小泉兵曹、焦れる。

小泉兵曹は眉間にしわを寄せて「どうしたんじゃいったい…」とつぶやいていた――

 

その日の午前中にオトメチャンこと桜本兵曹が<凱旋>帰艦すると聞いて、『女だらけの大和』の手すき乗員は今や遅しと甲板上に集まって手を額にかざし、四方八方に目を凝らしている。

遠くに『飛龍』ほかの空母が浮かび「ほいでもオトメチャンはもう『飛龍』からは降りとってじゃろ?ほしたら上陸桟橋のほうからきんさるんじゃろうねえ」と皆は口々に言っては目を凝らす。

佐奈田航海長までも防空指揮所に上がって双眼鏡で周囲を検分しながら

「まだだろうか、本当に今日帰艦するんだろうな?まさか『飛龍』では彼女を返さないなどということはないだろうねえ」

と心配げにそして幾分苛立たし気に傍らの石川兵曹に話しかける。石川兵曹は双眼鏡から目を離すと

「大丈夫ですよ、そんとなこと絶対ありませんけえご安心を。桜本兵曹は『大和』にのうてはならんお人ですけえ、航海長ご心配なく」

と佐奈田航海長をなだめた。そうかそんならいいんだが、と佐奈田航海長が言うのへうなずいて石川兵曹は双眼鏡に戻る。

と石川兵曹が

「ランチがこちらに向かっています。上陸桟橋方向からランチ!」

と叫び佐奈田航海長も双眼鏡でそちらを見て「やった。帰って来たぞ桜本兵曹が」というなり慌てて下へと降りて行ってしまった。

 

さあ、甲板上では皆大騒ぎ。

中でも麻生分隊士は「ほんまにオトメチャンじゃろか?ほかのだれか知らん人間がのっとるんと違うじゃろうねえ」とイライラした調子で言う。彼女は愛しいオトメチャンの不在にやや心が不安定になって居たのである。それを松岡分隊長は鋭く見抜いて

「麻生さーん、あなたいい加減特年兵君から気持ちを離しんさい?特年兵君にはもう結婚前提にお付き合いしてる人が居るんでしょうが?そんなこっちゃいけませんね、もうちいとアナタ大人になりんさい?」

とうろ覚えの広島弁で語りかけ麻生分隊士は怒りでうなりつつ「…わかっとります」と言った。

そこに爽やかな風が吹き付け、皆は思わず深呼吸した。誰かが

「海から海へ…女たちは帰ってくる」

と詩的なことをつぶやくのが聞こえた。多分読書好きの兵学校出の大尉かだれかだろう。麻生分隊士はしばしその言葉に酔った。機動部隊、今回の戦いに参加した多くの将兵嬢たちは海から空からここへ帰ってきてその身を休めている。そのささやかな休暇が良いものであるように、麻生分隊士は心から祈る。

「あ!やっぱしオトメチャンじゃ、オトメチャ―ン」

船端に立っていた下士官嬢たちが叫んで大きく手を振る。ランチの中の一人が立ってこちらに手を振り返しているその人こそ、桜本兵曹である。

桜本兵曹は軍帽を取ってそれを振っている。皆は口々に

「えかったねえ。オトメチャン無事にご帰館じゃ。ほんまにえかったわあ」

と言って中には涙ぐんでいる下士官嬢もいる。小泉兵曹は海兵団からの友の帰還を心から喜びつつも、しかしつぶやいた。

「あん人はいったいどうしたんじゃろう、なあも連絡を寄越さんが…。オトメチャン帰ってきたんなけえ、早う連絡してこいや。うちじゃてそうそう上陸はできんのじゃけえ」

 

小泉兵曹の心のうちに渦巻いているのは、オトメチャンの<許婚>の紅林次郎への不審である。彼がここトレーラーに来る前と来てすぐは「早く会いたい」と言っていた紅林であったがある時から連絡がふっつり途絶えている。自分の弟で<小泉商店>トレーラー支社長となって居る進次郎に連絡を取ってもいいが、仕事とは関係ないことであまり彼の手を煩わせるのもどうかと、今は控えている。そうでなくとも弟は<南洋新興>との合弁で多忙を極めているのである。

(まあ、紅林さんも忙しいんじゃろうな。オトメチャンから紅林さんに連絡させたらきっとええがいになるじゃろう)

と、小泉兵曹は思い、舷梯を上がってきた桜本兵曹のもとへ走って行った。

 

「桜本兵曹、ごくろうさま。大変な戦闘だったらしいね、無事で何より」

佐奈田航海長は満面の笑みで桜本兵曹の前に立ってそういった。桜本兵曹は航海長に敬礼し

「桜本トメ海軍一等兵曹、任務を終えただいま帰艦いたしました」

と申告した。佐奈田航海長は返礼してから

「よかった…私はあなたが『飛龍』に取られてしまうんじゃないかと気が気ではなかったよ。ほっとしました」

と言って本当にほっとした笑顔を見せた。オトメチャンは嬉しそうにほほ笑み

「ありがとうございます、航海長。うちもこのまま返してもらえんのではないかと思うてハラハラしとってです」

と言ってその場に居合わせた皆は大笑いした。佐奈田航海長は「副長と艦長がお話を聞きたがっているから行こう」と兵曹を艦長室に誘って行った。小泉兵曹が

「お疲れさん。艦長たちとの話が終わったらすぐ居住区にこいや。うちらも話が聞きたいけえの」

とオトメチャンの肩をそっと叩いて走り去った。うん、待っとってなとオトメチャンは言って航海長の後に続く…

 

桜本兵曹は艦長室から退出すると自分の居住区にまっすぐ帰った。

部屋に入ると皆が拍手で迎えてくれた。石川兵曹、亀井上水、酒井水長が「おかえりなさい兵曹」と言ってオトメチャンにしがみついてきた。そして小泉兵曹も

「心配しとったで。えらい戦闘だったらしいね。ほいでも無事でえかったわい」

と言って涙ぐむ。その皆に「ありがとう。留守中は不自由をかけて申し訳なかった」と謝るオトメチャン。そのオトメチャンに

「そんとなこと。うちらはここでぼーっとしとったらえかったけど、寂しかったで」

と麻生分隊士は言って石川兵曹と小泉兵曹はこもごもうなずく。桜本兵曹は仲間のありがたみを痛感してうれし涙にくれる。

 

その晩の巡検後、小泉兵曹は桜本兵曹に

「ちいと上へ行かん?」

と誘われて最上甲板に出た。煙草盆出せ、の後のことでタバコを吸いに出ている将兵嬢たちも見える。その彼女たちを避けるように、桜本兵曹は小泉兵曹を砲塔の陰に引き込むと

「ほんまに留守中はすまんかったねえ。礼を言います」

と言って頭を下げた。小泉兵曹慌てて「そんとなことするな!他人行儀な事しなさんな。うちのアンタの仲じゃないね」と言って辞めさせた。

ほうね、というオトメチャン。オトメチャンは舷側によってハンドレールをつかみ夜空を見上げながら

「やっと帰ってきたわい。ほいでやっと、やっとあん人に逢える。うちはのう、小泉兵曹。うれしいならんのよ」

というとまるで独り言のように話し始めた。

「うちはずっと紅林さんに逢いとうて仕方がなかった。折々であん人を思い出しとってね、いうても配置に居るときは集中せんならんけえ思いは封印しとってよ。じゃが当直の交代や居住区で眠るときは思い出してしもうてなんやこの辺りが切なくてたまらんかった…これが恋いうもんかねえ小泉兵曹?じゃけえうちは一日の始まり、指揮所に上がったら空を見上げて『うちはここにいます。あなたの見上げる空当地の見上げる空はつながっとりますけえ』いうて祈っとってん。きっと、きっとうちのこの思いは紅林さんに届いとろうね…」

夢見るような瞳で空を見上げ、夜空の星を瞳に宿しながら言うオトメチャンに小泉は

「うん。そうなねえ。きっと紅林さんも思うとりんさるよ」

というのが精いっぱいだった。

(まちごうても『紅林さんからなあも連絡がない』とはいえんわい。それにしても紅林のやつ、早いこと連絡してくればええのに)

小泉兵曹は、連絡の絶えた紅林という男に苛立ちを感じ始めている。(オトメチャンこげえに思うとるんじゃ、忙しくても合間を縫うて連絡寄越せ、この野郎)

しかしオトメチャンは友のそんな思いを知る由もなく夜空を見上げている。

 

そんなころ、トレーラー水島の静かな浜辺では紅林次郎と香椎英恵が、オトメチャンの見上げているその同じ夜空を見上げていた。

英恵が

「そういえば紅林さん。聞いた話ですけど作戦行動に出ていた機動部隊が帰ってきたそうですよ。あなたの…許婚のかたもお帰りになったんではないかしら」

というと紅林は英恵を抱きしめ

「どうだっていいそんなもの。私は英恵さんが大事なんだ」

と言ったが英恵はちょっと紅林から体を離すと

「許婚の仲を解消なさるならなさるできちんとお相手に伝えたほうがいいと私は思いますの。…何なら…私ご一緒に参りますけど、いかがでしょう」

と言った。見上げる彼女の瞳が星にきらめき、紅林はたまらなくなった。遮二無二英恵を抱きしめると

「俺はもう、あん人には会いとうない。俺の中には英恵さん、あなたしかおらん。じゃけえ俺とあん人を逢せるようなこと言わんでくれ」

と言い、強引に接吻をした。英恵は彼の背中の両手を回しそれに応えた。やがて彼は英恵をそっと離すと

「宿舎に行こう…今の時間ならもう誰も起きてはおらんけえ、大丈夫じゃ」

と言いーー二人は<小泉商店>の宿舎へと向かって、星空の下を歩き始めたのだった。

 

そんなこととはつゆ知らぬオトメチャンは無心に星に祈っているーー

 

             ・・・・・・・・・・・・・・・・

小泉兵曹、なかなか紅林が連絡を寄越さんことに焦れています。大切なお友達・オトメチャンの幸せを願っての想い、そしてオトメチャン自身の紅林への熱い思いを、肝心の彼は踏みにじろうとしています。緊迫の次回をお楽しみに。

 

大貫妙子 la mer. le ciel

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ponchさんへ

ponchさんこんばんは
紅林さんの心変わりをいつか知ることになりオトメチャン…(泣)。もうかつても二人には戻れないような気がしてきます。そして英恵さん、悪い人ではないのでしょうがこの恋は絶対譲ってはくれないでしょう。体の関係もできてしまったし(-_-;)。
小泉兵曹、本当は友達思いなんです。そしてこの後どうなりますか、はらはらしつつお待ちを願います^^。

No title

オトメチャン、無事に帰還できたと思ったら、紅林の心変わりですか。一難去ってまた一難ですね。
英恵さん見た目はしおらしい女性ですが、なかなかしたたかな女ですよねー。
男って頑張り者の女より見た目がしおらしい女に惹かれるものなんですかねー。オトメチャン・・・(;つД`)
いつもはトラブルメーカーの小泉さんが思いの外友達思いなのには感心しましたが、恋の行方はどうなるんでしょう。

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは
昨日の寒さときたらまさに格別、もう寒さを堪能いたしました(-_-;)…今日も昼前くらいまでは晴れていてよかったのに急速に曇り、夕方にはまた雪が舞いました。参ったなあ…(;´Д`)。

紅林、しょうもない男全開です。天罰くらえよ!と思いますね。オトメチャンがかわいそう。一途な彼女これを知ったら!!

「幼女戦記」知りませんでした!!
これはちょっと明日は書店へGOですね^^、情報ありがとうございます!!

明日も寒そうですね、オスカーさんも御身大切になさってくださいませね♡

おはようございます。
昨日は寒かったですね。立春過ぎてからが一番寒くなる気がします。
紅林、簀巻きにして海に投げ込みたいです。大人ちゃんの純粋さがせつなく悲しい(´;ω;`) 何事も経験ではありますが・・・。
話は変わりますが、身体は幼女、中身はエリートサラリーマンの『幼女戦記』をご存知ですか? ワタクシ、アニメ一話を見て漫画を買ってしまいました・・・原作はラノベなのですが、かなり読みごたえがあるというので購入を考えています。漫画のコラムで「メーデーメーデー」のもとがフランス語だと知り、ほー!となった私です。
あたたかくしてよい週末をお過ごし下さいませ。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは
紅林次郎さん、みんなのアイドルを傷つけてしまって…どうなるのでしょうか。あまりにひどい話ですよね。気が変わったにしてもひどい。あれほどオトメチャンを気に入っていたというのに。人の心ってそんなもんなのでしょうか、だとしたらあまりに悲しい。

大貫妙子さんのこの歌、もう30年近く前友人にもらったカセットの中に入っていた歌で以来大好きです。風景が目の前に広がりますよね^^。

今日は昼あたりから雪になりました。とても寒くてもう閉口です(-_-;)…そちらはいかがですか?御身大切になさってくださいませね。

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは
紅林さん…彼もなかなかやってくれるじゃん。
英恵さん…しおらしいようで実はそうでもないんでしょ?

と言いたくもなる展開ですね。
オトメチャン幸せになれると思ったのに…幸せに離れないのでしょうか。そして英恵と彼は…関係を持ってしまうのでしょうか?
次回をご期待ください。

No title

みんなにとって天女のようなオトメチャンの乙女心を傷つけるのでしょうか。大和の人たちがただでは済まさないにしても酷な話です。
穏便な展開をと願いながらもこんな男には相応の天罰を頼みます。

せっかく大貫妙子の素敵な音楽をセッティングしたのに。青々とした海が目の前に広がるような思いがしています。

寒くなりそうとか。春はもう少し先のようですね。お身体を大切に。

うーん、紅林さんどうやら君は、名張毒ぶどう酒事件などで名をはせた紅林警部と同類のようだね。一時は有名な刑事だったが冤罪を量産したと疑われる方に重なるね。

むしろ英恵さんの方が筋を通そうとしているし、まあそれはそれで嫌な女だけどさ。お嬢さん育ち特有の自信からの発言に見えるし。

誰もいないはずの宿舎で、一波乱ありそうだけど、こういう男と付き合うとそれこそ家名を汚すと言えるが?どうだろうね?
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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