いとし子よ 横須賀編 1

横須賀の三浦家では、桃恵が臨月を迎えていた――

 

先日もそんな桃恵を心配して医務科で上司だった秋川兵曹長が訪ねてきてくれた。秋川兵曹長は勧められてあがった座敷の隅に座ると

「春山…じゃなかった三浦さん、もう臨月だろう?兆候はまだかな?もし何かあったらすぐに連絡しなさい」

と言ってくれた。その秋川に座卓の前を勧めると桃恵は大きなおなかを撫でながら

「ありがとうございます秋川兵曹長。二人目ですから予定より早くなるかもしれないと海軍病院の産科の軍医大尉から言われています。でもまだ何の気配もなくって…今度の子供はのんきなのかもしれませんよ」

と言って笑った。秋川兵曹長は差し出された湯呑を手にくるみながら

「そう…でも油断をしないようにね。私はまだ未経験だからいろいろ言えないけど、やはり心配だからね。遠慮しないで何でも言ってきなさい?まだ『武蔵』は横須賀(ここ)に停泊してるんだからね。私は週に二度上陸して下宿はここだから」

と心底心配そうに言って下宿の住所の書かれた名刺を差し出した。その心を察し、名刺を受け取って桃恵は「ありがとうございます」と礼を言うとそれを懐に入れた。そこに庭で遊んでいた継代が入ってきて「こんにちは秋川しゃん」とあいさつして秋川兵曹長は嬉しそうに継代を膝に入れその柔らかい髪をなで

「はいこんにちは継代ちゃん。もうすぐお姉ちゃんだね…楽しみだね」

とささやくと継代はにっこりとほほ笑んで

「はい。楽しみでしゅ。赤ちゃんが生まれたらつぐはお姉ちゃんになりましゅ」

と言って秋川兵曹長は「そうだね、きっといいお姉ちゃんになるよ!」といい継代は嬉しそうに笑った。そして

「つぐは今日から伯父ちゃま伯母ちゃまのおうちへ行きましゅ」

と言った。え?と言った秋川に桃恵は

「もう臨月だし小さい子供がいるといざというとき大変だろうからって兄夫婦が。出産して退院したら帰ってくる予定なんです」

と言って秋川はうなずいた。たしかにそのほうが何かといいかもしれない、きょうだいがいるっていうのもいいものだな、と彼女は思いうなずいた。

「今日の午後にも義姉(あね)が迎えに来ます」

桃恵の言葉に秋川は、継代を抱きしめると「そうか、ちょっとの間逢えないかもしれないね。寂しいけど赤ちゃんが生まれたらまた会いに来ますからね。それまで伯父様伯母様の言うことをきちんと聞いていい子にしていてくださいね」と言い、継代は「はい、いいこにしましゅ」とうなずいた。

秋川兵曹長が三浦家を辞し、そのあと昼ご飯を食べてのち、桃恵の嫂・あやこがやってきた。あやこは立ち上がって迎えようとした桃恵を制し

「大丈夫よ、座ってらっしゃいな…。はい、これは今晩のおかずにどうぞ」

と風呂敷包みを手渡した。中にはあやこの手作りの料理があって、桃恵はうれしかった。まるで宝物を奉持するかのように捧げ持って礼を言う桃恵に微笑んであやこは

「つぐちゃんがしばらくの間でもいないと寂しいわね。でもとっさの時にあなたもつぐちゃんも困るようではね…。つぐちゃん、平気よね?少しのあいだ伯母ちゃんのおうちで寝んねできるわよね?」

と継代にいうと継代は

「つぐはお姉ちゃんになりましゅ…。おばちゃんのおうちでいい子にできましゅ」

と自信ありげに言ってあやこも桃恵も思わず笑った。

それからしばらくして二人は見送る桃恵に手を振りながら三浦家を後にした。あやこが

「無理しちゃだめよ、何かあったらすぐ連絡してね」

と言って手を振り、継代もおもちゃの入った袋を背負って

「おかあしゃんまたね」

と手を振った。桃恵も手を振り返しながら二人の後姿を見送った。

 

家の中に戻った桃恵は、居間に入った。やれやれ、と独り言ちてのみさしの茶を飲もうと座った。すると座卓の上に継代のおもちゃの一つが置いてあるのが目に入った。

すると途端に桃恵の全身から力が抜けたようになり、不意に涙が流れてきた。思えば桃恵は、継代と今まで分かれて生活をしたことがなかったのだ。

(だめね私、情けない)

そう思っても涙はしばらくの間流れていた。

 

夕方帰宅した桃恵の夫・智一技術大尉はなんとなく火の消えたような家の雰囲気に

「継代が留守だというだけでこんなにさみしいとはね…。ああ、あの子がいつかお嫁に行ってしまったらこんな風になるんだろうか」

と言って夕餉の箸を使う手をとめた。そして妻を何気なく見やった智一大尉は

「も、桃恵さん!どうしたんだ、お腹が痛いのか?」

とびっくりして彼女の肩に手をやった。桃恵は涙を拭きながら

「違います、違うの…。いえ、私もあの子が留守だというだけでこんなにさみしいなんてって思っていたから…」

と言った。そうだったの、と智一は言って妻の肩を抱き寄せた。そして

「変なことを言ってしまってごめんね…でもきっとあの子は兄さんの家でもきちんとやってるはずです。そして赤ちゃんが生まれたら今度は四人の生活が始まるんだからそんな風に思って泣いてる暇も無くなりますよ?さあ、涙を拭いて」

というと妻の頬を流れる涙をその手のひらで拭いてやった。

すみません、と言いながら桃恵は、自分の頬に当てられた夫の手に自分の手を重ねて

「継代も、今度生まれる子も私たちのいとし子ですね。何物にも代えがたい、愛しい子供たち」

と言い、深くうなずいた智一大尉は妻の顔をそっと上に向けるとその唇に自分のそれをそっと重ねた。桃恵はそのお腹の中で赤ん坊がゆっくり動くのを感じた。

(早く生まれておいで。みんな待ってるから)

夫婦の想いは一つである――

 

  (次回に続きます)

 

                ・・・・・・・・・・・・・・・

久々、横須賀の三浦智一海軍技術大尉のおうちの話です。元『武蔵』医務科の兵曹だった桃恵さん、いよいよ二人目の子供が生まれそうです。無事に生まれますように祈りながら次回をお楽しみに!

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オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは
そうだもう平成も29年なんですよね…私はこの年結婚しました(-_-;)。
ご長男さまのお誕生日、遅くなってしまいましたがおめでとうございます^^。初めての出産の想いではことのほか鮮明ですよね~。私もしっかり覚えています。
二度目は、結構鷹揚に構えていたし…なれってものだったのかなと今になって思います。

さあ、三浦さんの二番目赤ちゃん!どっちが生まれるでしょうか、ご期待ください!

イヤだわ、29年前の間違いでした・・・平成元年生まれだから、29年前ですよね⁉ だんだん不安になってきました・・・疲れているからかしら(ーー;)

こんばんは。いよいよですね。私も28年前(のはず)の今日、入院して翌日のお産に備えていました。はじめての出産、ヘタレなので無痛分娩にしました。なんかその時のことを思い出します。元気な赤ちゃんの誕生を待っています~!
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見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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