「女だらけの戦艦大和」・母の心、子の心1

仁科大尉は久しぶりに故郷に向かっていた――

 

仁科大尉の実家は今は神戸にある。その家には母と父が待っている。仁科大尉はそこに向かって汽車に乗っている。

(今日は明治節か。昨年もこの日に帰ったけね)と大尉は思いつつ汽車に揺られる。

 

その頃仁科大尉の実家では、母親が一人いそいそと台所に立っている。母は台所の壁にかかった暦を見て(今日は明治節。今日はあの子が帰ってきそうな気がしますよ)と思った。昨年の今日もあの子はいきなり帰ってきたっけ。

だから、と母親の第六感のようなものが働いているのだろうか、母は確信を持ってそう思い、大尉の好きなものを作る。

 

仁科大尉は故郷の駅に降り立った。何度も降りている駅ではあるが、降り立つたびに新鮮さを感じるのはなぜだろう。

秋も深まった故郷の空気を胸いっぱい吸い込んで仁科大尉は歩きだす。生まれ育ったところはここではなく、この地は兵学校に入る頃引っ越してきた場所であるが故郷には変わりない。

(私には故郷を二つ持っていることになるなあ。贅沢な話だね)

そんなことを考えつつ歩くと行き交う人たちが大尉に丁寧に頭を下げる。大尉も返礼しながら更に歩く。

やがて懐かしい家が見えてきた。仁科大尉は軍装の埃を払うしぐさをすると、玄関に立って「えヘン」と咳払いをした。そして玄関の引き戸を引いた。チリチリン・・・とベルが鳴り奥から「はーい」と母の声。聞きなれた足音が近づいて、母の姿が。

「関子さん!お帰りなさい」と母の満面の笑みに迎えられ仁科大尉も笑みを顔いっぱいに浮かべて母に敬礼して「おかあさん、ただいま!」と言った。

母は「さあさ、早く」と大尉を家に上げた。大尉は久しぶりの我が家の空気を胸一杯に吸い込みながら居間に入る。

座卓の前に座りながら「あれ、お父さんは?」と聞いた大尉に母は「ああお父さんはお仕事で大津のほうに。お帰りは明後日になっちゃうわ・・・関子さんいつまで居られるの?」と聞いた。大尉は「明日の昼には帰ります。・・・そうか残念だなあ。お父さんにも会いたかった」と言って少し顔を曇らしたが、「お父さんによろしく。またそのうち帰れますから。今日は突然の休暇だったからお知らせもできなくって」と笑顔で言った。

母は「そう。ざんねんね・・・でも今度はわかったらすぐに連絡して頂戴。お父さんあなたのことずいぶん心配なさっているわよ。元気な顔をお見せしたかったわね」といいながら茶の支度をしてきた。

大尉は「着替えてきますね」と言って二階の自室に上がった。窓を開ければ11月の澄んだ空気が流れ込み、心なしか部屋の中がきりっと引き締まったような気さえした。

本棚に目をやれば昔、一心不乱に読んだ本たちが大尉の帰りを喜んでいるようだ。(今夜どれか読もうか)そんなことを思いながら大尉は洋服ダンスから紺色のワンピースを取りだして着替え、軍装を丁寧に畳んだ。

そして階下に降りると母は「さ、座って!」とうきうきした声で大尉を促して座らせた。

母も久しぶりに見る大尉のワンピース姿に目を細め、「あの頃が帰って来たようですね、関子さん」と言った。

大尉は笑って湯呑を手に取りほほ笑んだ。母は不意にその瞳を潤ませて「立派になったものですね、あの小さかった関子さんがこんなに大きくなって、しかも帝国海軍の軍人さんになったとは」と言った。

しかし母親は大尉のその顔の深い疲労の色を見逃さず、

「関子さん。あなた疲れてるんじゃない?少し横になったらどう?」

と勧めた。が大尉は首を横に振ると「いいえ大丈夫。疲れてなんかいませんよ、久しぶりの家なんですから寝てちゃ勿体ない。今日はお母さんのお手伝いもしたいと思って来たんですから、何でもさせてくださいな」と言って茶を飲んだ。

しばらく二人は取りとめもない話をして、そのあと夕飯の支度にかかる。その合間に大尉が井戸から水を汲んで来て風呂の準備もした。

母は「関子さんがいてくれると井戸からお水を汲むのも早くって。私一人だとどうしても遅くなってしまってね」と言った。仁科大尉は母の後ろ姿を見つめた。

「老いた」と言うほどではないが前よりは少しだけ、背中が丸くなった気もする。

「私がずっと居られたらいいのですが」と申し訳なさそうに言うと母はあわてて、「何言ってるの関子さん。私は大丈夫ですよ?貴女はお国に尽くす身なんですから、母や家のことなど気に掛けないで頂戴」と言ってほほ笑んだ。

 

その晩は、仁科大尉と母の二人で少しだけお酒を飲みながら昔話に花が咲いた。だが以前より食の細くなったような大尉に母は、「関子さんあまり頂かないのね、どうしたの?」と心配したが仁科大尉は笑って「お母さん、私ももうそんなにいつまでも大食いじゃないんですよ、子供じゃないんですから。ゆっくりいただいていますからご心配なく」と言った。

そのあとも仁科大尉や兄弟の幼いころの話や、大尉が兵学校に行ってからの留守宅の様子、最近の父や兄弟たち、親せきの話まで出て二人は夜遅くまで笑ったりして楽しく過ごしたのだった。

時計が日付の変わるのを知らせる頃、母は「もう遅いわ、関子さん、そろそろお休みなさい。ゆっくり眠るのですよ」と言って大尉を二階に上がらせた。

「お母さん、あと片づけを」という大尉に母は「いいから、明日あなたはまた帰ってしまうんですから今夜はゆっくりここで眠って」とその背中を軽く押し、大尉は「ではすみませんがお先に休みます」と言って二階に上がって行った。

押入れから布団を出して畳の上に伸べる。母がいつも手入れをしてくれているのがよくわかる布団の厚みに、大尉は少し涙腺が緩んだ。

本を読もう、と思っていた大尉だったが布団に入るとあっという間に睡魔に襲われ、眠りについていたのだった――

  (次回に続きます)

 

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・

仁科関夫中尉(戦死後少佐)のお母さまの手記をモチーフに作った話です。仁科中尉は明治節に帰省することがあってお母様はその年(昭和19年)も直感なさったとか。

その直後の11月20日仁科中尉は菊水隊(伊47潜)として出撃。「回天」戦でウルシ―環礁で米油槽船「ミネシシワ」を撃沈したと言われています。享年21。

仁科中尉ご遺影。左から二人目が仁科中尉。


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かなやのぶ太 さんへ

かなやのぶ太さん こんばんは!

>一年中天長節でお休み
素晴らしい~~。そのくらい日本が長く繁栄しますようにと祈らずにはおれません。

この話の元は本で読んだか、靖国神社で「英霊にこたえる会」の方にいただいたパンフに収録されていたお話のいずれかですがものすごく哀しくなったのでした。母の子供を思う気持ちには平時も戦時もない、いや戦時だからこその思いもあるはずですよね。
母親の手記は、特別攻撃隊員の方にもありますが涙なしには読めません・・・
そのうちご紹介したいと思っています。

かなやのぶ太さんの小説拝読しにまいりますね~~!!

そういえば先日は明治節でしたね。
時代が流れゆくにつれて天長節が増えていくので名前を変えるのかもしれませんが、このペースでいけば1年中「天長節」でお休みになるのだろうか、と無駄なことにニューロンを消費しているうちに今日も1日が過ぎました(何の話だ)

モチーフがいらっしゃるお話なんですね。
母と娘の睦まじいお話とおもいつつ、追記を読んで胸が詰まりました。
大尉の軍曹を解いて、ワンピース。なんともこころ踊ります^^
うちの子(小説)にも男装の麗人(陸軍将校・最終階級は大佐)がいるのですが、関子さんを見ていたらたまには女の子っぽい恰好をさせてあげようかしら、とによによしてしまいました。
すみません、完全に独り言で…^^;

まろゆーろさんへ

まろゆーろさん こんばんは!

親子の間には不思議な「線」が通っているのでしょうか?私は特に戦時中の親子の話を読むたびそれを痛感します。息子の戦死が間近というのを直感しながら笑顔で送り出す母や、短歌という形でお互いに心を通じ合わす親子。
今の親子関係にはない深い愛とかそれこそ絆を感じます。
そして若い命を自分の信念に掛けて散らして行った若い人たち。彼らの思いに今の私たちは応えているかといえば答えはNO。
あの頃の彼らが守ろうとした日本の未来、それはとりもなおさず今の私たちだというのに、そんなことをすっかり忘れ去ってしまい享楽の限りを尽くしている。
学校でも韓国語なんか教える暇にこういう先人の素晴らしい話を教えるべきです。
日本人は日本人の精神をもっと学ばないと早晩滅びるでしょう。
彼らの死を決して「無駄死に」「犬死」扱いさせてはなりません!

母の勘に導かれるようにか。娘の気持ちに呼応するようにか。親子の強い絆を感じました。
実際にはこの直後に戦死なさるのですか。まだ21歳、お母様の悲しみは如何ばかりであったことでしょうか。凛々しいお姿に惜しい命をと心が痛みます。
あの頃、こんな若い方たちが日本の為、家族の為、愛する人の為に命を犠牲になさった。今の日本があるのはこういった尊い命が礎になっていること。これを何故に学校で教えないのでしょうか。だから様々を気付かないバカな人たちが増えてしまって。決して無駄死にではなかったと、数多くの英霊たちに胸を張って言えるような日本人に戻れないものでしょうか。
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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