「女だらけの戦艦大和」・航海長とバナナ3<解決編>

仮谷航海長は猪田艦長に、羅針盤の上につるしたバナナを見せた――

 

「ほう、ずいぶん黄色くなったものだね」と艦長がいい、「そうでしょう」と航海長がバナナを見上げたその時。

「ああっ!」と仮谷航海長が大声をあげて猪田艦長は驚いた、そして航海長の顔を見ればその横顔は怒りに満ち満ちている。

「どうしたんだね、航海長?」と問う猪田艦長に、仮谷航海長は震える人差し指でバナナの一番下の部分を指した。

そして「こ、ここ見てください。何者かが私の大事なバナナをひっこいで行ったんですよ!」と声さえも震わして言った。

猪田艦長が見れば、確かにバナナの大きな房の一番下の部分がもぎ取られているのがはっきりわかる。

「いったい誰が、こんなひどいことを・・・」仮谷航海長はその目に涙さえ浮かべて怒りに拳を握っている。猪田艦長は航海長を静かに見つめている。航海長は、涙をその目からボロボロっと落とすとやおら艦長に向き直って、

「艦長、艦長はたかがバナナくらいで何を、とお思いでしょうね。でも、私にとってバナナは大事なものなんです。私はこれを」

内地にそのままの形で持って帰って、まだ幼い妹たちにこれを見せてから食べさせたかったのだ、と言った。「妹たちはそんなに沢山は食べられませんからとりあえず何本かやったら後は皆で分けるつもりでした。お土産にいただいたものをわたくししたようで気はひけましたが特別の思し召しで艦長からお赦しもいただいたから本当にありがたかった。でもだからと言って一人占めではなく後で皆で食べたいんです。

でもその前に妹には『完全な形』でのバナナを見せたかった、なのに・・・」

仮谷航海長は泣きだした。猪田艦長は、なぜあのように航海長がバナナに執着したのかやっと得心がいった。

艦長は航海長の肩に手を置いた。静かに「では航海長。犯人捜しをするかね?」と言った。航海長はしばらく泣いていたが顔をあげて、

「したいです。・・・でも、そんなおとなげないこと、私には。それに」

「それに?」

「手を出した者がだれであれ、わかってしまったら私はただでは済まさない、そんな気がして怖いのです」

航海長はそう言って半袖の防暑服の肩の部分で涙をぬぐった。

猪田艦長が何か言いかけた時、艦橋の入り口が騒がしくなった。と、航海科の艦橋要員の木村たく上等兵曹が植戸上水を引きずってやってきた。

木村たく兵曹は猪田艦長と仮谷航海長を見るなり、

「艦長!こいつは航海長の大事なバナナを盗み食いした犯人です!」

と大声で怒鳴った。背中を掴まれた植戸上水は半泣きでなすがままになっている。猪田艦長は、とたんにいきり立った航海長を押さえて「どういうことか。落ち着いて話を聞かせなさい」と言って二人を羅針盤の下にいざなった。木村たく兵曹は、植戸上水を床に引き倒してから、「こいつ主砲塔の影で何やらしてるのを見つけたんです。私が声をかけたら慌てて逃げようとして、その足元にバナナの皮が落ちたじゃないですか。捕まえて問いただしたら、艦橋につるしてあるバナナを一本もぎ取ってきたと言うじゃないですか、誰にも了解ないなら貴様泥棒だと言ってここに連れてきたんです!」と少し興奮気味の声でいう。普段の落ち着いた声ではなく上ずった声になっている。木村兵曹も怒っていた。こともあろうに海軍期待の星の『大和型戦艦』弐番艦「武蔵」の乗組員が泥棒行為をするとは!

植戸上水は床に倒れたまま泣いている。

猪田艦長は床に膝をつくと植戸上水にそっと話しかけた、「すべてありのままを話しなさい。隠し立てしたり嘘を言ったら厳罰だぞ」。

はい、と唇を震わせる上水に航海長は掴みかかり「いったい何でこんなんことをしたんだあ!」と怒鳴りまくる。その航海長に「怒りはわかるが我を忘れてはいけない。物事は客観的に、冷静に見ようじゃないか」と艦長はいい、航海長を後に下がらせる。航海長は息を荒げ、植戸上水をにらみつけている。

艦長は、植戸上水をその場に座らせると自分も床に座り込んだ、そして「どうしたんだ?植戸上水は盗みなんぞするような人間ではないはずだが、一体どうしてこうなったのか?話してくれないか?」と優しく諭した。

上水は鼻水をすすりあげてから座りなおした。そして、

「私はバナナがあこがれでした・・・」と話し始めた。

植戸上水が育ったのはとある山の中であった。その当時は今より貧しい村であったから時折町に出た時見かけるバナナ売りはとてつもないあこがれであった。

黄色い、可愛い反りの果物。自分の知らない外国から大きな船に乗ってやってきたというその果物を、幼かった植戸上水は一度でいいから食べてみたかった。しかし上水の持っていた小銭では到底買うことなど出来ない代物であった。

いつもあきらめては家に帰り、庭の土に木の枝でバナナの絵を書いては(いつか食べるぞ!)と心に誓っていた。

それから何年か後、また町に出かけた時も見かけたバナナ。その時上水はたまらず両親に頼み込んでいた。「バナナを、一本でいいから買ってほしい」

その時、父親は植戸上水をひっぱたくと言い放ったのだ。

「馬鹿を言え、バナナなぞうちの器ではない」

要するにバナナを買って食うような家の経済ではない、ということを言ったのだが植戸上水はその言い方に心深く傷ついた。

それからさらに年月が過ぎ、上水は船員になればバナナの取れる国に行けると聞いて商船学校を受験したがその時結核の疑いがあって不合格になった。

病院での精密検査の結果結核はなかったので、上水は(それならやはり海軍だ。海軍に入ればバナナのたくさん食えるところにも行けるだろう)と横須賀海兵団に入団したのだった。だがなかなかバナナをたらふく食える機会がない。そうした矢先に艦橋に大きなバナナの房がぶら下がっていて、ふらふらとその一本をもぎっていた・・・

 

「ですから信じてください、泥棒しようとかそんな大それたことを考えていたんじゃないのであります。信じてください、信じてください・・・」

植戸上水は泣きながら頭を床にこすりつけて謝っている。それを見つめる猪田艦長・木村兵曹の顔がゆがんだ。

「そうだったのか・・そんなことがあったんだな。『あこがれのバナナ』、しかもこんなでかいやつだったから気が動転したんだな、植戸上水?」

猪田艦長は植戸上水の幼いころを思った、どんなにかバナナを食べたかったのだろう。それを家の経済的なことで夢破られて何年、どんなにこの時を待っていたのだろう。

「航海長、どうしますか?」猪田艦長は仮谷航海長を見返って言った。航海長は横を向いて拳を握ったままうつむいている。

「植戸上水」と航海長は言った、震える声で「済まなかった。こんなところにこれ見よがしにバナナをつるした私がいけなかった。そのせいで上水を・・・」と言って涙を落とした。

植戸上水は驚いて「航海長、いいえ、私がいけないのであります。私が勝手に・・・」というとこれも泣きだした。

猪田艦長は航海長を植戸上水のほうに押し出した。航海長はすまんすまん事を、といいながら植戸上水の肩を軽く叩きながら、そして二人は涙にむせんだ。

 

そのあと猪田艦長は、もぎ取られた後をナイフできれいに切り取って「ほら。これならいいだろう」と言って皆はほっとした。

やがて横須賀に入った『武蔵』他艦艇。『武蔵』の仮谷航海長はバナナの房を抱えておりたち、出迎えの妹たちにバナナを見せ、何本かを与えて残りを植戸上水ほかの下級兵にすべて与えたと言う。

喜んで食べる兵たちを眺めながら航海長は(最初っからこうするべきだった。私利私欲に走った私へのいい警鐘だったな)と思うのだった――

戦艦武蔵

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オスカーさんへ

オスカーさん こんばんは!

「お見舞いの品は、バナナ!メロン!」というとホント年代がわかってしまうんですねえ、、哀しいかな。
でもバナナが果物業界?の王者だった時代は確かにあったんですよね。
若い人にはちょっと理解不能でも、確かに。

バナナの形ってなんかそそられますよね~。第一あの黄色ってのがなんとも言えません。しかも手軽に食べられるのがいいです。

台風、おおごとにならないよう祈るばかりですね。気をつけましょうね。
・・・おっと、ベランダに植木鉢がそのまんまだったっ!!

こんばんは。お見舞いと言えばバナナかメロンかで年代がわかる気がしますが、あのバナナがたくさんある形がまたいいんですよね!!ちょっと扇を連想させるし、黄色がまた栄養価が高そうで~(笑)今の子どもたちには「何いってんの?」なんでしょうね。
台風、明日の午後から本格的に関東エリアは危険になりそうですね。お互いに気をつけましょう!!

matsuyama さんへ

matsuyama さん こんばんは!

今はみんな当たり前にようにバナナを食べていますから、バナナが貴重だった時代があったなんて聞いたら驚くかもしれないですね。
かつては、「身の丈」を知るというのを食べ物が端的に表していた気がします。哀しい話ではありますが・・。

ですからよくTVなどで食べ物を粗末に扱っているのを見るととても腹が立ちますね。たかだか数十年前まで日本は食うや食わずだったという事実をもっと知るべきですね。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさん こんばんは!

ありがとうございます。
心美しかった時代を思いながら書いてみました。私も昭和30年代終わりの世代ですが、戦争の影はありましたね。しかもベトナム戦争の激しいころでしたからすんでいた団地の上空をアメリカの輸送機が飛んでいて、あの重低音は今も耳の奥に残っています。
バナナはまだ、高いものでしたね。

あの頃の1年は今より長かった気がしますね。密度が濃かったんですね生活の。いまみたいにすべてが薄っぺらな時代ではなかった気がしています。
この先10年20年、どうなりますか。見るのが怖い気もしますね。

猪田艦長、男らしいです!女でも「男らしい」人が好きです。

今はスーパーに行けば売り場に山と積まれてるバナナを見て、若い人たちは昔高級嗜好品だったことを思いますかね。
昔の人は仮谷航海長や植戸上水のように、バナナに拘る重い家庭環境によって、その人の感情を強く抑制していました。
そのような環境で育ってきた自分でさえ、当時の苦しさを忘れ、バナナをぞんざいに扱ってしまうことがあります。
飽食の時代とはいえ、食べ物は粗末に扱うものではなく皆に平等に分け与えるもの、という教訓を著しているようにも思えます。

クライマックス、きれいな話でした。
なんだか懐かしいのと、その時代が寂しいのと、でも風景が生きていたような新鮮さがよぎりました。昭和30年代を知ってる者としてバナナの価値はよく分かります。それに戦争が終わってまだ20年も経っていなかった時代でしたから。戦争もその傷あとも身近でした。
今でこそ20年なんてあっという間のような早さですが、当時の1年や10年、ましてや20年の流れなんて遅かったように思います。それだけ濃密な時代だったのかもしれないですね。
猪田艦長の裁量の鮮やかさに男を見ました。
無事に横須賀に着いてまずはおめでとうございました。
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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