恋は乱麻のごとく

紅林は、小泉支社長の姉からの手紙を渡されたーー

 

支社長の前を辞した紅林は、封筒から便箋を引き出してそれを開いた。そこには小泉兵曹の几帳面でやや小さめの文字でこう書かれていた――

 

――紅林様。いきなり手紙を差し上げる失礼をお許しくださひ。さて、あなた様の許嫁であり私たちの戦友である桜本トメ海軍一等兵曹は過日、特別任務を無事終えて帰還しました。そしてあなた様は桜本トメ兵曹がこの地を離れたその日にトレーラーに到着なさつたと伺つてをります。あれからひと月が過ぎてをります。

桜本兵曹はあなた様にたいへん会いたがってをります。無理もありません、内地を離れてからこちらずっとあなた様と逢っていなひのですから、許嫁の身ならどれほど会ひたいことでせう。桜本兵曹は、(否、彼女だけでなく我々もですが)あなた様からいついつ会へる、といふ連絡がなひことに不安がってをります。彼女の不安は私たちの不安でもあります。お忙しい時とは存じますがだうか彼女の気持ちをお汲み取りいただき一刻も早く桜本兵曹にご連絡をいただきたひと乞い願ふものでありますーー

 

読み終えた紅林は便箋を元通り丁寧にたたみ封筒に戻すとほうっと大きな息をついた。(お嬢様が手紙を書いてくるとは…厄介なことになった)そう思って苦々しい表情になった紅林であったが、さらに彼を憂鬱にさせることがそのすぐあとに起きた。

紅林が事務所で仕事をしているところに柴本が「紅林君、内地から郵便が来たから仕分けしておいてくれるかな?悪い寝忙しいのに」と言って大きな袋に入った郵便物を持ってきて紅林の横の机の上に置いた。

「いいですよ、ちょうどキリのいいところですので。…おお、結構重いですねえ」

そういって受け取った袋には、<小泉商店>社員の、家族他からの手紙がたくさん入っているようで紅林は思わず微笑む。

それらを各社員のあて名ごとに分ける。分け終えたら各々の社員の机上の箱に入れておく決まりになっている。

もうあと数通というところで紅林の手が止まった。一通の封書のおもてには「紅林次郎殿」と書かれている。

(誰からだろう?)

紅林は何気なくその封書の裏を見ると、自分の父親の名前である。

(珍しい、おやじ殿が手紙を寄越すなんか何年ぶりだろう)

紅林は、自分あてのその一通を自分の机の上に置くとすべての郵便物の仕分けを済ませ、それぞれの机の上の箱に入れて行った。それが済むと彼は自分の椅子に座り、久々の父親からの手紙を読もうと封を切った。

中身を引き出し、その文面を呼んでいた彼の表情がみるみる曇った。

便箋には父親の達筆で、「ふた月ほど前に桜本トメさんの養子先に挨拶に行ってきた。皆さん良い人ばかりで安心した、この上は早くトメさんに逢いたいし祝言も早く上げさせてやりたい」ということが書かれていたのだ。

(まさかあん人の故郷に行ってその養家にまで訪ねていたとは)

余計なことをして、と紅林は本気で腹を立てた。そんなことをされたら俺はトメと結婚せざるを得なくなるではないか、それは困る…。もうすっかりオトメチャンから心を離してしまった紅林は悩んだ。がしかし彼は

(いざとなれば何とでもいえる。嘘を言っても許されるだろう、あん人が他に好きな男が出来たとか何とか適当なことを言ってしまえばいい)

ととんでもないことを考えている。

それはともかくも今直面している困りごとは小泉兵曹からの手紙の内容、(お嬢様からの話とあればむげに断れない、もし英恵とのことを嗅ぎつけられたら会社を追われるかもしれない)と保身に考えが及ぶ。

とりあえず…逢う約束だけはしておかないと。

紅林はそう決めて、父親からの手紙を懐に入れた。

 

オトメチャンのもとに、紅林からの知らせが来たのはそれから間もなくだった。たまたま上陸していた小泉兵曹に<小泉商店>社員の一人が「これを託されました」と手渡してきた手紙、「やった、紅林さんじゃな」と心の中で歓喜の声を上げた小泉兵曹は艦に戻るなり

「オトメチャンオトメチャン、とうとう来たで!」

とオトメチャンに抱きつくようにして託された手紙を握らせた。ええ、ほんまね?とほほを紅潮させるオトメチャンに小泉兵曹は

「ほんまじゃ、早う読みんさい」

とほほ笑んだ。うん、うんとうなずいて震える手で封筒の口を切り、中の便箋を引っ張り出し読むオトメチャン。

「どがいなね?」

と心配げに尋ねる小泉にオトメチャンは微笑んで

「次の、うちの上陸日に逢おうって。なけえ、上陸したら電話をしてくれんさい、って」

と言い小泉は猶喜んで「ほんなら<小泉商店トレーラー支社>の電話番号を教えて置くけえね。…えかったねえオトメチャン、待った甲斐があった言うもんじゃわ」とかすかに涙ぐんだ。そして

「電話するんなら目抜きに大きな食堂があるじゃろ、<ニッポン>。ほうじゃうちらがよう使うあの店じゃ、あそこで電話を借りんさい。ほしたら誰にもわからんで話ができるけえの」

と教えてやった。

オトメチャンはその、友人の心遣いに感激し瞳を潤ませて「ありがとう。すまんのう小泉兵曹」と言ってその両手を取って感謝を表した。

 

その日から三日後、オトメチャンの上陸日である。

オトメチャンは心弾ませて上陸場から街中を目指した。そして小泉兵曹に言われたように<ニッポン>に入ってコーヒーを喫した後「すみませんが電話を貸してつかあさい」というと店員は快く貸してくれた。そして交換台に教えられた番号を告げ、少し待つと相手方が出た。

<小泉・南洋合弁準備室>です」

と柔らかな女性の声がした。オトメチャンは緊張して「私は海軍一等兵曹桜本トメと申します。あの、紅林次郎さんはお手すきでありますか?」と言った。

一瞬…電話の向こうの女性が黙ったがオトメチャンには気が付かない。すると電話の向こうの女性の声がさっきより硬くなって

「お待ちください」

というとしばらくのあいだ静かになった。

 

電話を取ったのは香椎英恵。英恵は固い表情で事務室の外に出ると、柴本や南洋新興の社員たちと休憩中の紅林のもとに駆け寄り「紅林さん、お電話です」というとさりげなく踵を返し事務所へ戻った。紅林は「ちょっと失礼します」と皆に会釈して事務所に走る。

事務所の入り口近くで紅林は英恵に掴まった。

「どういうことですの、あの方が電話してきましたが」

英恵の瞳には不信感があふれている。次郎は周囲を見回した後いきなり英恵にくちづけたあと

「別れるために逢うんだ。心配するな」

と小さくしかし、鋭く言うと電話に向かった。

 

「お待たせしてしもうて…、紅林です」

懐かしい声が聞こえてきてオトメチャンはうれしさに涙がにじんだ。オトメチャンは受信機部分をしっかり耳に当てると

「おひさしぶりです紅林さん。桜本です」

と言った。心なしか声が震えている。喜びが声も体も震わせるのがわかった。紅林は、オトメチャンにトレーラー水島の中の静かな入り江の名前を言うと「そこで待っています」というと電話を切った。

オトメチャンは喜びに震えたまま、<ニッポン>の店員に丁寧に礼を言うと店を出た。

目抜き通りを走るオトメチャン、その姿には最近なかった弾みが見えて、行き交う人々は目をそばだてる。

「あの下士官、嬉しそうだねえ」

「ああ、なんかいいことがあったのかあるのか。あやかりたいものね」

「キレイな海軍サン。キラキラしてル」

などとささやきあい、ほほ笑んで彼女の後姿を見送る。それほどオトメチャンは輝いていた。

 

紅林は「ちょっと出てきますがすぐ戻ります」と言いおいて事務所を出た。すると英恵が追いかけてきて

「紅林さん…」

と心配そうな顔で言った。紅林は立ち止まり彼女に向き直ると微笑んで

「心配しなさんないうとるんに、そんとな顔して。私にはもう英恵さんしかおらんのじゃけえ心配しなさんな。別れるためにはそれまでにしておくことがあるんなけえの」

と言ってその肩をやさしく叩いた。本当に?という英恵に紅林はまじめな顔になると

「ほんまじゃ。そうでなければ…あがいなこ(・・・・・)()せんわい」

と言ってほほを赤らめ、その意味が分かった英恵もほほを紅く染めてうつむき「わかりました…。行ってらっしゃい」と言って彼を見送った。

 

オトメチャンは約束の入り江に、紅林より早く着いた。それはとりもなおさず彼女が通りを風のように駆け抜けてきたに他ならない。それほど彼女は紅林に逢いたかった。

ハアハアと息を切らし、入江を一望する場所にオトメチャンは立った。

(やっと、ようやっと逢える)

心弾ませるオトメチャンの軍装の裾を、やさしい風がそっと吹き上げた。そこに

「桜本さん」

と声がかけられ、振り向くとそこには紅林次郎がいたーー

  (次回に続きます)

 

                     ・・・・・・・・・・・・・・

やっと、やっと逢えた紅林ですが。

彼にはすでに契った人が居る。それも体の交わりさえできてしまった人が。それを知らないオトメチャンも、小泉兵曹たちも悲劇の中心にいるのですが。

緊迫の次回以降をお楽しみに。

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Comments 4

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見張り員  
河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは
紅林というオトコがますますわからなくなりましたね!しかし腹立たしいやつ~~~~!
そうですね「誠意」なんてこいつにはないのでしょう。人の心をもてあそぶいやな奴としか思えませんよ。
そのうち天誅が下ると信じたいですが…どうなるでしょうか、そしてわれらがオトメチャンは!
今後の展開をお楽しみに。

2017/03/08 (Wed) 22:39 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
見張り員">
見張り員  
オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは
まだ…この話もつれそうです(-_-;)…それにしても純情そのもののオトメチャンをたぶらかした?罪は重いぞ紅林。
というわけで今後をご注視くださいませ!

寒さがまた帰ってきたようで辟易です、くれぐれもご自愛くださいませね^^。

2017/03/08 (Wed) 22:36 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
河内山宗俊  
No title

純子さんからのお手紙、父上からのお手紙も全く意に介さず?
ほとほと困ったお人ですね。
どうやら世渡りの術には長けているようですが、
誠意という文字はこの方にはなさそうで、
ますますオトメちゃんが不憫です。

こういう男の風上にも置けない奴には天誅を喰らわせてやりたいのですが、
オトメちゃんの悲しむ姿もみたくないし、
何か起死回生の一手はないものでしょうか?

2017/03/06 (Mon) 12:52 | EDIT | REPLY |   
オスカー  

こんにちは。
ああ、いよいよ・・・オトメちゃんの純情を踏みにじるヤツが許せないのですが、早くキッパリ縁を切って欲しい気持ちもあります。まだまだもつれますかね~?
また新しい1週間、お身体に気をつけて下さいませ!

2017/03/06 (Mon) 10:25 | EDIT | REPLY |   

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(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)