2017-10

「女だらけの戦艦大和」・内地の正月2<他人顔の故郷> - 2012.01.09 Mon

「女だらけの戦艦大和」はその身を新年の呉海軍工廠のドックに浮かべている――

 

今日は小泉兵曹の上陸日。兵曹は昨晩下級の兵にプレスさせた一種軍装を着こみ、片手には風呂敷包みを持って最上甲板に他の上陸の仲間たちと一緒に整列して「待ち受け一番」をもらって、舷側を降りる。

一緒に上陸の機銃分隊・長妻兵曹が、

「なあ、小泉兵曹は今日はどうするんね?」

と聞いてきたので小泉兵曹はちょっとだけ考えてから

「うん。今日はまず下宿でゆっくり寝るわい。なんだか内地に帰ってからねむうていけん」

と言って笑った。長妻兵曹も笑って

「そうか、うちも同じじゃ。うちも今日明日くらいは実家に帰って親に顔を見せてこようと思うてじゃ。・・・しかしそうするとまた『結婚せえ』ってやかましゅうていけん。それだけが困る」

と言った。小泉兵曹は「結婚かあ。まだしとうないな。一人に縛られるんは、いやじゃ」と言った。

やがて皆は工廠の門からぞろぞろ出て行く。門には工廠長と野村副長がいて監視と見送りをする。

長妻兵曹はもう実家に心が飛んでいるらしく、「じゃな。朝日町で会えるかもしれんな!」というと軽く敬礼してから走り去った。

「親御さんによろしゅう」とその背中に声を投げた小泉兵曹は、さて、と口の中で言うと風呂敷包みを抱え直した。

しばらく歩いて、ふいに「純子」と声をかけられた。声のした方を見れば、姉の今日子が父親の孝太郎と共に立っている。

「ああ!姉さん、お父さん!」と、小泉兵曹は思いがけない人たちの迎えに声が上ずった。二人のほうに走り寄った。

今日子は妹に「お疲れ様です」と丁寧に頭を下げ、父親の孝太郎は「お帰り」とほほ笑んで迎えた。姉の岸田今日子はすっかり奥さんが板について落ち着いている。銘仙のもんぺがよく似合って小泉兵曹はしばし見とれた。
今日子は「まあ、純子も立派な軍人さんじゃねえ」と感慨無量の面持ちである。その今日子に少し照れくさそうにほほ笑んで、

「桜と梅はどうしました?」
と小泉兵曹は姪ッ子の名を上げた。桜と梅は、今日子の双子の娘である。今日子は「正月は岸田の両親と出雲にお参り。岸田の両親が気をつこうてくれて、正月はうちは旦那さまと二人です」と言ってほほ笑んだがその頬笑みがなんだかさわやかに艶めいていて小泉兵曹は我が姉ながらそのすがすがしい色気にドキッとした。

「でも、よう上陸の日がわかりましたね」と問う兵曹に孝太郎が「そがいなん、親子じゃけえ言わんでもわかるもんじゃ」と言った。そして「今日はなあ、うち(・・)に行かんか?」と聞いてきた。姉はもう孝太郎から聞いてきたと見えうなずいてみせたが兵曹は驚いた。

「じゃけど、家には・・・」あの人が居るんじゃあ?といいかけた兵曹に孝太郎は

「『かあさん』はしばらく実家に戻っておっておらんから大丈夫じゃ。たまには今日子も純子も実家に来い」と言って歩き出した。

 

省線に乗って三人は広島に。

幼いころから見慣れた風景が展開し兵曹は少しノスタルジックな気分になった。子供の頃の懐かしい思い出が去来した。

「もう何年ここに帰っとらんじゃろうか」とひとりごちた。それを聞きつけて今日子が「はあ六,七年は帰っとらんじゃないかねえ純子は。うちはそう遠くじゃないけえ、たまに通るが中には入らんよ」と少し低めの声で言った。父親へ遠慮したのかもしれない。

純子はうんとうなずいて軍帽をかぶりなおした。そして孝太郎に「そう言えば進次郎が居りませんがどうしました」と聞いた。孝太郎は「進次郎は大みそかにうちの船でトレーラーに行ったよ。向こうも見てこんといけんからとゆうてな。最近は外地のほうは進次郎があれこれやってくれるけえ、俺はこっちの仕事が出来てええ」と言った。

兵曹は嬉しげに「ほうですか」と言った。しかし会えなかったのはちょっと残念ではあるが。

 

そしてやっと、小泉商店の前に着いた。以前と変わりない店の構えに心なしかホッとした兵曹である。今日は店は閉まっているが、今にも店の戸が開いて兵曹の母親が「純子、お帰り!」と出てくるような錯覚を覚えた。あり得ない、と思って涙がにじんだ。

玄関に回り久しぶりの「我が家」に入った兵曹。(空気がちごうて感じる)と思った。既に母親さと(・・)のいた頃の『におい』は無く、兵曹の知らない「家のにおい」に取って代わっている。それは今日子も感じているようだがおくびにも出さない。

まずは仏壇の母に手を合わせる姉妹。拝み終えた今日子がため息交じりに「お母さんが生きておったら、喜んだじゃろうねえ。純子が帰ってきた言うて・・・」とつぶやいた。

兵曹は、仏壇の母の写真立ての後ろにもう一枚写真が置いてあるのに気がついた。父たちが別の間に移ったのを見てからそっとそれを引き出した。それは母の「嫁入り」の時の写真であった。

(お母さん、きれいじゃなあ。どんないきさつで小泉の家に来たんじゃろうなあ。いつかお父さんに聞いてみんといけんねえ)

白無垢に角隠しの、まだうら若い母の姿。その涼しい瞳が兵曹を見つめている。それをしばらく見つめていた兵曹はその写真をポケットに入れた。
(これはうちがもろうて行きます。あの人には触らせとうないから)
兵曹にとってこれが唯一の母の遺影である。

 

とまれ、親子三人水入らずである。だれにも遠慮することがないのでいろいろな話に花が咲いた。今日子が作ってきたおせち料理に舌鼓を打ち、兵曹は「娑婆」を満喫した。

「で、純子はいつまでいられるんね」と今日子が茶を出しながら聞いた。兵曹は御馳走で膨らんだ腹を撫でつつ「今日明日はここに泊まらせてもらいましょう。明後日呉に戻ります。下宿にも行かんならんので」と言った。

「そうね」と嬉しそうな今日子と孝太郎。今日子は今夜は岸田の家に戻って明日また夫を伴って来ると言う。

その晩は、純子は孝太郎と酒の飲み較べをして、夜更けには「沈没」してしまった。

 

翌日午前中に再び今日子が夫と共にやってきた。結婚式以来の義理の兄に丁寧に挨拶した。今日子の夫の森夫は大店の旦那らしい丁寧で柔らかい物腰の男で、二人はとても幸せそうである。

その日は今日子と純子で料理を作り、楽しく過ごした。

楽しい時間はあっという間に去り、次の日純子は呉に戻ることに。純子は「まだ当分呉にいますから、またお会いできると思います」と言った。そして「岸田のご両親さまと、桜と梅によろしゅう」と森夫に頭を下げた。

森夫も「楽しかったですね。また皆で会いましょう」というと丁寧に頭を下げた。その三人にしっかりと敬礼した兵曹は小泉の家をしばし振り仰いだ。風が吹き抜け、兵曹は思わず目を閉じた。

(お母さん)

次の瞬間兵曹は踵を返して「では」というと歩み去った。背後から今日子が「また会えるよねえ?」と悲鳴に似た声で言うのが聞こえた。

兵曹は振り返ると笑顔で大きく右手を振った。三人が振り返す、それを見た兵曹は小走りでそこを去った。

しばらく三人の切なげな視線を背中に感じていた兵曹だった。

やがて広島駅に着いた小泉兵曹は懐かしいふるさとの風景を目に収めつつ、

(しかしのう・・いくらお父さんが居ったところでここはもううちの<ふるさと>ではなくなってしもうた。・・・吹く風が言うとるよ。『お前はどこの誰じゃ。ここの者じゃなかろう』って。よう見ればこの街じゃってもううちには『他人の顔』しとる。・・・うちの居場所はもう『海軍』と『呉』にしかないんじゃなあ)

と思った。

切なさと、そして何か大きな・・「決意」のようなものが小泉兵曹の胸にぐっとこみあげてきた――

 

      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この話は武田鉄矢さんの「人生の秋に」からヒントをえて書いたものです。この歌、好きなんですね私。年齢を重ねてからもっと好きになりました。ぜひ聞いてください。



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● COMMENT ●

周平さんへ

周平さん おはようございます。
PCのリカバリーのためお返事遅くなってごめんなさい。

周平さんにもそういったご経験が御有りだったのですね・・・切なくさみしい決意であったんでしょう。ご心中お察しします。
しかしそういう思いがあって初めて人は成長し、新しい世界で生きることを自覚できるのかもしれませんね。大人になるというのはそういうことかもしれませんね。

気合い、というほどのものでもないかもですがそうおっしゃっていただけると嬉しいです。この後内地の正月はオトメチャンともう一人の話が続きます。
お付き合いくださいませ。

ジスさんへ

ジスさん おはようございます。
PCのリカバリーでお返事遅くなってごめんなさい。

やっぱり実家の温かさは何とも言えませんね。私も久しぶりにこの正月のんびりしました^^。

ジスさんのおっしゃる通り故郷はいつまでもあるわけでないんですよね。特に女にとってはそれは切実です。しかし自分の居場所を作ってそこに収まるようにしないと本当の成長はない気もしますね。
うちの義妹たちが「実家、実家」と言って結婚して20年以上たつのにいまだ親離れできないのを見るにつけそう思います。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさん おはようございます。
PCのリカバリーのためお返事遅くなってごめんなさい。

帰省のうれしさの半面のさみしさ。
当時の軍人さんたちはその思い切実だったでしょうね。私もその時代を生きるのはちょっと・・・です。いとしさを断ち切ってゆかねばならないその心とか責任感、それにつながる愛国心を思うと今の若いやつ(私も含めてですが)のいい加減さに腹が立ちますし、成人式のあのあほ丸出しの連中、一度こういう世界に放り込んでやりたい気がします。

成人の日、うちのベランダに特大日章旗がはためきました。
いい気分でしたよ!!

かなやのぶ太さんへ

かなやのぶ太さん おはようございます。
PCのリカバリーのためお返事遅くなってごめんなさい。

平成の大合併、あれで味のある地名が失われたり、ご自分の大事な故郷の地名が消えて悲しくさみしい思いをされた方が多かったことでしょう。
かなやさんがそのお一人とは。

やたらといじらないでほしいですよね、大事なものですもの。

小泉にもいい人を…と思っています。がこいつは男遊びが激しいから・・・ww。

小泉や麻生、オトメチャンたちの話す言葉は一応「広島弁」のつもりです(-_-;)。
私は正直広島弁をあまり知らないので、これを読まれた広島の人から「変だ!」と言われたら…と思うと夜も眠れません(爆)。

いつもありがとう。

オスカーさんへ

オスカーさん おはようございます。
PCのリカバリーのためコメントが遅くなりごめんなさい!

ふるさとは遠きにありて思うもの…という言葉を思い出しますね。私も「ふるさと」はそれなりに遠くなった気がしています。
さみしさとともに「これが大人になるということだ」と思ってみたり。
でも心にはいつも存在するのが故郷ですね。

鉄矢さんの歌、心にしみるものが多いです。聞いてみてね!

成人の日に

成人の日にこの話とは、、流石です。
僕もありましたよ、故郷の友や故郷捨てるんだと決めた時が。
その日は職場の寮に帰って一人で酒飲んで布団の中で泣いて寝ました。
その時から組織の一員になったと自覚してます。
その時の光景と重なりました。
今日もまた見張り員さんに気合を注入されたようです。ヘ(^o^)/ウヒー!

No title

こんばんは。いつもありがとうございます。

少々ご無沙汰して居ました。
皆さんの新年のご挨拶も拝見致しました。今年も楽しい作品を期待しています。よろしくお願いいたします。

帰省、良い響きですね。私もこのお正月数日実家に帰省してゆっくりして参りました。妻は疲れてしまったようですが、私は年に数回のことですのでわりとゆっくりできて良かったです。

故郷はいつまでもあるわけではないのですね・・そう思うと寂しいものです。

No title

それぞれの帰省ですね。そしてそれぞれの思いが交差してなんとも言いようのない寂寥感を感じました。あの当時、みんなそうだったのでしょうね。今に生きる私には耐えられない時代だと思います。
こんな思いをしていた昭和の若者、今日の成人の日の蛮行の限りを尽くす今の馬鹿者。情けなくて仕方ありませんでした。

今日も見張り員家では大きな国旗がはためいていたことでしょうね。日本の心がそこに在るような素敵な景色でしょうね。有難うって思いです。

No title

きっととてもあったかい話なのに、最後にひゅうとどこかさみしい風が吹きました。
実際に無くなったわけではないのだけど、精神的なよりどころではなくなったんですよね……。私も、大学在学中に平成の大合併で故郷が地図から消えました(苦笑)家が無くなったわけではないですが、なにかさみしい気がしたことを思い出しました。
小泉さん。早くいい人が見つかるといいですね!
ところで、作中のお国ことばがとってもあったかくて素敵です!みなさん、どちらのお言葉を話しているんですか?

帰ってくるふるさと

こんにちは。ふるさとを離れた人間なら誰しも感じる懐かしさと違和感、せつなさですね。お鼻がツーンとなります。
私の好きな谷口ジローさんの漫画に「父の暦」というのがあって、ラストシーンはこんな言葉です。

郷里は……いつでもどんな時にでも変わらずそこにあった/私は思う……/郷里に帰る……のではない、いつの日か郷里がそれぞれの心の中に帰って来るのだ。

武田鉄矢さんの歌、検索してみますね♪


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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