2017-09

「女だらけの戦艦大和」・母、老いたもう事なかれ - 2011.08.03 Wed

「女だらけの陸海軍」がスマトラ島・パレンバン守備作戦を終えた頃、内地・呉ではひとりの海軍士官が親兄弟との再会を果たそうとしていた――

 

彼女の名は、『松尾敬子』海軍大尉。甲標的の乗員である。

松尾大尉はもうすぐまた出撃が近いので二日の休暇をもらった、そこで郷里の熊本から両親と兄、そして姉を呉に呼び寄せた。本当は自分が熊本に帰りたかったのだがそうするには時間がない、そこで内地に戻る前に停泊した小笠原諸島父島から電報を打ったと言うわけである。

あの時、電報を打ちなんとなく心浮き立ったような表情の艇長を見て、艇付の都竹兵曹が微笑んだ。そして、

「いいですね、艇長。ご両親や御兄弟とお会いになれるんですね」と言った。松尾大尉は優しく兵曹を見つめて、

「兵曹もご両親を呉に呼んだらいいのに?兵曹の故郷は・・」

と言うと少し都竹兵曹はさみしそうな顔になって、「私の故郷は岐阜の山の中です。あそこから呉まではなかなか・・・それにわたしのきょうだいはまだ幼いのがたくさんおりますから連れてくるのは無理であります。畑もほっておくわけにはいきませんし」と言った。

松尾大尉は内心、(しまった!)と思った。が、兵曹は気に留めるふうもなく「でも、手紙は出しておりますし、返事ももらっておりますから、親兄弟の近況は手に取るようにわかります。ですから大丈夫です、艇長」と言って笑ったのだった――

(そんなことがあったなあ)と松尾大尉は傍らの都竹兵曹を見た。兵曹は、どうしても艇長のご両親に一言ご挨拶がしたい、と言って呉駅までくっついてきたのだった。

「もうすぐ来るはずだが」と腕時計を見た大尉。その時駅の中から多くの人たちが改札に向かって出てきた。

兵曹が「汽車がついたようですね。ご両親がいらっしゃるかもしれないですよ」となんだか緊張した面持ちで言う。ああ、そうだねと言いかけた大尉の目に、懐かしい両親と兄、姉の姿が目に入った。

真っ先に大尉を見つけて「あ。敬子さん」と走り寄って来たのは母親。そのあとを父ときょうだいが追ってくる。

松尾大尉と都竹兵曹の前に、四人は並ぶような形になった。

「おお、敬子・・・」と父や兄は眩しそうに大尉を見て、母と姉は嬉しそうにほほ笑んでいる。その四人を見て、大尉はまず敬礼した。そして、「紹介します。これは私の艇付の都竹兵曹。岐阜の産でなかなか気の付く良い軍人であり部下であり女性であります。私は兵曹のおかげでずいぶん助かりました。お見知り置きを」と兵曹を少し前に押し出して紹介した。

ほう、と声を上げる皆に兵曹は頬を真っ赤に染めて敬礼し「都竹正代海軍一等兵曹であります。いえ、あの、私は艇長の言われるような気の付く人間ではございません、あの、私の方が艇長にずいぶんと助けていただいております」と言う。

「何にしても」と大尉の父が口を開いた。「敬子が大変お世話になっております。どうぞこれからも敬子をお見捨てなく、お願い申し上げます」そう言って大尉の両親、きょうだいが都竹兵曹に深くお辞儀をして兵曹はあわてた。

大尉はそれを見て愉快そうな顔で頬笑み、「兵曹は休暇中はどうしますか?どこか行くあてが?」と聞いた。

兵曹は「はい、とりあえず下宿に行って次の準備を。それから同期の連中と会う予定です」と言って、「では、松尾大尉。良い休暇を」と言って敬礼。

松尾大尉も敬礼を返して、両親たちはもう一度兵曹に頭を深々と下げてから大尉を囲んで歩きだした。

――それを見送る都竹兵曹の顔に羨望の色が浮かんで消えた。兵曹の脳裏に、故郷で畑仕事にいそしむ親兄弟の姿が浮かんだ。

(人を羨んでも仕方がない。人にはそれぞれ事情がある。大尉には大尉の、私には私の。いずれ私も親兄弟とここで会える日が来よう。それまでの辛抱。それより軍務に励んで日本を早く勝利させれば会える日も早く来る。しっかりせねば)

都竹兵曹は、遠ざかる松尾大尉たちの後ろ姿にもう一度敬礼すると、自分も踵を返し下宿へと急いだ。

 

都竹兵曹と別れた松尾大尉一行は、呉駅から少し離れた旅館に落ち着いた。

今回はまだ艦がそれほど呉に帰ってきていないからか、部屋は二部屋取れた。そのうちの一室に五人は集まり、あれこれと話に花が咲いた。

父親と兄は、大尉の幼いころの話をして大尉を恥ずかしがらせるし、母親はまるで小さい子供に諭すようにあれこれと注意をして大尉をくさらせた。

姉が大笑いをしながら、「お母さん、そんなに言ったら敬子が可哀想ったい。敬子はもう子供じゃなかとよ?栄えある帝国海軍の軍人さんよ?まーったくお母さんにかかったら海軍士官も子供扱いたい」と言って皆はまた笑った。

その晩、大尉は母と姉といっしょに風呂に入り、三人床を並べて寝た。大尉を真ん中にして右に母、左に姉。大尉は暗がりの中で天井を見つめながら「そういえば」と言った。暗がりの中で左右の二人がこちらに頭をむけた気配がした。

「子供のころはお母さんを真ん中にして寝ましたよね、姉さん」

そう大尉が言うと姉は「そうそう、どっちもお母さんの手を握って眠りたいもんだから。お母さんが真ん中ならそれが出来るもんねえ」と言ってクスクスとしのび笑った。

母も「ああ、そんなことがありましたね・・」と懐かしげな声を出す。三人はしばらく思い出に浸り、そしていつしか眠りについていた。

 

翌日は大尉が広島、宮島などを案内して回った。明日はもう別れだと思うと大尉は時間のすぎる速さが恨めしくさえある。

あちこちで記念写真に収まって、たくさん笑い、たくさん遊んだ。

楽しい時間はあっという間に過ぎてもう一度呉の旅館に戻る。風呂からあがって部屋に帰り、母が「ああ、楽しかったねえ」と言って畳の上に座った。

その姿を見て大尉は胸がどきんとなる思いがした。母が以前より一回りも小さくなっているような感じがしたのだった。

(昨日はそうは思わなかったが)

自分にとって、いや兄にとっても姉にとってもそうであろうが、母という存在は「大きく」なければならないものである。ある意味においては父よりも大きく「壁」のような存在であった。

その「壁」が。

(老いたもうた)

松尾大尉は少し悲しい気分になった。いつの間に母はこれほどに老いてしまったのだろう、誰がこんなに母を老いさせてしまったのだろう。

(私が心配をかけているのだろう、そのせいだ)大尉は思った。

その晩も大尉を真ん中にして眠ったが、大尉はそっとかけ布団の端から手を伸ばすと昔のように母の手を握った。左側の布団では姉はもう寝息を立てている。

母は、大尉の手をぎゅっ・・と握ってきた。大尉は「お母さん・・」と呼んでみた。母は「敬子。何も心配はいりませんからしっかりお勤めをなさいな。あなたはどこに行っても私の娘です。それを忘れず日本人として、海軍軍人として恥ずかしくない働きをなさい。私はいつもあなたのことを思って、祈っていますからね」と言って更に大尉の手を握ってくれた。

「・・・はい・・・」

大尉はそれだけ言うのが精いっぱいだった。涙が滂沱として流れ、枕を濡らした。

 

次の朝、松尾大尉は家族を呉駅に見送った。父も兄も「元気で頑張れよ」と彼女の肩を叩いて激励してくれた。姉は、「これ武運長久のお守り・・」と故郷の鎮守様のお守りを渡してくれた。

三人が少し涙ぐんだ目で大尉を見つめていたが母は、母だけは頬笑みをたたえて大尉を見つめて「しっかりなさいね。都竹さんと仲良くして手柄を立ててくださいね。そしてあなたがいつかあの家に凱旋してくる日を私たちは待ってますからね」

 

四人は呉駅の駅舎にその姿を消そうとしていた。

最後に駅舎に入る母の背は、やはり忍びよる老いを感じさせて大尉は一層悲しかった。

(母よ。老いたもう事無かれ)

それは無理であり得ないことと知りつつも心で叫ばずにいられない松尾大尉であった。

 

その頃、艇付の都竹兵曹も故郷からの手紙と両親・きょうだいの写真に感涙を禁じえないでいた。

特に写真の中の母の老いが気にかかる。畑仕事や、幼い子供たちの世話が母に必要以上の負担を強いているのだろう。心の中で母にわびた。そしていつかきっと、この戦争が勝利で終わった暁には(アメリカにご招待いたします)と決意を固めるのだった。

しかし心にかかるのは母の老いたる姿か。

 

(ああ、母よ。老いることなかれ・・・)

 

     ・・・・・・・・・・・・・・・

甲標的『松尾敬子』大尉と『都竹正代』兵曹のペアです。

モデルは、甲標的乗員の『松尾敬宇』中佐と『都竹正雄』兵曹長(階級はいずれも戦死後のもの)です。

お二人は大正六年のそれぞれ七月と一〇月のお生まれで同い年。海軍兵学校出身と呉海兵団出身の違いはありましたが、お二人は信頼と敬愛でつながっておられました。

昭和一七年の第二次特別攻撃隊員としてシドニー湾深くに甲標的で突入、壮烈な戦死を遂げられました。

豪州海軍は松尾艇ともう一隻中馬艇から合計四名の遺体を収容、シドニーで海軍葬を執り行いました。戦時中の出来事としては異例でした。

 

松尾大尉のご母堂、まつ枝刀自の御歌

『君が為 散れと育てし花なれど 嵐の後の 庭さびしけれ』


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● COMMENT ●

オスカーさんへ

こんばんは

戦争って軍人だけのものじゃないんですよね。
家族も一緒に戦うのが戦争ですね。
「国を守る」と家族を守るはイコールなわけですね。日本人もアメリカ人も一緒、その辺は。

「二百三高地」!
あれもすごかったなあ~~。どの時代の戦争も、必死に戦い支える人たちがいたんですよね、今の時代の私たちがあれこれ言えないなあと思います。
時代の物差しはその時々で違いますものね。

本当に変なお天気で参ります。洗濯ものがたまったのでさっき洗ってほしたところです。オスカーさんも御身大切にね。

ジスさんへ

こんばんは

両親と同居していても、時にその「老い」に気がつくと愕然とするのだ、と知り合いが言っていましたから、そうでない人間にとってはそれ以上にショックな時があると思います。私もそうですから・・・。

いつまでも元気でいてほしいですよね、親には。

連休でしたか、よかったですね。うんと休んでくださいね。
ホント変化の激しい気温と天気に参っちゃいますね。
くれぐれも御身大切になさってください。

こんにちは。戦地にいる軍人さんたちだけでなく、その家族も一緒に戦っているのですよね…お互いがお互いを思いやって、それは敵国の兵士も同じはずなのに…なぜか『二百三高地』を思い出してしまいました。
あやしげなお天気~お身体に気をつけて下さいね。

こんばんは。いつもありがとうございます。

いつまでも大きいと思っていた自分の両親が小さく見える・・・今の自分もきっとそういう状況でしょう。
先日実家に行った時も少なからずそう思わざるを得ませんでした。
まだまだ元気な両親ですが、いつか自分たちが支えるような時期もきっとやってくるのかもしれません。そう思いながら読ませて頂きました。

おかげさまで昨日今日連休でゆっくりできました。
暑かったり涼しかったり変な天気です。

まろゆーろさんへ

こんばんは

お母さん思いでご家族思いのまろゆーろさん。
見たくない親の老いですが、直視せざるを得ない時が来るんですよね・・・。
自分が子供の時に親から頂いた愛情を、親の老いたときにお返しするのが人間の一生のサイクルなんでしょうね。
そしていつか自分も子供に手をつながれる時が来るのでしょう。

松尾敬子大尉も、都竹正代兵曹も早く親のもとに戻れるようにしたいです。

居候が去って、随分気分も家の中もすっきりしました。娘たちも少しづつ生気を取り戻しつつあります。いろいろとご心配いただきまして本当にありがとうございます。
暑さまた厳しくなりますね、まろ様も御身大切になさってくださいね。

いかん。心が震えて朝から泣いてしまった。
敬子さんのお母さんの愛の深さと強さ、それが老いへの姿と重なっていく情景に私たち親子を思いました。
母も最近は足元がおぼつかないみたいにですので手を握って歩いています。元気だった頃の母には出来ない息子の態度ですが、年寄りになってしまった母にだからこそ出来る憚りも羞恥も無い手つなぎだと思っています。
こうやって人間は幼児に赤ちゃんに戻っていくものかとつくづく感じています。
敬子さん、武運長久よりも早くお母さんの元に帰ってもらいたかったのに……。
暑い日が続いています。お体大切になさって下さいね。


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Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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