「女だらけの戦艦大和」・母の心、子の心2<解決編>

仁科大尉の母は、まだ暗いうちに何かの物音で目を覚ました――

 

傍らの時計を見ればまだ、五時になるに少し早い。この時期の日出前は寒さを感じる。大尉の母は、かけ布団の上に置いてあった綿入れを引っ掛けると音の元を探しに布団を出た。

音の元は、浴室からであった。暗い浴室で仁科大尉は水を何杯もかぶっているのだった。ハアハアと息遣いが荒く聞こえる。

(風邪をひいてしまう)と母は思わず声をかけようとしたが思いとどまった。(きっとあの子には何か考えがあってのことかもしれない)

母は、そっと引き返す。その背中をまたもや水の音が追いかける。

 

仁科大尉が水をかぶり終えて、庭で日の出を見ていると母が縁側から声をかけた。「関子さん、今温かいお茶を入れましたよ。飲んで頂戴ね」

大尉は母を振り向いて「ありがとうございます、お母さん」と言うと縁側に寄って行き、母の差し出した湯呑を受け取った。湯呑の熱さが冷えた手のひらにジン、として心地よい。

大尉は縁側に座って茶をすすった。母がその横に座ると、

「水を浴びていたの?風邪をひいてしまうわ」

と言って大尉の洗い髪をそっと指先で梳いた。大尉はふっと笑うと、「大丈夫ですよお母さん。海軍では海水をもろに浴びたりしていますから。ここの水よりもっと冷たいときもあれば熱いときもありますよ」と言って母を見た。母は大尉の瞳を覗きこんで何かを探るようにした。その母の視線を大尉はそっと外した。

母は探る視線のまま「忙しいの?髪がずいぶん伸びてるわ、少し切ったら?」と問いかける。大尉は「忙しいと言えば忙しいですね。髪はいつもまとめてるからこの程度ならいいんですよ」と言って茶を飲む。湯呑から湯気が立ちあがって朝日にキラキラ光って見える。

更には母は、「ずいぶん怖い顔になったものね。何かつらいことやいやなことがあるの?」と問う、その母に大尉は「つらいことやいやなことはたくさんありますがそんなものは大したことじゃないですよ。どこの世界にもあるようなものですって。私もいつまでも女の子じゃないですからね、怖い顔にもなるかもしれないですね」そう言って笑う。

「そう…それならいいのですが」

母はそういうと朝食の支度のために台所に入って行った。大尉はしばらくその場に座ったまま視線を下に落としていた。

 

その朝は大尉の帰隊の時間の都合で朝食を早めにとった。もう仁科大尉はちゃんと一種軍装に着替えている。

温かい味噌汁やふっくらしたご飯、母の自慢の漬物等心尽くしの朝食に大尉は心底感謝して口に運んだ。

食事がすんだ頃母は急に思いついたように「ねえ、関子さん」と言った。なんですかお母さん、と母を見た大尉に、

「この前帰って来たときに『結婚してもいい』って言ってたわよね。どう?結婚する気はあるのでしょう?」

と問いかけた。すると大尉はポンポンと膝を軽く叩いて「無し無し、この間言ったことはすべて無しにしてください。結婚の話も無しです」といい、席を立った。

母はその大尉を見上げて不安げな表情を浮かべている。

仁科大尉は二階に上がってカバンに荷物を詰め始めた。本棚から数冊の本を取りだすとカバンに入れた。本棚の片隅のアルバムを取りだし、開いて見た。その中から数葉の写真をはがすと、手帳に挟んだ。しばしの間手帳を見つめると大尉はカバンを持つと階下に降りた。

 

母が「まだ時間はたくさんあるでしょ?今汽車のお弁当を作りますからね。待っていてくださいね」と言ってほほ笑んだ。

大尉が母を台所に見ると、母は握り飯を握っている。(お母さんの握り飯は昔から美味かった)と懐かしい思いにとらわれる仁科大尉。

母は大尉が見ていることに気がついてはいないようだ。楽しげに握っている。そして大きな握り飯を三つとたくあん、佃煮を竹皮に包みこんだ。

次の瞬間――母は割烹着の袖で両の目をぬぐっていた。

(お母さんが泣いている・・・)

大尉の心は張り裂けんばかりであった。(お母さん許してください。私はあなたの娘である前にまず帝国海軍の軍人なのです。この戦争に勝つまでは、私心を捨てねばなりません。でも、でも、私はやはり『あなたの娘』であることは間違いないのです。何も言うことが出来ない私を許してください。そして、戦争に勝ったなら「よくやった」と言って褒めてやってください。その日まで私は頑張ります。「仁科」の家の名とそしてお母さん、あなたの名を汚さぬように。私はあなたの娘としてこの日本に生まれたことをこの上ない誇りと思っていつも過ごし、そして戦っております・・・)

 

やがて時間となり、大尉は母の手作りの弁当を下げて駅に向かう。大尉は満面の笑みを浮かべ

「見送りは要りません。ここで十分です。・・・お父さんがお帰りになったら関子がよろしくと申していたとお伝えくださいね。では・・・お元気で」

と言うと母に向かい力いっぱいの敬礼をした。母は深々と頭を下げてその敬礼を受けた。そして大尉は敬礼の手をおろすと「お母さん、行ってまいります!」と元気に言って笑顔を見せると母の顔を一瞬食い入るように見つめた後踵を返して歩き出した。

その大尉の背中に、母はもう一度深く、深く礼をしたのだった。

(神様、どうぞ私の娘をお守りください)

仁科大尉も母の礼を背中に感じつつ同時に深い母の愛をも感じていた。背中が心なしか温かい。

 

部隊に戻れば、次の作戦の準備が待っている仁科大尉。母の弁当がその手に快い重さである。

仁科大尉は、駅への道を歩いてゆく。その胸ポケットの手帳には母と一緒に取った写真が――

 

         ・・・・・・・・・・・・・・・・

 

本物の仁科中尉のご母堂の手記を元に創作いたしました。仁科関夫中尉はその最後の帰省の際、髪は伸びとても怖い顔になっていた、とご母堂様は記していらっしゃいました。ご母堂様は「何か」を感じ取られていらっしゃったのでしょう。

 

昭和一九年十一月二十日、戦死直前の仁科中尉の御遺書を。

「六尺褌で身を固め、日本刀をぶち込み、七生報国の鉢巻きを額に、黒木少佐の遺影を胸ポケットに、右手には爆発棹、背には可愛い女の子の贈り物のふとんを当て、いざ抜き放った日本刀、怒髪天を突き、神州の曙を胸に、大元帥陛下の万歳を唱えて、全力三十ノット、大型空母に体当たり」


仁科少佐(戦死後特進)の墓碑(左)と御尊父様の墓碑。長野県佐久市にあります。佐久市は御尊父様の故郷です。(画像はお借りしました)



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柴犬ケイさんへ

柴犬ケイさん こんにちは!

モミジは散歩の時間をほとんど把握していますね!その時間になるとそわそわしていますよw。
今は段ボールの切れ端で作った「棒」が気に入ってそれで遊んでいます。
犬って本当に可愛いなあ、と思う瞬間でもあります❤

どんなことでもこちらに入れてくださいね、お待ちしております♪

見張り員さん こんばんは♪

いつもありがとうございます♪
もみじちゃん毎日散歩を楽しみにして待っていると
帰るのが楽しみになりますね。
もみじちゃん3才で可愛いくじゃれて遊ぶ姿が浮かびます。
こちらにコメントをして良いか悩みましたが、コメント欄に
書き込みさせていただきました。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさん こんばんは!

御長男も東京で頑張っていらっしゃいますね!きっと御長男もいいこともつらいこともおありとは思いますが、お父さんには元気な声を伝えたい・・・私も子供心と親心、両方わかるので・・・。
でも離れてらっしゃるといろいろと考えてしまいますね。

仁科中尉他の回天搭乗員の皆さんはどんな思いで南溟に散ってゆかれたのでしょうか。
次は回天搭乗員の方々について書きたいと思います。

いかんなぁ、涙が出て仕方ないです。
ちょうど今こそ東京の長男から電話があったばかりでオーバーラップしてしまいました。詳しいことは語りませんでしたが、妙に元気な声を聞かせてくれているようで。親って子供の一挙手一投足や言葉の節々で良くも悪くもあれこれと思うものですね。

仁科中尉の凛とした姿、見送るお母様の姿と涙、そしてそれからの戦局を思うとやるせないです。
見張り員さん、後世の為に今の語り部としてどうか書き続けて下さいね。

かなやのぶ太 さんへ

かなやのぶ太さん こんばんは!

昨晩回天搭乗員の本(ムックというものでしょうか)を読んでいました。時々思い出したように読むのですがこうした話を書いた後はなんだか切なくなります。
本当の仁科中尉は回天に搭乗しウルシー環礁に消えてゆきましたがこの話の「仁科大尉」は生きてゆきます。私のこの物語では戦死する日本軍将兵はいない、ということになっています(ものすごい強引ですが)。
今度は、花嫁姿か何かでお母さんと写真に収まりたい仁科大尉です!

オスカーさんへ

オスカーさん こんばんは!

南方のジャングルに、北方の島々に、南海の底に・・・勇士は今も誰にも知られることなく伏しています。そうした兵士たちの思いを私たち、彼らが護ろうとした未来の人間は汲みとらねばならない、と思うのです。
乃木大将も二人の男子を国にささげて本心ではさぞ、さみしかったと思いますがその母親はもっと哀しかったでしょう。
香水をお守りに、という話は母の心が痛いほど伝わりますね。いつの時代も母という存在はありがたいものだと思います。

時々こうしたシリアス路線をも走りたい、と思いますのでどうぞよろしくお願いいたします!

作中では仁科大尉の「最期」まで語られていないことが救いのように思いました。モチーフの彼の人生は悲しく、厳しいものでしたが、「彼女」はそうとも限らないかもしれない。
またお母さんと一緒に写真に写ることができる日が来るかもしれない。そう願わずにはいられません。

Re:

こんばんは。お墓もなく知り合いもなく、最期を誰にも看取られないで亡くなった兵隊さんもたくさんいるのでしょうね。乃木さんの息子さんの1人がお母さんから頂いた資生堂の高級香水をお守りにしていたという記事を立ち読みしてきました。万が一の時に腐敗臭がしては不憫と思う母心に思わず泣いてしまいそうでした。1人の軍人さんの行き様の後には語られないたくさんの人々の人生があることを忘れてはいけないですね。
今回も心に染み入る素晴らしいお話でした。ありがとうございます!
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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