いなりずし 2 解決編

海軍嬢姉妹は、長姉の作った稲荷ずしの包みを抱え、母親の入院中の病院へ向かったーー

 

皆川やちよ中尉は傍らを歩くみちよ兵曹に

「こうしてお使いみたいに物を言付かって歩くってのは子供のころ以来だねえ」

と語りかけるとみちよも

「そうですねえ。あの頃どっちが荷物をもつかで喧嘩をしたものですが」

と言って下を向くとくすくす笑った。やちよ中尉も「そうだったね。いつも私が『姉ちゃんが持つんだ』と言って威張ったけど途中で腕が疲れると『みちよ持ってみる?』かなんか言ってね」というと包みを抱え直して笑った。

姉妹は懐かしい話をしながら病院への道を歩く。

 

母親の入院する病院は小高い丘の上にある。かつてちょっとした小山だったところを切り崩して造成した場所であるからその途中の坂道はちょっとした森のようでもある。その森の中に病院への小道が続いている。この近在の人々はここを<病院坂>と呼んでいる。

そしてここは夏は強い日差しを遮り、冬は冷たい風を通しにくいようになっているので人々の散歩道にもなっている場所である。

二人の海軍嬢は、その<病院坂>に差し掛かった。この日はやや冷たい風が吹いてはいたが坂を上がってゆくと木々がその風を遮り寒さはほとんど感じない。

二人は母親の待つ病院を目指してひたすら歩いた。

 

どのくらい歩いたか…不意に妹のみちよ兵曹が「あれ?」と声を上げた。どうした、とやちよ中尉が振り向くとみちよ兵曹はあたりをきょろきょろしながら

「この道…、さっき通ったよね?」

という。やちよは

「さっき通った?そんなことはないだろう、同じような樹が生えて同じような道だからそう思ったんだろう。そんなことよりさあ歩いた歩いた」

と言って歯牙にもかけないがみちよ兵曹は

「そんなことない!だって私さっきあの木を見ましたもん…ならいいですよ、目印つけますからね」

と憤慨して手近の枝に落ちていた枯れたつるを絡ませた。

「こうしとけばわかるでしょうよ。同じ道歩いたって」

そして二人はまた歩いたが再びみちよ兵曹が

「やっぱり!」

と声を上げ指さすところを見れば先ほど枝に枯れたつるをひっかけた樹があるではないか。

「なんだ…これどういうことだ」

さすがにやちよ中尉は気味が悪くなり背筋が寒くなってきた。気温のせいだけではないらしいその寒気にやちよ中尉は妹の兵曹の背中をそっと叩いて

「物の怪のせいかもしらんぞ、目を閉じて突っ走ろう。そしたらちゃんとした道に出るかもしれないからな、いいか行くぞ。しっかり足あげて走らないと転ぶからな」

といい右手で荷物を抱え直し目を閉じ、左手で妹の兵曹の手をしっかりつかむと走り出した。

 

どのくらい走ったか。

やちよ中尉は走るのをやめ目を開けた。目の前には病院の正門があって幾人かが出入りしているのが見える。

やちよ中尉は妹兵曹の手を離し

「…着いたようだ」

といった。みちよ兵曹も目を開け

「あ、ほんとだ」

といい「あれはいったい何だったんだろうねえ?」と言いながらも姉の後をついて病院内に入る。病棟受付で母の名前を言うと一人の看護婦が病室に案内してくれた。

母親の病室は南向きの日当たりのよい二人部屋。

案内してくれた看護婦に礼を言い、二人の海軍嬢は入り口で

「皆川やちよ海軍中尉、皆川みちよ海軍上等兵曹入ります!」

と申告し、中からの「はいどうぞ」という母の声にドアを開けた。正面向かって右側のベッドに母はいた。

「おかあさん!」

と二人は駆け寄りたかったが同室の女性患者に遠慮してしかつめらしく近寄って、左のベッドの年配の女性患者に敬礼した。

「御休みのところお邪魔いたします…私たちはこの皆川キワの二女と三女のやちよとみちよであります。母がお世話になっております」

そういって年配の女性に自己紹介するとその女性患者―川島―は微笑んで

「川島と申します。お母さまのお見舞いお疲れ様でございます、さあどうぞごゆっくりなさってください」

と手近の椅子を示した。

キワも自分のベッドの横の椅子を「さあ」と指さし、二人はそれに従った。

海軍嬢たちは自分たちの近況を面白おかしく話して聞かせ、キワも川島も笑いながら聴き入った。そしてみちよが

「あ、忘れていました。はたよ姉さんから言付かってきたものが」

といなりずしの包みを手に取ったが「あれ?」と不思議そうな顔でやちよ中尉を見て、やちよは「どうした?」と言って包みを自分の手に受け取ったがこれも一瞬妙な顔つきになり、慌てて風呂敷を開いて箱のふたを取った。

「あっ!」

二人の海軍嬢の口から同時に小さく叫びが出て、キワはびっくりして二人の娘の顔を見た。川島も乗り出して覗き込んだがーー

箱の中にきっちり入っているはずの稲荷寿司は半分ちかく消えていたのだ。

「いったい誰が…持ってくる時にはきっちり端から端まで入っていたのに!」

みちよ兵曹がそれを指さして言うと川島が

「御二方、途中で道に迷ったようにおっしゃっておられましたねえ」

といった。やちよ中尉が

「はい。病院坂を上がってしばらくしたら同じところをずっと歩いていました。ですから目を閉じて走ってきました」

と応えると果たして川島は

「やっぱりいるんですねえ!お二方、それはキツネの仕業ですよ。病院坂の森の中にいたずら狐がいましてね、それが好物の稲荷ずしを持ってくる人を化かすんですよ。私も話には聞いたことがありますが実際見たのは初めてですねえ」

と感に堪えたように言った。

「き、狐ですか!」

二人の海軍嬢は同時に声を上げ、次の瞬間その場の皆は大きな声を立てて笑っていた。なんだかとても愉快で仕方がなかった。

稲荷ずしをせしめてほくほく顔の狐の様子が目に浮かびどうにも可笑しくてたまらなかった。

その可笑しさのまま、海軍嬢たちはいなりずしをキワと川島に勧め、二人の患者は稲荷ずしを「稲荷神社のお使い様のおさがりをありがたく」いただいたのだった。

 

その話を聞いたはたよは腹を抱えて笑い

「私も聞いたことはあったけどはじめてよ!いやあ、そんなことってあるのねえ!」

といい、その夫で裁判所に勤める広一も

「ほう、それは貴重な経験をしましたね!私もしてみたいものです」

と笑った。

その晩はそんな話でひとしきり盛り上がった皆川家である。

そしてそれから数日ののち、キワは無事病院を退院することとなり迎えに来たはたよ・やちよ・みちよとともに家路についたのであった。

病院坂の森の中でやちよ中尉は

(病院坂の狐くん、私の母親は元気になって帰れます。今度来るときもっとたくさん稲荷ずしを持ってきてあげようね)

と心の中から呼びかけた。

少し向こうの木の影に狐の姿が見えたような、そんな気のする冬の昼前のことであったーー

 

             ・・・・・・・・・・・・・・・

狐に化かされた海軍嬢。でも愉快に笑えたので良かったですね。母親も元気になっていうことなし。きっと狐も稲荷ずしをおいしく食べたことでしょう。

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Comments 6

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ponchさんへ

ponchさんこんばんは
そうなんです、皆川姉妹化かされました(;´Д`)…
この話のポイントは町の中のちょっとした雑木林、というところですね。深い森や山の中じゃ本当に洒落にもならない怪談になっちまいますね。
この話を書いていていなりずしを食べたくなりましたw。

狐憑き。時折聞きますがほんとあれは何なんでしょうね???一説によるとある種のヒステリーとか聞いたことがありますが「?」ですね。お稲荷さんに一度、稲荷寿司を差し上げたらずっとしないと…というのは私も聞いたことがあります。ぞっとしました。うちの近所に稲荷神社がありますが、いなりずしなんぞもっていかんでよかった~と思っていますw。

2017/06/07 (Wed) 21:50 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
ponch  

皆川姉妹は狐に化かされちゃったんですねー。
これが森や山中だとシャレになりませんが、どことなくおかしいというか
ほのぼのした話でよかったです。
何だかこの話見たらいなり寿司が食べたくなってしまいました(^q^)

そういえば狐憑きってよく聞きますが、あれって何なんですかねー。
お稲荷さんも一度お参りしたら、ずっとお参りしないと祟るとかいう怖い話を
聞いたことあるので、お稲荷さんには近寄らないようにしてます。

2017/06/06 (Tue) 02:40 | EDIT | REPLY |   
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オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは
この狐はきっと子供でもいたんだろうなとか考えると楽しくなりますね^^。私も稲荷ずし大好きです、スーパーで見ると買ってしまうんですよこれがw!
病院というとなんだか暗い話が多いですがこういう笑える話で盛り上がると病気も早く治りそうな気がしますね。


なんだかあっという間に月日がすっ飛んで行ってしまう気がしてなりません。明日は熱そうですからオスカーさんもどうぞ御身大切にお過ごしくださいませね。

2017/05/29 (Mon) 22:56 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
オスカー  

こんにちは。
おきつね様が可愛らしいです~! 私の昨日の夕飯はコンビニのいなり寿司でした(笑) 病院って独特の空気感があるので、なんかこういう話があるとちょっと和みますね。
来週はもう6月、早いですね。どうぞお身体には気をつけて下さい!

2017/05/27 (Sat) 10:58 | EDIT | REPLY |   
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河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは
ねえさんの作るいなりずしは天下一品だとやちよさんが言うておられましたw。半分でざっと考えて20個…まさに大家族の狐ですねw。実はこの話、ずっと前に読んだある話をモチーフにしておりましてこの場所はいまの「千葉大学病院」へ続く坂のあたりです。実際にこういう話があったらしいですよ!昔はうっそうとしていたらしいですからさもありなん、と昔のあのあたりを知る人が言ってましたっけw。

2017/05/23 (Tue) 22:02 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
河内山宗俊  

あまりにおいしそうなお稲荷さんだったので、ちょっとイタズラしてしまったのでしょうか?
半分たべられたとなると、かなりの大家族ですね。

2017/05/22 (Mon) 12:49 | EDIT | REPLY |   

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(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)