2017-10

逢いたいあなた 6 - 2017.01.22 Sun

「小泉商店」の船の後ろに停泊したのは「南洋新興」の船であったーー

その船が停泊して一時間半ほどののち、紅林次郎は悄然とした姿で船着き場に戻ってきた。が、彼は船の周りにいる社員の姿を遠望した瞬間、シャンと背を伸ばし、何もなかった風を装った。これは小泉純子兵曹から言われていたことで
「どうか紅林さんには〈なあも聴かんかった〉という風にしておいてつかあさい。この件はまだだれにも言うちゃいけんことでこれがもしも、ほかの人から内地に伝わるようなことになったらえらいことになります。どうかご自身の胸に仕舞うておいてつかあさい」
と小泉兵曹は何度も頭を下げて紅林に頼んだのだった。(お嬢様との約束だ…絶対に誰にも言わんし、言えたことではない。それに気取られてもいけん)と紅林は肝に銘じた。
それにしても、と紅林は思った(そんとに苦戦を強いられておるんじゃろうか、帝国海軍は)。今まで内地の報道では連戦連勝だと聞いていたがあれは嘘だったのか。
「いやそんなことがあるはずなかろう?たまたま今回は苦戦をしているいうだけじゃろう。ほいですぐみんな戻って来んさるじゃろう」
紅林はそれだけを小さく声に出して言った。そして船のほうへと歩いてゆく。まだ船内に荷物をいくつか残している、それを取りに行こうと思った。
(なんだどこのフネじゃ)
紅林次郎が見上げた船は『南洋新興』の船で、(ああ、あちらさんもついにやって来んさったか。合弁の事業も本格化じゃな)と紅林は改めて感じた。どうしてもこの事業は成功させ、「小泉商店」のみではむつかしい南方での対海軍事業を盛り上げてゆかねばならない。
そのための、私は先鋒だ。
紅林次郎は、本当は泣きたい心を必死に隠してそう決意した。
『南洋新興』の船の前を通って、紅林が自分の会社の船の舷梯を上がってその姿が船内に消えたとき、『南洋新興』の船から数名の社員が下りてきた。その中の一人は、船の舷梯から降りトレーラーの土に足をつけるとほうっと息をついて
「やっときましたわね。ここがトレーラー諸島、水島ですか。暑いところだこと。でもご覧になって、あの海と空の色!なんて美しいんでしょう」
と言ってから「小泉商店」の船を見やって微笑みを浮かべた。一緒に降りてきた社員たちはその妖艶ささえ感じる微笑みに見入ってしまう。
その社員こそ…紅林次郎の伯父が彼の嫁にと勧める香椎英恵である――


「敵機直上、急降下あ!!」
オトメチャンが叫んだあと、敵機四機は逆落としに『飛龍』に突っ込んできた。そして爆弾を投下した。『飛龍』はもちろん他の空母も回避行動をとったが
「避けきれない!!」
オトメチャンは双眼鏡を握ったまま〈それ〉を見上げて声にならない悲鳴を上げた。爆弾はやけにゆっくり落ちてくる、それをオトメチャンはまるで夢を見ているような気分で見つめていた。今まで…こんな気持ちで爆弾が投下されるのを見ていたことがあっただろうか。しかし彼女はその時そんな心持で上空を見上げていた。そのままの気持ちで彼女は思った、
(ああ、遂にうちの運もここで尽きるんか、絶対戦死者のおらん帝国海軍の、うちらは初めての戦死者、英霊になるんか。それは名誉なことに決まっとる、護国の英霊になるんじゃけえ大変な名誉じゃ。ほいでも、ほいでもうちは…)
そこでオトメチャンの夢を見ているような気分がぱっと晴れオトメチャンはがっと双眼鏡を握った。
紅林さんに、一目でいい。死ぬんなら、逢ってから死にたい。
――「あなたに、あなたに逢いたい!!」
オトメチャンの心が絶叫したその時。
ブザーが鳴り響き、見張長他の指揮官たちが「皆、伏せー!!」と大声でどなった。何事かわからず突っ立ったままのオトメチャンの戦闘服の胸元を引っ張って安田兵曹が「伏せろ、頭抱えて伏せ」と鋭く叫んだ。言われるままにその場に頭を抱えて伏せるオトメチャン、すると間髪を入れず飛行甲板の真ん中が開き、そこから何かが上空めがけて飛び出していった。オトメチャンが首をねじって見上げるとそれは飛龍の上空でぱっと開いた。大きな、それは大きなまるで布のようなものが広がった。
その開いた何かの上に、敵機の放った爆弾が落ちるとその爆弾は勢いよく〈敵機のほうへと〉飛び上がっていきそこでさく裂した。敵機は自分の爆弾を受けて落ちてゆく…
そして、それから数分ほどして先ほど『飛龍』から放たれたものが静かに『飛龍』の上に降りてきた。
「あれは一体…」
顔を上げて言いかけたオトメチャンの頭をしっかり押さえて安田兵曹は
「もうちょっと待ってな。あれが完全に落ちるまでな」
と言い、それが完全に甲板上に降りてきたのを見計らって皆は立ち上がった。見張長の河原田少尉は
「桜本兵曹、これを見るのは初めてじゃないかな?みてごらん」
と言って艦橋の一部にかかったそれを手に取って少し引っ張って見せてくれた。それを手に取って見つめた桜本兵曹は
「これ…、松岡中尉の」
と言って見張長の顔を見た。河原田見張長はうふっと笑うと
「そう、あなたの艦『大和』の松岡中尉のラケットからヒントを得た例の防御装置だよ。呉の海軍工廠がこれを開発してくれたおかげで助かったよ。いや実戦に使うのは実は初めてなんだけど、大したもんだね!これがすべての艦艇に付けばもう怖いものなしだよ」
と言ってなんだか得意げな表情になった。オトメチャンは
(山中副長のご主人の研究の賜物じゃわ…それにうちらの分隊長のラケット。飛龍が先に、なんてちいとずるいわい)
とちょっとすねたような顔になったが
「ほいでもおかげで助かりました。…この装置はほかの空母にも?」
と尋ねた。河原田見張長はうんとうなずいて「そう、わが『飛龍』に『蒼龍』、『瑞鶴』『翔鶴』。それに今回は参加していないが『加賀』『赤城』。ほかの空母にも順次装着らしいよ」と教えてくれた。
さて先ほどの敵機は、イギリス軍が残留していた島の北端に掩体壕を掘って隠していたものであると偵察機からの報告があり、『金剛』『榛名』により二日間夜間砲撃され、島は壊滅。イギリス海軍嬢たちは日本海軍の前にはもはや敵ではなく、捕虜となってトレーラー諸島の中のとある島にまとめて移送されることになる。

戦いは『女だらけの帝国海軍』の勝利で終わった。
トレーラーに帰る機動部隊、途中参加の艦艇たちも艦体の修理などのためにトレーラー水島を目指す。尤もそれらの艦艇の艦長たちは司令部に戦況報告をせねばならないという仕事がある。
意気揚々と帰路に就く『飛龍』たち機動部隊は暗夜を発光信号を放ちながら航海する。そんな中で、ささやかな戦勝祝いが開かれている。
航海科では「御手伝い」に来た桜本兵曹がまるで主役のようになり、車座の中心に据えられ皆から酒を注がれたり菓子を手渡されたり。
安田兵曹が
「『大和』からの桜本兵曹のおかげで我々は助かりました。ありがとう。で、あなたは『気配がする』と言われましたがどんな気配を感じたんで?」
と尋ねるとその場の皆は膝を乗り出して「どんな?ねえどんな?」とせっつく。桜本兵曹は酒の継がれたコップを両手にくるむように持つと
「なんていうたらええのか…なんかこの辺にもやもやした気持ちのようないものを感じます。うちは『大和』でも敵が近くに来よるようなときはこの辺がもやもやします。そして、頭の上に押されるような感じを受けます」
と言ってそっと片手で胸の真ん中あたりを叩いた後、頭を叩いた。
「ほう!すごいもんだ。私たちの中にそんな気配を感じるものはいるかね?」
安田兵曹はそういって皆を見回したが、皆首を横に振った。桜本兵曹は、コップを見つめながらかみしめるように
「ほいでもうちもまさか、敵機が四機も逆落としに突っ込んでくるなん、予想もせんかったですけえもう最期かと覚悟しました」
と言った。皆桜本兵曹を見つめうなずく。河原田見張長が
「桜本兵曹はあの防御装置があるのを知らなかったのですね。あれは最高の兵器です。『大和』にはまだ?」
というと桜本兵曹ははいと笑って、
「『大和』にはあの装置の元祖の松岡中尉がいますけえね。あん人は敵の機銃弾をラケットで跳ね返します。ひょっとしたら爆弾でも跳ね返すかもしらんですよ」
と言って皆は「まさかー!」と言って笑った。
そこに主計長が数名の主計科嬢を伴って「戦勝祝いの汁粉です!皆さんさあどうぞ」とやってきて甘いもの好きのオトメチャンは大感激。おいしい汁粉に舌鼓を打ったのだった。その時、ふっと思い出したように河原田見張長が
「そ言えば、桜本兵曹。あなた確か装置が作動する直前『あなたに逢いたい』って叫んでいたよね?あなた、ってだーれ?よかったら教えてくれない?」
といい桜本兵曹は驚いた。口に出して言わなかったはずなのに、と思ったが彼女はウフフとほほ笑むと〈あなた〉について語りはじめ周囲の将兵嬢はさらに膝を進め、夜は更けてゆくのであった。


「オトメチャンどうしたんじゃろうか。あれから機動部隊がどうなったかなあも言うてこん。どうなっとるんじゃ。うちは心配でたまらんわい」
小泉兵曹はある晩、当直の艦橋で亀井上水相手に心配事の渦巻く心中を吐露した。亀井上水が
「もう一週間以上たってるじゃないですかねえ…。もしかしてあの作戦失敗して」
とそこまで言った時小泉兵曹は慌てて亀井の口をふさいで
「あほ!妙なこと言うたらいけんで!帝国海軍に失敗なしじゃ、それは貴様もわかっとろう?変なこと言うたらいけんぞ」
と戒めた。ふさがれた口で亀井上水はフガア、と言ってからそっと小泉兵曹の手をどかすと
「わかりました、申し訳ありません。きっと通信に障害が出るような激しい戦いだったのかもしれませんね」
と言って二人は黙った。二人は機動部隊が無線封鎖をして、戦闘があったことやその戦闘に日本側が勝利したことを知られないようにしていたことを、まだ知らない。
そしてオトメチャンを伴った機動部隊がトレーラー目指して帰ってきていることも。

「小泉商店」の船〈泉新丸〉の甲板に立っていた紅林次郎は、舷梯から誰かが上がってきたのを見た。(こんな時間に誰だろう、私ももう宿舎に戻ろうと思っているのに)
するとその人影はこちらに走ってきた。紅林の前にたつとその人は頭を下げてから
「お久しぶりです、紅林さん。わたしを覚えてらっしゃる?香椎英恵です」
と言った。月明かりを受けてほほ笑むその人の顔を見た紅林は「ああ!」というと笑みを浮かべて香椎英恵に向き直ったーー
 (次回に続きます)
 
            ・・・・・・・・・・・・・・・・
大変危険なところでしたがオトメチャンも機動部隊も助かりました。オトメチャンの心の叫びは愛する人に届いたのでしょうか。香椎英恵はついに紅林に会ってしまいました。波乱が起きなきゃいいのですが。
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● COMMENT ●

ponch さんへ

ponchさんおはようございます!
今朝はうれしいイラストを拝見し心うきうきしております、ありがとうございます!!!!!
とってもきれいで凛々しくって…最高です!

機動部隊の戦い勝利でほっとしましたね、そうですテニスラケットの兵器を持つ松岡中尉はあのテニスプレーヤーがモデルですw。熱くなる人です。
そうだ、松岡という外相がいらっしゃいましたよね。松岡さんという方は熱い方が多いんでしょうか、あの松岡大臣も結構熱くなってた気がしますw。

ともあれ今日はうれしいです、本当にありがとう!!

No title

一時はどうなるかと思いましたが、思わぬ秘密兵器で救われましたねー。
今回も女だらけの帝国海軍の勝利に終わってめでたいですヽ(´▽`)/
それにしてもラケット型の秘密兵器とはやはり某テニスプレーヤーでしょうか。
史実では当時松岡という大臣がいたと思うのですが。

先日はいろいろ大変でしたね。今回晴れ着姿のオトメチャン描かせて
もらいましたので、それ見て元気出してつかぁさい。

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんおはようございます
ご心配をおかけしております。昨日GOOブログに投降した記事の中にちょっとした商品の紹介をしたんですがそれがどうも規約に触れたらしい…のです。その部分を削除し、今承認待ちです(泣)。こっちを残しておいてよかった、今度からこういうときのため両輪体勢でいこうかなと思いました。

さて。
そうなんです、山中大佐たちの努力と涙と汗の結晶が装備されていたのです^^。さすがに松岡さんのラケットで爆弾や戦闘機の撃墜は無理そうですから、早いとこ装備が待たれるところですね。
さらにオトメチャンのライバルとなるか、香椎英恵嬢の登場…どろどろの予感(;´Д`)。

河内山さんの周りのどろどろが解消されますように!

No title

何かトラブルがあったご様子でしたので心配しておりました。とりあえず一安心なのでしょうか?

そうでしたね、山中大佐達渾身のの秘密兵器が空母艦隊には装備されていましたね。確かに大和には松岡修子本人が座乗中ですが、いかに人間離れした彼女といえども戦闘機を跳ね返すなどは無理なはずです、たぶんw

人知れず帰投した飛龍、さらに妖艶な社長令嬢の登場となると、オトメちゃんにさらなる試練が降りかかる?紅林さんの態度いかんではドロドロの愛憎劇も?

まあドロドロなのは、おいらの周りだけでよろしいがなw


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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