辞令拝受

益川敏也海軍技術中佐は心の傷を隠しながら、呉海軍工廠の職場に向かっていた――

 

前日の辛い、いや、人を馬鹿にしきった見合いの席をけって上司の山中新矢大佐の家に向かいそこで思い切り泣いた益川中佐は自宅に帰った後も一晩泣いた。大の男が泣くというのは女々しいことではないかと思ったが憧れの山中次子中佐も大変心を痛め、夫の新矢大佐に言伝として

「さぞお辛いことでしょう。そんなときはどうぞ存分に泣いてください。思い切り泣いたらすべて忘れましょう、新しい一歩を踏み出しましょう」

という言葉ももらっていた。

益川中佐は(奥様はやはり天女だ…ああ、でもあんな柴らしい女性はきっとこの世にはほかにもう居るまい。いいんだわたしはもう生涯独りでいよう。これ以上傷つけられて馬鹿にされ嗤われるのは金輪際ごめんだから。そっと、心の中だけで奥様を想わせていただこう、それだけで私は幸せだから)とすっかりあきらめてしまっていた。

 

「松岡式防御兵器」研究室の室長、江崎少将は山中大佐から益川中佐のひどい見合いの話を聞いて卒倒せんばかりに驚愕した。

「まさか、そんなひどい話があっていいのだろうか」

江崎少将は山中大佐がそっと語った話にそういって絶句した。益川中佐が気の毒で可哀想でならなかった。益川中佐は気のいい中年男性で、嫌みのないところが皆に好かれる。そして何より、結婚願望が人一倍強いのを少将は知りすぎるほど知っている。そして山中大佐の妻の次子にあこがれを持っているのも。

「どうして彼はいつもそんなひどい目に合うんだろうか、本当にひどい話だ」

江崎少将はそういって、窓外の風景を見つめた。もう間もなく新年を迎えるこの呉の街、次の年こそ彼に素晴らしい話が来るようにと祈らずにはいられなかった少将である。

 

そしてこの年も残すところあと一週間というとき、益川中佐は江崎少将に呼び出された。

いったいなんだろうか、何か不手際をして仕舞ったのだろうかと緊張の面持ちで江崎少将の部屋を訪ねた益川中佐に江崎少将は微笑みながら椅子を勧め、彼は腰半分だけ椅子に掛け、緊張を隠さぬまま少将と向き合った。

その中佐に江崎少将は

「はっきり言おう、実は」

と切り出し、益川中佐は顔面蒼白になって「…まさか、クビですか」と小さなかすれた声で言い、江崎少将は「は!」と大きな素っ頓狂な声を出してしまった。が次の瞬間大きな声で笑いだし今度は益川中佐のほうが度肝を抜かれた。

江崎少将は大笑いを何とか収めると

「いやいや、そんな物騒な話じゃないんだ。実はね、君に南方に行ってほしいんだよ。そう、出張だ。ちょっと長い出張になるとは思うのだが」

と言って急にしかつめらしい顔になると椅子から立ち上がり

「辞令。益川敏也海軍技術中佐、昭和○○年一月十日をもってトレーラー海軍基地への出張を命ず」とお言い机の上の辞令の書類を手渡し益川中佐、少しだけほっとした。

しかし、

「トレーラー、とおっしゃいますがあの環礁のどのあたりでしょうか?」

と不安げに尋ねる。江崎少将は

「水島だよ。トレーラー水島停泊中の<大和>にしばらく行って『松岡式兵器』の装備実験をしてほしいんだ。むろんほかにも数名を一緒に行かせるから大丈夫だ、…どうだろう、行ってくれるだろうか」

と優しく言い、益川中佐は

「はい!参ります。<大和>に参ります」

としっかり返事をした。

少将の部屋を出た益川中佐は、その足で山中大佐を訪ねた。大佐はいくつかの艦艇の大きな図面を広げて考え込んでいるところだったが彼の訪いに

「どうしたね益川君、ずいぶん息が弾んでるじゃないか」

と問うと中佐は

「いま江崎少将から南方への出張の辞令をいただいてきました。トレーラー停泊中の<大和>へまいります」

と嬉しそうに報告した。ほう、<大和>へ?とこれも嬉しそうに言う山中大佐にうなずいて益川中佐は

「はい。<大和>へです。大佐の奥様のいらした<大和>へ行くのかと思うとうれしいようなそれでいて緊張するような不思議な気分ですがしっかりやってまいります。出発は年明け十日ごろだと聞いています。でも、…」

とそこまで言うと言葉を不意に切った。どうした、と尋ねる山中新矢大佐に益川中佐は

「お子様方のお誕生をじかにお祝いできないのが残念です」

といい山中大佐は「生まれたらすぐ知らせよう、写真も撮れたら送るから」と言ってなんだか照れくさげに二人は笑みあった。

 

その話を海軍病院産科病棟で聞いた山中次子は

「そうでしたか、でもきっといい気分転換にもなることでしょう。トレーラーのあの太陽の下にいれば嫌な思い出なんか消えてしまいましょう。よかったと思います。そして、いい出会いがあればなおさら、いいですね」

とほほ笑み新矢はベッドの端っこにそっと腰掛けると妻の肩を抱き寄せ

「益川君が、子供たちの誕生にここにいられないのは残念だといって悔しがっていたよ。いったい父親はどっちだろうね」

と言って愉快そうに笑った。次子もほほ笑んだ。そして

「いつも益川さんには心配していただいて、うれしいですね」

といい新矢も「ああ、うれしいことだよね」と言い彼は妻をそっと抱きしめた。

 

そんなころ、益川中佐は自宅で長期出張の支度をはじめていた。大きなトランクに衣類やらなにやら詰め込んで

(さあいざ来い出張!トレーラーがどんなところだか今ひとつわからないが私はそこで必死に勤め上げるぞ。今までの私におさらばするつもりで、がんばるぞ)

と意気込んでいた。

 

この年も、間もなく大みそかになろうとする寒い晩のことであったーー

 

             ・・・・・・・・・・・・・・

益川中佐、辞令がおりました。

なんと南方、トレーラーは<大和>への出張。しかも長期…となると何やらいい予感もしてきますね。この先の彼の多幸を祈りましょう!

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ponchさんへ

ponchさんこんばんは
この南方への出張がいい方に出るといいんですがこの益川さんどうも女運がよくないので波乱がなきゃいいんですが。でもそろそろ彼も身を固めないともういい歳ですから気の毒です。
いい出会いがありますようにと祈ってやってくださいw。

ぜんそく、今回は本当つらかったです(;'∀')。でも病院を変えていい先生に出会えたので割合早くおさまりました!ご心配をありがとうございます!ただでさえ不眠なのに咳で寝られないっていうのは地獄の沙汰ですね(-_-;)。

No title

傷心の益川中佐に南方への辞令が下りましたかー。
吉と出るか凶と出るかわかりませんが、なかなかいい出会いに恵まれない
益川中佐ですが、いい出会いがあるといいですね。
自分はいい出会いに恵まれない益川中佐の方が、見ていて面白いですけど(^w^)

咳ぜんそくはツラいですよねー。自分も咳止まらなかったときは咳をする度に
胸がビリビリ痛みました。
自分の周りにも咳ぜんそくの人いましたが、咳止まらないと夜寝られないし
ツラいですよねー。
早く咳ぜんそく治るといいですね。

オスカーさんへ

オスカーさんこんにちは
お返事またも遅くなってごめんなさい。

益川さんちょとした場所替えではありますがきっとうまいこと行くと思います!
この人の結婚願望、続くのかそれとも終わりを告げるのか?わかりませんが…どうなるかお楽しみに。


連休は実家に行きましたが母は腰を悪くしていてあまりはかばかしくないようです。私が行ってる間にも家の中で転んでいましたので本当は一人にしたくないです。後ろ髪引かれる思いで帰宅しました。
私は風邪からぜんそくが悪くなってしまい今に至っています。この陽気ですのでなかなか…ですw。オスカーさんもどうぞ御身大切になさってくださいませね!

おはようございます。
転地療養ですね(笑) 悲しい気持ち、悔しい気持ちが癒され前向きになれますように! よい出逢いを期待したいですね~案外、結婚願望が薄れて仕事一筋、女は邪魔だ!に変わったりして(笑)また楽しみにしています!
母上様はお変わりありませんでしたか? 明日は気温が下がるそうなので、体調管理にはお気をつけ下さい。

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは
住まいや仕事の場所や内容を変えるっていいことかもしれませんね。
この出張がいい結果を生むように祈ってやってくださいませ!
そして気になるお相手は・・・・だれ?
なんて言ったって『女だらけの』帝国海軍ですからもうこりゃより取り見取りですねww。

No title

うん、心機一転にはこれがいいきっかけです。
あとはトレーラーで素敵な出会いが訪れればいいのですが?
素敵な出会いのお相手は誰なのでしょう?
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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