2017-10

いとしごよ 呉編 2 - 2017.06.27 Tue

山中次子中佐は、初産をいよいよ迎えていた――

 

だんだんと時間を詰めるようにして押し寄せる陣痛に彼女は必死で耐える。新矢がそばについて背中をさすったり手を握って励ます。

「新矢さん、お仕事が忙しいのにごめんなさい」

と言って暗に仕事に行くように勧めたが新矢は「大丈夫だよ、江崎少将に連絡をしておいたから。生まれるその時にいてあげなさいと言ってくださったよ」と言ってほほ笑む。

「うれしい…、江崎少将にはお礼申しあげないといけませんね」

次子はそういったあと「ああ…来た」というとふーっと大きく息をついてお腹を撫でる。新矢は「大丈夫ですか?軍医長を呼びましょうか?」と言っていささか慌てた様子だったが次子は痛みに耐えながらもほほ笑んで

「平気平気です。…先ほどの軍医長の診察でまだかかるよとおっしゃっておられましたから」

と新矢を慰めるような口調になった。新矢はそれでも心配げに

「だがとても痛そうで辛そうで…私は心配だよ」

と言って妻の手を握る。次子は痛みを逃すように息をついたあと

「これは<女の戦場>ですわ。つらいのは当然のこと。でもそのあとにすばらしい戦果が待っていますわ。だから新矢さんどうか心配なさらないで落ち着いて待っていてくださいね」

と落ち着きを無くしているようにしか見えない夫を気遣った。そうか、そうだねと新矢は言って今度は次子の背中をそっと撫でた。

 

一方産科軍医たちは緊張の面持ちで分娩室の準備をしていた。産科軍医長の仁谷は主席産科軍医大尉の浜名江大尉に

「我が帝国海軍の弩級艦・大和の副長を務めた方のお産だ。決して間違いがあってはいけません、分娩後の準備もできていますか?」

と尋ね、浜名江軍医大尉は後ろに部下の士官や下士官嬢たちを従えて「はい、しっかりできております。そして万が一の事態にも対処できるようにしてあります」と答え、仁谷産科軍医長はうなずいた。

 

次子のお産が始まったのを、新矢は兄夫婦に報せ兄夫婦から東京の次子の実家に連絡が行った。次子の母は

「切符が取れ次第すぐにそちらに参ります。それまでどうかよろしくお願いします」

と電話口で頭を下げ、嫂のシズは「大丈夫ですよ、任せてください。どうかお気をつけていらしてください、私はこれから病院に参ります」と言って母を安心させた。

電話を切るとシズは「ヨシッ!…さあ分隊長、がんばりどころね!」と一人気合を入れると海軍病院目指して家を出た。

 

陣痛発来から数時間が立ち、いよいよ次子の産みの苦しみが本格化し始めた。そのころにはシズが病室にやってきておろおろするだけの新矢に代わって水を飲ませたり汗を拭いたり世話を焼く。次子は

「嫂様。ありがとうございます…」

と言って苦しいながらもほほ笑んだ。その次子にシズは

「いいのよ、そんなの気にしないで。もう少しらしいから頑張ってね」

と言い、ちょっと遠い目をして窓の外を見ると

「私も…自分の子供が持ちたかったな」

と小さく言った。その言葉に新矢も次子も瞬間ドキッとした。兄夫婦は子供を熱望していたがついに持ち得なかったことを、二人は知っていた。だから次子は妊娠を嫂に伝えるのを若干躊躇したこともあったがシズはわがことのように喜んでくれ、ある時「ああ嬉しいわ、なんだか孫ができるみたいで!」と言ったのだった。その嫂の想いを、次子はずっと胸に秘めている。

(ねえさまのためにも私は頑張って無事に子供を産む)

次子は決意を固める。

 

それからしばらくして次子は

「嫂様…なんだかいきみたくなってきましたわ」

と言いシズは「ちょっと待っていてね」というと部屋を出て衛生兵嬢たちの詰所へ小走りに向かい、すぐに仁谷軍医長が看護兵曹嬢を伴ってやってきた。

「ご主人は申し訳ありませんが少し廊下でお待ちください」

と言われ新矢は「大丈夫なんでしょうか妻は?」と言いながらシズに背中を押されながら廊下に出る。シズが廊下で新矢に

「大丈夫よ、仁谷軍医長は産科のぴか一ですからおまかせしなさい」

と言ってその背中を優しく叩き、新矢はそこでほっとしたような顔で「はい、わかりましたねえさん」と言った。

 

「軍医長、子宮口ほぼ全開です」

と次子を内診した兵曹嬢がいい、仁谷軍医長はうなずくと「分娩室へまいりましょう」と次子に言い、「お願いいたします、仁谷軍医長」と次子は言って兵曹嬢と軍医長の手を借りてベッドから体を起こした。

「ゆっくりでいいですからね、ゆっくり行きましょう」

軍医長はそういいながら部屋の扉を開けた。その正面には分娩室の扉が開いている。その向こうでは浜名江産科軍医大尉たちが次子を待っている。

動くと陣痛は強くなるのか、部屋からたった数メートルの距離なのに何度も立ち止まっては大きく息をつく次子、その次子に

「次子…しっかりな」

と声をかけた新矢、その新矢に微笑んで次子は分娩室へ入り扉が閉まった。

「次ちゃん…」

新矢はその扉の前で立ちつくした。

分娩台に上がった次子は痛みに苦しみながらも(これが私の戦場。子供たちを無事この世に生み出すための戦場なんだわ)と思い、軍医長たちの指示に従う。

双胎の出産のため、万が一に備え軍医嬢たちが何人も控えている。皆(『大和』前副長のお産だ、気を引き締めてよいお産にしなければ)と緊張している。

普段、士官嬢や下士官嬢たちのお産にも同じ思いで臨んではいるが、彼女たちは山中次子中佐の長い入院生活中にすっかりその人となりに惚れてしまったということもある。

(中佐という高い地位にありながら決して偉ぶることがないし、下士官にもお気を遣ってくださる)

山中中佐のためならそれこそ命もなげうつ、そんな覚悟を皆して持っている。

 

次子のお産の進みは早いようであった。

いよいよ仁谷軍医長は

「中佐。私が合図をしたら思い切りいきんでください。眼を閉じないで、目を閉じてしまわれますとそちらに力が入ってしまいますから、ご自分のおへそあたりを見るような感じでいきんでください、よろしいですね」

と言い次子はしっかり「はい!」と返事をした。陣痛の強い波が来て、軍医長は「いきんでください!」と言い次子はいきんだ。

しかしなかなかうまくいきめず、ハアッ!と大きくため息をついてしまう。そんな彼女に仁谷軍医長は

「焦らないで大丈夫です、はい…次の波でもう一度!」

と言い、次子は大きく息を吸った。

痛みの大きな波が来て次子は軍医長の掛け声に合わせて思い切り、長くいきんだ。

その脳裏には、波を蹴立てて大海原を行く<大和>の雄姿が描き出されていた。そして梨賀艦長、森上参謀長、山口通信長や日野原軍医長…たくさんの<大和>の人々の顔が浮かんでくる。

(もう駄目、体が裂けてしまいそう)

次子がそう思ったその時ーー!

   

   (次回に続きます)

 

            ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

始まったお産です。

なんだか自分の時を思い出し、お腹が痛くなっておりますよw。

嫂のシズさん、子供を持つことはできませんでしたが次ちゃんの子供たちをわが孫、と思ってくれているようです。

さあ、そして次回は…。

関連記事

● COMMENT ●

森須もりんさんへ

森須もりんさんこんばんは!
お産は自分が経験して初めて「ああやはり大変なんだなあ」と実感しましたね。まさに女の戦場でしたw。
そして何年たっても昨日のように思い出すことができるんですよね。

きっと未来永劫変わらない思いなのでしょうね^^。

ああ、大変なことですね。
私も思い出しました。
難産だったことなどが走馬灯のように
グルグル・・・
いつの時代も変わりませんね。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは
『日野原軍医長』のモデルにさせていただいた日野原先生の訃報に私も寂しい気持ちで居ります。この物語を書いていて軍医長の名前を…と考えていてふと見た雑誌の表紙のお写真が日野原先生で、おお、素晴らしい拝借しよう!となったのでした。『日野原軍医長』はこの先も元気で大和の中を歩きます。まだ彼女にはいろいろせんとならんことがありますしねw。

熱い暑いでもう閉口です。そして今日は久々に大雷雨、さすがに雹までは降らなかったもののどえらい雨と、雷でびっくりしました。まろにいさまもこの暑さに負けないようにお気をつけてお過ごしくださいませね^^。

鍵コメさんへ

鍵コメさんこんばんは
ありがとうございます。心ばっかり焦るんですがどうにもなりません。いろんな原因が重なって、しかも現在進行中の気の抜けない状態があってそれが気になって…でも誰が悪いというわけでないのですが…。熱さも拍車をかけていますしね(;´Д`)。
更新したい気持ちはあるんですがなかなか筆が進みません、ごめんなさいもうちょっと待っていてくださいませね。
お優しいお言葉に感謝いたします!

sukunahukonaさんへ

sukunahikonaさんこんばんは
本当にそうですよね。かつての沖縄戦での陸軍野戦病院の様子なんぞ読むとぞっとしますもんね。
あんなことがもう起きないように祈ります。

聖路加病院の日野原先生が亡くなったニュースで軍医長を思い出しました。
見張り員さんの書かれる方と実在の方がうまくダブってて今日はとても寂しく感じています。
せめて見張り員さんの物語の中の日野原軍医長にはいつまでも元気であってもらいたいと願っています。

暑い毎日ですね。東京は大変な荒天続きとか。集中豪雨にも雹にも、そして暑さにも負けずに元気にお過ごしください。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

野戦病院に産婦人科医しかいない戦争があったら本当にいいんですけどね

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは
本当にまだ七月なの???と言いたくなるほどの熱さですね(-_-;)…もう閉口です。参りました。科化を心配してくださってありがとうございます、腰の痛さとかすぐ転ぶとかある母ではありますが元気で居ります!!

私は最近「鬱」となりまして、記事の更新がなかなかできません。でもそのうち出来るようになると思いますので時々見てやってくださいませ^^。

オスカーさんにはくれぐれも御身大切にお過ごしくださいませね♡

sukunahukonaさんへ

sukunahikonaさんこんばんは
お返事大変遅くなってごめんなさい。

おお。。なんと残念な、ここは産婦人科ですので皮膚科は本館三階へ願います~~~w。

こんにちは。
暑い毎日、千葉も気温が高くて・・・見張り員様の体調もですが、母上様のお身体も気になります。皆さま、ご無理なさらずお気をつけ下さい。

軍医!軍医!
軍医はおらんのか!
この負傷兵を見てやってくれ。
どうやらブヨに刺されたらしいのだ!
おい!誰もおらんのか!!

ここには産婦人科の医者しかおらんのか!!!

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは
お返事大変遅くなってごめんなさい!

なんだか出産に関する記事とか小説とか読むと妙に力を入れてる自分に気が付くことがありますね、まだ若くて結婚もしてない頃は漠然としたイメージしかなかった出産もいざ経験すると…ですねw。


そうそう、私も「芸人」とはとか「芸」って何だろうと考えていました。裸芸、それだけで笑いを取ろうというのはちょっとなあと私も想っていましたし、あの「芸」(とあえて言いますが)が嫌いなので出てくるとチャンネルを変えてしまっています。人を笑わせる難しさはありでしょうが、心から笑える芸を目指してほしいなあと思う昨今です。

暑い七月ですね(-_-;)…もう私疲れましたわいw。
オスカーさんもどうぞ御身大切になさってくださいませね。

こんにちは。
いよいよですね~!
こちらもムダに力が入ってしまいます(笑)
記事とは関係ないですが、アジシオ次郎さんのコメントにあった、歌丸師匠の話、私も読みました。芸人の「芸」ってなんだろう・・・と考えてしまいます。完璧にあれこそイロモノなのかも。
今日から7月ですね。お身体に気をつけて、またよろしくお願いいたします。

アジシオ次郎さんへ

アジシオ次郎さんこんばんは
例の品のない芸についてはメッセージにしたためた通りでなんだかあきれるというか悲しくなるレベルですよね。もっとまっとうな芸で人々を笑わせてほしいと思います。
最近お笑い番組を見ても「なにがそんなにおもしろいの?」って思う人ばっかり、お笑い好きにはがっかりさせられます。ですのでもうほとんどそういう番組を見なくなりましたね(-_-;)。

また何かありましたらメッセージくださいませね!

すっとこさんへ

すっとこねえさまこんばんは
やはり思い出しますよね、あの痛さ!私のような痛がりがよく耐えられたものだと今でも感心してしまいますよw。
私の場合「鼻からスイカ」というよりひどい下〇をひたすら我慢させられているような感じで、子供を〇痢に例えちゃいけませんが本当にそんな感じでした。だからやっといきめるときはうれしかったですw。

10人の出産経験者がいれば十のドラマがあるのが出産なのでしょうねw。

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは
小さな穴から大きなものを出す、というあの苦しさはたとえようもありませんです(◎_◎;)。あれほどきついものだとは私も経験するまでわかりませんでしたw。
しかし次ちゃんの覚悟は素晴らしい。結構初産は気弱になったりするものなんですがそこは女だらけの帝国海軍の士官です!

双子を授かるってどんな気持ちなのかな?そんなことを想像しながら次回の構想を練っております。だけど本当、子供って一人でも三人でも、育てるの太大変なことですよね…(-_-;)。

こんばんは。

私からのメッセージに返答してくれて誠にありがとうございます。

私も思うに、あんなもんを芸と認めたくないし、公共の電波で公然わいせつに当たる行為を流すのは視聴者、特に女性や子供に対する配慮がなさ過ぎるとしか思えません。桂歌丸氏も「あんな宴会芸を芸とは認めたくない」って批判してますし。
裸になれば笑いが取れるなんて考えは低レベルであり、そんなことでウケを狙おうなんてバカを通り越してます。いじめやハラスメントの道具になりかねませんし、教育上大問題です!!

これからも私が気になったことはメッセージを送りますので、ネタにして頂ければ幸いです。

うううううううううううううううう!

臨場感あふれる描写に
思わず自分の時の陣痛を思い出しました。

河内山さんがおっしゃってますが
「鼻の穴からスイカ」・・・

なんてものじゃないですよね❣️
こればっかりは経験者でないと。

「針の穴をラクダが通る」
あれ?これは別の表現でしたね。

いよいよ「まるでスイカを鼻の穴から・・・」とも表現される。
男には想像もつかない激痛の展開なのでしょうけど、
さすが次ちゃん、完璧なまでの覚悟と決意。
こうでなくては大和の副長はつとまらんのでしょう。

次回は感動のご対面なんですが、いきなり2児の父と母。
一人娘を育てるだけでアップアップなおいらには、
これまた未知の世界です。


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://haitiyoshi.blog73.fc2.com/tb.php/2241-893ccad6
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

いとしごよ 呉編 3 解決編 «  | BLOG TOP |  » いとしごよ 呉編 1

プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

最新記事

最新コメント

フリーエリア

無料アクセス解析
無料アクセス解析
現在の閲覧者数:
Web小説 ブログランキングへ
小説家志望 ブログランキングへ ブログランキングならblogram
夢占い 夢ココロ占い (キーワードをスペース区切りで入力してください。)

カテゴリ

未分類 (21)
大和 (486)
武蔵 (66)
大和と武蔵 (41)
海軍航空隊 (28)
麻生分隊士 (3)
オトメチャン (39)
連合艦隊・帝国海軍 (155)
ふたり (69)
駆逐艦 (10)
ハワイ (8)
帝国陸海軍 (23)
私の日常 (112)
家族 (22)
潜水艦 (3)
海軍きゃんきゃん (24)
トメキチとマツコ (2)
ものがたり (8)
妄想 (5)
北辺艦隊 (1)
想い (14)
ショートストーリー (4)
アラカルト (0)
エトセトラ (5)
海軍工廠の人々 (5)
戦友 (10)

月別アーカイブ

リンク

このブログをリンクに追加する

FC2ブログランキング

FC2 Blog Ranking

FC2Blog Ranking

最新トラックバック

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム

RSSリンクの表示

Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード