掌に残る愛

高田兵曹の一言で、小泉兵曹の心は決まったーー

 

「じゃが、いったい誰に探らせたらええんかいのう」

と小泉兵曹はしばし考え込んだ。自分は<小泉商店>トレーラー支社長を務める進次郎の姉で、ほとんどの社員に面が割れている。かといって高田兵曹も許嫁を<南洋新興>社員に持っているからこれもちょっとまずい。では誰がいるのか。

考え込んだ小泉兵曹ははっと顔を上げた。そして「あん人がおったわい!」というなり走り出していた。彼女が行きついたのは内務科の居住区、そこで小泉兵曹は

「岳野カメ水兵長、居ってかいの」

と尋ねた。すぐに岳野水兵長が来たが別分隊の一等兵曹の訪いに緊張しているようだ。が小泉兵曹は彼女を抱きかかえるようにして外へ出ると

「あなたが桜本トメ兵曹の御従妹さんでらっしゃいましたね。ちいとお時間くださいませんか」

といってカメをひと気のない場所へといざなった。当初、自分より階級も上の兵曹の呼び出しに緊張しきっていたカメは丁寧な小泉の物言いにほっとしながらも

「いったい何がありましてん?そんとに怖げなお顔で」

と不審そうな顔になる。小泉兵曹はありゃ、そんとにひどい顔ですかいの?と言って右手のひらで顔をするっと撫でてから

「オトメチャンに許婚の居るんのは知っとりんさるでしょう?実は」

と話し始めた。

その衝撃的な内容に岳野カメ水兵長は「まさか、連絡も無しとはどういうことじゃろうか」と不安そうな声音になって小泉兵曹を見つめた。小泉兵曹が

「そこで、仲間の高田兵曹にちいと相談したがです。ほしたら彼女がそれはちいと困ったことになってる気がするけえ探りを入れたらどうじゃろうか、いうんです。で、」

とそこまで言うと岳野水長が

「なるほど、その役目をうちにいうんじゃね?」

とズバリ言った。小泉兵曹は恐縮して「その通りです…岳野さん」というと岳野水長は

「うちのかわいい従妹のトメちゃんのためじゃ。探りでも何でも、人殺し以外ならやるで」

とまじめに言った。

小泉兵曹は「では、願えますか?」というと岳野兵曹はうなずいて「ええよ。どういうふうにするか、よう策を練らんといけんね」と言って、二人は高田兵曹も交えて明日の晩に話をすることに決めた。

 

オトメチャンはその晩も紅林次郎からもらった手紙を寝台の中でそっと広げていた。

几帳面な文字が並び、思いのたけを伝えている。

>早く祝言を挙げたひと思ひます

その部分をオトメチャンは何度も何度も口の中で反芻した。そしてその便箋を布団の中で抱きしめる。(紅林さん、早う連絡をください。うち、あなたに逢いたい。逢いとうてたまらんのです)と心の中で紅林に呼びかけながら。

しかし、とオトメチャンは不意に我に返った。うちがここに戻ってきてからもう二週間になろうとするんにまだ紅林さんはなあも言うてこん。何かあったんじゃろうか、それともただ忙しいだけなんじゃろか。

「まあええわ。もうちいと待ってみるけえ」

オトメチャンは小さくつぶやくと体を丸めて眠りに入って行った。

 

その三日後。

上陸した岳野水兵長は、いかにも民間人風の服に身を包み<小泉商店>トレーラー支社の周辺をさりげなく歩いた。そして周辺を歩く社員たちを見ている。紅林の人相は事前にオトメチャンからそれとなく聞き出していたので(大丈夫、わかるわかる)。

そして岳野水兵長は、支社の建物から数名の社員とともに出てきてその一番後ろを歩く紅林次郎の姿を認めた。そして何気なく彼らのそばを歩くようにしてみた。なにか情報が得られないかと思ったのである。すると一人の男性社員が

「なあ、<南洋新興>に一人女がおってじゃろ?なかなかええ女のようじゃが、誰か決めた人の居ってんかいな?」

と言って仲間を見返った。するともう一人が

「ほうほう!ええおなごじゃなあ、とわしも思うとってよ。ほいでもなんじゃ、気位の高そうなおなごなけえ、わしは遠慮するわい」

と言って皆は笑った。岳野水兵長はその時、最後尾の紅林が実に何とも言えない表情をしているのを見た。そして気が付けば彼はその『南洋新興の女社員』の話に加わらない。

(どういうことかね?)

と岳野水兵長はやや不審に思った。同じくらいの年齢の男性たちとの会話、しかも女性の話となれば何らかの会話はするだろうと思った。そして(あの顔。オトメチャンがおるけえ加わらんという顔でもなさそうじゃな)と不審が増した。

そして、<南洋新興>の建物から一人の女性が出てきた。これこそ香椎英恵である。英恵は<小泉商店>の社員たちに微笑んで会釈すると何事もなかったように歩み去った。

<小泉商店>の社員たちも会釈をすると彼女を振り返ることもなく歩いてゆく。岳野水兵長は(なんじゃ、思い過ごしじゃったか)と何かほっとした。

が。

次の瞬間彼女は「見てはいけないもの」を見てしまった。

仲間よりやや遅れて歩いていた紅林は香椎英恵とすれ違いざまに彼女の手に何かをさっと握らせたのだ。

それは小さな紙片であったのを岳野水兵長は見逃さなかった。

(なんねありゃ)

岳野水兵長は胸がどきどきしてきたが、それを必死で抑えそっともと来た道に戻り始めた。

 

その日のうちに艦に戻った岳野水兵長は巡検後、小泉兵曹と高田兵曹の待つ最上甲板・第一砲塔前に急いだ。小泉と高田は、岳野水兵長を見ると立ち上がって迎えた。階級は下ではあるが年齢が上でしかもオトメチャンの大事な従姉ということに敬意を表している。

岳野水長は「おそうなってすみません」と言って、二人は水兵長を座らせ自分たちも彼女を挟むようにして座った。

「ほいで、どうでした?なにかありましたかのう?」

と小泉兵曹が急き込んで尋ねる。高田兵曹も水兵長を見つめる。岳野水兵長はのどがカラカラになるのを感じながら

「その…。実はうちは見た」

と言って例の気になる一件を話した。話し終えると小泉と高田は「まさか。まさか紅林さんはその女の人に浮気をしとってんかね!」といきり立った。

岳野水兵長は

「まあ待ってつかあさい。うちの思い違いいうこともありますけえ、これはもうしばらく様子を見たほうがええ思いますが。しかし、あの女の人と顔を合わせたときの紅林さんの何とも言えんうれしそうな顔は、あん人たちの間になあもないとは言い切れん気がして、うちは」

というと絶句した。

小泉兵曹と高田兵曹は互いに不安げな瞳を見かわした。高田兵曹がふーっと息をついて

「そんとなことオトメチャンには言われんなあ。たとえその女の人との間になあもないとしても誤解させるには十分な話なけえね。なあもないとわかればええんじゃがね…。連絡がないんが気になるが…はあどうしたもんか」

と言った。小泉兵曹が

「岳野さんありがとうございました。そういう話ならうちらも黙ってみちゃおれませんけえ、上陸の折々に様子を見に行きます。岳野さんには面倒をおかけしてしもうてすみませんでした」

と謝ると岳野水兵長は

「ええんよそんとなこと。可愛い従妹のオトメチャンのためじゃもん。これからも何でも言うてつかあさいね」

と言った。

高田兵曹も岳野水兵長に頭を下げると

「岳野さん、とんでもないものを見てしもうて…。申し訳ないことをしました。オトメチャンに言えん秘密をもってしもうたことになって…。ほんまに申し訳ありません」

と言い、宝石をまき散らしたような夜空を見上げてまぶたをそっと閉じた。その閉じた目から、涙が一筋流れて落ちた。

 

そんなころ香椎英恵は、昼間紅林からすれ違いざまに手渡されたメモに書いてあったトレーラー水島の繁華街のはずれの<待合>の近くにたたずんでいた。

そして紅林の姿が現れ英恵の肩を抱くようにして<待合>の中へと消えて行った――

 

              ・・・・・・・・・・・・・

けなげなオトメチャンが可哀そうになる展開となってきました。小泉・高田・岳野の三人はこれからどうする?このことをオトメチャンには伝えられないし…苦衷の中の三人です。

 

次回は横須賀の三浦さん出産話です!

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Secre

ponchさんへ

ponchさんこんにちは
お返事遅くなってごめんなさい!

まったく紅林ひどい奴です。こんな奴とは正直思わなかったでしょう…
美しく清純なオトメチャンのどこが気に入らないんだかわかりませんがこいつは『大人の女性の色香』のほうが好きだとお言うことなのでしょうか。まったくわからんやつです(-_-;)。
オトメチャンこの後彼と同対峙してゆくのか??気になりますがどうぞお楽しみに。
結婚してから本性を知ってしまうと大ごとですがその前でよかったと思わないといけませんね、(◎_◎;)。

No title

紅林酷いやっちゃなー。自分からオトメチャンに一目惚れしておいて、
別に気になる女ができたらあっさり鞍替えですかー。
あーオトメチャンかわいそー(;つД`)
男は自分が守ってやりたくなるような小さくて可憐な乙女が好きと聞きますが、
目の前に大人の色香漂う包容力がある女がいたらそっちになびいて
しまうものなんですかねー。
男は自分が支配できそうな女がなかなか自分の思い通りになってくれないと、
あっさり別の女に鞍替えしてしまうように思います。

でもまあ結婚する前に男の本性がわかってよかったんじゃないですか?
オトメチャン、ドンマイッッ

やまびこさんへ

やまびこさんこんばんは!
ありがとうございます。
オトメチャンの恋の行方、この後どうなりますかドキドキしながらお楽しみに。
またよろしくお願いします♪

興味津々

 興味深く、拝見しています。これからの展開が楽しみです。

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは
ホントにゲス男の紅林次郎です。オトメチャンの初恋がこんな風に散るなんて…ああなんてこったい!でございます。仕事ができる勉強ができるというのと人間性は舞ったっく別物ですよね。
こういうオトコには絶対天罰が下るでしょう、出なきゃオトメチャンが浮かばれませんもんね。
二度目の恋こそいい相手が来てほしいものです^^。

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは
こんなにひどい男だったとは紅林。オトメチャン、初めての恋でこんな目にあうなんて、もし男性不信になったらどうするの!と怒りたくもなりますよね(# ゚Д゚)!
オトメチャンはまだ感づいていないようですが周囲の百戦錬磨の皆さんのほうが浮足立っているようです(;´Д`)。
この後いったいどうなるでしょうか、オトメチャンの幸せは来るのでしょうか?ご期待ください^^。

No title

ああ、これだから男は・・・おいらも一応男でしたわw
初めて好きになった男がこんなゲス男で、何ともいたたまれません。
仕事はできるかもしれませんが、人間としてはね。

本当に神がいるのなら、きつい罰を与えたまえ。なのですが、
三浦さんとこのケースもあります。
次こそは最高のお相手が見つかりますよ。

こんにちは。
ああ、もう、イヤだ、イヤだ~! オトメちゃんがかわいそう・・・でも、とっても好きだったらもっと感情的になって、いてもたってもいられない!というのはアクションをおこすような気がして、オトメちゃんはまだまだ恋に恋している感じなのかな?なんて思い始めました。経験豊富そうなまわりの皆さんの方が大変そう・・・!
乙女たちは大変だ~! また次のお話も期待しています!
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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