ゴシップ 3

<帝国新報>は内地でもその取材活動を露骨に始めていた――

 

政治部の記者は、与党幹部の大物、大原田勘兵衛幹事長をその自宅に尋ねた。大原田は、記者が訪ねてくるのは日常茶飯事であるから秘書の「<帝国日報>の崎本記者が」参りましたが、という声に

「なんだまたか、戦局は極めて日本に有利。帝国陸海軍の活躍をもっと書いてほしいものだよ。わたしなんかを取材してる暇なんかないと思うんだがねえ」

と笑いながら応接室へ入って行った。果たして応接室には崎本記者がもう待っていて、大原田幹事長を見るなりソファから立ち上がった。

大原田幹事長は「まあまあ。座りなさい…で、今日は何を話したらいいのかな?それより私は帝国陸海軍の活躍をあなたに聞きたいくらいなんだがね」と言って崎本記者を座らせると自分もソファに腰を沈めた。崎本記者は至極真面目な顔で幹事長を見つめると

「今日は国政や戦局の話ではないんです…実は」

と言いかけた。その時部屋のドアがノックされ、大原田の妻が紅茶と菓子を運んできた。顔見知りの記者であるし妻の峰子は微笑みながら

「いつもご苦労様です…。まあ怖いお顔なさって、今日はどんなお話かしら?」

と言って二人の前の紅茶と菓子を置いた。峰子が出てゆこうとすると崎本記者は「奥様にもご覧になって、そして聞いていただきたいのです」と言って峰子は不思議そうな顔で夫の隣にそっと腰を下ろした。崎本記者は傍らに置いていた大きな封筒の中から数枚の紙を引き出した。なんでしょう?と言う峰子、はてなんだね?という大原田幹事長の前に崎本は、

「この女性に見覚えはありませんか?」

と言って数枚の写真を出してテーブルに並べた。はたしてその写真は<高田佳子海軍上等兵曹>の、トレーラ水島での結婚式の写真である。

峰子は写真をみて手に取ると

「まあなんてきれいな花嫁さんなんでしょう!ねえあなた、お綺麗なかたですねえ」

と言って夫へ写真を手渡した。幹事長も写真を手に取って見つめた後

「ほう、これはまた美しい女性だ…崎本君この人はどういう方だね?」

と言って崎本記者に視線を移した。

崎本記者は幹事長に静かな視線を当てて

「この女性は海軍の下士官、上等兵曹です。そして…よくご覧になってください。この兵曹、…幹事長に似ているとは思われませんか?」

と言い放った。数瞬の後幹事長は大きな声を上げて笑い出した。崎本はややあっけにとられていたが、笑い続ける幹事長に

「噂を聞いたのです…幹事長には隠し子がおられるという噂を」

とそっと話しかけた。大原田幹事長は笑いすぎて涙をこぼしながら

「いやはや面白い話だね。私に隠し子だって?一体どこからそんな話が出たんだろうかねえ」

と言って笑う。妻の峰子さえ「ま、いやあねえ」と言って笑う。崎本は今度は大いに面食らいながら

「失礼を承知で申し上げますが…幹事長はお若いころすでにご家庭がありながら別の若い女性と割りなき仲になられ、その女性との間にお子さんが生まれそして幹事長はご家庭をお捨てになってその女性と駆け落ちなさったと伺いました。生まれたお子さんの行方は分からないままですが、幹事長、この話の真偽をお伺いしたいのです。そしてその女性というのは奥様、あなたのことではないでしょうか」

と言った。

大原田幹事長の顔からは笑いは消え、厳しい目つきで崎本記者をまっすぐに見つめて

「話としては面白いがね崎本君。それは私に対する中傷ではないかね?どこからそんな噂を聞いたか知らないが正直迷惑な話だね。私が若い女性と駆け落ちしてしかも子供まで作っていたと?そしてその子供がこの写真の女性だというのかね?崎本君、そうだというなら証拠を持ってきてほしいよ。…いや確かに昔家庭を持っていたし別れたのも確かだが、そういう理由じゃないよ。家内にとっても迷惑な話だしこんな話に尾ひれがついて家内や私の子供達にまで迷惑がかかるようなら…考えねばならんよ」

と言って不機嫌な表情を浮かべてテーブルの上の紅茶カップを手に取り、紅茶を飲んだ。幹事長の妻、峰子も「ひどい話だわ…あなた子供たちが聞いたらどうしましょう」と心底心配そうに幹事長を見つめる。

幹事長が何か言いかけたとき、部屋のドアがノックされ入ってきたのは大原田の長女の華子であった。華子は崎本に挨拶すると目ざとくテーブル上に広がった<佐野兵曹>の結婚式の写真を手に取った。そして

「まあ素敵!このお写真内地ではないですわね…どこかしら。それに見てお母さま、素敵なドレスね…私もいつかこんな素敵なドレスでお式を挙げたいわ」

と若い娘らしい感想を語った。華子には決まりかけた縁談があった。そして崎本を見ると

「どうしてこのお写真をうちに持っていらしたの?崎本さん?」

と小首をかしげた。崎本が答えるより先に大原田幹事長が「華子の結婚式の参考にどうかと言って持ってきてくれたんだよ」と言って華子は

「まあ本当に?素敵だわ、ねえお母さま私これと同じようなドレスを着たいわ、お願い!」

と峰子の腕を軽くつかんで揺すった。はいはいそうしましょうね、と峰子が笑い、幹事長も笑ったがその鋭い瞳が崎本に向けられているのを感じ取った崎本記者は「では私はこれで…、そうだこの全身の写った写真は参考に使ってください」と言いおいて残りをかき集めると大原田邸を辞した。

 

応接室に、大原田と峰子が残った。華子は「おとうさま、このお写真いただいてよろしいでしょ?」と佐野兵曹の写真を自分の部屋へ大事そうに胸に抱えて行った。

しんと静まり返った部屋で大原田がぽつりと言った、

「華子…あの写真の娘が自分の<>だとは思いもしないで…」

峰子も、「あんなに大きくきれいになって…可哀想なことをしてしまいましたわ」と言ったが幹事長は

「だが何があっても知らぬ存ぜぬで通すのだ、いいな?妙な小細工をすると疑われるだろうから自然体で、あくまで自然体でいるんだよ」

と念を押した。幹事長にとっては顔を知らない<>であった。その子が生まれたと聞いてふたつきもしないうちに彼はその時の妻の離縁をした。そして幹事長と峰子は駆け落ちして一緒になった。それから一年半ほどして華子が生まれ、次の男の子が生まれた。

元の妻は、失意のうちに子供をつれ大陸へ渡っていきその後どうしているのかははっきりわからないが子供ーー男の子だった――は、向こうではやり病にかかって亡くなったようだと風のうわさでは聞いている。幹事長の胸は、その子を思うときは鈍く痛む。

峰子は、あの時生んだ娘に名前さえ付けることなく捨てるようにして実家を飛び出してきたことを少し悔やんではいた。大原田と正式に結婚し、娘が生まれたとき自分が実家に産み捨ててきた子供の顔が重なった。(幸せになってほしい)と思って何年もたって、こんな形で<再会>しようとは。

(海軍に入っていたのですね…下士官のようだから苦労も多かったことでしょう。生まれたときから苦労を背負う星のもとに生まれたのだから、それがあなたの身上だと思ってこの先も頑張ってゆきなさい。そしていい人を得たようだから支えてもらいなさい)

すっかり幸せを得た、幹事長の妻であり<佐野兵曹>の実母である峰子の勝手な感想であった……

 

大原田幹事長の<隠し子>疑惑は彼が与党の大物ということもあったうえ確信に足る証拠に欠けるということなどもあり、しりすぼみになってしまった。記者たちは懸命に<海軍の下士官>の過去を追ったがその出生にまでに追いつくことができなかった。結局<帝国新報>記者たちはあきらめざるを得なかった。が、その代り、追いかけまわされることになったのが<桜本兵曹>であった。

どこで聞きつけたのか在トレーラーの<帝国新報>小林記者が

「ほんとかウソかもわからん政治家の隠し子の話なんぞどうでもいい、それより面白い話があるぞ。ここに停泊中の艦の下士官嬢、曰く付きの生まれで<小泉商店>勤務の男性と婚約までしていたらしい。が、その男性がほかに女を作ってその下士官嬢棄てられたそうだ。だがその男、社長に内地に帰ってくるようにと言われて新しい女と船に乗ったはいいが船が嵐で沈没したらしいぞ」

と五戸記者に言った。五戸記者は

「ほう~、どんな生まれか知らんが面白そうだな…、で、その男と女は死んだのか」

と興味津々で身を乗り出す。

小林記者はやや声を潜めて

「それがな…」

と話した内容に五戸記者は「それは面白い!それは是非―」と膝を叩いたのだった。

 

そんなこととは知らない桜本兵曹は、今日は通信科の部屋にいてたくさんの電報用紙を整理するお手伝いの真っ最中である。

ハシビロのマツコと小犬のトメキチ、そして子猫のニャマトも一緒になって用紙をくわえてあちこち走り回る。山口通信長が「悪いねえオトメチャン、あんたも忙しいじゃろうが通信科ほとんど上陸してしもうてねえ」と謝って、「これを食べんさい」と菓子を出してくれた。

それに感謝しながら菓子を食べるオトメチャンとマツコたちである。

 

そんなころ、上陸中の『大和』の乗組員は不審な問いかけをされていた――

   (次回に続きます)

 

               ・・・・・・・・・・・・・・・

お久しぶりです。

これだけの文章を書くのにいったい何日かかったことやら。なかなか鬱状態から脱することができませんでつらいものがありますが何とかやってゆこうと思います。

どうぞよろしくお願い申し上げます!そして次回をお楽しみに^^。


今日買ってきた「甲飛喇叭隊第11分隊」さま謹製の品々。阿佐ヶ谷「匣の匣(はこのはこ)』様にて購入しました^^。
DSCN1962.jpg

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Secre

鍵コメさんへ

鍵コメさんこんばんは
いやあなんかぞっとしますね、それでいいのか?って思っちゃいます。しかしそれが人間の業だとしたらなんて罪深いことを…。事実は小説より奇なりを思い知らされる事象ですね。

このところ鬱がひどいです。もうちょっとすると今度は躁状態かと思うとうんざりですw。ご心配ありがとうございます!

ponchさんへ

ponchさんこんばんは
この大原田氏の場合はその地位を利用して圧力をかけて…だとしか思えません。でもいつかきっと…!
そしてオトメチャン、彼女にいったい何を取材しようというんでしょうねこの新聞記者。痛い目に合わなきゃいいのですがw。

私はなかなか書けないながらも絶対ブログはやめませんからどうぞよろしくお願いします!でもほんと、いろんな事情でやめてゆかれる方が多く寂しい限りですね。

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは
またまたお返事遅くなってごめんなさい💦!
なんだかホントに世間はゴシップの嵐の様相ですね。>スピーカーおばさんw、そういう言われ方する人町内に必ず一人や二人はいたものですが今やネットの時代、そんなおばさんたちより怖い世の中になってしまいました。あっという間に拡散するというのは本当に怖いことだと思いました、しかも間違っていた日にゃもう何をかいわんや…

今日19日仕事でしたが寒かったですね(;´Д`)、なんでも急な最近のこと体がついて行けまへん。オスカーさんもどうぞ御身大切にお過ごしくださいませね^^。

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No title

隠し子とはいっても子供って隠せないですよねー(^_^;)
ゴシップとは縁の無さそうなオトメチャンとの対比がいいですね。
最近、自分の周りで家庭の事情でブログから離れてしまった人が何人かいるので、
見張り員さんには末長くブログ続けてほしいです。

こんにちは。
今は芸能界、政界、角界、どこもゴシップだらけですね。スピーカーおばさんと以前言葉がありましたが、今はネットであっという間にいろいろ広がりますし。
また朝晩冷え込むようになりました。ご自愛下さいね!

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは
『大和』の、いや全海軍のアイドルと言っていいオトメチャンに悪意を持って近づけば、それはもう命とり、「海軍省が許しても我々が許さん、月に代わってお仕置きだ!」と大変なことになるのが目に見えています。
さあどうなりますか…こうご期待!

オトメちゃんの周りを嗅ぎ回るとは、命知らずの記者さんだのう。少なくとも大和の乗組員たちを、面白おかしく取り上げると、あとでどうなるかとは、考えてないでしょう。
さあて、どうなっても知らないよ。
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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