居場所のない心

桜本兵曹は心を失ったかのようだったーー

 

無理もなかった、あれほど愛していた男性・紅林次郎に手ひどく振られーいや単に振られるだけならまだしもーあばずれ呼ばわりされ襲われかけたのだ。彼女の心はひどく傷つき男性というものが信じられなくなっていた。

(これというんもうちの生まれのせいじゃ。うちが不義の子供じゃけえこげえな目にあうんじゃ)

以前にもうその思いは消したはずなのに、また再燃し始めてしまった。事ここに来てそういう思いを持っても自分の両親に申し訳ないという感情さえ失ってしまったようである。

そんなオトメチャンを、麻生分隊士はひどく心配した。さりげなく話しかけてもオトメチャンは「はあ」とか「ほうですのう」などと短く答えるだけで去って行ってしまう。

さすがの麻生分隊士も扱いかねて、ある晩小泉兵曹に「どうしたもんじゃろうのう」と相談する始末である。小泉兵曹も困ってしまい、両手を頬に当てて

「うちもどうしたらええんかわからんのです。―ほうじゃ、日野原軍医長にお尋ねしたらどうでしょうか」

と苦肉の策。麻生分隊士は「ほうじゃ、日野原軍医長に伺うたらええんじゃね。良し、ほんなら小泉兵曹貴様もこいや!」と言って小泉兵曹を引っ張って医務科の日野原軍医長を訪ねた。

日野原軍医長は風邪のうわさに聞いたオトメチャンのひどい失恋に心痛めていたので、麻生分隊士と小泉兵曹の訪れを喜んで私室に呼び入れた。

二人に椅子を勧め日野原軍医長は白衣を脱ぎながら

「あれからどうです?オトメチャンの様子は」

と聞いたが麻生分隊士と小泉兵曹がため息つきながらこもごも話す様子にふむふむとうなずきながら聴き入った。やがて話し終えた麻生分隊士が

「じゃけえうちら、もうどうしてええかわからんのです。何を話してええかもわからんのです」

と言ってその顔を両手で覆って泣き出した。恋髄兵曹は麻生分隊士がこんなに泣くのを初めて目の当たりにし、(ああ、やっぱし麻生分隊士はオトメチャンを好いとってんじゃねえ。そんとに人を想えるなん、うらやましい)と驚きと感動を覚えていた。

日野原軍医長はそんな麻生分隊士を見つめていたが大きくため息を吐くと

「そんなひどいことがあったんだね。それでは彼女の心はめちゃめちゃに傷ついているはずだ、そんな簡単に直るようなものでもあるまい。しかし軍務はきちんとしているとは…相当つらいはずだが…大丈夫だろうか…うーん」

としばらくのあいだ腕を組んで考え込んでいた。麻生中尉も小泉兵曹も黙りこくって、しばらくのあいだ部屋に静寂が満ちた。

その静寂を最初に破ったのは日野原軍医長で「ああそうだ!」と大声に麻生も小泉も椅子から瞬間飛びあがて驚いた。

どうしましてん?という麻生分隊士の声に軍医長は

「驚かせてごめんね、いや、オトメチャンは飛龍への特別任務の後休暇をもらったかね?」

と尋ね麻生分隊士は「いえ、まだですが」と答えた。そうだったの、と軍医長は言ったあと二人のほうをまっすぐ見て

「オトメチャンにしばらく休暇を出したらいい。特別任務に対する特別休暇だといって出すのよ。その辺は私が航海長と副長に言っておくから。そのほうがいいね…そしてどこかいい場所にしばらく滞在できるといいんだけど」

というと小泉兵曹が

「そんなら高田兵曹がちょうどええ家を持ってますけえそこの一室を借りたらええ思いますが」

と言って軍医長は「そんないい家を持ってるの高田兵曹は!じゃあそこを貸してもらえるよう頼んでみてくれないかな?」と言って一同散会した。

軍医長の部屋を出て小泉兵曹は、

「ほいじゃあうちは、高田兵曹に頼んできます」

と言って分隊士に一礼すると走り出した。その背中に「頼んだよ!」と声をかけ、分隊士はしかしどこか悲し気に自分の部屋に戻ってゆくーー

 

高田兵曹は居住区の寝台の中で本を読んでいたが小泉兵曹の訪いに「どうしたんね」と起き上がって迎えた。「お休みのところ申し訳ないんですが」と小泉兵曹は先ほど麻生分隊士・日野原軍医長と話した内容を言って聞かせた。そしてこれこれこういうわけで「高田兵曹の家の一室をオトメチャンに貸してやってつかあさい、願います!」と頭を深々下げて頼んだ。

高田兵曹は

「なにか思うたら…ええよええよ、ぜひオトメチャンには使うて欲しいわい。オトメチャンの休暇の日が決まったら一度うちのとこに来てくれんかね?家の場所や家の中のこと教えとかんといけんけえね。うちが同じ日に上陸出来たらええんじゃが、わからんけえの。もし同じ日なら一緒に行ってやれるんじゃが」

と言って快く承知してくれた。小泉兵曹は「ありがとうございます高田兵曹」と礼を言ったが高田兵曹は

「水臭いで、礼なんぞ要らんけえ」

とほほ笑み「オトメチャンが早う元気になるとええな」と言って小泉兵曹の肩をそっと叩いた。

 

日野原軍医長はその晩のうちに、佐奈田航海長そして佐藤副長に逢うとオトメチャンの話をした。佐奈田航海長もオトメチャンの憔悴ぶりに心痛めていたので副長にすがるようにして

「お願いです、桜本兵曹に少し長めの休暇をやってください。そうでなくても彼女、あの任務では大活躍したんですから、どうか!」

と頼み込んだ。副長は艦内帽を一度とってかぶりなおすと

「わかりました。桜本兵曹に特別任務にかかる<特別休暇>を出しましょう。そしてそんな様子では一人で置くのは心配ですからだれか、一人か二人…ずっと一緒というわけにはいかないでしょうから日にちをずらしていてやった方がいいでしょうね。どうです軍医長」

と言い軍医長も

「そのほうがいいですね、人選は航海長におまかせします」

と言い佐奈田軍医長は「わかりました、では早速考えます」と言い皆はそれぞれ席を立った。副長はその足で梨賀艦長を私室に訪ね、桜本兵曹への休暇の話を詳しく語り、艦長は驚いて

「そんなことが!それはいけない、何かあってからでは遅いからね。では桜本兵曹には明日明後日にもこの話をして休暇は来週の頭からにしましょう。では副長、後のことはよろしく」

とこれも快諾された。

小泉兵曹は一連の話があっという間に許可されたのに驚き「はあ、やっぱし普段の行いがええと何事も首尾よく進むんじゃねえ。オトメチャンの人徳じゃなあ…ほいじゃあうちはなかなか進まんどころか許可すらおりん、いうことか!」と言ってなぜだか笑いだす。

 

それから二日ののちオトメチャンは航海長に「桜本兵曹ちょっと来てくれないかな」と指揮所から連れ出され艦長室に。

「どうしたんです航海長、うち何か悪いことでもしたんですか?」

と心配そうな桜本兵曹に微笑みかけて佐奈田航海長は「そんなんじゃないよ、今艦長からお話があるからよく聞きなさい」と言って艦長室のドアをノックする。入りなさい、と声が内側からかかって航海長はドアを開けた。そして「さあ、入りなさい」と先にオトメチャンを押し込んでから自分が入った。

オトメチャンは部屋の中に艦長のみならず副長、それに松岡分隊長に麻生分隊士までいるのにびっくりして立ちすくんだ。

そこでオトメチャンは<特別任務にかかる特別休暇>の話を聞かされ

「そんな…うち一人がそんとな休暇をもろうてええんでしょうか?許されるわけがない思うんですが」

とやや不審そうな顔になった。が艦長以下に「今度の兵曹の働きがなければ機動部隊は壊滅していたかもしれないのだから受け取ってほしい」とこもごも説得され、最後に麻生分隊士が

「みんなの気持ちをどうか受け取ってほしいんじゃ。ほいであの(・・)戦い(・・)を忘れてさっぱりしてほしいんじゃ」

というに及んでオトメチャンは素直に「はい解りました。ほいでは休暇をいただきます」と言った。艦長は満足そうにうなずいて

「では兵曹、あなたの休暇は明後日月曜日からだ。高田兵曹が所有しているという家を使わせてくれるというからそこで過ごしなさい。ほかに休暇の連中がとっかえひっかえ来るとは思うが楽しく過ごしなさい、すべて(・・・)()忘れて(・・・)

と言ってその場は散会になった。オトメチャンは麻生分隊士と一緒に艦長室を辞しながらふっと気が付いた、

(あの戦いを忘れて…すべてを忘れて…。ほうか、艦長も分隊士も<あの事>を気にしてくれんさったんじゃな。ありがたいのう、うちはその気持ちをありがたく受け取りました)

 

そして月曜日。

オトメチャンは上陸員の乗るランチに揺られて二週間の<特別休暇>に突入したのだった――

  (次回に続きます)

              ・・・・・・・・・・・・・・

オトメチャン、あの戦闘にかかる休暇をいただきました。その休暇には傷心をいやす役目もあるようです。そっちの方が本当の目的ではありますが。

さあどんな休暇になりますか、ご期待ください。

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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
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(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)