「女だらけの戦艦大和」・哀愁かつら1

「女だらけの大和」の機銃分隊の、増添兵曹は人一倍頭髪には気を使っている――

 

彼女は水兵長になった頃から、下士官任官を見据えて髪を少しづつ伸ばしてきていた。この『女だらけの帝国海軍』においては、海兵団では短髪かおかっぱの髪型限定で、艦隊勤務に着いた場合でも下士官任官までは頭髪を伸ばしてはいけないことになっている。だが水兵長と言えば兵の最上級、よっぽどのことがない限り下士官任官は遠い話ではないから皆その頃に目立たぬように伸ばす。ただし、伸びてきたら縛るのが大原則。

そして晴れて下士官になった暁には堂々と髪を伸ばせるのだ。

しかしだからと言って、その伸ばした髪を縛りもせずに下ろしたままで艦内を歩くとどういうことになるか?

怖い怖い、鬼のような甲板士官が常に艦内乗組員の風紀に目を光らせているのだが、その彼女に見られたら終い、「待てっ!」と大喝された後、「貴様あ、海軍の掟を知らんわけじゃあるないなあ。・・・問答無用、ここで切ってやる!」と言われ、せっかく苦心して伸ばした髪はあわれ元の短髪、いやざんぎりになってしまうのである。この時うっかり「何すんですか、人権蹂躙だ!」なんぞと言おうものならもう「貴様ぁ一体何様だ!?その腐った精神叩き直す!」と袋叩きにされてしまうが落ち。言うまでもなく軍隊とはこういうものである。大人数を統率するためには、一人の例外も認めてはならないのだ。女学生の仲良しクラブではないのだ。

もっとも士官だろうが将官だろうが、伸ばした髪は艦内ではきちんと縛ってまとめることになっている。

もし、水兵の分際で髪を伸ばしてしかも、おろしていたとしたら・・・考えるのも恐ろしい制裁が待っている。増添兵曹がかつて所属していたある艦で、主計の兵が髪をおろしたままで仕事をしていた。前の日入湯上陸で洗ったと見えサラサラのご自慢の髪。周囲はしきりに「縛れ、まとめろ。切られるぞ!」と警告していたらしいが本人はいい気分なので聞く耳を持たなかったらしい。

それを甲板士官と直接の上司に見られてしまい、・・・彼女は翌日『丸坊主』になっていたという世にも恐ろしい物語さえ存在する。

(だからこそ)増添兵曹は思う、(だからこそ私は髪を大事にして、上陸した時下ろして楽しむのよ)。

艦内では入浴と入室(艦内の病室に手術や疾病で入ること。いわば入院)以外は髪をおろすのはご法度であるが、上陸中は一応自由なので増添兵曹は腰まで伸ばした髪をなびかせて歩くこともあった、がそれをすると後で結うのが大変だからあまりしなかったが。

だが。

彼女の自慢の髪も、自身の監督不行き届きからその前髪がごっそり抜ける羽目になり、挙句軍医長から「その長い髪をすっぱり切って全体に栄養を行きわたらせよ!」と命令され、泣く泣く切った。前髪はほとんどなく、後ろも短髪でまるでおっさんのようになってしまった増添兵曹。無い所は現地民の商店で買った『部分かつら』を駆使して補っている。

・・・あれから一年ほどが経ったが、まだ兵曹の前髪はそれほどきれいには生えそろってはいない。後ろ髪はあれ以来長くはしていない。今はやっと首筋にかかる程度に収めている。でも不断の手入れは怠りない。

「問題は、前髪だね。増添兵曹?」

と機銃分隊の平野少尉は訳知り顔で言った。兵曹は(この人どうして私の髪にいちいち口を出してくるんだか!うっとうしい)と思うが顔には出さない。

「そうですねえ、一所懸命頭皮を刺激したり入浴ではよ~くあらっとるんですが、今一つよう生えてこんのです」

兵曹は心底困った顔になって少尉にこぼした。少尉も同情を隠せず、「休憩時間になりゃ暇なしにブラシで頭をひっぱたいてるが、それでもぱっとしないとはどういうわけかねえ」と腕を組んで考えていた。

そんなある日、平野少尉は上陸した際日本人が商う店で「これだ!」という物を見つけ兵曹のために買ってきた。

「・・・『薬用・雷電』・・・ですか」

増添兵曹に平野少尉が渡したのはすごいネーミングの育毛剤。少尉は得意顔で、「な、効きそうでしょう。なんでもこれを頭に振りかけてからブラシで叩いたら、毛がたくさん生えてくるんだそうな。今内地で大流行のひとしならしいよ。物は試し、だまされたと思ってやってみたら?」と勧める。兵曹はしばらくその育毛剤を手に取って眺めていたが、やがて「やるっ!やりますとも!失われたものを取り戻さんで何が帝国海軍軍人ですか!私はやりますよぉ!」と大声を発した。

その声に通りかかった参謀長が「え!?一体どこを失ったんだ!?サイパンか、スマトラか!?」と血相変えて二人の会話に闖入して来たのには参ったが、真相を聞いた参謀長は「ああ、驚いた。・・そうか増添兵曹の髪の話ね。うん、頑張ってよね!」と激励してくれた。

それでその日から増添兵曹は「薬用・雷電」を頭皮に振ってはブラシでひっぱたく毎日を送っていた。(痛いがも少しの辛抱。やがて皆がびっくりするくらい前髪が生えてくるけえ、それまでの辛抱じゃ)と思いつつ涙をこらえて頭皮を刺激の毎日。

そんな、ある日のこと。

「ギャー―!」という叫びが下士官浴室に響き渡った。皆が「何事じゃ!」と声の主のほうに集まると、声の主増添兵曹は鏡の中の自分を指して「あ、あ、あた、頭が・・・」と真っ青な顔になっている。「どうしたんです、増添兵曹」と見張兵曹と小泉兵曹が寄って行った。増添兵曹は真っ青な顔のまま、自分の前髪部分を指して「こ、こ、こ、ここの・・頭皮が・・・変になってる・・・」というではないか。

「どれどれぇ」とそこを覗き込んだ二人は「うゲッ!!」と変な声をあげていた。増添兵曹の頭皮のそのあたりは恐ろしいことに水ぶくれが幾つもいくつも出来ていてとても気味の良くない状態になっていた。

「うわあ・・・水ぶくれから薄毛が生えとるわ。キモ~~!」

と小泉兵曹が大声を上げたとたん他の下士官連中も「見せて見せて!」と見張兵曹を押しのけて殺到して「ギャー、すっげえ!」とか「オエエ!キモ~~い!」と声を上げる。見る見るうちに増添兵曹の顔が悲痛に歪みだす。しかし下士官連中はお構いなしで騒ぎまくっている。

とうとう、その声の渦の中にいた増添兵曹はその場にしゃがんで泣き出してしまった。見張兵曹があわててその背中に手をやって、皆にたしなめるような厳しい視線を送った。

とたんに鎮まり返る皆。見張兵曹は「増添兵曹、一緒に医務科に行きましょう」と静かに言ってそっと彼女を抱き起した。泣きながらも、それでも素直に立ちあがって増添兵曹は見張兵曹に伴われて医務科に降りて行った。

医務科では日野原軍医長が診察してくれた。軍医長はやれやれ、といった表情で「あのねえ増添兵曹。あなたここ、ひっぱたきすぎだね。それでここが炎症起こしちゃったんだよ。しかも薬をつけてたから尚更悪かった。薬だけならまだしも叩きすぎちゃいかんよ。・・・言うだろ、何事も『過ぎたるは及ばざるがごとし』ってね」と言ってその部分に炎症止めをつけてくれた。

「当分ひっぱたくのもこの『薬用・雷電』も使用止めだ。いいね、よくなったら許可するからそれまで絶対だめ。まあ、部分かつらはいいよ。でも就寝の時は外すことだね」

増添兵曹は軍医長に心から礼を言って、見張兵曹とともに医務科を出た。

「オトメチャンありがとう。・・・私ちょっと外で風に吹かれてくる・・・」

傷心の増添兵曹はそういうと部分かつらをつけてその上から艦内帽をしっかりかぶった。見張兵曹は少し微笑んで敬礼。

増添兵曹は返礼して、つらい心を引きずりながら自分の配置の機銃座に向かった。

が、そこで地獄を見ることになるとは誰が知ろう――

 (次回に続きます)


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試製雷電改(二一型の試作機) これが「雷電」。局地戦闘機といい、陸上基地から敵機を迎撃する戦闘機です。
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matsuyama さんへ

こんばんは

え!matsuyama さんもおさびしいですか!?
でも私は男性の頭に頭髪がないって「貫禄」だと思うんですが、、、しかしそれは「人ごとだからだ」としかられそうですね。
かつて友人の友人が「若はげ」でして、なんでも高校生から薄くなって大学を出る時には前がほとんどなかったそうです(泣)。
そんな関係で、「薄い」「ない」人の心の叫びを随分聞かされましたので心理的には何となくわかります・・。

いわゆる「バーコード」みたいなヘアスタイルとか、後ろを伸ばして縛ってみたり(昔の志村けんさんみたいな)は、大変気持ちはわかりますがはっきり言ってやめた方がいいと思うんです。
悪あがき、とまではいいませんが痛々しい・・・
それに他をあまり伸ばすと肝心どころが余計「広がり」を増すような気がしますね。
「禿げが悪いか!」
とばかりに堂々としてる方は私は好きですね、潔いしかっこいいですよ。


そう・・・増添兵曹女でありますww。

ジスさんへ

こんばんは!

夏休みが済んで娘たちが帰ってきたらさっそくPCを占拠され・・・(泣)、遅くなってすみません。

前のテンプレはちょっとコメント欄が良くなかったですね、ご迷惑おかけしてすみません。

「髪は長ーい友達」なんてコピーの育毛剤のCMがありましたね!男の方には切実な問題なんですよね。私は髪なんかなくたって人格に問題ないじゃん!・・・と思うのですが。
でもそう思えないのが男心なんですね!

最近は女にも禿げがあるんだそうですね!
私もシャンプー時に驚くほど髪が抜けてぞーーっとします。
下手な怪談より怖いです・・・・

台風雨がひどそうですね。
くれぐれもお気をつけてください。

自分も寂しくなりかけてますから、増添兵曹の気持ちはわかるな。見張り員さんも髪が薄くなった人の心理お分かりのようですね。
よく見かけますよね。頭頂部が薄くなったのを隠すため、頭の真横から僅かに残っている髪を、無理に頭頂部に掻き上げてる方。
本人は必死なんでしょうけど、はたから見ていると笑っちゃいますよね。
そこまでするんなら思い切って丸坊主にすればいいのに。その方がかえって恰好いいのに、と思うんですけどね。
女性の目から見てどうなんですか。見張り員さん(笑)。
あっ、増添兵曹って女性でしたね。

こんにちは。いつもありがとうございます。

ご無沙汰していました。前回のテンプレでどうやってもコメントが入りませんでしたので・・失礼致しました。

髪、私もいつか悲しい思いをする時が来るのかと思うと切ないです・・・まだ大丈夫ですがwwでもよく抜けるんですよ((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル

まろゆーろさんへ

おはようございます

やはり頭髪問題は男女問わず切実ですね。
増添兵曹の話が「人ごとじゃない!」と思う方がたくさんいらっしゃると思うと・・・。私も最近激しい抜け毛に悩んでいますから他人事ではないですね。はい・・・

彼女の髪は、戻ってくるのでしょうか???

オスカーさんへ

おはようございます

かつて「シデン」という育毛剤があってその改良型?で「薬用紫電改」ってのが20数年前にありましたね!
私の友人の友人が愛用していたと記憶していますww。

雷電、お相撲さんでいましたね~といってもリアルでは知らないですが、強かったらしいですね!名前からしてすごいですもんw。

増添さんの気持ちと行動、すごく良く分かります。
なんとか戻って!! なんとか生えて!!
「過ぎたりは及ばざるがごとし」、痛いほど身に沁みる軍医長ドノのお言葉ですね。

こんばんは。紫電改だったらどうですかね!?『紫電改の(ハゲ)鷹』…怒られそう!!「雷電」ときくとお相撲さんが最初に浮かぶ私です(笑)
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見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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