2017-10

トレーラーへ行く人、待つ人。 - 2017.06.01 Thu

内地、広島の呉海軍工廠の男性技術士官数名がトレーラー水島の<大和>に行くという知らせはその年の大みそかに<大和>に届いたーー

 

そして年が明けた。昭和○○年の元日、益川敏也海軍技術中佐は年始の挨拶に上司の山中新矢海軍技術大佐の家を訪ねた。が、新矢は不在で居合わせたのは彼の兄夫婦。嫂のシズは

「益川中佐、いつも弟がお世話になっております。どうぞこの先も御見捨てなく願います」

とあいさつし、家に招じ入れた。新矢の兄の一矢も益川を知っているので「サア遠慮なく!」と広間に通してくれ、

「どうぞ今年もよろしくお願いします」

と酒を勧めてくれた。その杯をありがたく受けながら益川は

「大佐はどうなさったのですか」

と尋ねた。シズがほほ笑みながら

「ほら、次ちゃんがずっと入院中ですもので新矢さん『正月らしい気分をせめて』って朝からおせちのお重を持って病院に行っていますよ。そうそう、次ちゃんが益川さんに会いたがっていましたよ。もし南方に行くまでにお時間があったら病院に行ってやってくださいませんか」

といい益川中佐の胸はバラ色にときめいた。

まさか…天女のあの奥様が私なんぞを気遣ってくださるわけがない。

そう思ったものの(いや、奥様ならそう思ってくださってもおかしくない。そうか…なら明日にもお邪魔してみようか)と思い返す益川中佐。十日のちにはわが身はもう遠い南方にありおいそれと天女の次子とは会えなくなる。その上天女はまもなく出産を控えているからなおさらーー、そう考えると益川中佐の気持ちは決まった。

その日の夕方、山中家を辞すると自宅に帰った益川中佐は風呂を焚いて身を清め明日に備えた。

 

正月二日も呉地方は穏やかな上天気であった。

益川中佐は前夜、丁寧にブラシをかけた一種軍装に手を通し、鏡を見て軍帽をかぶり矯めつ眇めつした後家を出た。

天女のような、否天女である山中大佐の妻・次子に失礼があってはいけないという配慮からである。身重の次子は来月には出産を控えておりしかもそのお腹の子供は双子である。憧れの天女とそのお腹の子供に障るようなことがあってはいけないと彼は思っている。

(しばしのお別れです。私が再び呉の土を踏むときには奥様は母親になっておいでですね。その日が益川、楽しみです)

益川中佐はウキウキとして微笑を浮かべながら海軍病院への道を急いだ。海軍病院に着くと産科病棟へと急いだ益川中佐、(やはり正月だな。院内も雰囲気もどことなく雅ている)と思いつつ山中次子の病室前に立った。軽く咳払いをして一種軍装の裾を軽く引っ張り、軍帽をもう一度かぶりなおした後おもむろに病室のドアをそっと叩いた。

はい、と中から次子の夫の山中大佐の声がし、ドアが中から開かれた。

益川中佐は敬礼して「突然失礼いたします。新年のご挨拶に参りました」といい、大佐は温顔をほころばせて

「よく来てくれたね!たったいま次子と気味の話をしていたところだよ、いいタイミングだ。さあ入った入った」

と益川を病室に招じ入れてくれた。ベッドの上では次子が「まあ益川中佐、ようこそ」と嬉しそうにほほ笑んで手近の椅子を示して「さあどうぞおかけください」と言ってくれた。その次子と大佐の前に立ち益川は敬礼すると

「あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。そして本日は突然おうかがいして申し訳ありません」

といい、山中大佐は

「いや、本当によく来てくれたよ。益川君はもう間もなく南方に行ってしまってしばらく会えないからね。次子が会いたがっていたんだよ、本当に良かったありがとう訪ねてくれて」

と言って椅子に彼を座らせ自分も別の椅子を出して座った。

次子は益川中佐に新年のあいさつをした後

「こんな格好でごめんなさいね益川さん。でも訪ねてくださってありがとうございます。今度トレーラー水島の<大和>にいらっしゃると伺いました。南方はお初めてと伺いました。どうぞ暑さにがくれぐれもお気をつけてくださいますように」

と南方に初めて赴く益川中佐を気遣ってあれこれ注意点を語った。

益川中佐は一つ一つにうなずいて、話を聞き終えると

「奥様ありがとうございます、足りないものは買い足し余計なものはおいて行けます。ご教授をありがとうございます」

と嬉しそうに言って大佐を見て

「向こうへはそれなりに長くいることになると思います。私のほか、あと三人ほど<大和>にご厄介になる予定です。<松岡式防御兵器>を大和型に配備する準備段階です。緊張感をもってしっかりやってまいります」

と力強く言った。

大佐も、次子もその益川を頼もしげに見つめてうなずいた。

 

結局益川中佐は午後二時過ぎまで病室に入り浸って、次子や大佐と話をし、笑わせてから退出した。別れ際次子は益川中佐をベッドのそばに呼び

「くれぐれもお気をつけていってらっしゃいませね。私、もしかしからお産が早くなるかもしれませんの…いずれにしても生まれましたら夫から連絡をさせていただくつもりです…よろしいでしょうか?」

というのへ益川中佐は

「ありがとうございます。そして吉報をこの益川心から待っております。どうか奥様お元気で、御安産を祈っております」

と感激しつつ返事をし、病室を出てきたのだった。

帰り道、益川中佐は行きにもまして上機嫌だった。(天女の奥様が私をベッドそばに呼んでくださった。絶対奥様は御安産だ。益川が保証する!そして私の任務も無事進むことだろう。ああ、奥様!)

そう思いながら彼は正月二日目の呉の街をウキウキと歩く。

家々の門には日の丸が高々と掲げられ、道の傍では女の子供たちが羽根つきに興じ、男の子供たちはコマ回しに夢中。遠くの空を見やればいくつも凧が上がっているそんな穏やかな午後である。

 

そしてーー

一月十日が来た。益川中佐以下四名は、呉の桟橋に整列し江崎少将他、研究室の皆に見送られ巡洋艦でまずはサイパンまで行くこととなった。その先は軽巡、潜水艦を乗り継いでトレーラー水島まで行く予定である。

江崎少将は四人の顔を順に見つめた後

「大変ご苦労だが重要な任務だ。どうかからだを大事にして完遂してほしい」

と言って敬礼した。その敬礼に応えて益川中佐が

「益川海軍技術中佐以下四名、ただいまよりトレーラー水島へ出張いたします!」

と叫んで四人は一斉に敬礼。見送る少将たちももう一度返礼し、山中大佐の瞳にはうっすら涙さえ浮かんだ。

中佐は山中大佐の唇が気をつけてな、と動いたのを見て彼もふと涙ぐんだ。大好きな山中大佐そして誰より憧れのその妻次子にしばらく会えないのがさみしい。が、今度会うときは(お二人とも父親と母親だ。どんなお子さまだろう、楽しみだな)と心を入れ替えた。

そして巡洋艦からの迎えのランチに乗り込みーー四人は呉の桟橋を静かに離れて行ったのだった――

 

そんなころ。

トレーラー水島の<大和>では

「なあ聞いた?男性の技術士官が何人か<大和(ここ)>に来んさるんじゃと」

「ほう、男性の海軍士官かね。ほりゃ珍しいねえ」

「それも事によったら何か月かの長逗留になるんじゃと」

「へ?またなんでね?」

「それがな、大和型へのあのラケット兵器の配置準備のためなそうな」

「へえー、いよいよかね。空母には何隻かもう付いた聞いとったが…そうねほりゃあ心強いわい」

「で…どんとな男性士官が来んさるか、気にならんかね?」

「うん…まあ気にならんいうたらウソにはなるが…きっともう奥様のおりんさるよ」

「ふーん、そういうこともあるかも知らんな。まああんまり期待せんで待っとろうかね」

といった会話がそこここで交わされている。皆、大みそかの晩に通達された「内地の呉海軍工廠から男性技術士官が来られる」という話に浮足立っているのだ。

しかも四名ほどだというので「ほりゃあえらいこっちゃ、狭き門じゃで」と騒いでいるのが実情。だが「もしかしたら妻帯者かも知らんで」という誰かのささやきにもう早くもあきらめの空気が走ったのも実情である。

だがそれを否定したのはだれあろう桜本兵曹で彼女は防空指揮所で双眼鏡を撫でつつ

「妻帯者も一人くらいは居るかも知らんが中には独身者も居ってかもよ?ここに任務のついでに嫁さん探しに来んさる人がおってんかも」

と言って笑ったのだった。

「オトメチャンもし白羽の矢が立ったらどうするんね」

と尋ねたのは麻生分隊士。二人は指揮所に立って新年のトレーラーの風景を眺めていた。常夏のトレーラー環礁では防暑服で正月を迎えている。しかしそんな正月ももうすっかり慣れている。

分隊士の問いにオトメチャンは

「うちは結婚なんぞしませんけえね。うちは一生独り身で居りたい。そのほうが気楽じゃもん。それより分隊士こそどうします、『あなたを嫁さんにしたい』言われたら?」

と答え反対に問い返した。麻生分隊士は、オトメチャンの肩を抱き寄せて

「うちも一人で居るわい。いうか…うちにはオトメチャンがおってなけえね」

といい桜本兵曹はウフフっと笑うと少し、体重を分隊士に預けたのだった――

 

             ・・・・・・・・・・・・・・

いよいよ益川中佐たちがトレーラーに出張です。

彼らがトレーラーの大和に逗留するようですがはてさてどうなりますやら。お楽しみに!
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● COMMENT ●

ponchさんへ

ponchさんこんばんは
益川さんも結構気をもませるキャラとなってしまいましたね(-_-;)。南方へ行っていい出会いがあるといいんですが若手も一緒なのでそちらにとられっちゃうんじゃないかって心配もありますね。
ともあれ慎重に、と言ってやるしかないですねw。

益川中佐、とうとう南方に行っちゃいましたねー。
新しい出会いがあればいいのですが、旅先で羽を伸ばしすぎて羽目をはずすと、大概ロクなことにならないですからねー。
益川中佐、また手痛い思いをしなければいいのですが。

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは
益川さん、絶対焦っちゃいけませんぜ。と言ってやりたいですね。彼の結婚願望は人一倍ですからねえ(;´Д`)。しかし焦りは禁物。
そして理想も高いですから、彼の天女を見つけるというのは至難の業かも???
今後の彼をご期待くださいませ!

鍵コメさんへ

鍵コメさんこんばんは!
食べるってやはり人生の中の大きな楽しみだと痛感しますね。
いろいろとお大変ですがどうぞお大事になさってくださいませ。
応援しております^^!

何事も最初が肝心なので、益川中佐には羽目を外さずに勤務していただき、さらに良縁が転がり込むといいですね。
ただ、益川さんの理想が高すぎますから、せっかくのチャンスを簿に振ると言うことも。けど、安易な妥協は後の不幸の元ですが。

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オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは
新しい任地で新しい気持ちで!幸せはきっとそこにあるぞ、と言ってやりたくなるほどですねw。

今日いよいよ関東も梅雨入りだそうですね(-_-;)。生れ月ではあるけどどうもあのじめじめとした気候は合いませんね、喘息の発症が怖いです(-_-;)。気分もダダ下がりでいいことないです(;´Д`)。
オスカーさんもいろいろお仕事上などでおありでしょう、どうぞお心やすらかに過ごせますように。雨降って地固まる、の例えもありますからね。
どうぞ御身大切になさってくださいませね。

こんばんは。
新しい場所で新な出逢いが・・・何かドキドキときめいてしまいます。 場所が変わると気分も変わったりしますよね。
そろそろ梅雨入りの話題も出るようになりました。雨は必要だけれど、う~ん・・・と気持ちが下降してしまう原因にもなりますね。
どうぞお身体を大切に。少しでもゆっくり休めますように。


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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