2017-09

「女だらけの戦艦大和」・熱い人の噂、そして秘密の料理。 - 2011.07.31 Sun

「女だらけの陸海軍」がスマトラ作戦を終える頃、ラバウリ海軍航空基地ではパイロットたちが食糧増産に励んでいた――

 

渡部陽子少尉は、朝も早くから滑走路を見渡す小高い場所に作った畑で鍬をふるっている。そのそばで、齋藤祐樹子上飛曹が少しばかりつらそうな表情で鍬を土に入れている。都会っ子で野球が大好きの斎藤上飛曹には少しばかり勝手が違ってしんどい仕事かもしれない。

その向こうでは、ベテランパイロットの杉野計子兵曹長が額の汗をぬぐいながらカボチャの苗を植えている。

杉野兵曹長は海兵団からたたき上げの準士官で、飛行時間はそろそろ二千時間になろうとしている。今までは『空母・瑞鶴』飛行隊に所属していたが最近こちらに転勤して来た。

渡部少尉は、彼女に一目も、二目も置いている。それは単にベテランだとかそういう次元のことだけではなく、人間性もである。杉野兵曹長は最初民間会社に勤務していたが海軍へのあこがれたちがたく、会社を辞めて呉海兵団に入団。当初は駆逐艦の機関科でしごかれて、のち土浦航空隊に。

その後は『赤城』にいたこともあった。ミッドウエー攻略戦では『赤城航空隊』として活躍した。その直後『瑞鶴』に。そして今はラバウリ航空隊のエースともささやかれるひと。

が、彼女はそんな華やかな戦歴を自慢もせず、穏やかな表情で日々過ごしている。

その辺が渡部少尉の気に入りである。

渡部少尉は鍬をふるいながら、「そういえばあ~。『瑞鶴』にはとても熱くなる士官がいるって聞いたけど、どんな人だか知ってますか?杉野さん」と尋ねた。渡部少尉は軍人に似合わないゆったりとした口調と、とても物腰の柔らかい人で部下には「さん付け」で呼びかけることが多い。

杉野兵曹長は顔をあげて少尉を見た、そして「おりましたですよ。確か・・・松岡中尉です。でも最近『瑞鶴』から『大和』に転勤になったと聞きましたが。きっと『大和』でも熱くなってると思いますよ」と言って笑った。

斎藤上飛曹が、土を返しながら興味深げに「杉野兵曹長、熱くなると言いますがどんなふうに熱くなるんですか?」と口を挟む。

渡部少尉も聞きたそうな顔をしているのを見て、杉野兵曹長はまず手に持った苗を土にねじ込むと、

「あのかたはですね、いっつもテニスラケットをお持ちなんですよ。そう、訓練だろうが戦闘中だろうが。そして常に『熱くなれよ。やればできる!』と言いながら時にラケットを振り回しながら艦橋を走り回るんですよ。あの方は見張り長でしたからね、そう叫びながら他の兵隊を盛り上げるんだそうです。私も着艦の時艦橋でラケット振り回して叫ぶ松岡中尉と思しき人を見たことがありますよ。

・・・で、なんでもそのラケットにはすごい秘密があるらしいですよ」

と言った。

ほお・・・と渡部少尉は息をついた。すごいラケット、一体どんな?

「聞いた話ですがね、そのラケットは敵の機銃弾をも跳ね返せるのだとか。私は見たことがないんですが、『瑞鶴』の時艦橋要員に聞きました。敵機を撃墜したこともあるんですって」

杉野兵曹長のこの言葉に、少尉も上飛曹も腰を抜かさんばかりに驚いた。

「ええ!?敵弾を跳ね返すラケットってどんなんだろう?・・・待てよ、ってことは『大和』でも使ったかもしれませんねえー。よーし。私は今度、『大和』にいる同期生(コレス)に聞いてみましょう。そんな人ならきっと『大和』でも有名人のはずだから、たとえ配置が違っても見たり聞いたりしてるでしょうからね」

渡部少尉はそう言って笑う、そのそばから斎藤上飛曹が「では少尉、いつか『大和』にいらしてお得意の写真を撮ってきてください。どんな方なのか、私も知りたいですもん」と言って少尉は大きくうなずいて見せたのだった。

 

やがて日は高く登り、苗はすべて植えられた。

他の畑からは、整備兵や搭乗員たちが既に熟れたカボチャやほかの野菜をかごいっぱいに収穫して来ている。

渡部少尉はそれを見て、「おお、これなら当分の間素晴らしい野菜料理を堪能できますね。さあ、持って帰りますか」と満足げ。

籠は皆それぞれ背負ったり、台車に乗せて運ぶ。

そして基地の主計科の倉庫に納められたのだった。

――とここで「めでたしめでたし」で終わらないのが「女だらけの戦艦大和」である。

作業で疲れ切った搭乗員や整備員を見て、ふと、杉野兵曹長の頭に「いい考え」が浮かんだ。杉野兵曹長は、畑に取って返して収穫し損ねたカボチャだとかでかくなりすぎてそのまんまにされているような茄子だとか、要するに半端な野菜を獲ってくると斎藤上飛曹や数名の搭乗員に「貴様たち、これを適当な大きさに切ってくれ」と命じた。

そして自分は烹炊所に忍び込んで、食用油やちょっとした調味料を「ギンバイ」!

そして(いったい何事が始まるんだろう)と、怪訝な表情で野菜を切る下士官たちの前で、杉野兵曹長は驚きの行為をしたのだった。

それは。

滑走路に居並ぶ零戦の一機に近寄って行った兵曹長、その辺の整備員を数名集めるとなんと零戦のスピナーヘッド(プロペラ中心部の出っ張り部分)を外し始めたではないか。

そしてそれをはずして兵曹長は整備兵二名とそれを抱えて持ってくると、斎藤上飛曹たちの前に置いた。

そしてまた何人かを呼び集めると、かまどのようなものを急造した。

「よーし。では火をつけよう」と言うとかまどの下にかき集めたごみくず――いらなくなった地図だとかチャート、木切れや枯れてカサカサになった葉っぱ――だのに火をつけた。その上にスピナーヘッドを置いて。

火がある程度大きく燃えだしたところで兵曹長は、スピナーヘッドに食用油を注ぎ込んだ。

皆が緊張して見守る中、兵曹長はすでに切り終わった野菜をその中にダバッ!と入れた。とたんに、ジューッ!と音を立てる野菜。

「おお!」「うわあ」と声を立てて見入る兵たち。その皆を見回して、杉野兵曹長は「どう?これぞ杉野スペシャル、『零戦鍋』。スピナーヘッドを使った航空隊秘伝のお料理です」と笑って見せた。

すごい、すごいと歓声を上げる兵。杉野兵曹長は野菜の中に持ってきた塩や醤油を入れてかき混ぜると火の通りを確認し、「はい、もういいでしょう」とスピナーヘッドを火からおろした。

そして、杉野兵曹長は「はいっ、みなさん今日も御苦労さまでした。また明日の訓練も頑張りましょうぜ!」と言って皆に料理をふるまったのだった。

「おいしい」

「これはお母さんの味」

「明日もやるぜ!」 

「零戦鍋、最高~」

 等々、感激の声が上がる。

ラバウリ航空隊の士気はこうしてまたどんどん上がってゆくのであった――

 

   ・・・・・・・・・・・・・・・・

作中の「杉野計子」兵曹長は、実在の「杉野計雄」兵曹長がモデルです。山口県出身で、呉海兵団から大分航空隊、空母瑞鶴等に所属。終戦時は博多航空隊教官。

撃墜数は三十二機とも。一九二一生まれ~一九九九没。


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● COMMENT ●

matsuyama さんへ

こんばんは

杉野兵曹長、撃墜数32はやはりすごいと思いますね~。
あの坂井少尉の空戦記を読んだことがありますが、空中戦の難しさときたら、私なら全く自信がありません。きっとさっさと撃墜されていると思うくらいすごいです。
・・・翻って平成の今、空自はたとい領空侵犯のけしからん輩でも撃墜できないのが哀しい・・・ですね。

会長様の文章からは、当時の緊迫した状況やご自身の決意が伝わってきますね。
もうこの時期になれば外地も内地もなかったのでしょうね。それでも国を守ることは家族や故郷を守ることとイコールだと、必死に頑張っておられたわけですね。
今の日本人はここまで「国を守る」ということに必死になれるかなあと考えるとちょっと・・・。しかし「国家」失くして自分たちもないわけですから、今のような極東情勢はそう言うことを考えるいいよすがではないかと思う次第。

九十九里浜というのは一つのキーワードですね、日本側もアメリカ側もここを上陸地点として見ていたわけですね。
アメリカ軍は日本が昭和20年9月以降も停戦に応じない場合、九十九里浜から上陸する「コロネット作戦」、九州の鹿児島の吹上浜から上陸する「オリンピック作戦」を進めていたそうです。
日本の抵抗が止まない場合は、第3第4の原爆投下も考えていたとか。
もし、そういうことになっていたら日本はもうなかったかもしれないですね。
戦争というのは始めるのもやめるのも難しいと本当に思います。

杉野計子兵曹長は杉野計雄兵曹長のモデルだったんですか。
敵機の撃墜は32機。この数字は多いのか少ないのか分りませんが、少なくはない数字ですよね。並いる敵を目の前にして冷静に撃墜できる判断はたいしたものですね。戦時中の当時だからこそ撃墜王として注目されたんでしょうが、今の時代に自衛隊機が敵機を撃墜したら、大変な問題になるんでしょうね。

以前在職していた会社の会長(他界)が書いた自叙伝に、終戦直前の克明な記述がありました。以下はその抜粋です。
「当時の招集兵の任務は九十九里浜へ敵の戦車群が上陸するのを阻止するため手榴弾を持って戦車に向かい、たこ壺から飛び出した兵士との肉弾戦を展開するのが目的で、毎日その訓練が行われていた」。国外で壮絶な戦いが繰り広げられている時、国内でも国を守らんがため、必死の攻防が続いていたんですね。
当時の兵士は国を守らんがため、家族を守らんがため、自分の命を投げ打っていたんですね。頭が下がります。

ジスさんへ

おはようございます!

この「零戦鍋」、杉野兵曹長が実際になさったことがあるんだそうです!やはり大好評だったとか、そうだと思いますよね~~w私も食べてみたいものですが、機械油臭くないかな~と思ったりもしますねww。

いよいよ8月、戦争とは・平和とは・といろいろ考えるいい機会ではないかと思いますね。
親の世代も私たちのように「戦争を実際に体験していない」世代ばかりになりましたから、経験者にお話を聞くというようなチャンスが欲しいものですね。

こんばんは。いつもありがとうございます。

ゼロ戦鍋・・・!初めて拝見しました。創意工夫が素晴らしいですね。夏の暑い時期であるにもかかわらず鍋が恋しくなってしまいました。

今日(昨日?)から8月ですね。いろいろと考えることも多いこの月です。以前もお話したかもですが、子供の頃広島原爆記念日が登校日で毎年映画を見せられていました。今はこういった平和を尊ぶ儀式って無いですね。ここまでやらなくてもいいから少しは今の子たちにもいろいろ伝えて欲しいところです。

まろゆーろさんへ

こんばんは

出ました大分航空隊。この方はなかなか気骨のある方だったようですよ。長州に生まれ大分県の質実剛健な気風を受けてとても素晴らしい戦歴を残されつい先頃までご健在でした。戦後海上自衛隊にいらしたようです(三等海佐)。

あの頃、戦時中のもののない時代の人たちは創意工夫がとても上手だったと思いますね、ないものはない、ならば工夫してつくればいい、というような。
そう言えば「足りぬ足りぬは工夫が足りぬ」なーんて当時の標語があったですね。

いよいよ8月。
おっしゃる通りこの8月は例年よりいろいろと考え祈りを深くすべき月になりますね。
今の自分たちの「幸せ」は一体どうやって築かれたのか。
その幸せを続けてゆくために、どうしたら良いのか。
鏡に映る自分の姿の後ろに、目に見えないが連綿と続く「命」の連鎖があることを今一度確認せねばなりますまい。
この戦後最大の国難の秋、しっかり考えるべきことたくさんありますね。

大分にゆかりのある方が登場しましたね。
それも智に働く素敵なキャラで……。何ごとにつけ急場を凌ぐ柔軟性とアイデアって大切ですね。

鎮魂と慰霊の8月がやって来ましたね。
今年は殊のほか心静かに思いを寄せなければならないのではと思っています。
思想や考え方が偏ってるという人もいますが、自分の足元にある多くの犠牲にこそ、特に気付かねばならないのではないでしょうか。


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Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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