2017-10

愛の終焉 - 2017.03.25 Sat

小泉兵曹は思わず紅林に怒鳴っていた――

 

紅林はその瞬間、小泉兵曹も驚くような態度に出た。彼はふーっと長い息をつくと小泉兵曹を斜から見るような格好になった。(なんじゃこのオトコ)とムカッと来た小泉兵曹に紅林は

「そうは言いますがお嬢様。わたしだってずっと待って待って…待ち続けていたんですよ。いつ会えるともしれない人をずっとね。ほいでやっとここに来て逢える思うたら肝心のそん人は作戦行動とやらでおらん。そこへきれいなおなごが来たらほりゃあ心も奪われてしまうというもんでしょう。それがいけませんかね?」

と東京弁を交えた話し方で投げやりに語った。

「なんじゃと、貴様それが許嫁のある身で言う言葉か!しかも…海軍軍人を愚弄するか!」

小泉兵曹は心底腹を立てて席から立ち上がって怒鳴った。ほかの席の客がびっくりしたような顔でこちらを見ているが小泉兵曹は構わず続けた、「貴様、うちの父親に頼んで『桜本兵曹と交際させてほしいけえどうか口利き願います』言うたんじゃろうが、それがなんね、ずっとずっと待ったが逢えんけえ心が移った?なに寝言ぬかしとってか、このドアホ!貴様のような奴、こっちから願い下げじゃ!――じゃがな、貴様のその気持ちをキチンとオトメチャンに貴様の口から伝えろよ!貴様を信じて待っとるオトメチャンには気の毒じゃがこれも試練じゃ。ええな、こっちから指定した日と時間に貴様きちんとこいや!ほいでここの勘定、あんたが払えや」

そして小泉兵曹はそのまま店を出て行ってしまった。紅林はやれやれとつぶやいて二人分のジュース代を財布から出してテーブルの上に置いた。

 

小泉兵曹は『大和』に帰ると防空指揮所にいるオトメチャンを駆け足で訪ねた。息せき切って飛び込んできた小泉にオトメチャンは驚いて双眼鏡から離れた。

「どうしたんじゃね小泉兵曹、そんとに慌てて?」

そういったオトメチャンの両肩をぐっとつかんだ小泉兵曹は怖い顔で

「次のオトメチャンの上陸日はいつじゃ?…ほうね、四日後か。ほんならその日、うちらも立ち会うけえ紅林と会うてこい。ほいで<はっきり>させてこい。ええな!」

と怒鳴るように言った。オトメチャンは紅林という名を聞いて表情をこわばらせ「…あん人と…会わんならんの?」と小さく言った。小泉は重々しくうなずき

「ほうじゃ、会うてこい。会うてあいつをよう見てこい。ほいで…答えを出してこい!ええな!」

と言った。その迫力にオトメチャンは「わかった」というよりなかった。

 

四日後。

オトメチャンは小泉に指定された店の一室に座っていた。小泉に「ここに居れ。居ったらそのうち紅林が来るけえ話をするんじゃ、ほいでさっさとさっぱりせえよ」と言われたのだ。小泉兵曹は

「うちは隣の部屋に居る、じゃけえ何かあったらすぐこっちに来るけえ安心して話をせえよ。ええか、…はっきり言うがあん男はほかにおなごがおる。それは進次郎にも確認した。ほかの社員たちもどうやら気がついとったらしい。オトメチャン、あんたほんまに気の毒じゃがここは踏ん張りどころじゃ、しっかり引導渡してこい!」

と言って隣の部屋に入りふすまを閉めた。オトメチャンはもう泣きそうな顔になりながらも(もしかしたら、もしかしたら元に戻れるんじゃないか)というささやかな期待を持ってはいる。

紅林が来たのはそれから五分ほどたってからだった。ふすまを開いた紅林はオトメチャンを見るなり顔をしかめた。

オトメチャンはそれでも微笑を浮かべると自分の前の座布団を差し出し「どうぞ」と言った。紅林はそれに座ると

「お嬢様が来いいうたけえ来たんじゃが、はあ迷惑なことじゃ。俺は忙しいんじゃ」

と独り言のように言った。その彼にオトメチャンは

「あなたのいろんな噂は聞きました。ほいでもうちは信じられんのです。あれほどうちを好いてくれて結婚の約束さえしてくれたあなたが…その、ほかの女の人に心を移してしもうたなん、信じられんのです。紅林さんどうか、どうか嘘だというてつかあさい。一時の気の迷いじゃ言うてください。ほいで…うちとの祝言のことを考えてつかあさい!」

というとその場に両手をつき頭を下げ、泣き始めた。

そのオトメチャンを冷ややかなまなざしで見つめていた紅林は「やれやれ」というと頭をごしごし掻いた。オトメチャンは涙にぬれた顔をそっと挙げ紅林を見上げた。紅林はオトメチャンをまっすぐに見つめると

「ほりゃあ、あんたを好きになってどうしようもなかった時もあった。ほいでもずうっと逢えん時が続いて、やっとここで逢える思うたらあんたは作戦行動とかでまた逢えんくなった。そこに前から知っとる女の人が来て、親しく話をしてくれた。俺の寂しい心を慰めてくれた人を好いて何が悪い?じゃろう?じゃけえ俺はもうアンタとは許嫁の縁を切る。俺はあの人と新しい生活をするつもりじゃ」

と一気に言った。オトメチャンの表情に絶望が走った。がオトメチャンはまた頭を下げると

「お願い紅林さん、うちが呉を離れるときのあなたのあのお顔、言葉をうちは一生忘れられんのです。うちの下宿であなたがうちにしてくれたこと、あれも嘘じゃったんですか!そんな、そんなこと…いきなり信じろ言われてもそんとなこと…。どうか思い直してつかあさい!ほいでどうかうちと、うちと祝言を!」

と叫んだ。

紅林の瞳に冷たい、ぞっとするような光が湛えられた。それに気が付かないオトメチャンはどうか、どうか願いますと言い続けている。次の瞬間、紅林はオトメチャンを引き起こしその胸ぐらをつかむとオトメチャンに向かい

「結婚結婚…そんなに結婚したいのか?いうか男がほしいだけなんじゃろうが、ほんならお前にくれてやろう、俺の<>を一度だけ。一度なら英恵も笑うて許してくれるじゃろう。別れるためにしたんじゃ言えばきっとあいつも解ってくれる、あいつは賢いおなごじゃけえの。どこかの生まれの卑しいおなごとは雲泥の差じゃ…さ、こいや!ほいでこれが済んだらもう俺らは終わりじゃ、ええな!」

というなり彼女をその場にねじ伏せ二種軍装のボタンを荒っぽく外した。

「紅林さん、なにするんじゃ!やめて!」

オトメチャンが叫ぶと紅林はさらにオトメチャンの着ているものを脱がしながら

「これがしたかったんじゃろう?結婚したいいうて結局はこれをしたいだけなんじゃろうが、このあばずれが!」

というと半裸になったオトメチャンを無理やり抱きしめた。いやじゃやめてと泣きじゃくるオトメチャンの体を開かそうとしたその時。

「貴様あ、なにしとってかあ!」

と怒号が響いた。ふすまがパーンと音を立てて開かれた。驚いた紅林が顔を上げてみたそこには小泉兵曹とーーその弟で、小泉商店トレーラー支社長の小泉進次郎が憤怒の形相で立っていたのだった。

「支社長!!」

と大声をあげ、慌ててオトメチャンから紅林は飛びのいた。オトメチャンはさっと起き上がりその場に落ちていた軍装の上着で体を隠した。紅林は真っ青になって

「支社長、どうしてここに居りんさるんです?」

というと小泉支社長は怒りに燃える瞳で紅林をにらみつけ

「どうしてここに、じゃと?私はすべてを知ってしもうたんですよ。あなたと<南洋新興>の香椎さんがそういう仲であるということ、そしてあなたが許嫁の仲であった桜本さんをないがしろにし始めていること、もうすべてすべて。観念したらどうですね」

と怒鳴りつけた。そして

「誰とどんな関係になろうと大人のすることですから本来なら黙認します。ですがね、紅林さんの場合は桜本さんという人がおってんでしょうが、それなのに桜本さんを裏切る真似をするなん、『小泉商店』の社員になるまじき行いです、それに桜本さんとのお話はあなたのほうから社長の孝太郎に頼んだ話言うて聞いております。それを自分の勝手で『社長に押し付けられた』ふうにいうなん、さらに社員としてあるまじき行為じゃ思いませんか?この話は広島の社長に話します。あなたは沙汰待ちです、しばらくのあいだ宿舎から出ないでください。これは支社長命令です」

と、最後は厳かに言い放ち、紅林はがっくりとその場に両手をついてしまった。小泉兵曹がオトメチャンに駆け寄り

「つらかったな、ほいでもよう頑張った。さ、服を着んさい」

と優しく言い、オトメチャンはその胸にすがると思い切り泣いたのだった。

 

紅林は、<小泉商店>の社員数名に連れられて宿舎に連行されていった。進次郎支社長はオトメチャンに

「私どもの社員があなたにとんでもなく失礼を働いて、これは私の監督不行き届きでもあります。心からお詫びいたします」

と謝った。オトメチャンは「いいえ、進次郎さんのせいではありませんけえどうかお気になさらんでつかあさい」と言い、小泉純子兵曹と一緒に海岸べりを歩いて艦に戻ろうと歩き始めた。その少し前から空一面に雲がわいて小泉兵曹は

「スコールじゃろか、どこかで雨宿りせんといけんねえ」

と独り言のようにつぶやいた。その言葉のさいごが終わらないうち雨が降り始めた。オトメチャン、と小泉兵曹はその袖を引いたがオトメチャンは雨に打たれたまま動こうとしなかった。

やがてオトメチャンは空を見上げた。幾千粒もの雨がオトメチャンに落ちかかり、オトメチャンは涙のあふれる瞳で見上げている。

オトメチャンの涙が雨の粒と一緒にその頬から流れ落ちる。小泉兵曹は言葉もなくそれを見つめるだけである。

オトメチャンと小泉兵曹はそれからしばらくのあいだ、スコールに打たれていた。まるで…つらい思い出をすべて洗い流すかのようにーー

 

                ・・・・・・・・・・・・・・・・

オトメチャンと紅林、二人は終わりました。あっけない幕切れでした。それにしても紅林のあの態度、あまりに人を馬鹿にしています。そんな紅林に何も起きないわけはないのです。次回、後日譚で明らかになります。

 

松田聖子「瞳はダイアモンド」

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● COMMENT ●

ponchさんへ

ponchさんこんばんは
紅林、まったくゲスの極みです。けものみち…まさに彼はそこに入ってしまったんでしょう。そして紅林の運命は…
次回衝撃です。

女を手酷く振っておいてやり逃げしようとかー。
紅林も男の風上にも置けないというか、地に堕ちたものですね。
ここまで最低だと既に人道を外れているというか、けもの道に迷い込んでしまった感じですね。
けもの道に迷い込んでしまったものは、山奥に迷い込んでしまい生きては戻れないと聞きます。

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは
まったくひどい男でございました。こういう人にはそれなりの神の制裁が下ります。オトメチャンの純な心を踏みにじって何もなしでは済まされません。

小泉純子さんもずいぶん変わりましたね、いい方へ。きっと彼女にもいいご縁ができることでしょう。そしてオトメチャン、まさにおしゃるとおり「生きてりゃ何とかなる」のですよこれが。
今後をお楽しみに!

しかしまあ、男の風上にもおけん奴でしたな。最終的には社会的生命を奪われるのでしょう。身から出た錆なんですが。

少し前の純子さんなら考えられん変化です。以前なら間違いなく紅林サイド。この分ならば、彼女にもいい人が現れるのか?もっとも彼女のような知り尽くした方は、いきおいで燃え上がる事もないかな?

オトメちゃんの傷心はすぐには癒やされないでしょうけど、「生きてりゃなんとかなるもの」です。


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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