緊急入院 1

山中次子は小さく声を上げると大きなおなかに手を当て、新矢の胸に体を預けるようにしたーー

 

「次ちゃん、どうした!」

新矢は叫ぶように言って彼女の肩をつかんだ。次ちゃんは眉間にしわを寄せて何かに耐える表情である。新矢は「どうした…もしかして生まれそうなのか!」と叫んで「益川に頼んで病院まで送ろう」と言って寝台から降りようとした、その腕を次ちゃんはつかんだ。そして

「私は平気です。どうか、益川さんを起こさないで上げてください、お疲れでしょうから。本当に大丈夫、ちょっとお腹が張っただけだから」

と必死な表情で言った。しかし新矢は次ちゃんの肩をしっかりつかむと

「次ちゃん、あなたのお腹には二人子供がいるんですよ?そして海軍病院の医師(せんせい)から言われていますよね、早産の危険があると。下手をしたら子供に危険が及ぶかもしれないんですよ、もちろん次ちゃんあなたにも。あなた一人の体ではないんです。だから今すぐ病院に連絡を取るから行きましょう。いいね?」

とやや強い語調で言った。次ちゃんはさすがに「…はい、すみません」と小さく答え新矢は「病院に電話をかけてきますからね、そのままで」と言いおくと階下へ走って行った。

 

その騒ぎに、まだ寝付いていなかった益川中佐は布団から体を起こした。階段を駆け下りてくる足音に、襖を開けると山中大佐が血相変えて降りてきたところで

「大佐、どうなさいました!」

と声をかけた。すると大佐は

「益川君、次子の具合がおかしい…海軍病院に電話をする!」

というと電話室に走る。益川中佐は「これはいかんぞ」というと着替えをはじめ、軍装を身に着けた。そして

(もしかして私があんな相談をしたから奥様は具合が悪くおなりになったのではないだろうか)

とわが身を責めた。そのうち新矢が戻ってくると

「病院が自動車を寄越してくれるらしい、申し訳ないが益川君、次子を上からおろすのを手伝ってはくれまいか」

と早口で言い、益川中佐は「わかりました、では早速」というと二人二階へ上がった。二階の寝室へ入ると次子はすでに妊婦用軍装の袴を身に着け寝台の上に座っていた。新矢は次子のそばによると

「海軍病院の自動車がまもなく来るから、さ、降りよう」

と言ってそっとその体を支え寝台から降りさせた。益川もそれを手伝う、その益川に次子は「すみません、せっかくお休みになってらしたのに」と弱弱しい声で言った。益川中佐は首を振って

「とんでもないです、私のせいです。奥様がこんなになってしまったのは」

と言ったのへ次子は

「益川中佐のせいではありませんよ…これは、どうしようもないことです」

と言ってほほ笑んだ。男二人は両側から次子を支えて階段をゆっくりと降りた。益川中佐は憧れの天女の体を支えてうれしかったが(いや今はうれしがってる場合でないぞ)と気を引き締めた。

玄関に付くと、新矢は次ちゃんをその場に座らせると

「自動車が来るか見てきますからね、益川君とここにいて」

というと外へ出て行った。はい、と返事をしてお腹に手を当てる次ちゃんを益川中佐は心配げに見つめそのそばに座ると

「痛いですか?」

と尋ねた。次ちゃんは益川中佐を見てほほ笑むと「いいえ。痛くはないんです、ごめんなさいねお騒がせしてしまって」ともう一度謝った。益川中佐は

「そんな…」

というと下を向いてしまった。そこに新矢が駆け込んできて「自動車が来た、さあ、行こう」と言って次子を抱き起した。益川中佐も立ち上がって次子を支える。

 

海軍病院から差回された自動車に三人は乗って、自動車はひと気のない夜の道を走った。もう冬の空気が自動車のガラス窓を凍らせんばかりの冷たさである。

「大丈夫?次ちゃん」

と新矢はそっと言い、次ちゃんは微笑んでうなずく。助手席で益川中佐は(早く着け、早く着け…。奥様と奥様のお腹の子に何事もないように)と祈り続ける。

 

やがて自動車は海軍病院の車寄せに入る、すると待ち構えていた産科の軍医嬢たちと看護兵曹嬢が寝台とともに走り寄ってくるのが見え自動車は止まり、運転の兵曹嬢が素早く降りてドアを開ける。

助手席から益川がおり、そして新矢が後部座席から降りた。そして次子を下ろした。産科の軍医嬢たちが素早く駆け寄り次子を寝台に寝かせると院内へと入って行った。そのあとを新矢と益川が追う。

 

次子が診察を受けた後、新矢は診察室に呼ばれた。

担当の産科軍医・官川大佐は温厚な女性医師であったがやや表情を硬くして

「山中大佐。奥様の山中中佐はこのまま入院していただきます。このままですと早産してもおかしくない状態ですからね。双子さんですから母体へのご負担も大きいですから、ご自宅にいらっしゃるより病院にいたほうが良いと思いますのでね。…ではご入院の手続きを」

と言って書類を新矢に差し出した。新矢はそれを受けとりながら

「どうかよろしくお願いいたします」

と言って立ち上がると頭を深く下げた。

 

診察室の外に待っていた益川中佐は話を聞いた後

「くれぐれもお大事に。―それでは私は自宅に帰ります。何かありましたら私がお手伝いいたしますから。明日私出勤しましたら江崎少将にお話しておきますから、ご心配なく」

と言って帰って行った。新矢大佐は「すまなかったねごたごたしてしまって。よろしく願います、落ち着いたら出勤します」と言ったが中佐は微笑んで「どうか奥様のそばにいてあげてください、では」と言って病院を後にした。

 

病室に次ちゃんは落ち着いたが

「新矢さん。わたし家に帰りたい」

と言って新矢を困らせる。新矢は「今晩私はここにいるから安心して眠りなさい。さっきも言ったが次ちゃんと赤ん坊のためなんだからね」と言い含めた。さすがに次ちゃんは観念したのか

「わかりました…でもごめんなさい。お疲れなのに」

と言って新矢の差し出した両手を握って涙ぐんだ。その彼女をやさしい目で見つめ、新矢は付き添い用のベッドを次ちゃんのベッドの横にくっつけるとそこに身を横たえ「さ、眠ろう。そしたら落ち着くからね」と言い、次ちゃんは安心して眠りにつくことができた。新矢も(病院なら安心だ)と思いほっとして眠りにつくことができた。

 

そのちょっとした騒ぎを

(なんだろう、誰だろう?一体何があったのだろう)

と耳を澄ませている人物がいることに次ちゃんは気が付く由もないーー

  (次回に続きます)

 

            ・・・・・・・・・・・・・・

なんと、次ちゃん入院!早産にならなきゃいいのですが。そして次ちゃんの几帳面な性格がどうも…。

そしてこの入院騒ぎに耳を澄ます人物とはいったい??

緊迫の次回をお楽しみに。

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オスカーさんへ

オスカーさんおはようございます
まだまだ出産には早すぎる次ちゃんです、安静第一なんですが(;'∀')…。男性二人の髪の毛が、はらはら舞ってしまっては大ごと!心労は髪の毛の健康に良くないと言いますからこちらも安静に。

芥川氏のエッセイ、まだ読んでいませんのでさっそく読もうと思います!「最後の文章」が気になりますね~。ご教示ありがとうございます。
今日も寒そうな一日、どうぞ御身大切にお過ごしくださいませね^^。

こんばんは。おお、いよいよ!?問いかけるにはまだ早いので、安静にして欲しいです。男性ふたりの髪の毛がハラハラ舞ってしまわないか、ちょっと心配(笑)
青空文庫で芥川竜之介が海軍機関学校(?)で教鞭をとっていた時のエッセイ(?)『軍艦金剛航海記』を読みました。短いのですが、見張り員さまの書かれていた海軍さんたちの話などを思い出して楽しく読めました。最後の文章がとても綺麗でした! 見張り員さまも未読でしたら、検索して読んで見て下さいませ!
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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