2017-10

「女だらけの戦艦大和」・内地の正月4<墓参> - 2012.01.14 Sat

麻生分隊士の下宿を思いがけない人が訪ねてきた――

 

休暇三日目。麻生少尉と見張兵曹が部屋でくつろいでいると階下で誰かが来たような気配がした。しばらくするとおばさんが上がってきて

「麻生さん、トメちゃん、お客さまですよ」

と言ってふすまを開いた。そこには見張兵曹の恩人の西田さとがいた。おばさんは微笑みで以てさとを部屋に招じ入れ「さあどうぞ。今お茶持ってきますけえ」と言って下に降りた。すみません、と西田さとは言って「ごめんなさいねえ、せっかくのお休みのところをお邪魔してしもうて」と小腰をかがめて会釈した。分隊士は座布団を裏返して差し出し「いやそんなことはありません。ようこそおいでくださいました」と言って頭を下げ、見張兵曹も「西田さんお久しぶりです」とあいさつした。

そこにおばさんがお茶を持ってきて「ゆっくりなすってくださいねえ」と言い、さとは「すぐ失礼しますけん、お構いなく・・」と言った。おばさんとさとは少し言葉を交わして、やがておばさんは部屋から出た。もう下宿のおばさんと西田さとは知らない間柄ではない。見張兵曹を通じてまるで昔からの友人のような関係になっている。

「どうぞ、冷めてしまいますけん」

と、麻生分隊士がさとにお茶を勧めた。ではいただきます、とさとがお茶をすすったのを合図に分隊士とオトメチャンも湯呑を手に取った。

「今日はね」とさとは湯呑を持った手を膝に置くと二人を交互に見つめた。

そのさとを見つめ返す二人にさとは

「トメちゃんのお母さんのお墓参りに行こうかと思うてです」

と言った。ほう、と分隊士は声に出した。今まで呉に上陸してもオトメチャンの生みの母親の墓参をしたことがなかった。

オトメチャンも身を乗り出した。そして「母の御墓、どこにあるんですか?」と聞く。さとは、「ここより少し歩いた山の中腹にある墓地です。・・・トヨさんが亡くなった時洋二郎さんとうちの夫で相談してそこにトヨさんを」と言って少し遠い眼をした。

オトメチャンもちょっとだけ遠くを見つめる目をして、「ほうですか。母の墓はここにあったんですか。まあ、あの村にはつくりとうても作れんかったでしょうね」と言った。父と母の関係は村人たちや見張の継母や姉妹には決して受け入れられるものではないというのをオトメチャンは知っている。

「洋二郎さんはあの後ずいぶん気落ちしてしまわれて・・・無理もないですね、一番愛しとった人が亡くなってしもうて、しかもその原因を作ったんは自分じゃないじゃろうかと長いことご自分を責めておられましたけえね」

とさとはいい、「ではちょっと時間もかかりますけえ、そろそろ出かけましょうか」と言い三人は腰を上げた。

先に話を聞いていたらしい下宿のおばさんが、数束の線香と庭の花を摘んだのを持たせてくれた。おばさんの心尽くしに感謝して、オトメチャンはさとの後ろを分隊士と付いてゆく。

 

三、四〇分三人は歩き呉港を見下ろす山の中腹にある墓地に来た。

いくつかの墓石が整然と並ぶ中、「こちらですよ」とさとが示した一基の墓石が誰あろう見張兵曹の生みの母親、トヨのものであった。

墓石には<見張 トヨ>と彫られていて、父親がトヨを自分の家族(妻)として葬ったのが見て取れた。トヨの墓はさとが折にふれては掃除をしてくれているらしくきれいであった。オトメチャンはその前にそっとしゃがみ込んだ。

「・・・お母さん」

と小さな声がその可憐な唇から洩れた、と思った次の瞬間オトメチャンは嗚咽とともにその場に泣き伏していた。

麻生分隊士もさとも、かける言葉がない。ただ、オトメチャンが泣くに任せているしかなかった。オトメチャンは泣きじゃくりながら、「お母さん、お母さんはうちを産んだから死んだんじゃ。うちは生まれてこんほうがよかったんじゃね。ほんならお母さんは死なんで済んだのに」と地面を叩いた。

不意にさとがオトメチャンのそばに座るとその肩に手を置いて、オトメチャンをゆすぶった。そして「そがいなことを言うたらいけん!トメちゃんのお母さんも、お父さんもトメちゃんが生まれるんをそれは楽しみにしとったんじゃけん。トヨさんが亡くなったんはトメちゃんのせいじゃないんじゃけえ。そがいなこと言うたらお母さんが悲しみます!」と激しくいさめた。

それでもオトメチャンはしばらく泣いていた。さとも泣いていたし、麻生分隊士も後ろを向いて涙を軍曹の袖で拭っている。

三人には長い時間が過ぎた。やがて落ち着いたのかオトメチャンは涙を拭いて顔を上げた、「西田さん・・・ごめんなさい。うちなんだか変じゃった」

さとは微笑んで首を横に振って「ええんですよ。でもね、これだけはわかってくださいね。あなたはご両親に望まれて生まれてきたということ」と言った。オトメチャンは素直にうなずいた。

さとはそんなオトメチャンをしばらく見つめていたがやがてもんぺの上着の懐から何かを出した。封筒のようである。

そしてそれをオトメチャンに渡して「これはトヨさんが亡くなる少し前に洋二郎さんにあてて書いた手紙です。洋二郎さんがそのあとも大事にとっておかれて、洋二郎さんが亡くなる前に夫に『いつかトメに渡してほしい』と渡してくださったものです。これはですからトメちゃんのものです」と言った。

オトメチャンは封筒を受け取り、そっと中の便せんを取り出した。

少しだけ変色したような便せんには、初めて見る母親・トヨの文字が並んでいる・・・

 

>・・・洋二郎様。いえ、旦那さま。

私は今までとても幸せでした。そしてまた今旦那様の子供を授けていただいて本当に幸せです。まだ目もろくにあかない子供が私を求めて泣いたり笑うたりする様は本当に心やさしい思いを致します。

ですが旦那さま。うちはもうあまり長うない気がしております。自分のことはようわかります。うちはどうなってもええのです。ですが一番の心残りはこの幼い子供、トメの行く末です。うちはこの子のことを思うと死ぬるんが恐ろしゅうなります。旦那さま、どうかトメをお願いいたします。旦那様のご家族には大変なご迷惑をおかけしてしもうて、なんといってお詫びをしたらええか分りません。ですがどうか、どうか特別の思し召しで以てトメをお願いいたしたいのです。

勝手な申し出で身も細る思いですがどうか、死にゆく者の最後の願いをお聞き届けくださいませ。

 

旦那さま、トヨは今までもそしてこれからも幸せです。

旦那様の微笑み、いいお声で聞かせてくださった歌、やさしいお心遣い、すべてが素晴らしいトヨの人生の思い出です。

そして旦那様がいらっしゃらない時の寂しさ、あえない時間の長さも今はすべていい思い出です。

そんな素晴らしいたくさんの思い出を胸に抱いてトヨは彼岸の国へまいります。トヨは彼岸の国から旦那さまとトメの幸せを祈り、ずっとずっと見守ってまいります。これがトヨの「さよならの言葉」です・・・<

 

オトメチャンの瞳から新たに涙があふれ出た。最後の一枚には、父親・洋二郎のトヨを悼み追慕する言葉が書きつらねられていた。

 

>・・・愛するトヨ。

私はトヨを失ってから世界の色が消えた。春の桜も、夏の空も、秋の紅葉も、そして夜空に輝く星さえもその色を消してしまった。

トヨが今でもどこかにおるんじゃないか、と探して歩く時さえある。

いつもの年と同じやうに鳥は飛び、鳥は渡り、また帰ってくるのにどうしてトヨはおらんようになってしまったのだろうか。帰ってこないのだろうか。

あの優しい微笑みも、しぐさもどこに行ってしまったのか。今までが夢だったのか、否夢ではない。トヨはこの世に確かにいたのだから。髪のしなやかな黒い色、賢い瞳の色、抜けるような白い肌。あれは遠い夢でも幻でもない。

 

私が至らぬ男だったから神様がトヨを私から取り上げてしもうたのだろうか。それならわたしの命を取り上げてくれたらよいのに、と何度思ったことだろう。大事な、だれよりも大事なトヨの命を取り上げられて私はさながら生ける骸のようだ。

しかし残されたトメを思えばいつまでこうも言ってはおられん。トヨの心配事を、大丈夫じゃと言ってやらねばならぬ。

トヨに、私は誓おう。

トメは私が立派な大人にする。どこに出しても恥ずかしゅうない大人にする。

そして、またいつかトヨに再会するときいい報告ができることを私は誓う・・・<

 

「お父さん・・・」

その手紙を読み終えて胸に抱いたオトメチャンはそっと目を閉じた。両親の命がけの愛が手紙を通じて娘のトメに今、伝わっているようである。

(ごめんなさい、お父さんお母さん。うちが生まれなきゃよかった、なんか言うて。うちはねえ、やっぱりお父さんとお母さんの子供に生まれてきてよかったと思うとります)

そんなオトメチャンを、さとも分隊士もこの上ないやさしいまなざしで見守っている。

 

下宿のおばさんの心尽くしの線香と花を墓前に供えると、三人は長い間手を合わせていた――

 

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・

両親の手紙のモチーフにした歌があります。

八神純子さん「さよならの言葉」



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● COMMENT ●

matsuyama さんへ

matsuyama さん こんばんは。

おおっと。泣かせてしまいましたか…すみません。
私も最近涙もろくなりました、TVを見ては泣いていることが多くなりました。

西崎みどりさんの「旅愁」は古い歌ですよね、私がまだ小学生の時わが両親がとても気に入ってシングルレコードを買ったのでした。
あの頃は恋の歌一つとってもいい歌詞が多かったと思います。

オトメチャン、ようよう母親の墓所も見つけましたからいよいよ軍務に、恋に精励することでしょう。今後のオトメチャンに注目してくださいね~^^!

No title

思わず泣いてしまいました。涙もろくなったんですね(笑)。
西崎緑の旅愁をBGMに読んでいたもんですから、ついつい記事の中に入り込んでしまいました。

オトメチャン頑張れ。こんな立派な愛し合ったお父さん、お母さんがいるんだ。卑屈になるな~。胸を張って生き抜いてよ(笑)。

ジスさんへ

ジスさん おはようございます。

こちらこそいつもありがとうございます。
夫婦も親子も、心の絆が深ければたとい幽明隔てようともつながりはあるはずだと確信しています。

どんな人でも生まれてきた以上何かしらこの世で役に立つため、誰かに愛され必要とされるために存在しています。
不必要な人は存在していないはずです。
自雑の多い時代になってしまい大変残念で痛ましいですがもっともっとみんなが自分というかけがえにない存在を認識し、自分が望まれて生まれてきたということ、この世でなすべきことがあるということを思って生きてほしいし私も生きてゆきたいと思うのです^^。

ジスさんのお子様方も、今はまだ分からなくてもこの先10年20年…と立つときっとわかってくれます。ジスさんご夫婦に感謝の日が来ますよ^^。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさん おはようございます。

「人」というものは性善説なのか、性悪説なのか。考えるときがあります。極論してしまえば、「性悪説」なのかもしれませんがそれを「善」に導くものは人と人とのつながり、きずなであろうと思うのです。

人がかかわりあえばそこに思いやりや優しい心が芽生えますもんね。
そんな「優しい時代」が日本に来ますよう祈るばかり。


トヨは幸せ者です。短い人生で不幸かもしれませんがその人生の後半は幸せの密度は濃いものだったのではないかと・・・。
「不倫」という言葉で断罪してしまえばそこまでですが、二人、トヨの心の美しさを感じて戴けてうれしく思っています!

オスカーさんへ

オスカーさん おはようございます。お返事遅くなり申し訳ありません!

オトメチャンの母は短い人生でしたがその後半は幸せでした。洋二郎さんというオトメの父親に出会い、オトメをもうけました。
もし、トヨが永らえていたらはたしてオトメチャンの今があったかもわかりません。オトメは母親がいてよかったかもしれないですが・・・

「思いを引き継ぐ」
大事ですね!こういう時代になるとなおさらそれを痛感します。
忘れ去られがちな先人の思いや、自分の先祖と思いにも心をはせてその「思い」を次代に次いでゆかねば…と思います。

そんな気持ちで書いているこのブログも、オスカーさんのように受け取ってくれる方がいらっしゃる限り、続けてゆきたいです!!
ありがとう!

No title

こんばんは。いつもありがとうございます。

子を思う親の気持ち、愛する人を失った気持ち、痛いほど伝わってきます。
こんな自分でも生まれてきたこと、親に感謝しなきゃですね。そして自分も親になった今、子供たちに感謝されてみたい・・・です。

No title

美しい。
時間も当人も周りの人も、亡き人たちまでもすべてが美しいです。こんな心根の人たちがこれから戦禍に巡り合わなきゃいけないのでしょうか。

トヨさん、きっと幸せだったのですね。縛られることの多かった時代でしたが、それだけに気高い美しさが眩しいくらいです。

こんにちは。オトメちゃんのお母さん、生きていて欲しかったけれど、生きていたら娘が戦場に行く姿を見送らなくてはいけなかったわけで…それを思うとその姿を見なくてすんだのはよかったのかしら…とかいろいろ考えてしまいました。
誰かの想いを引き継いで伝えていくのは大変ですが大切なことですよね。もしオトメちゃんが見たくない、読みたくない!と拒絶したらその想いは宙ぶらりんなままになってしまう…リレーや駅伝ではないけれど、受け取ってくれる人がいる、待ってくれる人がいると信じるからこそがんばれるのですよねぇ。
見張り員さまの想いもブログを通してたくさんの人に届いていると思います。書き続けて下さいね(^^)/


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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