつ~~~~!!
もう2時間近く書いてどうにもだめです。
こんなのってありかしら?

周平さんへ

周平さんこんばんは!
ありがとうございます!今娘はまさに『岐路』にあります。自分が選んだ進路を歩きだす時がもうそこに来ています。
私の生き方が彼女の生き方の参考になるか否かは疑問ですが、少しは役に立ってくれればいいなあと思いますね。そうしたら子育ての甲斐があったというものですね。

どんな大波が来ても自分という船の舳先を波に立てて乗り越えてほしいと願っています!

かなやのぶ太さんへ

かなやのぶ太さんこんばんは!
ありがとうございます!そうですね、口には出さないですが大きな期待と胸の奥に渦巻く不安があるんでしょうね。思えば自分自身の同時期もそうでしたね(もうウン10年も前ですから忘れかけていました^^)。
横道にそれないで信じる道を歩いてほしいです。

自分が子供を持ってどれほど母親が自分を心配していたかがわかりました。親になるということはとりもなおさず己の成長でもあるわけですね。『育児は育自』なる言葉の意味がこうして分かりました。

でも自分の親には気恥ずかしくってお礼の言葉って言えないものですね・・・(^^ゞ

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんへ、追伸です!
日本はどうしてこうもなんでも下手に出過ぎるのかわかりませんね。
外交というものは「恫喝」に近いものだと認識しております。発言力に長け、力(軍事力)を誇示せねばなめられいずれ国を失いましょう。
そろそろ日本も「強く」ならねばなりませんね。

英霊をないがしろにし、国体を危うくする政治家があふれる今の日本、早く目覚めてほしいものです。
英霊のみなさんが周辺のしょうもない国をどうにかしてほしい・・・と私も思いますよ!

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
ありがとうございます!娘の晴れ姿に涙が出るのをどうしようもありませんでした・・・。これから自分の思う進路をとる娘ですが日本人としての誇りと自覚を持って生きてほしいと願っています。

私の母が昭和20年の今月は3歳8カ月で、その当時の記憶があって時々語ります。母は雪谷(大田区)に住んでいましたがその晩は下町がえらい空襲だとの知らせに防空壕に入っていたこと、翌日の昼ごろ下町の燃えた炎熱で陽炎が立ったこと。
あの晩に亡くなった非戦闘員は10万人ともいわれます。昭和50年代ころまでは地下工事などで当時の犠牲者の遺骨が出たと聞きます。
地下鉄東西線(現・東京メトロ東西線)工事中も家族数名の遺骨が出たという話がありそれは親族の元に帰ったそうですがなぜ身元判明したかというと、かつての人たちは避難時に必ず先祖の「位牌」を持って逃げたからでそこから身元判明につながったそうです。

今もどこかの地中深くにあの空襲の犠牲者が地上の繁栄を知らずに眠っておられるかも知れません。合掌。

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは!
ありがとうございます。でも高校卒業は親として子育ての一段落だと思います。というか最終段落に近いかも!?

そうなんですよ、『蛍の光』4番まであるんですよね。私が4番の存在を知ったのは小学2年だったか卒業式に駆り出された時、手渡された『蛍の光』の歌詞に4番があってでもしかし「この4番は歌いません」と言われて「どうして?」と思ったのが最初です。
さりげなく?国を思う歌詞を入れるところはさすがだと思いますね。

いやいや、私のブログなんぞ大したものではありませんがそれでも何か参考になったり考えるよすがになればうれしいです。
これからもキラキラ・・・行きますよ~~❤

ソライエさんへ

ソライエさんこんばんは!
ありがとうございます、娘もまた一つ新しいスタートを切りました。
本当にうれしくもありさみしくもある「卒業」、小学校や中学とはまた一味違っているのはもう目の前に大きな『社会』というものがあるからでしょうか。

その『社会』に出るとまさに区切りが無くなってしまうのがさみしいような困ったような。いったいいつ区切りやけじめがついているのか、知りたいときもありますし明確な「卒業」というものがある学生時代がうらやましいですね。
区切りとかけじめって大事ですね!

こんばんは。いつもありがとうございます。ご無沙汰しておりました。

娘さん、ご卒業おめでとうございます。見張り員さんの娘さんですからきっとこれからも素晴らしい人生が待っていることと思います。ウチもあと何年かしたら、そういった日が来ることと思います。とりあえず来年は息子の中学の卒業式ですが。

我が名古屋の河村市長・・すっかり話題になってしまいましたね。数年前普通に居酒屋でお会いしたことがあります。当時はまだ国会議員で市長になる前でした。中日ドラゴンズの帽子をかぶった息子に気さくに話しかけてくれたのが印象的でした。話が大げさなのか真実かは不明ですが、思ったことを口に出したことが国際問題になりSKE公演中止とか・・大変なことかと思います。

私は南京虐殺はあったと思います。中国人はご存じの通りあんなですから、当然無責任な誇張・捏造もあるとは思いますが、虐殺はあったと思います。当然、広島長崎原爆も虐殺です。
戦争そのものも絶対に許せないものですが、人間本質の不備から歴史的に必然的に発生するもので、将来も発生するしょう。そうした中で私たちは精一杯阻止しなければならないし、最低非人間的な行為は断固非難すべきであることは当然のことです。
戦争も大量殺人には間違いありませんが、それと虐殺とはちょっと意味が違うと思うのです。非人間的非人道的無差別殺人というのが虐殺と思っております。虐殺はたとえ戦争中でも絶対に許されません。そんな虐殺が南京で行われたと思うのです。

父は大正5年生まれで、最後の戦争経験者です。(父は晩婚で、私は年寄りの子です)
私の高校時代、大東亜共栄圏で戦争を経験した父を問い詰めたことがあります。父は南京虐殺の当事者ではありませんが、当時の様子をしてっている父に南京虐殺はあったのかと問い詰めました。父ははっきりとは否定せず、「戦争では、特に戦争で外国にいる日本人はほとんど気が狂っていた」と言いました。狂っていることが普通だったと。中にはまともな人もいたのと思うのですが、それを口にすることができなかったかもしれませんが、でも事実は事実です。
一部現地住民対して非人道的であったことを遠回しに認めたようでした。従軍慰安婦の問題にしても可笑しな問題です。当時それが当たり前のようにまかり通っていたのですから。中国人の誇大・捏造はあるにしても、虐殺はあったに違いありません。現在の日本人に、ネチネチしつこく言われるのも困りますが、否定もできないと思うのです。そんな日本人の性向も意識しておかないとならない思うのです。

私は見張り員さんのように史実に詳しくありません。私の狭い見聞からの個人的な意見です。
失礼があったらお許しください。

お嬢さんのご卒業

お嬢さんのご卒業おめでとうございます。
お嬢さん達は、今まさに節目の時、岐路に立ってる時ですね。
お嬢さん達は見張り員さんのその「我慢強さ」と「ど根性」と「一隅を照らす生き方」を見て成長されたと思いますから、大丈夫だと思います!
大きく変わる時は大変ですが、大変は当たり前と思ってきっと乗り越えてくれるはずです。

娘さん、ご卒業おめでとうございます。
新しい生活に、不安と希望が入り混じっている時期でしょうか。今が一番素敵なところですよ☆
自分の目標をみつけて、健やかに新しい道に進んでくださることをお祈りします^^

そしてその年まで彼女を育てられたお母様。お疲れ様でした。自分が思う以上に、母親って心配してくれていたんだなあと思うのですが、本当の母親には恥ずかしくてありがとうがいえません^^;なのでこっそり、娘さんに上乗せて私から、
「お疲れ様でした!」

お嬢さんのご卒業おめでとうございました。
親であった甲斐を痛感なさったことではないでしょうか。お嬢さんの益々のご発展をお祈りしています。見張員さんがお母様ですからきっと素敵な日本女性になることと思っています。

9日から10日にかけてというとちょうど今頃の時間でしょうか。痛ましいことでした。
戦争終結のためには原爆投下は仕方がないことだったと正当化しているアメリカ。方や訳の分からないまま歴史を曲解させ、謝罪謝罪といまだに持ち出しては悪の標的や政治の具材ににする中韓。どさくさに紛れて北方四島を奪っておいて厚かましいロシア。日本て国は突かれっぱなしで……。
そのうちご英霊たちが一丸となって仕返しをして下されば良いのにと思う私は浅はかでしょうか。

こんばんは。ご卒業おめでとうございます。高校を卒業すると親としたら一段落!私はそんな気持ちでした(笑)
『蛍の光』って私は二番までしかないと思っていましたが、四番まであるのですね。国を想う気持ちはいつの時代も変わらないと思います。
見張り員さまの記事からたくさん学ばせて頂いています。ありがとうございます。皆さま、これからもキラキラ輝きながら進んで下さい。

お嬢様、卒業おめでとうございます。
自身にとっては一つの区切りであり、
一つのスタートですよね。
母にとっては、なにかうれしくもあり寂しくもある
行事の一つですよね。

社会に出ると、
卒業がいつなのか分からなくなってしまいます。
区切りをつけるって大事な事だなと
卒業シーズンに考えます。


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://haitiyoshi.blog73.fc2.com/tb.php/463-6712ad78
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

日々雑感・震災を顧みて。 «  | BLOG TOP |  » 「女だらけの戦艦大和」・健康診断3<解決編>

プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

最新記事

最新コメント

フリーエリア

無料アクセス解析
無料アクセス解析
現在の閲覧者数:
Web小説 ブログランキングへ
小説家志望 ブログランキングへ ブログランキングならblogram
夢占い 夢ココロ占い (キーワードをスペース区切りで入力してください。)

カテゴリ

未分類 (21)
大和 (486)
武蔵 (66)
大和と武蔵 (41)
海軍航空隊 (28)
麻生分隊士 (3)
オトメチャン (39)
連合艦隊・帝国海軍 (155)
ふたり (69)
駆逐艦 (10)
ハワイ (8)
帝国陸海軍 (23)
私の日常 (112)
家族 (22)
潜水艦 (3)
海軍きゃんきゃん (24)
トメキチとマツコ (2)
ものがたり (8)
妄想 (5)
北辺艦隊 (1)
想い (14)
ショートストーリー (4)
アラカルト (0)
エトセトラ (5)
海軍工廠の人々 (5)
戦友 (10)

月別アーカイブ

リンク

このブログをリンクに追加する

FC2ブログランキング

FC2 Blog Ranking

FC2Blog Ranking

最新トラックバック

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム

RSSリンクの表示

Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード