2017-09

「女だらけの戦艦大和」・哀愁かつら2 - 2011.09.02 Fri

増添兵曹は、自分の配置の機銃座に入ってほっと息をついた――

 

楼右舷中ほどに位置する、三連装機銃座が彼女の配置である。今は誰もいなく、南方の夜の風がさやさやと気持ちよく吹いている。

(今夜はいい風だ)と思い増添兵曹は頭に風を通そうと、艦内帽を取った。その時一陣の強い風が吹き付け、増添兵曹の薄い髪をあおった。

「あ!」

あろうことか、大事な部分かつらがしっかりとめていなかったのだろうか、風に乗って虚空に吹きあげられた。

「ああ!私の部分かつらあ!!」と兵曹の絶叫が夜空に響いた。手を伸ばしたがかつらはむなしく艦上の夜の闇の中に落ちて行ってしまった・・・。

「ああ・・・・私の・・・かつらぁ・・・」

増添兵曹の叫びはだんだん小さくなり、あとには嗚咽が残った。

 

兵員は立ち入り禁止の右舷最上甲板を歩く一つの影がある。誰あろうそれは『大和』のアイドル、トメキチである。

トメキチは就寝前のひと時を甲板上を散歩して過ごす。最近は慣れてきたからひとりで歩くこともある。

高角砲のそばを歩きながらふっと夜空を見上げたトメキチ、その時突然のように強い風が吹いてきた。

と。

バサッ!

とトメキチの頭に何かがかぶさった。一瞬驚いてギャッギャッ、と鳴きながら何かと格闘したトメキチではあったがふいにある『におい』を感知した。

(増添兵曹の匂いだ。ってことは?)トメキチはそれをそっと前足で撫でてみた。するするとした感触、絹糸のような細い感覚もある。

(あの人の『部分かつら』だあ!)トメキチは納得した。トメキチはそれをかぶったまま甲板の際まで歩いた。星明かりにかつらがキラキラ輝いて見えて、トメキチはなんだか心躍った。トメキチの心に、(かぶってみたい)という気持ちが湧いてきた。

大体、トメキチのご主人のオトメチャンも麻生分隊士もこういう物とは無縁であるからトメキチにしてみたら珍しくもある。

トメキチは星明かりに透かしてかつらを確かめ、それを自分の頭にしっかり載せた。小型犬のトメキチには兵曹の部分かつらは少し長い。頭から足元まで来たが引きずるほどではない。

(どう?格好いいかなあ。ちょっとこれで艦内を歩いてみようっと!)

トメキチは、髪を揺らしながら歩き始めた。夜風に髪が吹かれてトメキチの背中でなびいた。

 

その頃、副長が甲板士官や衛兵伍長・掌運用長たちと巡検に出る準備をしていた。

「いいかな。二○○○、巡検にしゅっぱーつ!」副長は元気に言って、今日も巡検の始まり。巡検とは副長の役目であり、艦内の保安・衛生などを見回る毎日の点検である。これは『大和』『武蔵』では艦内が広すぎるせいもあり一時間はかかるし、艦内すべてを回るのは不可能なため巡検コースを四つに定め、なんと副長の振るサイコロの出た目で決めている。これは『武蔵』も同じで、野村副長と『武蔵』の加東副長が以前話し合って決めてみた。

そんなわけで同じコースを連日回ってしまい、そのコースの乗組員が慌てふためく一幕もある。

ともあれ。

副長はサイコロを振った。今日は「壱」コース。副長はサイコロを皆にみせてうなずくと、衛兵伍長を先頭にして歩きだした。

「じゅんけ~~ん!」

衛兵伍長の鋭い声が廊下に響きわたり、当該居住区の兵員はハンモックやベッドにもぐっている。この時うっかりで歩いているとえらいことになる。じっとやり過ごす。

各部屋の前では班長が立って「○○分隊第何班、総員何名異常ナシっ!」と申告し、副長たちがおもむろにうなずいて立ち去って終わる。

その声を聞きながら増添兵曹はベッドの中で涙を流していた。(私のかつら。・・・どこに行っちゃったんだろう。あんなに大事にしてたのに、私の不注意とはいえあんまりな・・・後で探しに行かなきゃあ、また明日みんなに馬鹿にされる)

副長一行はもう巡検を終わるところまで来ていた。

「この厠とその先の厠を点検して終わるね」と副長がいい、掌運用長がはい、と言ったその時。衛兵伍長がその場に立ちすくんで廊下の先、これから点検する厠のほうを指さして「ふ、副長・・今厠の前をヘンなものが歩いてゆきました・・・」と真っ青になって副長を振り返った。

「ヘンなもの?なんだねそりゃ?」と副長は怪訝な顔をした。衛兵伍長は真っ青な顔のまま「長い、まるで髪の毛のようなものです。それが、ゾロッと・・・」というとガタガタ震え始めた。

「ま、まさか。また南方妖怪!?」掌運用長に、掌航海長は声を上げた。皆真っ青になりつつある。

副長はこれも顔色を青くして、「ね、ねえみんな。・・・今日はちょっと疲れたし、厠もきれいみたいだし・・・もうこれで巡検終わろうよ・・・」といい皆は「そうですね・・・では戻りましょう副長」と同意してそそくさと艦橋に戻って行った。

 

巡検が終わり、タヌキ寝入りも終わった。皆ぞろぞろと寝床から出て各班長が明日の日課や伝達事項を伝える。

やがてスピーカーから副長の声で「巡検終わり。タバコ盆出せ」の号令が出て皆は寝るなりなんなりとそれぞれの過ごし方をする。コワイ罰直が行われるのもこの時間帯。

長妻兵曹は、辻本一水と「厠に行こう」と連れだって部屋を出た。明日もきつそうだな、訓練、なんて話をしながら。

そして厠に入ろうとした時、廊下の電燈が一瞬消えた。「あれっ、なんだあ?切れかかってんのかな。運用科に言って取り換えさせんといけんね」と言ったその時。

厠から黒い影がぞろり、と出てきた。

ハッ!――と息を飲んでそれを見つめる二人。黒い影はついたり消えたりする電燈の光と影の中に溶け込んで行ってしまった。

「な、なんじゃ。あれは・・・」長妻兵曹が震える声でつぶやいた。辻本一水が「わかりませんが、普通のもんではないと思いますが」といい、二人は顔を見合すと「ギャー――ーっ!」と大絶叫したのだった。

サア、居住区は上を下への大騒ぎに。

 

その頃増添兵曹はかつらが落ちたあたりと思しき場所を必死に探しまわっていた。しかし、見当たらない。

(どうしよう。あのかつらが気に入っていたのに。頭にちょうど良くくっついてよかったのに。ああ、私の部分かつら。海に落ちちゃったんだろうか・・・)

とうとう顔を覆って声をあげて泣きだした。涙が頬を伝い、事業服を濡らした。やがて眼がはれぼったくなってきた頃。

増添兵曹の耳に下甲板から「お化けがでた!髪の毛のお化けが出たっ!」と大勢の兵隊の恐怖の声が響いてきた――

 (次回に続きます)


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Japanese 25mm dual mount anti-aircraft gun - Guam.jpg
九六式二十五ミリ高角機銃の画像です(wikiより)
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● COMMENT ●

オスカーさんへ

こんばんは!

絵心があれば「南方妖怪」書いてみたいんですがいかんせん、書けないのでいろいろと想像していただけると嬉しいですね♪

うお・・・・・
オトメチャンのナース姿!!
ちょっと萌えちゃいますねえ、麻生分隊士あたりが喜んで着せそうな感じ。あ、スケヒラ女史(この人については2月2日からの「追われるもの」シリーズをご参照ください)の方が専門だった。

アリゾナならOKですね、きっと!!

matsuyama さんへ

こんばんは!

そうです、「大和型」の管内巡検には一時間を要したというのは語り草です。とてもすべては回れないのでこの話のようにルートを決めて日替わりで行っていたらしいです。
巡検の目的は艦内風紀の確認やら、衛生管理があったそうです。

大和の兵器はこういうものが針山のようにそそり立っていたそうですからきっと壮観だったと思います。
大和が実在していたら良かったのになあ、と繰りごとですが思いますね。

まろゆーろさんへ

こんばんは!

「南方妖怪」、かの水木しげる氏ならラバウルあたりでたくさん見たかもしれないですね~~ww。きっとへんてこな妖怪なんだと思いますが、あまり見たくないですね・・。

かつらが必要な人はいろんな事情がありますね。単なる禿げから、病気の薬の副作用で必要な方まで・・・そんな皆さんにエールを贈りたいですね!

本当にのどかな「女だらけの海軍・大和」ですね。これも連戦連勝だからですね!はい!

こんにちは。南方妖怪、なぜかゴマちゃんに出てきたイエティを連想してしまいました(笑)
関係ないですがオトメちゃんのナース姿、みたいです。「愛染かつら」ごっこして欲しいです。
♪花も嵐も~…この場合、敵国の軍艦名が入るのかしら?スゴい字余りになりそう~アリゾナくらいなら大丈夫かな(笑)

艦内を巡検するのに1時間もかかるんですか。大和って相当広いんですね。
航行中なら外からの侵入者はいないように思えるんですが、備えあれば憂いなしですね。万全を期すことは大事です。

九六式二十五ミリ高角機銃、すごい重厚ですね。大和に積載されてたんでしょうか。これで敵機を射撃していたんでしょうね。

あはは。
南方妖怪とはまた素晴らしいネーミングですね。
かつらが絶対的に必要な人の涙ぐましいくらいの気持ちが痛いほど分かりました。
しかし、なんとなく長閑ですね。


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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