「女だらけの戦艦大和」・イエスタディ・ワンス・モア

「女だらけの戦艦大和」乗組員・小泉純子兵曹は朝日町遊郭にいた――

 

今夜は森兵曹と一緒になじみのいる見世に入っている。それぞれの部屋に案内されて小泉兵曹はいつもの男性とひと時を過ごすことにした。しかし、今日の小泉兵曹はいつもより心躍らない。なんだか見世に来てから考え事しているようである。

男性が、その様子を見てどこかに消えた。多分何か食べるものを持ってくるつもりなのだろう。

男性がふすまの向こうに消えて足音が去ると、小泉兵曹はそっと窓を開けてみた。

見慣れた呉の町明かり、そのずっと向こうに小泉兵曹の故郷がある。ここよりもずっと大きな街である。

その街で、小泉兵曹は子供時代を何不自由なく過ごして来た。

姉の今日子・弟の進次郎とともに父親の孝太郎と母のサトの愛を十分に受けてすくすくと育ってきた。

大店のお嬢さんとして、姉の今日子とともに学校に行く際は番頭さんが送り迎えをしてくれたし、習い事もたくさんした。

少し病弱だった母を助ける住み込みのお手伝いさんたちにも可愛がられ、小泉純子は幸せだった。

風邪引けばお手伝いの女性に付き添われ、家の自動車で医師のもとに行った。

ふっくらとした布団に寝かされ熱に浮かされた身体で水を乞うと、母が優しく微笑みながら吸い口を持ってきてくれてそれでつめたい水を口に含んだ。

母は、「早うようならんとねえ。良うなったらぜんざいを作ってあげるけんね」と言いながらそのやわらかい手を純子の額に当ててくれた。

なんだか嬉しいような哀しいような、不思議な感情の中に埋もれて純子は眠りに落ちたのだった。

また、桃の節句には大きな段飾りのひな人形を飾って、近所の女の子たちを集めてひな祭りを祝ったこともあった。普段とは全く違う、みやびな雰囲気が大好きだった。

今日子と純子の姉妹は、きれいな和服に身を包み他の女の子たちの羨望の的だった。純子の友達の一人は、「うち、絶対大店の嫁さんになるんじゃ。そして子供とおひな祭りをするんじゃ」と言って笑ったものだ。

母たちの心ずくしの手料理やら、雛あられ。甘酒。ひな壇のそばに飾られた桃の花。そしておぼろに光を放つ、雪洞。その淡い光を受けて微笑むひな人形たち。

それらを純子は夢のようじゃ、と思いながら見つめたあの日。

弟の進次郎が主役の端午の節句には、五月人形が飾られて雛の節句とは違う勇壮な雰囲気を醸し出す。今日子と純子・進次郎は縁側に並んで座って柏餅を食べた。そのあと祝いの膳を囲んだ。

純子は弟に、新聞紙のかぶとを作ってかぶせてやった。進次郎は嬉しがって跳ねまわる。庭で父の孝太郎とチャンバラのまねっこをして、「やられた~」と父が倒れる真似をすると、急に真顔になって「お父しゃん、痛い?」と心配した可愛い進次郎。

それから数年たったある年の夏、母が体調を崩して入院するため自動車に乗って行った時は進次郎は大泣きして自動車の後を追いかけた。

本当は純子も泣きたかったが姉が泣いてはいけん、とぐっとこらえて進次郎を抱きとめた。そのあと一週間ほどで母が退院して来た時、ほっと安堵して純子も進次郎も思い切り泣いたものだ。

その二人をまとめて抱きしめて母は、「なーに泣くんねぇ。お母さんはちゃ―んと戻ってきたけん、もう心配せんでええのよ?もう大丈夫じゃけん、心配させてごめんね」と言った。その母の腕と胸のぬくもりは今も小泉兵曹の体に残っている。

そして、姉の今日子が嫁入る前夜。母は嫁としての心得を今日子に諄々と説いた後、いきなり涙を流して「今日子、しっかりやるんよ?向こうの皆さんに可愛がられる嫁になりんさいね。明日から今日子はあっちの家の人間じゃ・・・じゃけど、何年たっても幾つになっても今日子はうちの娘じゃけんね・・・」と言った。今日子も「・・・はい」と言いながら母の手を握って泣いていた。

その翌日、二人は一粒の涙も見せず毅然として結婚式に臨み相手の家の皆から「さすが小泉の家の人間じゃ。嫁さんも覚悟が出来ておるなあ、大したもんじゃ!」と称賛された。

その二人を(うちの母さんと姉さんはうちの誇りじゃ!)と嬉しく見つめたあの日。

姉が嫁に行くと父の孝太郎は「純子を嫁に出そうか、それとも婿を取らすか?」と悩むことになった。純子は「進次郎がおるけん、うちは嫁に行く」と言ったが孝太郎は「進次郎が大人になるまでまだずっと間がある。私は家を継がすんは純子の方がええと思う。純子は商才があると思うんじゃが」と言う。

その話はなかなか決着を見なかった。だが父の中では(純子に家を継がす)と言うのはすっかり固まっているようだった。

が、ある時母のサトが言った、「純子、あなたは海軍に御入りなさいよ」。なんでですか、と問う純子と驚く孝太郎に母は、「あなたはこのまんまでは世の中を知らんつまらん女になってしまうけん、海軍に入ってまずは国のために働いてみんさい。今までいろんな人たちからもろうた恩を海軍で返しんさい」と言い、その思いの強さに思わず引き込まれた父と娘であった。

海軍兵学校受験も考えた純子ではあるが「うちは海兵団に入る」と言って呉海兵団に入団した。本当を言えば、あまり試験に自信がなかったからだ。

海兵団に入って、とりあえず下士官になる前に辞めればいいかと思っていた純子であった。

そして海兵団に入ることが決まって明日が入団、と言う日。その前の晩から体調を崩して寝込んでいた母が純子を呼びつけた。呼ばれて純子が母の部屋に行くと母はきちんと着物を着て布団から出て文机の横に座っていた。

母は、今日子の嫁入りの前夜の時のように、純子に国を守る女としての心得を説いた。そして、「何があっても泣いたりせんでしっかり務めて来なさい。私のことや家のことは一切心配せんでえからね」と言って純子を抱きしめてくれた。

はい、と言って純子は少しだけ涙を流した。そんな純子を母は嬉しそうな、しかしさみしそうな瞳で見つめていた。翌日の入団の日、母は父と進次郎と一緒に駅まで来てくれた。元気でねえ、と言う母の声に手を振ってこたえたのが、母の声を聞いた最後になろうとは。

それから一年たたないうちに、母は亡くなった・・・。

 

小泉兵曹は、そこまで思い出すとふ―っと息をついた。

(昔は楽しかったな。姉さんと進次郎と、父さん母さんと一緒に暮らして幸せだったなあ。今はもう小泉の家はおれの家ではない。あとから来たあの『女』の家になってしもうた。俺はおれで自分の居場所をつくらんならん。でも、出来るならかなうなら・・・あの日あの時がもう一度来たらええのに・・・)

ふっと涙腺が緩んだ。故郷の方向に向かって母に黙とうをささげた。(母さん。うちは母さんの言いつけを守って国を守る女として頑張っとりますけん、ご安心を)

その時ふすまが空いてなじみの男性が料理を持って入って来た。

「小泉さん、元気ないから腹へっとるんじゃないか思って。さあ、これ食って『頑張りましょう』!」

目の前に置かれた料理と、嬉しそうな男性に小泉兵曹の涙はすっかり乾いた。そして急に元気になると、

「そうそう、俺は今日腹へっとったんよ~。さ、一緒に食おうよ!で・・・ね!」

と言うなりひと組の箸を男性に渡し、自分ももうひと組の箸を取るなり椀のふたを取って食い始めたのであった。

そうしながらもちょっとだけ心の隅で(・・・楽しかった子供時代よ、もう一度)と思う小泉兵曹であった――

 

    ・・・・・・・・・・・・・

カーペンターズ「イエスタディ・ワンス・モア」からの連想でした。

もう戻らない過去だからこそいとおしい。しかし人は日々生きてゆかねばならない、思い出を胸に秘めて自分の居場所を作って生きて行こう。

小泉兵曹の覚悟のほどがうかがえますでしょうか?

次回はどんな話になりますか、ご期待を!


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まろゆーろさんへ

こんばんは!
コメントありがとうございます。

カーペンターズ、心落ち着きますよね、大好きです!
しかし・・・こういう奇遇は嬉しい限りですねv-266

小泉某・・・いましたねえというか存在感ばっちりですねww。

今日は気持ちを落ち着かせたくてずっとカーペンターズをかけていました。
なんという奇縁でしょうか。びっくりしました。
小泉純子さんや進次郎さん……、何やら聞き覚えのある名前ですね。
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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