「女だらけの戦艦大和」・私が雷が怖いわけ。

『女だらけの戦艦大和』の上の初夏を思わせる空に、寒冷前線でも通過するのか黒雲がわき始め、いつしか雨が降り出していた。向かい合う呉の町や山が雨にぼうっとかすみ始めた――

 

その空を物憂げに見つめる艦上の下士官は誰あろう見張トメ二等兵曹である。見張兵曹はその雲を見つめながら(ああ、いやじゃなあ。鳴神が鳴るんじゃろうか)鳴神、とは雷のことである。

いつだったか十三分隊が松岡分隊長に率いられて『銀輪行軍』した際も雷が鳴った。

(ほんとは怖かったんじゃ。でもみんながおるけん、言えんじゃろう?帝国海軍軍人が雷を怖いなんて)

兵曹の美しい顔が曇った。その時、「オトメチャン、そんなとこにおったら濡れるぞ」と声がかかり振りかえれば麻生分隊士がいた。見張兵曹はなんだかほっとして「分隊士」と言って近寄って行ったその時。

フラッシュをたいたような光が走ったと見る間に大きな雷鳴。見張兵曹は「キャー!」と叫んで麻生分隊士にしがみついてしまっていた。

「どうした!?オトメチャン!」分隊士は驚いて、しかし彼女を抱きかかえて艦橋に走って行ったのだった。

下甲板へのラッタルを降り居住区の前で、見張兵曹は立ち止まった。

そして、分隊士をまっすぐ見上げると「こんなことを言うたら分隊士は『海軍軍人らしうない』と軽蔑なさるかもしれませんね・・・でもお話せんとなりませんね・・・」とうつむいた。だが分隊士は優しく見張兵曹の肩を抱くと、「軽蔑なんぞせんよ。俺は絶対なんがあってもオトメチャンを軽蔑したりはせんよ」と言った。「しかし、何かわけがありそうじゃな、よかったら話してみんか?」兵曹の肩を抱く腕の力が強くなった。

「分隊士」と見張兵曹は分隊士をそっと見上げた。

「ん?どうしたんだ」と麻生分隊士は優しくオトメチャンをゆすって促した。

「あの・・・」と意を決して見張兵曹が話し始めた内容は、麻生分隊士にとっては衝撃的な内容であった。

「私、あの――」

雷が怖いんです、と兵曹は言った。

麻生分隊士は「ほう・・」と言った。そして思い当たった。かつて「大和農園」で雷雨に会った時見張兵曹が妙に怖げな様子を垣間見せたことがあった。分隊士は、行軍の際のあのものすごい雷を思い出した。雨に当たった寒さだけではない顔色の蒼さを思った。あの時は大勢いたもののオトメチャンは怖い思いをしたのだろう――だが、なんでだろう?なぜそこまで?

「・・・どうしてオトメチャンはそんなに雷が怖いのかな?もし・・・よかったら、そしてオトメチャン自身でわかる理由があるなら・・きかせてくれないかな?無理にとは言わんが・・」

麻生分隊士は慎重に言葉を選びながら言った。すると見張兵曹は分隊士をうるんだ瞳で見上げて「お話します。聞いていただけますか?」と言い、分隊士はオトメチャンを私室に連れて行った。

 

分隊士の私室で、オトメチャンは分隊士にベッドに座らされた。

その正面に麻生分隊士が椅子に座って見張兵曹を見つめる。兵曹はコホ、と小さい咳をすると、話し始めた――

 

>もう分隊士は私の生い立ちについてはよくご存じだから細かいところはお話をしませんが、これだけは本当に怖かった経験です。

それはまだ私が五つか六つの頃の蒸し暑い夏でした。家のみんなが朝から出かけることになり、あの人(継母)が私に「トメ、今日は妙に暑いけえ雨が降るかしれん。もし雨が降りそうになったら洗濯物をしもうておくんよ!」と言って皆は出かけたんです。私は幼いながら畑の作物の世話などに行かねばなりませんでした。それ自体は楽しいことではあったんです。が、水やりや大きくなった作物を見るのに私は夢中になってしまって空模様を見ることなんかすっかり失念していました。

ハッと気がついた時、空はすっかり曇ってまっ黒な雲がわきだしていました。遠くからかすかに雷の音がします。いけない!と思って畑の中を飛んで帰る途中、もう大粒の雨が地面をたたき始めていました。畑から家までは子供が走って十分や十五分はかかります。

大慌てで家に取って返した時には雨はもう土砂降り。庭にはもう水たまりが出来始めていました。雷も随分近くなってきていました。大急ぎで洗濯物を取り込もうと、二股を持ってきて竿に引っ掛けたとたん、竿が滑って洗濯物が地面に落ちてしまったんです。あっという間に泥だらけ・・・。あわててそれを拾い上げた時、「トメ!貴様何やってる!」と継母(あのひと)の大声がしました。見れば、継母(あのひと)が姉さんたちと仁王立ちになって私を睨んでいました。私は雨に打たれながら、「ごめんなさい、畑を見とって帰るんがおそうなって・・」と言い訳をしました。

そんな言い訳なぞあの人たちが聞くわけがないです。姉さんたちは、ああ私の気に入りのブラウスが泥だらけになってしもうた、とかなんとか騒ぎ出しました。

その様子を雨に打たれながらものすごい形相で見つめていた継母(あのひと)の目が私に注がれ、

「トメ!貴様は役に立たんやつじゃ・・仕置きじゃ!」

と怒鳴りました。私は雨の中、近所のお社に引きずってゆかれました。その境内に、樹齢ならばおおよそ八百年以上と言われる大木が二本あるのです。継母(あのひと)は私をその一本に縛りつけたのです。雨が口と言わず、目と言わず流れ込んできます。雷がどんどん近くなります。怖くなって「ごめんなさい、ごめんなさい」と叫んでも聞いてくれません。

継母(あのひと)は「そこにおれ!」と言い捨てて帰ってしまいました。私は大木に縛られて雨に打たれていたんです。泣きましたよ、それはもう。

そしたら――それはそれはものすごい、今まで、いえそれからも一切見たことがないようなすさまじい稲光が走りました。

目がくらんだ次の瞬間、『大和』の主砲発射にも似た衝撃。一瞬私は気を失ったのかもしれないですね・・何があったか、と言うなら私の縛られていた大木の隣の樹に、雷が落ちたのです。その木は真っ二つに裂けて、ぶすぶすと燃え始めていました。

私はものすごい恐怖に襲われ、絶叫していました。喉も裂けよとばかりに。

何度目かに叫んだ時、「トメちゃん!」と言う声がして見ればいつも親切にしてくれた小作のおじいちゃんとおばあちゃん――この二人こそ前にお話しした「私の本当のおじいちゃんおばあちゃん」なんですが――、転がるように駆けてきて私を大木から解放してくれました。ずぶぬれの私をお二人は家に連れ帰って温かい粥を食べさせてくれたのです。でもしばらくは震えが止まらんかった・・・

 

「そんなわけで、私はこの年になっても雷が怖いのであります。軍人としては情けないでありますが」

見張兵曹は分隊士のベッドの端をしっかりつかんでそこまで一気に話し終えた。

「そうだったのか・・・」と分隊士は呻いて見張兵曹を見つめた。そして椅子から立ち上がっていきなり兵曹を抱きしめてベッドに押し倒した。

自分の胸の下にオトメチャンを抱き込んで分隊士は「かわいそうに。なんてひどい目に合ったんだろう。大丈夫、雷が鳴ったら、怖くなった時はすぐにおれんとこに来い。恥ずかしいとか何とか思っちゃいけん。俺はいつだってオトメチャンを・・・」と言うとオトメチャンの唇を吸った。オトメチャンも分隊士の背に両手を回す。オトメチャンの唇を吸いながら分隊士の片手はオトメチャンの服の前ボタンをはずし始める。そうして二人の息がだんだんあらくなって来た時。

分隊士の部屋のドアがドカーンと音を立ててひらかれた。

「麻生さ―ん!・・・っていったい何してんのお?特年兵君とこんなとこで昼寝してる場合ですかあ!?」

声の主は松岡分隊長。わあ、と驚いて起き上がった二人に分隊長は、「もう麻生さんの忘れん坊!今日これから見張りの講習をするって言ったのは麻生さんでしょう!?いいですかあ、麻生さん。あなたは分隊士で・・」と、がなり始めた。しばらくお説教をした後、分隊長は「時間がなくなっちゃうからもう行きましょう。いいですかあ、麻生さん。もっともっと熱くなってくれなきゃだめですよ?帝国海軍もっと熱くなって、早く米英に白旗をあげさせるんでしょう?自覚してくれなきゃいやですよ」と言って例のラケットをひと振りして「先に行って待ってますよ!」と出て行った。

 

雷の鳴る昼下がり、雷が怖いわけを聞いて挙句、分隊長に雷?を落とされた格好の二人であったとさ――


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ジスさんへ

こんにちは

まったくこのオトメチャンのまま母というのはこわい女であります。子供には罪はないと思うのですが、この人にはそういう話は通用しないみたいです・・(T_T)

私も小さい頃は嫌いでした雷、本当に怖かったんですが今では空を見上げて「おお!光った!!」。
でも近所の方で落雷で家の家電が全滅した・・・という話も聞いたのであまり浮かれていてはいけないですね。

こちらこそいつもありがとうございます、またよろしくお願いいたします。

No title

こんばんは。いつもありがとうございます。

なんという恐ろしい目にあったんでしょうか。これはもうりっぱな虐待、いや、傷害致傷のひどい犯罪ですね・・怖いです。

私も雷は子供の時苦手でしたね。なぜなら田舎は子供の頃よく停電したからです。今ではほとんど雷くらいで停電はしませんが・・
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Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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