覚悟の座敷

オトメチャンに言った衝撃的な言葉に、しばしそのきれいな顔を見つめたままの高田兵曹だった――

 

「ほんまに言うとんか?そんとなこと軽々にいうたらいけんで?」

と高田兵曹はオトメチャンの肩をつかんでいった。が、オトメチャンは至極真面目な顔でうなずくと「うち、それでええ思うたけえ言うとんのよ。じゃけえ高田兵曹、今晩…お願いします」と言って頭を下げるのだった。

オトメチャンーー桜本兵曹の頼みは<遊郭に連れて行ってほしい>ということで、「うち、もうヴァー(ヴァージンのこと)落としたいんです。いつまでもそんとなものにこだわっとるとあほを見るような気ぃしてなりませんけえ、いっそ捨ててさばさばしたいんです」とオトメチャンは言ったのだ。

うーん、と高田兵曹は頭を掻いて唸った。そして「そんとなことしてええんじゃろうか」とか「ほいでも本人がええいうんなけえええんじゃろうか」などとぶつぶつ独り言を言っては首をひねる。

桜本兵曹は

「高田兵曹、兵曹にはご迷惑をかけませんけえどうか、連れて行ってください。ほいでそこでうちはどうしたらええんか、それだけ教えてつかあさい!」

と懇願した。ついに高田兵曹は

「ほんなら一緒に行こう…ほいでも途中で気ぃ変わったら遠慮せんで言うんよ?こういうことは、ええと、なんて言うたっけ、…ああほうじゃ、デリケートなことなけえの」

と折れた。

 

その晩二人は連れ立ってトレーラー水島の中心街に出かけた。さえない表情のオトメチャンをちらちら横目で見ながら高田兵曹は(ほんまにええんじゃろうか、ほんまに)と考えている。そのうち一軒の見世が目に入り、高田兵曹は「ここでええか。うちも前に何度か来とってなけえ、いろいろ融通は利くけえな、ほいでここならそがいに料金も取られんけえの」というと店の玄関を入り、後からついていているオトメチャンに「さ、こいや」と声をかけた。

オトメチャンはおとなしく高田兵曹の後をついてきて、仲居の案内に従って二人は二階へとあがった。一室に入ると高田兵曹は仲居をそっと廊下に押し出し自分も出ると何やら話して仲居にいくばくかのチップを握らせた。仲居はうなずいて去ると、高田兵曹は部屋に戻り

「もうちいとしたら料理が来るけえの。ほいでそれを食うたあと男の人が来んさるけえ…、ええな?」

と桜本兵曹にささやいた。桜本兵曹は緊張のためなのかそれとも相変わらず気が晴れないのかさえない顔いろのままでそっとうなずいた。

時間的にも客が多くなる時間のようで、玄関の方からにぎやかな声が聞こえてきては二人の部屋の前の廊下を通ってどこかの部屋に入ってゆく。

桜本兵曹は

「この手の見世は、ずいぶんと流行っとるんですねえ」

とぽつりと言った。高田兵曹はうなずいて

「ああ、今日は特に多いのう。訓練帰りの艦でも居ってんかね?」

と言ったそこへ、仲居が茶を運んできて「お料理、もうちょっとお待ちくださいませね」と言って障子が閉まった。高田兵曹は受け取った湯呑の一つを桜本兵曹に渡して「もうちいとじゃと。ここのめしは美味いけえねえ、じゃけえ客も多い」と言った。そして付け足すように

「男の人もなかなかじゃで」

と言ってふっと笑った。ほうですか、と桜本兵曹は言いしばらくの間二人は黙って茶を飲んだ。やがて中井が料理を持ってやってきて二人の前に並べた。仲居が去ると高田兵曹は「さ。食えや」と言って自分の膳の上の箸に手を伸ばし桜本兵曹も倣った。

「相変わらずうまいのう」

「ほう…なかなか美味いですな」

と二人は小さな声でこもごも言って料理を半分ほど食べたころ、男性が一人入ってきた。この男性こそ今夜オトメチャンの<相方>になる予定の男性である。男性は高田兵曹に会釈した、高田兵曹はうなずいてオトメチャンのほうをそっと指さした。男性はうなずくと、右手に持っていた小ぶりの徳利を左手に持ち替え桜本兵曹の膳の上のさかずきを右手で取り上げると、兵曹に持たせた。桜本兵曹が

「あ、すみません」

というと男性―潮風という見世の名前を持っているーはにこやかにほほ笑み

「どういたしまして」

と言った。そして「私を<潮風>と呼んでください」とあいさつした。オトメチャンは静かな瞳で彼を見つめると

「よろしゅうお願いします、潮風さん。うちのことはトメと呼んでつかあさい」

と挨拶を返した。そして二人は杯に満たされた酒をそっと飲んだ。それを見てから高田兵曹は

「ほいじゃあうちはこの隣の部屋に居るけえ、なんかあったら呼びんさいや」

と腰を上げ襖をあけて出て行った。

二人きりになると、<潮風>は微笑みながら

「トメさんはお初めてですね。この見世は」

と言って杯に酒を注ぐ。オトメチャンははあ、と言って<潮風>の顔をまっすぐ見つめると

「御見世も初めてですが…、じつはうち男の人とも今日が初めてになるんじゃ」

と言った。その瞳に何か必死なようなそれでいて切ないものを見た<潮風>は何か不思議な気持ちになって杯を全の上に置いた、そして

「男もお初めて、なんですか…で、今日ここであなたの初めてを私が、というわけですか」

というとオトメチャンの瞳が急に潤み始めた。そして大粒の涙がぼたぼたと音を立てて彼女の膝に、そして畳の上に落ちた。

<潮風>はびっくりして

「どうなさったんですトメさん?…もしかして何か、わけありですね?私でよかったら聞かせていただけませんか?事に及ぶはそれからでも遅くないですから。夜は長いですからね」

と言って膳を脇に寄せた。オトメチャンもそれに倣うと膳を脇にどけ、「実は」といきさつを語り始めた。

 

<潮風>はオトメチャンの語った長い話に衝撃を受けた。なんてことだ、と言って下を向いてしまった。オトメチャンはすすり上げながら

「うちみとうなもんは幸せにはなってはいけんのです、じゃけえあん人を恨んだりはしません。ほいでもうち、あん人が好きだった。じゃけえすぐに忘れられん。忘れるにはどうしたらええか一所懸命うちなりに考えたんじゃが、こうするんが一番ええ思うたんです、じゃけえ<潮風>さん、うちの初めてをどうか…」

と言ってまた泣き出した。

<潮風>は、オトメチャンの背中にやさしく手を置くと

「トメさん、あなた本当にそれでいいのですか?」

と言った。泣いていたオトメチャンは顔を上げると

「ええんです!ええんです、だからどうかうちを、うちを!」

というなり、<潮風>に抱きついていた。

オトメチャンの号泣が部屋の外まで漏れ出していた――

 (次回に続きます)

   

             ・・・・・・・・・・・・・・・・

なんということでしょうか、自棄になったのかオトメチャン。ヴァーを捨てようと繁華街の見世に繰り出しました。

この後…彼女は本当に??

次回をご期待ください。

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ponchさんへ

ponchさんこんばんは
自分の安売りだけはやめてほしいのですがオトメチャン、傷ついた心をいやすにはそれしかないのか??もっと自分を大事にしなきゃ…
<潮風>くんがこの後どう出るでしょうか、ご期待を!

No title

自分を安売りしてはいけないといいいますが、オトメチャンは自分の愛する男に
裏切られたことで、自分を叩き売りしたくなってしまうほど傷ついてしまったんでしょうね。
願わくば潮風くんがオトメチャンの傷心を癒してくれればいいのですが。

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは
オトメチャンやみの中を迷走中の模様です。いつこの闇から抜け出せるのか、それはきっと神のみぞ知るのでしょう。
<潮風>くん、どうかオトメチャンの心をいやしてほしいものです。高田兵曹、噂にならないようにしないといけませんがさて??

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは
そう、オトメチャンとんでもないことを考えていたのです!!こんなことをしてはダメダメオトメチャン~~~!

さてオトメチャン本当に<彼>と経験してしまうのでしょうか、自分の安売りはやめてオトメチャン!
次回以降をお楽しみに!

ああいったことがあったので、やけっぱちになる気持ちもわからなくはないのですが、まだまだ闇の中をさまよっている感じですね。
潮風くん、なかなかの好人物と見受けますが、果たしてオトメちゃんの心に光を届けられるのか?
高田さんの驚きもさることながら、オトメちゃんがこんな場所にいたとなると、瞬く間に噂が広がる?さて、高田さんの運命やいかにw

こんばんは。まさかと思っていましたが、やっぱりそんなことを考えていたのですね。ダメだよ、オトメちゃん! 続きが気になります~よい方向にお願いします!
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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