「女だらけの戦艦大和」・健康診断3<解決編>

「女だらけの武蔵」村上軍医長は、衛生科の北野少尉と秋川上等兵曹を私室に呼ぶと、重々しく言った――

 

「一名、退艦。除隊になる」

北野少尉と秋川兵曹の背中に一瞬冷たいものが走った。一体だれが、病気だろうかそれとも悪質な性病でも持ち込んだか?それにしても除隊とは尋常ではない。

顔色を急速に蒼くした二人を見て、村上軍医長は机上のカルテを見つめながら

「衛生科の春山兵曹だよ。・・・彼女おめでただね」

と言ってその顔をほころばせた。北野少尉と秋川兵曹は「春山・・・?おめでた?」とぽかんとしていたが、次の瞬間二人肩を叩きあって「やった!やりましたね春山のやつ!」と大声で叫んで笑った。村上軍医長はそんな二人を見て、

「間違いない、もう三月目だよ。春山兵曹は昨年の暮れに結婚したんだったね。北野少尉も秋川兵曹も、最近春山兵曹の様子が変だとか感じなかったかね?」

と聞いた。二人は軍医長に向き直るとまず北野少尉が

「はあ、特には感じられませんでしたが私には。ただこのところ少し顔色が悪いかなと思っていましたが」

と言い、秋川兵曹はうーん、と考えてから

「そういえば他の兵が春山は最近薬品のにおいを嫌がるようになったと言っていまして、私もこの健康診断の準備中それは感じましたが・・・まさかおめでたとは」

と言った。村上軍医長は「なんだあ貴様ら、自分の部下のことをよく掌握してないなあ?職務怠慢だぞ」と冗談めかして脅してから「で、春山兵曹のことだが」と言葉を継いだ。

北野・秋川は姿勢を正して軍医長を見つめる。軍医長は、カルテを再び見ながら

「ちょっと早いが三日後にトレーラーから内地に向かう伊号八〇〇潜に乗せてもらうこととする。早いのは当然飛行機だが、まだ妊娠初期の体にどう影響が出るかもわからん。だから時間はかかるが潜水艦、それも大型の潜水艦なら安心だから乗せてもらう。途中小笠原で輸送船に乗り換えて横須賀に帰ることになるよ。・・・もう話はついているから後は春山兵曹に話をつけてやってくれ」

と言った。北野少尉は「ほう。ずいぶん手回しがいいんですねえ」と感心しているがこれは各艦の軍医長間で「万が一病人や退艦者が出た時の対応」として健康診断後にはそれぞれ所定の時間待機をするのだとか。

「では、軍医長。私と秋川で春山兵曹に話をしてまいります」

北野少尉は言い、軍医長も「そうだな早くしておいてくれ。私も副長に話をして艦長に伝えてもらう」

三人は部屋を出た。

 

北野・秋川両人が衛生科の居住区を見ると皆それぞれくつろいでいる中、春山兵曹は部屋の隅でぐったりとしている。秋川兵曹は中に入って春山兵曹の肩をそっと叩いて(ちょっと外へ)と合図した。廊下に出ると北野少尉がいて、「春山兵曹、三日後退艦を命ず」と重々しく言った。春山兵曹は「え?」とわけがわからないと言った顔をした。そして急に顔を青くすると

「分隊士、私何かまずい事でもしたんでありますか、それで退艦させられるのでありますか!」

と早口で言った、心なしか瞳が涙でうるんだように見える。

北野少尉はあわてて手を振って「違う違う!そうじゃない、貴様はいつも立派に仕事をこなしてくれてありがたい。かけがえのない存在だ。・・・だがなあ、春山兵曹。貴様にはもっと重大な任務があるんだぞ」と言った。

「重大な、任務・・・でありますか?」とふに落ちないと言った表情の春山兵曹に、今度は秋川兵曹が

「母親になるという重大な任務だ」

と言って微笑んだ。と、今まで居住区の中で何事かと息を殺して聞き耳を立てていた皆がわっと飛び出してきて口々に「おめでとう春山さん!」「よかったねえ、お母さんか!」などとわめきたてる。

そんな皆の思いがけない祝福にもまれて春山兵曹は恥ずかしそうにしかし、嬉しそうにほほ笑んだ。そんな彼女に北野少尉が

「で、春山兵曹は海軍規定により除隊となる。まあ、貴様がいなくなると困るし第一さみしくていけないが、どうか良い母親になってほしい。そして、いついつまでも『武蔵』を忘れないで・・・」

と後の方は涙声で聴きとれなくなった。春山兵曹も涙を流し始め「忘れませんとも。苦楽を共にした仲ではないですか。それに、夫は横須賀の海軍工廠勤務ですから住まいも横須賀周辺だと思います。『武蔵』が横須賀に帰ってくるときは私もお出迎えさせてもらいます」と言ってこれも泣きだした。

秋川兵曹はもう、防暑服の袖で涙を拭いている。他の連中もなんだかしんみりして「元気でね」「私を忘れないで」「いい赤ちゃんを」と言い洟をすする音が混じる。

そこに、村上軍医長と加東副長、そして猪田艦長がやってきた。皆がさっと敬礼する中をにこやかに進み出た副長と艦長。

艦長は春山兵曹に右手を差し伸べると「おめでとう、春山兵曹。君が『武蔵』を、海軍を離れるのは寂しくやりきれない気がしますが新しい命を大事にして旦那様と仲良く、日本のために元気な子供を産んでほしい。そしていつかその子も海軍に入れてくれたらいいなあと私は思っていますよ」と祝いの言葉を述べた。春山兵曹は温かい艦長の手のぬくもりを感じながら「・・・はい。ありがとうございます、身に余るお言葉光栄です」と言って艦長の目を見つめた。艦長の瞳は慈愛に満ち、春山兵曹の心に染みいる色を帯びている。

副長が、「春山兵曹は退艦の用意をして医務室にて安静にしなさい。三日後伊号八〇〇潜水艦で小笠原まで行きそこから輸送船で横須賀に行く。長い行程にはなるが先方にはすべて伝えてあるから安心しなさい」と言ってくれた。

皆の間から再び祝福の言葉と拍手が沸き起こった。

 

春山兵曹はその三日後退艦のため最上甲板にて総員の見送りを受けていた。今までなかった下士官の「おめでた退艦」に武蔵は沸いている。猪田艦長の前に立った春山兵曹は

「猪田艦長、このような盛大なお見送りをいただき大変うれしく思います。ただ、武蔵の<健康優良艦>を私のせいで止めてしまったことお詫び申し上げます」

と言うと深く頭を下げて謝った。その兵曹に艦長はそっと手を添えると

「何を言いますか春山兵曹。おめでたいことですからいいではないですか。こんなに素敵なことはないですよ。このことは<武蔵>ある限りいつまでも語り継がれますよ。・・・そして何より体を大事にして下さいね。いつか横須賀に私たちが帰った時赤ちゃんを連れてきてくれたら嬉しいです」

と言った。春山兵曹は顔を上げると

「ありがとうございます。はい、きっと子供を連れてみなさんをお迎えします。子供に<武蔵>を見せてこれがお母さんの乗っていたフネだと教えてやります」

と言った。皆が「きっとだぞ」「待ってるからな」と叫ぶ。春山兵曹がうなずいて皆を見返っていると舷門当直の兵が

「伊号八〇〇潜からのランチ、接舷します」

と報告。いよいよ別れの時が来た。秋川兵曹がもう涙でめちゃくちゃになった顔で「春山、元気でなあ。三浦中尉にくれぐれもよろしく。いろいろお世話になりました。いい子を産んでくれ」と言ってぼろぼろ涙をこぼした、春山兵曹も涙をこぼしながら「私も長い間、お世話になりました。ご指導に感謝しています。どうぞお元気で、そしてご武運をお祈りいたします」と言い最後の敬礼。

伊号潜水艦の乗員が上がってきて、春山兵曹の荷物を持ってくれた。長い敬礼を終えた春山兵曹に秋川兵曹が

「春山・・・じゃなかった。三浦兵曹、万歳!」

と叫んだ。皆も唱和した。春山兵曹が舷門を降りてゆく時こちらを見つめた。去りがたい愛しさが兵曹の全身からほとばしったように見えたその時、北野少尉がひときわ大きな声で

「三浦桃恵、ばんざーい!!」

と叫んだ。春山兵曹は、その名前にハッとした。そうだ私は横須賀に着くと<三浦桃恵>として新しい人生を生きるのである。春山兵曹は

(私は新しい私になって新しい人生を家族とともに歩いて行くんですね。今まで<武蔵>や海軍で学んだこと、今後の生活に生かしてゆきます)

と決意を固めた。そして決然、舷門のラッタルを降りて行く。

 

<三浦桃恵兵曹>を乗せた伊号八〇〇潜からのランチは、ゆっくりその身を<武蔵>から離して行き兵曹を桜の花咲く内地へと導いてゆく。

ランチ去った後には<武蔵>乗組員の嗚咽だけが残ったーー

 

         ・・・・・・・・・・・・・・

やはりと言いますか、春山兵曹ご懐妊でした。

次回は横須賀に戻った兵曹と三浦中尉の再会と、「健康診断・後日譚」をお送りいたします。

新しい人生を生きる春山・・もとい三浦兵曹のテーマソング。かな?





にほんブログ村 小説ブログ 百合小説へ
にほんブログ村
関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
春山兵曹、これで本当に幸せになれます。待てば海路の日和ありとはよく言ったものだと思います。
このあとももしかしたらでてくるかもしれませんから覚えておいてやってくださいね^^。

あの器具、本当に嫌です。出来るならこの先一生体に入れたくないです本当に。

マツコさん、化け猫ですか・・・とても迫力ある化け猫さんになりそうですねww。

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは!
春山兵曹とうとう武蔵を卒業してゆきました。こういう旅立ちなら素敵ですよね^^。
うちの娘も今日高校を旅立ちました。ありがとうございます、その様子をアップしたいと思いますので読んでいただければ嬉しいです。

「健康診断後日譚」もお楽しみに♪

春に近付き、おめでた退艦でしたか。
晴れやかな春山さんの顔や見送りのみんなの顔が目に浮かぶようでした。
昨日のあの冷たい器具に女の人って大変なんだなぁと思っていました。そして今日の吉報はホントに心地よいことでした。

マツコさん。本物の方ですがドラマで化け猫の役とか。見張り員さんは鳥にしてしまいましたが、動物にしてしまう先見にちょっとびっくりしました。

こんばんは。読みながら自分も見送る立場になってしまい、バンザイ!!と叫んでおりました~もちろん心の中で(笑)『いい日、旅立ち』ですね。見張り員さまの娘さまも明日卒業式とうかがいました。おめでとうございます。お忙しいでしょうに更新ありがとうございました。また続きが楽しみです♪
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

最新記事
最新コメント
フリーエリア
カテゴリ
月別アーカイブ
リンク
FC2ブログランキング
FC2 Blog Ranking

FC2Blog Ranking

最新トラックバック
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード