2017-10

「女だらけの戦艦大和」・別れの曲 - 2011.03.20 Sun

「女だらけの戦艦大和」高角砲配置の生方中尉には「素敵な許婚」がいることで、ガンルームでは知らないものがないほどである――

 

その生方中尉は許婚との結婚を間近に控えていた。既に海軍大臣からの結婚許可も下り、あとは式をいつ挙げるかという段階であった。しかし作戦が次々に実行されたり外地にいることの多い『大和』乗員である中尉はもう、許婚との挙式を三年ほど伸ばしてきている。

「長過ぎた春、にならんようにしないとねえ」と、主計科の福島大尉は心配したが生方中尉は笑って「大丈夫ですよ、彼と私は幼いころからの許婚の仲なんですからね。そうですねえ、今度呉に帰れる時連絡して呉で式をあげてもいいですね。まあ、親せきがこれないだろうからまずは仮祝言を」と言ったものだ。

そして今回『大和』が呉に帰ると言うことを生方中尉は手紙に書いて許婚に送ったのだった。

・・・出来ればそちらと私の両親を連れて呉に来てほしいのです、こちらで仮祝言なりとも挙げて落ち着きたいのです、そのために十日の休暇も取れますから・・・

呉に着いて数日が過ぎた日、待っていた許婚からの返信が来た。

・・・○○日に呉に行きます・・・

生方中尉は嬉しそうにその手紙を抱いて高角砲分隊の上司と艦長に許可をもらい十日の休暇を取った。

艦長は「生方中尉、いいなあ。仮祝言だって?あまり長くはないが新婚生活を楽しんできてね」とこれも嬉しそうに送り出した。

そして今、生方中尉は上陸場に降り立った。おせっかいな福島大尉やなぜか日野原軍医長もくっついてきて「幸せ見届け人だ、皆に報告する義務がある!」とちょっとうっとうしくはあるが。

生方中尉は許婚との約束の場所、駅前の喫茶店「ブルー」に急いだ。この喫茶店はよく士官たちが使うところであるし、生方中尉にして見たら気の休まる場所であるからここを選んだのだ。

生方中尉の後ろ数メートルを、福島大尉と日野原軍医長がなにげなくついてゆく。

生方中尉が喫茶店に入ると、ちょっとの間をおいて二人も入る。

生方中尉が座るテーブルと背中合わせの席を二人は占めて(早く来ないかなあ、生方さんの許婚!どんな男だろう)とわくわくしている。

生方中尉は少し胸の鼓動を高くしながら許婚の来るのを待つ。注文して、運ばれてきたコーヒーを口にはこぶが、その手が少し震える。店内には、ショパンのピアノ曲が流れて落ち着いた雰囲気である。

その時入口のドアが開いて一人の男性が入って来た。生方中尉が立ち上がった、それを見て福島大尉と日野原軍医長もそれとなくそちらを見る。いい男だなあ、と日野原軍医長がつぶやいて福島大尉もうなずいた。

生方中尉と許婚の男性は、席に着いた。男性は脱いだコートを丁寧に畳んで自分の横の椅子の上に置いた。喫茶店の店主が注文を取りに来た。男性はコーヒーを頼む。

生方中尉がまず口を開いた、「こんなに遠くまで申し訳ありませんでした。切符はすぐに取れましたか?」。

男性は「ええ、もちろん。あなた方の戦果のおかげで最近は以前より物も豊かになりましたから」と言った。後ろで聞いていた福島・日野原の二人が(そうに決まってんだろって。俺らの死に物狂いの戦果がなきゃ、こんな生活できねえよ)とニンマリ。

「で」と、生方中尉がいきなり話の核心に入って来たようだ。「挙式ですが、何時にいたしましょう?私は今日から十日、休暇をもらってきました」

店内の曲は「仔犬のワルツ」の終盤に差し掛かっている、軽快なピアノの曲調に心が弾む。なんだか『大和』のトメキチがくるくる回っているようすが目に浮かんで、自然生方中尉の顔も和やかになっている。

「仔犬のワルツ」が終わった。店内が静かになった。店主がレコードを替える様子が見える。

「生方さん」と、男性は言った。その時中尉はちょっとした違和感を覚えていた。今までこの人が私を呼ぶ時、名字では呼ばなかったのに。「幸子さん」と呼んでくれたはず、なのになぜ今日は。

「あなたとの結婚を私は心待ちにしてきました。ずっと長いことです。でもあなたはなかなか日本に戻る様子もないし、あなた自身ずいぶん偉くなられてしまいました。私のような普通の会社の管理職が夫ではあなたも格好がつかないでしょう」

ここまで男性は一気に言った。生方中尉は一体何を言うのかと口を半開きにして彼を見つめている。その中尉を見つめてかれは更に言葉を継いだ。

「端的に言いましょう。・・・あなたとの結婚の話、解消します。あなたのご両親ももうご了解済みです、お互いそれぞれの生き方があるようですから、あなたは海軍の道を歩んでください。いつか立派な提督になられる日を待っています。そして何よりご武運を祈っています」

店内に再びショパンの曲が流れ始めた。「練習曲作品10-3 ホ長調」。

「・・・結婚できないと・・・」生方中尉の声は震えていた。背後でその様子をうかがっていた日野原・福島の二人は身じろぎもできずそれぞれのカップを握っている。

「そうです。私は、・・・はっきり言って待ちくたびれました。それに、こんな私でもよい、といてくださる人もいます。その人を『あなたのために』待たすことはできませんから」

男性ははっきりそう言って生方中尉に「決別」を宣言した。

呆然としている中尉に、男性は「では私はこれで帰ります。さようなら」と言うなり立ち上がり、自分のコーヒー代を払うと出て行った。

ピアノ曲が感情激しい起伏を奏でる・・・

福島大尉は、生方中尉の両肩が激しく揺れ始めたのを感じて思わず席を立った。そして「生方さん・・・」とその横の椅子に座ると彼女の方に手をかけた。その反対側に日野原軍医長がしゃがみこんで生方中尉の手を握った。生方中尉の固く閉じた目からそれでも涙は流れて落ちる。

二人は生方中尉を立たせると、コーヒー代を支払い店を出た。

「『別れの曲』、か・・・」

日野原軍医長がぽつりと言った。ショパンの「練習曲作品10-3ホ長調」はフランス映画の主題となってこの曲が邦題・『別れの曲』として知られている。

しかしなんという皮肉、こんな場面でこの曲が流れるとは・・・。言葉もない日野原軍医長と福島大尉である。

店の外に出ると、いつの間にか細かい雨が降っている。人通りも今日は少ない。二人は人気のない路地に生方中尉を引き込んだ。

なぐさめる言葉を持たない二人はしばらく生方中尉が泣くに任せていた。あのような一方的な断られ方をして、中尉はどれほど傷ついたことだろうか。

(断るにしてもいい方とかやり方があるだろうに。思いやりのない男だ。そんな野郎と一緒にならなくってよかったんじゃないのか)と、日野原軍医長は思っている。

細かい雨は三人の紺の軍装の肩に背中にしきりに降りかかっている。その雨が肌着を通してしっとりと感じられる頃、やっと生方中尉が落ち着いてきたようである。黙って肩をそっと叩く大尉と軍医長に頭を下げて「・・・みっともない場面をお見せして恥ずかしいです。申し訳ございません」と謝った。その中尉に軍医長が、「何を貴様が謝る?謝ることなんかないぞ。あんな断り方があるか、謝るならあっちの方じゃないか」と言って肩を抱いた。

中尉は「・・もういいんです、もう。諦めます。やはり『長過ぎた春』でしたね・・・春どころか冬が来ていることに気がつかなかった私がバカでした。・・こうなることも見越しておかなきゃいけなかったんですが・・でも私は海軍軍人です。自分ひとりの幸せより皇国や皇国臣民の幸せが大事です。・・・これでよかったんです!」と言い切った。

その潔さに日野原軍医長はあっぱれな女だと思った。そして、「生方中尉、冬来たりなば春遠からじという。きっとそのうち素晴らしい春が来るから待っていろよ」と励ました。

生方中尉ははい、と言うと顔をあげて、背筋をしゃんと伸ばすと歩き始めた。遠く近く、どこからか『別れの曲』が流れてきて、生方中尉にまとわりついた――


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● COMMENT ●

としぼーんさんへ

いやこれはおなつかしい!!
お待ちしていました、お元気そうでなによりです。

新しいブログの開始を心待ちにいたしております、始まったらぜひいの一番にお知らせくださ~い!
(私は本日からちょとの間入院しますが隊員じゃない退院したらまた書き始めますからどうぞよろしくお願いいたします) 

No title

お久しぶりです。 としぼーんです。 お元気ですか? 俺はブログの更新は止まってますが、相変わらず打倒民主、
自主憲法制定運動を儚い個人運動で頑張っています。 

近いうちにまたブログ始めようと思っていますが、俺的に言いたいことは依然のブログで吐き出したので、イデオロギー的なブログでなくて、日々の生活をメインにしようと思っています。 ですが、そこには愛国心がどうしても出てくると思うのでご勘弁ください。

またよろしくお願いします。 

ジスさんへ

こんにちは。
ようやく通常に戻す気になりました!。
こちらこそまた以前のようによろしくお願いいたします。
被災地の方たちの悲しみを自分のものにしながら、前を向いてゆかねばいけないのではないかな~と思いますね。

この時期三月はどうしても「別れ」ですね・・・卒業とか、引っ越しとか。
私自身も中学に上がる前、小学校の卒業式を終えてすぐに引越しをしたことがあるのでこの時期を懐かしくもさみしい思いでいつも迎えます。

生方中尉、長すぎた春にやられました・・・
「男心(女心?)と春の空」といいますものね・・・

No title

こんばんは。いつもありがとうございます。

いつものお話が帰ってこられて嬉しいです。
今後ともよろしくお願いします。
被災地の方を思えばこそ、私たちが頑張っていかなきゃなって思いました。

そして・・「別れ」ですか。寂しいものですね。
どうしても今の季節、「別れ」がつき物です。私も若い頃そうしようもなくこの時期「別れ」にやられていました。
やはり環境が変わると、パートナーも変えたくなっちゃうんですかね・・?


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Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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