2017-10

日々雑感・愚痴?そして子供への「伝言」 - 2012.02.16 Thu

<本日は私のくだらない愚痴にお付き合いくだされば幸いです。愚痴なんかいやだと思われた方は今回はスル―なさってくださいね>

 

「女だらけの戦艦大和」の中に<岩井しん特務少尉>と<松本リキ兵曹長>と言う二人がいます。彼女たちの生い立ち・経歴の一部は私の半生そのものの部分があります。

<松本リキ>は生後一年ほどで突然高熱を発し、そのあと病弱な身になります。それは私の経験が元になっています。私も生後一歳になるかならないかである晩突然呼吸不全に陥り、母に病院に担ぎ込まれ、医師から「今夜中に呼べる人がいたら・・」と言われたそうです。危なかったというわけですが私は生き残ってしまった。そのあとはリキのようにしょっちゅう具合を悪くする子供で、運動神経は鈍いし食は極端に細いし、頭も悪い。何をさせてもダメな子供になりました。

私はある時から<本当は私は死ぬ運命だったはずなのに、神様がどこか何かで間違えて代わりに本当は生きる人が死んでしまったのではないのか。私が生きているというのは間違いではないのか>と真剣に考えていました。

死ぬはずの人間が生きてしまったのだから何をやってもやらせてもうまくいかない、ついてないんだと自分の努力不足をそのせいにしていた部分もあったかもしれません。

でもそれを引いても私の半生はツイテいなかった。一番それを実感したのは大学受験の時、一浪して再受験したものの受験番号のマークシートを機械が読み取らなくて不合格にされたというもの。これは親戚がその大学に知り合いの教授がいて調べてもらってわかったこと。もう時効だからいいですね。

成績は十分合格だったのに残念だった・・・しばらく何もする気が起きませんでした。

そのあと各種学校に進んだものの何か物足りず勤めに出ましたがそこで今でいうところの<パワハラ>に苦しみ一年半で退社。三か月ニート状態で母から「働きもしないでただ飯を食っていいと思っているのか!」と言われ、父親のつてで某デパートの書籍部に。

ここではそれなりに楽しかったです。友人もできて今も時折メールをしたり年賀状はやり取りしています。人間関係がよかったんですね、あるお局様はきつかったけどそれを跳ね返せるくらいいい友人がいました。

でも。

(ここからは<岩井しん少尉>の部分かな?)書籍部が独立するときのいろいろに疲れた私、そろそろ結婚かなあ?なんて思っていましたが反面、いやまだもっと一人で何かしたい、とも思う変な状態でしたがある時今の家に来ることになる話が。

一番乗り気だったのは私のようでもあり母かもしれなかったですね。母は「もういい年だから早く嫁げ」といつもうるさく言っていました(25くらいでしたね)。その年の初め私の各種学校時代の友人が(私より2つ年下)結婚した時最高潮に達してこの話が来たときはもう・・・お察しください。

見合いの時は(いい人かなあ)と思い人当たりも良かったから付き合い始めました。←これこそ見合いの落とし穴!で、見合いから3カ月で婚約に至りましたがその時から母親の私の<安売り>とも思える相手の母親(今の姑)へのへつらいに、もう正直、危機を感じていました。

「○○(私)はこちらに差し上げるんですから!」と何度もいい姑になる人はしてやったりという顔で「そうですかあ~」とにやりとしたのを私は見た。

そのほかにも今義妹となった人が料理が何でもできると聞くと私をすごい目でにらんで「○○~あんたしっかりしなさい!何やってんのあんたは」と怒鳴ったり。事あるごとに母は私を怒鳴るので姑などは(こいつは怒鳴られなきゃ何もできないやつ)という印象を持ったかもしれませんね。

そんな中でも舅だけは私が来ることを純粋に喜んでくれていたようです。私が化粧っ気がないことを「そこがいい!」と言ってくれたり、「○○ちゃんをいじめる奴は誰でもお父さんが許さない!」と言ってくれたり。

そんな舅殿は婚約が整った9月に肺がんを発症、結婚式の10日後に亡くなってしまいました。味方がいなくなりました。

そのあとは、<岩井しん>のようにいじめられました・・・姑は私と、かつて旦那が付き合っていた女性を引き比べるし何かと言うと怒鳴ったりして(しかも店の中、お客がいる前で)これは精神的にきつかった。

で、子供にもなかなか恵まれずそれを店の客に聞かれると「なんか子供の出来にくい体のようです」なんてまだ病院にも言ってないのに勝手に診断。その頃からちょっとノイローゼのようになっていました。

最初の子供が生まれたのは結婚から4年目でした。嬉しかったですね、やっと私も人の子の親になれたと感激でした。

でも根本的には何も変わらなかった。相変わらず姑は私をいびっていたし、旦那はあまりかばってもくれない。それどころか子供が物心つくころ、私のことを「ダメなお母さん」と断罪。

自信なくしましたね、ほんとに。その頃には私の実家への嫌味を言うようになって何かを送ってくると「こんなにたくさんこればっかり、狂ったように送りつけてくる!」と言うし。確かに同じものを中元、歳暮と贈られても困る時もありましたが。

 

でも何とかやってこれたのは子供がいたから。次女が生まれたのは長女の後3年経ってからでしたがこの時も感激一入でした。こんな私が二人の子供の親になれたというのが信じられないほど嬉しかった。あの、二回の感激、感動は終生忘れられません。

 

二人の子を産んで、姑から「一人っ子は過保護!云々」と攻撃されていた私は少し溜飲が下がりました、なぜなら義妹は姑が「一人っ子にしないで」と言いすぎたのか何なのか結局一人しか生まなかったですからね。(注・もう一人義妹はいましてこれは西日本某所にいます。男二人の母親です。今流行のでき婚ってやつ?高校3年で妊娠したつわもの)

 

・・・こう見てゆくといろいろあった人生です。結婚してから更によい運勢ではないかもしれません。旦那の方の親戚に義弟の嫁と引き比べられて、「こんなやつ(私のこと)と結婚しやがって、俺は腹が立った」と舅殿の法事の席で言われたこともありました(その時は軽い鬱になりました)。

でもそれを乗り越えられたのはひとえに「二人の子供の存在」があったおかげです。この子供たちがいなければ私はとっくの昔に離婚していたでしょうしそのあともろくな人生ではなかったと思っています。

子供たちには感謝です。

私のつらい時には言葉こそ厳しい時もありますが励ましてくれたりしますし、旦那をいさめてもくれます。本当にありがたい存在ですね。

私の人生、ツイテいないと書きましたがそうでもなかったです。

私の人生に於いての最大の喜びは「子供を産めたこと」でしょう。子供にとって私はいい母親であるかどうか正直自信はないですけれど。

私がいつかこの世を去る日、子供たちに手を取られて逝けたら幸せの総仕上げかもしれません。

その日まで、私は子供たちを見守って生きたい。

私の体が消え去っても見守っていたい。

 

私の子供たちに対する願いは、立身出世でも金持ちになることでもありません。

ささやかでもいいから「しあわせ」で過ごしてほしい。人さまから笑われないように、人の道を守って日本人として恥ずかしくない矜持を持って生きていってほしいのです。

シアワセニ オナリナサイ

私から子供たちへの「伝言」。

 

なんかまとまりのない<愚痴>でした。ここまでお付き合い下さりありがとうございました。はっきり書けないことがあるのでわかりにくい部分もありますが、またいずれ時間が経ったらお伝えできることができるかもしれません。

 

ともあれ。今の私はやるべきことをやって、「女だらけの~」を書くことが使命、かな??

 

私の思いそのもののような歌です。サウンドホライズン「11文字の伝言(メッサージュ)」



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● COMMENT ●

ウダモさんへ

ウダモさん お久しぶりです!!
コメントありがとうございます。お元気そうでなによりです。

20数年耐えてきました。多分子供がいなかったらとっくに旧姓に復していたことだと思います。
今でも、姑のことは嫌いです。でも以前は好きになろうと一緒懸命だったんですが向こうが私を拒否したのでもう取りつく島もない状態になり・・・。
本当に人間って不思議なものだと私自身も思っています。どうしてこれほどの期間、同じようにできるのでしょうね??

でももうずいぶん達観した部分もあります。
この人はこうだから死ななきゃ治らない、と思うことにしました。
こういう人だからもう仕方がない、自分が同じ土俵に降りなきゃそれでいい、と思うと少しは心も楽になりましたし。
他人を変えることはできないけど自分は変えられるから、私は子供を持った時点から少しづつ変わってきたのかもしれないなあと最近思っています。

どんな苦労もきっと神様はみているから、お互いきっとそのうちいいことがあるでしょう。頑張ったもん勝ちだね、とそっと言える日が来ることでしょう。

大地に足を踏ん張って、がんばろうね^^!

こんばんは~^^

久しぶりにここに来て、上からず~っと読んでいたら…この記事がありました。
読んでいて、すごく理解してしまった…。
長年の間、よくぞ堪えましたね。そして同時に、人はなぜ、こうも長い間、同じ人間、特に家族に辛く当たれるのだろうかと不思議に思いました。

心根の悪い人間に囲まれていると、必ず救いとなる存在が現れるもんですよね。それが子供。
私の場合は、実の親なのに、両方ともいまだに好きになれません。
でも、あの両親がいたから今の私がいて、そして、あの両親の育て方が悪かったから、今の子育てがあるんだと思う事にしてます。
もう、嫌いでしようがない存在だけど、反面教師という意味では私の人生に役に立ったのだと割り切る事にしましたよw

人間、心根が腐ってると、死ぬ間際まで往生際が悪いですよ。
私の母がそう。
今でも口だけは達者で、毎日私や家族に向けて毒を吐いて生き続けていますけど、ホント、往生際が悪いってこの事だなと実感させられます。
どうやって生きてきたか…これが全て終焉の時にあらわれますね。

ロクな死に方をしない…とよく昔の方は言ってたけど、ハズレでもないような気がします。

見張り員さんは間違いなく救われますよ。今も救われてる。私も見張り員さんもね。
辛い事が多いほど、後の幸せは大きいって聞きますから、あともうちょっと踏ん張りましょうね!

お互いガンバですb

ルパンさんへ

ルパンさん こんばんは!

コメントを拝読し、お母さまの辛かった日々に心をはせましたが・・・泣けました。
実は私の母方の祖母も姑には泣かされた口で、お母さまの話とダブるところがあります。なんでそんなに姑という人種は嫁が憎いのでしょうか?
自分だって嫁だったくせに。
まあうちの姑は「家付き娘」だから嫁の苦労がわからないんですが・・・

でもお母さまはいい息子様を持って幸せですね。
人間どこかで報われなくっても必ず別のところで報われる。
人間希望を持って生きれば絶対いいことがあると思いました。私も頑張って生きてゆこうと思いました。

ありがとうございます^^。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

こんにちわ~

私にとって貴重な『日々雑感』を見落としていました、すみません。
この記事には涙がでます。見張り員さんの境遇が、私の実母に似ているからです。
父は封建的な人で、人情が分からない性格の偏った人物でしたが、
実子だからでしょうか、私には良くも悪くもない人でいた。
もっとも辛い思いをさせられたのは母でした。
姑も見張り員さんのとこより悪質で、嫁いびりが生き甲斐のような人でした。
母の出産日の前日まで炎天下の畑仕事を無理やりさせたり、
そんな身重の母に、リヤカーで坂道を下る時には理由もなく後ろから酷く押して、
後ろを振り向くと知らーん振りするような邪悪な人でした。
父は再婚ですが、その前の嫁は父の無理解と姑のいびりで自殺したそうです。
そんな母は経済的にも苦しめられ、父兄会に来ていく服も与えれず、
近所の主婦に借りて来てくれていました。
私はそんな母に、父からの勉強の賞金を貯めたお金で着物を買ってやったこともあります。
そんな母も私には優しく、精神的には母から育てられたようなものです。
父が死ぬと大学病院を辞め、実家で開業するなど母に寂しい思いをさせたことはありません。
母も人生晩年は幸せと言ってくれます。
見張り員さんも心優しい方と思いますし、いい娘さんにも恵まれ、
今からがもっと幸せになる順番ですし、幸せになれると思いますよ。
それと大したことではないのですが、非公開コメントを送りますので、
読んでいただくとありがたいです。

ジスさんへ

ジスさん こんばんは!
お返事遅くなってごめんなさいね、。

愚痴を書くのはやめようと思うのですが時々湧き上がるように嫌な思い出が出てきて、どう処理してよいのか分からなくなる時があります。
そんなとき・・書くしかないときがあるのですねえこれが・・・(T_T)

いえいえ外で働くジスさんのほうがずっとずっと大変ですよ!でもどんな嫌なことがあっても御家族のために頑張っていらっしゃるその姿には私は頭が下がります。

子供。
独身のころには親になるということが全くピンときませんでしたが、歳月は確実に私を「大人」にし「親」にしてくれました。
家族一緒にいる時間、楽しいですね。大事にしたいです。

おはようございます。いつもありがとうございます。

ご無沙汰しておりました。
久しぶりに拝見したところ、以前のブログの記事でお聞きしたお話とか、改めて思い出しました。

私なんぞが仕事の愚痴を言うのが恥ずかしいほど、大変なご苦労をされてらっしゃったのだと改めて思いました。

こどもって楽しいですね。私も20数年前は自分が親になるんて思ってもいませんでしたが、今こうして家族と過ごす時間とても有意義です。これからもお互い楽しく過ごしていきたいものですね。

ローガン渡久地さんへ

ローガン渡久地さん こんばんは!

いい歌だったでしょう~「11文字の伝言」!!
サンホラは娘が好きでよく聞いているのですがこの歌を聞いたとき自然に涙が出てきました。母親の気持ちそのままですものね。

命をつなぐことの大事さ、崇高さ・・・言葉はいろいろありましょうが大事なのは「つなぐこと」、それに尽きますね。

そう!命のバトンを次代につなげたんだもん、さまざまな雑音には耳をかさず自分らしく生きてゆきましょうね!!
楽しく^^!

見張り員さん、こんにちは!

落ち着いたので『11文字の伝言』聴きに来ました。
とても素敵で、繰り返し聴いてしまいましたよ^^
命の鎖はこうして次の世代に受け継がれていくのですね。
所詮「万物の長」の人間も、未来へ命を繋ぐ為に生まれてきたに過ぎない。
でもそれこそが至上命令なんだと感じました。
その他のゴチャゴチャした事は気にしない!!
楽しく生きましょう~~~ちゃんと子孫を生み出したんだもの☆★☆

ローガン渡久地さんへ

ローガン渡久地さん こんばんは!

なんだか奇遇ですね。不思議な巡り合わせといいますか、なかなかこういうことってないですね。神様のお引き合わせでしょうね。

本当に私たち「母親」になれてよかった。
名誉も富も、「子供」という宝には勝てないですね。あのときあきらめかけていた「子供」という宝に恵まれたことを天に感謝です。

そしてその子供たちが間接的でもローガンさんにあわせてくれたのだ、と思っています。
子供を産んだそれぞれの日の感動は死ぬまで忘れえないでしょう。命のバトンを次代につないだという達成感、安堵感、そして名前のつかないあの気持ち・・・

サンホラのこの歌、いつも涙なしには聴けません。
母親の気持ちそのものだと思いますね。

お互いまだこれからいろいろなことがあると思いますが、精一杯楽しく生きてゆきましょうね。

いつもありがとう!!これからもよろしくね^^。

matsuyama さんへ

matsuyama さん こんばんは!

亡きお父様はきっとお酒で何かを晴らしていらしたのかもしれませんね。私も父親もよく酒を飲んではだらしなく酔い潰れるのが嫌いでしたが・・・大人になるとなんかその辺りの事情もわかるような気がしてきますね・・。

matsuyama さんがお父様の背中をたくましい、と感じられた時からお父様に心が近付いたのでしょうね。気がつけば親の年齢に近かったり超えてたりしますが、なかなか「親」という壁は越えられないような気がしますね。

私がしっかりしないと子供たちもゆらゆらしてしまいますね。私がここはしっかり大地を踏みしめて根を張ります。
こんな私でも「お母さんがお母さんでよかった」と言われるようにしたいです!!

ありがとうございます。

としぼんさんへ

としぼんさん お久しぶりです!

お元気でしたか!どうなさったかなあと思っていた矢先でしたのでうれしいです。
いろいろとお大変だったようですね・・・新しい生活はいかがでしょうか?

ブログの再開を心待ちにしております。その際はいの一番にこちらにぜひ!

またどうぞよろしくお願いいたします❤

いのち

見張り員さん、こんばんは!

なにか一言書きたかったんだけど、涙が止まらなくて・・・・
同世代だし上の子が高3だという共通点は分かってたけど、奇しくも結婚4年目で長女を産んだ・・・も一緒でした。

サンホラ聴きはじめたら尚更泣けたので途中で止めてしまいました。
また落ち着いてから聴き直します。
ゴメンなさい・・・

私達、子供を生めて良かったね。
自分は、この2人の命を生み出す為に生まれてきたんだと感じた日の感動を改めて思い出しました。

自分の記憶では亡くなった父親は、無類の酒好きで、毎晩飲んだくれていました。毎晩晩酌し酔いつぶれて寝転んだり、時には酒屋で立ち飲みをし家まで帰れず、道に酔い潰れてました。
一種のアル中でしたけど、仕事は人一倍する方でした。行商をしながら財を成し、家を建て、土地を拡大していきました。
しかし自分は飲んだくれ親父のことを信頼もできず、嫌悪を感じていました。
そんなある時、父親から銭湯に誘われ、自転車の荷台に乗せられて行ったことがあります。飲んだくれの親父の背中は逞しかった。今でもその時の父親像が脳裏に焼き付いております。
嫌悪感を抱いていた父親でも、子供の成長とともに親を見る目が変わってきます。豪放磊落だった父親も、今では自分にはできない理想に近い父親像として心の中に生きています。

きっと娘さんも結婚して自分の子供が出来ると親への感謝の気持ちが強くなってくると思います。過去は過去です。過去の虚像を打ち消すためにも、見張り員さんが母親としての確固たる気持ちを持ち続けること。女は強し、されど母親はさらに強しですよ。そのことによって娘さんの理想の母親像が作られるんではないでしょうかね。

お久しぶりです。突然ブログを停止してしまい大変申し訳ございませんでした。
私自身の人生の分岐点にさしかかってしまい、以前住んでいた横浜から
紀州の山奥に移転を余儀なくされ、ブログの更新どころの状況ではありませんでした。 
近況やその時の状況を新たなブログでアップしていこうと思っています。
これからも宜しくお願いします。

追伸 移転先は最近までネットが繋がりませんでした・・

まろゆーろさんへ

まろゆーろさん こんばんは。

力強いコメントをありがとうございました!
・・・そうなんですよね、私は人には「生まれて、生きているということはその人がこの世に必要だからだ」と言っていますがいざ自分のことになるとどうしてか弱気になってしまうのです。
これはきっと私の生い立ちが深く関係しているのだと思いますが、もうそういう考えを払しょくしていいときなのですね。

今や子供たちこそわが生きがいです。いずれ子供たちが独立してゆく日を思うと情けないですが涙を禁じえない私です。母親としては「いずれ娘は家を出るものだ」と覚悟していて当然なのですが、そう簡単に割り切れないです。でも子供はいつかは巣立つものですから今からしっかり覚悟を決めておきたいですね。

まろにいさまの御子息はさぞさみしかったと思います。こう申してははばかりがありますが、お父さんがいても「母親」に及ばない部分というのはきっとあると思うのです。でもまろにいさまは全身全霊でお子様を育てられたのですから、素晴らしいお父様です!お子様方が家庭を持たれた時、お父様の御苦労とか偉大さとか…すべてがわかるのだと思いますよ。

>腹いっぱいの幸せ
いつかめぐり合うその日を楽しみに堅実に、何事も投げ出さず自分らしく生きてゆきます!

ありがとうございました、勇気が出ました!

オスカーさんへ

オスカーさん こんばんは。

暖かきコメント感謝です!
どうしても「物語」を書くと自分の体験が刷り込まれてしまいますね。おっしゃる通り書くという行為によってその時の嫌なことがより鮮明にフラッシュバックする時もありますが過ぎたことはすぎたこととして受け止め、見つめよう。という気にもなりますね。

子供の存在は本当に年ごとにありがたくなります、こんな私でも「お母さん」と呼んでくれて頼ってくれる存在がいることに感謝ですね。
悩みは悩みとして抱えてゆくしかないですね、いつの日か解決の日が来るでしょうし、悩むことでもっと「大人」になれるのかもしれません。

これからも書き続けてゆきます。
どうもありがとう!
マツコも喜んでいます^^。

生かされているんですよ。
いいですか。見張り員さんは誰かの、何かの力で生きてこの世にいなきゃならない人なのです。その力添えが亡き舅殿と今は素敵な娘さんたちだと思います。夫婦にあって子は鎹と言いますが、見張り員さんに限ってはお子こそ命そのものですね。
子供を生して幸せだと感じていることこそ、人として母としてのあるべき姿なのですよ。我が家の息子ふたりは母親から捨てられたようなものです。どれだけ、あの時に母の温もりが欲しかったことかと思うと子供たちに申し訳なくて。
辛いことや悲しいことの多い人生ですが、花の咲かないことはありません。それに見張り員さんには目に見えない大きな力が味方してくれています。きっと必ず腹いっぱいの幸せが巡ってきますよ。

書くことは生きること

こんばんは。辛いこともあるでしょうに話して下さってありがとうございます。モノを書く人って私もですが、自分の体験がどこかに入ると思うんです。書くことによりイヤな部分がより鮮明になってしまうこともありますが、正面から受け止めよう!!という覚悟もできる気がしています。
子どもさんの存在は多分年を重ねるごとに大きく有難いものになると思います。子どもがいるのが当たり前なんて時代でもなくなりました。自分が親でいいのかと迷うことがありますが、それでも悩みながら進んでいきましょう。今日の記事に励まされる人もたくさんいると思います。これからも書き続けて下さいね。


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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