「女だらけの戦艦大和」・内地の正月6<決別>解決編

――昨晩、岩井しん特務少尉は旅館の玄関で父親の千治と別れた。

千治もかつては海軍士官だったので二人は海軍軍人らしい折り目正しい敬礼を交わした。娘のしんに、千治は感慨深げに「おう、こがいに自分の娘と敬礼を交わす日が来るとはのう」と言って少し涙ぐんだのがしんには嬉しくあった。

「でもお父さん、お父さんが予備役になる前にうちが海軍に入とったらもっとえかったんですが」

しんはそう言って残念がった、が千治は笑顔で「ええんじゃ。予備役じゃろうが現役じゃろうが、わしは海軍軍人として嬉しいんじゃ・・・しん、休暇を楽しめよ」と言うと玄関を出た。その後ろ姿に今度は娘として頭を下げるとしんは(お父さんはありがたいのう)と思った。

 

翌朝しんは、珍しく遅めに起きた。遅いといっても朝の七時半である。普段午前四時五時に起きる彼女らにとっては七時は『格段に遅い時間』なのだ。

(今日はどうしようかのう)としんは考えたが(まあ、ええ。行き当たりばったりに街を歩いてみよう)と決めた。しんが着替えて洗顔をしていると仲居が「お目覚めですか?お食事はまだお早いでしょうか?」と聞いてきたのでしんは「お願いいたします。起きるんが遅うなってしもうて」と言って仲居に笑って見せた。仲居も笑って「ほいでは、お食事をお持ちいたしますけえ」と言ってふすまを閉めた。

しんの腹の虫が、ぐう・・・と音を立てた。

 

朝食ではあるがどことなく豪華な感じが否めない。(お父さん、よっぽどお金を置いて行ったな)としんは思った。(これはいつか、何かの形で返さんといけんなあ)

味噌汁をすすった。(ありゃ、こりゃあトン汁じゃあ。朝からええもんをいただいてしもうて)とひとり微笑む岩井少尉。魚の干物やら漬物やら野菜の煮物やら、しんの腹はやがてくちくなった。

さて、とおひつから残ったご飯を宮島(しゃもじ)ですくって茶碗に入れた。漬物を乗っけて食いながら不意に(うちはえらい大食いになったンと違うじゃろうか)と恥ずかしい気分になったがいつだったか機関科の松本兵曹長が「兵隊は食うことも仕事のうちですけえ。岩井少尉もたくさん召し上がってください!」と言っていたのを思い出した。

しんは茶碗の飯を箸で寄せながら「ほうじゃ、これも仕事のうちじゃ!」と楽しげに言って食べる・・・

 

食後しばらくの間しんは、窓から見える日本の空を見つめていた。空は青いが、やはり冬の色をしている。

(トレーラーとはやはり違うのう)としんは感慨深かった。そして(そうじゃ、今日は海軍墓地に行ってみようか)と思った。昔子供のころ、まだ現役の海軍さんだった千治と参った海軍墓地。(呉の英霊に、無事帰還のあいさつをせんといけんからね)

腹が落ち着いたしんは、仲居に「ちょっと出かけてきます。夕方までには戻りますけえ、今夜は夕食もお願いします」と言い置いて出かけた。仲居が「いってらっしゃいませ」というのへ敬礼して仲居は「あの海軍さんはなんて感じのええお人なんじゃろう!うちにまできちんと敬礼をしてくださって!」と感激している。

ともあれしんは、呉の街を歩きだした。心楽しくしんは歩き、やがて長迫の海軍墓地に。幼いころの思い出とともに、墓碑や記念碑の間をめぐり岩井しんは、英霊に感謝と決意を伝えた。

(今度の戦争は、なかなか相手も強いですけえ油断はなりません。私たちは一所懸命戦いこの帝国日本を未来永劫安泰にせねばならない使命があります。それがここまで育ててくださった帝国日本と陛下、そして親への何よりの恩返しと思うております。どうか、勝利の日まで見守っていてください。お願いします・・・)

しんは、長い間墓地にいて英霊たちに語りかけた。彼らの声は耳には聞こえないがきっとしんの心にはとどいていたことだろう。

岩井しんはやがて満足げな微笑みを浮かべると海軍墓地を後にした。

 

町中に向かう道々、しんは少し咳をした。いけんのう、風邪引いたかのうとひとりごちながらしんはそれでも歩いた。そうするうちやっとこさ、本通りに入ってきたようだ。休暇の兵たちの姿も散見できるようになってきた。

朝日町の遊郭の方角から数名の兵が「朝帰り」のようだ。岩井少尉の姿を見て少し決まり悪げにそれでも敬礼をしてくる。

それに困ったような顔で返礼する少尉。(いっそ知らん顔しとってくれたらええのに、遊郭から出たところを士官に出会うなんぞ嫌じゃろうに)少尉は彼らの心の中を慮った。

 

出かけたのがゆっくりで歩くのもゆっくりだったせいか今日はもう昼が近い。しんは腹ごしらえをどうしたものか、と考えながら歩いた。しかし今日は朝遅かったうえにたらふく食った。昼は抜いてもよかろう、早いが旅館に帰って今まで読めなかった本を読もうとしんは考えて旅館に足を向けた。

旅館まであと少しの路地に入った時背後から「しん!」と声が投げつけられた。誰じゃ!と驚いて振り向いたしんの目に飛び込んできたのは・・・とうの昔に分かれたかつての夫の野住光雄、そしてその横にはなんと母親の竹がいるではないか。

岩井少尉は驚きのあまりなにも言えず、その場に立ち尽くしている。彼女の軍帽の下の顔がだんだん青くなってきた。

「・・・あなたは」とやっとその唇が動いた。光雄と竹はそんなしんの前にやってきた。光雄がまずしんを見つめて

「えらい立派になったのう。昔の面影がのうなったな」

という。そして竹が、「光雄さんが話があってじゃ」と言いしんは二人に囲まれる形になった。自然と警戒感をあらわにするしんに、光雄は切り出した。

「俺と・・再婚せんか?」

しんの頭の中にまるで落雷のような衝撃が走った。一瞬何も見えなくなるくらいの。

そのしんに竹は「光雄さんはの、あれからずうと悩まれとってじゃ。光雄さんはあんたを好いとってじゃけえ、本当は別れとうなかったんじゃと。ほいでもうちのお父さんときたらああじゃろう?有無を言わせんであんたと別れさせてしもうた。じゃけどうちも光雄さんもあんたをあきらめとったわけじゃあないけえね。で、あんたももうええ年じゃしずいぶん海軍にもご奉公したけんもうやめてもええころじゃないかってうちと光雄さんで話とったんじゃ。・・・なあ、しん。あんたはしょせん『特務』士官どまりじゃ。そうそううえにも上がれんじゃろうからもう海軍はあきらめてもう一度光雄さんと・・・どうじゃね?お父さんのことを心配しとるんなら大丈夫じゃ、なんとかしてみせるでね」と一気に話した。

なんだと、としんの喉が鳴った。声には出ない、怒りが体中に充満しているのがわかる。

光雄が言葉を継いだ、「俺はなあ、しんが忘れられんじゃったし大事に思うておったんじゃ。あれからずうっとひとり身でおって、時たまうちの母さんが話を持って来よったがはあ誰も話にならん。役立たずじゃった。しんはよう働いてくれたし家の役に立っておった。しんがおらんと話にならんで。じゃけえもう一度考え直してくれんかのう。それに・・・母さんが最近倒れてのう、面倒見るもんがおらんのじゃ。妹たちももう遠くに嫁に行ってしもうたけんな」と。

しんはものすごい目つきで二人をにらみつけた。その目つきに二人はちょっとひるんだようだ、二・三歩後じさりをした。

しんは、今まで『大和』でも出したことがない低い恐ろしい声を出して、

「何が特務士官どまり、じゃ。特務でも大佐になったもんもおってじゃ。バカにしたら承知せんけえな!ええ年じゃと?うちはまだ十分若い、まだまだ十分海軍でご奉公できる年じゃ。それにこんなうちでも慕うてくれる部下が何人もおってじゃ。その部下たちを捨てて元の鞘に戻れだと?いい加減なこと言うて、恥ずかしゅうないか!お母さんはどうにかしとってじゃ。うちはお父さんをだますような真似なんぞできん!お父さんの方がずっとうちのことを考えてくれとってじゃ!

それに野住さんも勝手じゃ、何が忘れられん大事じゃった、ね?あんたはうちがあんたのおかあさんや妹たちにひどくいじめられとってもちいとも助けてくれんかったじゃないね?その上『貴様が悪いんじゃけえ反省せえ』って言うたんはどこの誰じゃね!『後から来たくせして文句言うなんか十年早い』ともいうたのう?

役に立つじゃと?『子供がいつまでたっても出来ん、あげえ役立たずの嫁は見たことがない』いうてお(かあ)さんとうちを罵ったんはどこの誰じゃ?それをいまさらお姑さんが倒れて誰も見るもんがおらんからうちをもう一度、なんかあんまり勝手じゃないかね?うちをバカにするンもええ加減にせえよ!うちもなあ、いつまでもなめられてばかりの女と違うんじゃけえな!」

最後は怒鳴った。全身が怒りで震えた。

まだ何か言いかけようとする母親にしんは、

「お母さんには申し訳ないがもううちは二度とお母さんの顔も野住さんの顔も見とうない、もう金輪際うちの前に現れんでほしい」

と言いきった。そのしんに光雄は「しんさんよ、そげえなことを言わんと。もう一遍だけ考え直してくれんかのう」と言ったがその言い方があまりに哀れっぽくしんの逆鱗に触れた。

「ええ加減にせえ、貴様それでも男かあ!潔うあきらめたらどうじゃ!」

いうなりしんの右手が、吊るした短剣にかかっていた。二人がさすがにハッとした時、路地の向こうから松本兵曹長が走ってきた。

巨体をゆすぶって走ってきた兵曹長に、竹と野住は度肝を抜かれたようだ。兵曹長は「岩井少尉、どうなさいました!大丈夫でありますかあ!」と叫んでその場に到着、二人を見て「この二人が少尉になんぞしたんでありますか?巡邏か憲兵を呼びましょうか?」と言った。

それには二人は心底驚いて「ほいじゃあ、な」と言うとあたふたと駆け出して行った。松本兵曹長はその二人の背中を見送って「なんじゃあ、ありゃあ?」と首をかしげた。

岩井少尉は、ほうっと深いため息をついた。膝の力ががっくりと抜けたような気がしてその場にしゃがみ込んでしまう。

「ああ、少尉!」と兵曹長が抱き起こし、しんは「すまないね、兵曹長。ついでと言っちゃなんだがこの裏の旅館まで私と来てはくれまいか」と言い、しんと兵曹長は旅館に行った。そこで岩井少尉は事の顛末を話して兵曹長に「いやあ、でも助かったよ。あの場で松本兵曹長が来てくれなかったた私はあの二人に何をしていたかわかったもんではなかったよ」と言って笑った。

「・・・そうでしたか」と兵曹長は神妙な面持ちで話を聞き終え、「岩井少尉、今後も何か困ったことがありましたら是非この松本にご相談を願います。この松本、体のでかいのと口の堅さは自慢できますけん」と言い少尉を感激させた。

そのあと、少尉は松本兵曹長にたくさんの昼飯をおごって感謝の意を表したという。

「われら海軍は、食うことも仕事じゃけえね」

と言って――

 

      ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

別れたはずの元・夫が!となるとなんだか今のワイドショーネタになりそうですね。でもこれに岩井少尉の母親が絡んでたとは。

 

長迫・海軍墓地。数年前に行ってきました。ここをお参りし終えた後晴天だった空が急に曇って大雨が十分ほど降りました。・・・なんか意味があったのでしょうか???
長迫海軍墓地HPはこちら

呉の新名所・「てつのくじら館」(WIKIから)
JMSDF-KureMuseum.jpg



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Comments 6

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見張り員  
ジスさんへ

ジスさん こんばんは。

岩井しんの一撃が効きました。姑との間ならよく聞く話ですが時たま、実の母親と気が合わない、やりたい放題された・・という話を耳にしますとなんだかいたたまれないような悲しさを覚えます。娘にとって母親は心情的に頼れる存在なはずですが・・・。

こんなしょうもないやつが私の前に来たら後ろから蹴っ飛ばしてやりたいです。

いや、ジスさんは大丈夫ですよ!いつもご家族のために額に汗してらっしゃるんですもの。奥様はジスさんを大事に思ってらっしゃいますよ。

昨日の晩はあっという間に雪が積もって正直「嘘だあ!」という感じでした。19時に買い物に出た時は横殴りの雨だったのに!20時にはすっかり真っ白でしたから。

今日は雪がしっかり残って寒いです、ジスさん御身大切にお過ごしくださいね。

2012/01/24 (Tue) 22:37 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
ジス  
No title

こんばんは。いつもありがとうございます。

しんさんGJ!!ですね。
時々読む「嫁・姑」スレを思い出しました。いや、これは姑ではなく実の母親・・・こんなことあるんですね・・なんだか本当にどうしようもない元夫ですね。

私も万が一の時妻に辛く当たられないよう日々がんばろうとwww

そちらはすごい雪ではありませんか?どうかお気をつけくださいね。

2012/01/24 (Tue) 00:30 | EDIT | REPLY |   
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見張り員  
ずん太ママさんへ

ズン太ママさん こんばんは!!

お久しぶりです!そして今年もどうぞよろしくお願いいたします^^!

実を言うと私も忙しさに取り紛れ映画を観てないのです(泣)。

土浦、あの辺りは予科練がありましたね。帝国陸海軍の歴史はなかなか奥が深いですから勉強するとするだけますます興味がわいてきますね!

私も今年あたりは山口県の大津島に行ってみたいと思うのですが・・・。

2012/01/22 (Sun) 22:26 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
ずん太ママ  

ご無沙汰をしております。
本年もよろしくお願い致します。

映画、まだ見に行っていなくて・・・。
わたしの姉は、元旦に張り切って見に行っていました。
よく土浦のほうまで足を運んで海軍の歴史を
勉強しに行っています。

2012/01/22 (Sun) 21:40 | EDIT | REPLY |   
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見張り員  
まろゆーろさんへ

まろゆーろさん こんにちは。

あっと驚きの展開でした。あろうことか、元夫と実の母親が娘に復縁をというのは実際あるのかわかりませんが、こんなことがあったらいやだなあと思って書きました。

一蓮托生の戦時中、良い部下良い上司に恵まれれば本当に素晴らしいことだと思いますね。自分にないものをお互いの存在によって補え合える。
今の会社組織でこういうことはどのくらいあるのでしょうか?会社勤めを離れた今、想像でしかできませんが。義弟の嫁さんは上司の立場らしいですが聞いてみたい気がしますね^^。

いつも的確、そして暖かいコメントを頂戴しうれしく思います。ありがとうございます!

2012/01/22 (Sun) 16:04 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
まろゆーろ  
No title

なんという自己本位、非礼極まりない母親と元夫でしょうか。奇妙な二人の出現に驚きました。久しぶりに感情移入して怒りに震えてしまいました。
この時代に活躍した人たちにとって、良い部下に恵まれてこそ人生の本望ではないかと思いました。足りないものや欠けたものが生じたら必ず埋めるほどの大きな何かが生まれるものですね。人生の機微でしょうか。
今回もとても素晴らしいお話を有難うございました。

2012/01/21 (Sat) 22:44 | EDIT | REPLY |   

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女だらけの「帝国海軍」、大和や武蔵、飛龍や赤城そのほかの艦艇や飛行隊・潜水艦で生きる女の子たちの日常生活を描いています。どんな毎日があるのか、ちょっと覗いてみませんか?
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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)