2017-10

横須賀の花嫁・仮谷航海長 2<よろこび> - 2016.08.09 Tue

その日、朝早く起床した仮谷航海長は身を清め、いよいよ花嫁御寮となったーー

 

昨晩は緊張からなかなか寝付かれなかった航海長であったが、浅い眠りから目覚めたときは頭はしかし、すっきりとしていた。軽い朝食を済ませた後身を清めた航海長は(いよいよ今日だ。私はあの方の妻になるんだ)とうれしい反面、両親・きょうだいと離れる寂しさをもひしひしと感じていた。そして

(こういう思いをお母さんも、そして嫁いだ多くの海軍のみんなも感じたのでしょうね)

と少しばかり切ない思いに胸をかき乱された。

 

――「御支度ができました」と、着付けの係の女性が仮谷航海長の二親の待つ部屋に声をかけるとすぐに襖が開き、父の太右衛門と母のマサが続いて出てきた。そして娘の居る部屋をそっと覗いて

「おお!」「まあ…」

と同時に声を上げていた。二人の視線の先には白無垢に身を包んだ仮谷実子航海長がまるで花のつぼみのようなすがしさで椅子に腰かけていた。

太右衛門とマサが部屋に入ると、着付けの女性は一礼した後部屋をそっと出た。その女性に会釈した後航海長は椅子からそっと降りて両親の前に正座し両手をついた。

両親がその場に座ると航海長はまっすぐに両親を見つめた。角隠しの下の瞳がキラキラとして、嫁ぎゆく者の覚悟をみなぎらせているようだ。

航海長は

「お父さんお母さん。今まで、長い間ありがとうございました。実子はいよいよ仮谷の家を離れて鍛冶屋家に嫁ぎます。本当に今までありがとうございました、ご恩は一生忘れません…」

というと深く頭を下げた。父の太右衛門は

「幸せになりなさい。軍務との両立は大変なこともあろうが多くの海軍軍人がやっていることだ。実子にできないわけがなか。家の切り盛りのことは母さんがしていたようにしたらいい。そのうえで鍛冶屋家のやり方も覚えてゆきなさい」

といいしばらくの間瞑目した。母のマサは

「綺麗な花嫁さんになりましたね。鍛冶屋さんのご両親を私たちと思ってしっかりお仕えしなさいね」

と言ってもう涙をこらえている。

航海長は頭を上げ二人を見て

「わかりました。実子はしっかり嫁として、妻として勤めますので安心してください」

と言ってもう一度頭を深く下げた。

 

そんなころ。

横須賀港沖合に停泊中の『武蔵』では猪田艦長、加東副長が二種軍装に身を包んで甲板にいた。見送りの各科長たちに

「では行ってきます。留守中はよろしく願います」

とあいさつし皆は「わかりましたご心配なく。航海長にくれぐれもよろしくお伝えください」と言った。そのうち内火艇が接舷し、艦長と副長は舷梯を降りて内火艇に乗り込んだ。横須賀の初夏の、さわやかな海風に吹かれて猪田艦長は

「仮谷さんの花嫁姿、早く見たいねえ。そしてあなたの花嫁姿も」

と言って加東副長を見てほほ笑んだ。加東副長は

「きっと仮谷航海長はきれいなことでしょう。今からドキドキしますね…。でも艦長、私の時は期待しないでください。私は…」

というとうつむいて言葉を切った。猪田艦長は静かに副長を見つめその視線を感じた副長は顔を上げると

「だって私はきれいではないですもの」

と言って悲しげな表情になった。以前、給糧艦「多羅湖」のいかがわしい〈副長会〉に招かれ、その艦長に「あなたのメークはおてもやん」と言われて以来どうも自分の容姿に自信がない。しかもその時一緒にいた『大和』の野村(当時)副長を多羅湖の艦長は「綺麗」だとほめたのが尚更、加東副長の心に傷をつけたのだ。

猪田艦長はいきなり副長の一方の肩をつかんだ。びっくりしたような顔で副長は猪田艦長を見た、すると艦長は

「加東さん。あなたはきれいです。これは世辞でも何でもない。あなたはきれいだ。ただ、あなたの『自分はきれいではない』という思い込みがあなたを綺麗でなくしてるんではないかな?もっと自信を持ちなさい副長。瀬戸口大佐は、仮谷さんの見合いの席での自信にあふれたあなたに惚れたのだろう?そんな風に思っていたら瀬戸口大佐にも失礼ですよ。さあ、笑いなさい。あなたの笑顔はとても美しい、そして周りを幸せにする笑顔ですよ」

と言って最後はにっこり笑った。

「艦長…ありがとうございます…」

加東副長は自分の方に置かれた猪田艦長の手に自分の手を重ねると、素晴らしい笑みを浮かべたのだった。

 

祝言は正午からになる。

その二時間前には鍛冶屋健吾とその両親も到着し、仮谷航海長の両親に挨拶をした。そうしているうちに招待客たちが集まりだし、女将と仲居たちが皆を控室に案内した。

やがて時間となり、客たちと両家の親たちは式場となる大広間に着席した。そこには両家が招待した客人たちがずらりと座って新郎新婦のあらわれるのを今や遅しと待ち構えている。私語を交わすものもなく、しわぶき一つない静寂を破ったのは女将の

「それではお時間となりました」

の言葉で、一同は背を正した。

この結婚では媒酌人を特に立てなかったので、式のあいだは旅館の女将と旦那がその役を引き受けて、新郎新婦の先導役としてまず旦那が入りそのあとを二種軍装に身を包んだ新郎の鍛冶屋健吾、そして女将に手を取られて仮谷航海長が入場。

と。

参列の皆の間からため息が漏れた。

(美しい…)

仮谷航海長は、桜と錨を金糸銀糸で縫い取った豪華な白無垢の打掛を着て、角隠しをつけた髪には鼈甲のかんざし。紅い唇が緊張でかすかにふるえているのも好ましい。

鍛冶屋健吾中佐は、妻となる航海長の花嫁姿を目にしてこれも(なんて美しい、そして清楚な人なんだろう)と感激していた。見合いの時には当然のことながら一種軍装を着ていた、その姿も凛々しさの中に清純さを醸し出していて好感を持った彼だった。

そして今、花嫁となった仮谷実子の姿は(まさに大和乙女の姿だ)。

鍛冶屋健吾中佐は幸せをかみしめたー。

 

杯ごとが無事終わり、今度は記念写真の撮影。まず二人で撮影の後招待客との集合写真。

庭に出た航海長は懐かしいひとに「おめでとう、じっちゃん」と声をかけられてびっくりした。

「紀美野ねえさん…?紀美野ねえさんね!懐かしい…いらしてくださったんですね。ありがとうございます」

航海長が満面の笑みで喜んでその手を握った人こそ幼い日からよく遊んだ航海長の従姉、仮谷紀美野陸軍大佐である。紀美野大佐は、陸軍式の敬礼をしてほほ笑むと

「叔父様と叔母様にご招待いただきましてね。姉たちも来たがったのですが遠方に嫁いでしまって。姉たちから『お幸せに、おめでとう』と言付かってきました」

と言って、「それにしてもじっちゃん、きれいだわ…。海軍の誇りですね」と感涙を指先でそっとぬぐった。航海長も

「紀美野ねえさんもご立派になられて」

と言葉がない。陸軍の制服が板についた紀美野は、それでも昔日の面影の残る眼もとでほほ笑む。

航海長は

「父と母が『珍しい客人が来る』と言いましたが紀美野ねえさんのことだったのですね。ああ、うれしい」

と言ってほほ笑み紀美野もほほ笑む。

猪田艦長が加東副長とそっと近寄り「航海長、」と声をかけた。航海長は思わず敬礼の姿勢をとって猪田艦長に「花嫁さんが敬礼しなくていいんですよ。今日はお招きありがとう」と言ってほほ笑んだ。加東副長が「最高の花嫁さんですよ」と言って嬉しそうにほほ笑む。

そこに写真機を持った男性が来て

「はいではご新郎御新婦様はこちらへ、ご両家のご両親様もどうぞ…」

と皆を椅子に座らせたりひな壇に立たせて、写真撮影が始まった。

 

写真撮影の後、宴席が整うまでの少しの間皆は庭で歓談。互いのお客を紹介しあって和やかな雰囲気である。

鍛冶屋健吾の母親は、航海長の姿を見て感涙を漏らしつつ「仮谷さんのお母さま、実子さんを手放されるのはお辛いことでしょうね」といい「大事にします、大事にさせます」とマサに誓った。マサは深く頭を下げ

「もったいないお言葉をありがとうございます。不出来な娘です、どうぞ叱ってやってください」

と言って二人の母親は手を握り合ってこの縁を喜んだのだった。

 

そして「お支度が整いました、さあどうぞ」と女将の声で一同は中へと入り、いよいよ披露の宴は始まるのであったーー  

 (次回に続きます)

 

             ・・・・・・・・・・・・・

始まりました仮谷航海長の挙式披露宴です。

嫁ぐ日の前は何か、うれしさ半分寂しさ半分で妙な気分になったことを覚えています。そんなころが華だったのだ、と今では思いますが(笑)。

『珍しい客人』とは彼女の従姉で長年逢えなかった人のことでした。陸軍の従姉、これを機にさらに親密になれるといいですね。仲の良い従姉妹同士の付き合いっていいなあと思いますね。

 

はしだのりひことクライマックス「花嫁」


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● COMMENT ●

森須もりんさんへ

森須もりんさんこんばんは
>スローモーションで描かれた映画のようです。
そう読んでくださるとうれしいですね!
むかしの挙式、家で行うにしてもどこか料亭のような場所で行うにしても雰囲気が今とは違って厳かであったのでしょうね。覗いてみたいですよね、当時の結婚式を!
確かに海軍さんのほうが陸軍さんよりかっこよくってスマート、素敵ぃ~~って思っちゃいますよね♡
明治神宮でお嬢様はお式を挙げられたのですか。明治神宮、本当に「神様はいるぞ」と思える素晴らしい神社の一つですね。私は結婚式場で行いましたが神前式。
ああ。。なつかしい~。

スローモーションで描かれた映画のようです。
当時は、今よりも、おごそかな感じだったことでしょう。
それになんとなく海軍さんは、陸軍よりかっこいいスマートなイメージがするし。
娘が明治神宮で結婚式をあげましたが、やはり伝統的な感じが
感激しました。
思い出しました。

ponch さんへ

ponchさんこんにちは
そうなんです、女だらけの海軍は結婚に際し白無垢などの和装で臨みます^^。
一昨日「とと姉ちゃん」で二女の結婚の場面でしたが白無垢のシーンがあり、なんだかジーンときちゃいました…
現在と過去。
うーん、確かにどっちが良いとも悪いとも言えませんが…男女ともに言えることは自分のことしか考えない、自分のほうにしか指先の向かない人間が多くなったということが問題ではないかと。
そして嫁ぐということはとりもなおさずその家の一員となることでそのための努力を惜しまぬことであるかと。努力してもダメな場合もこれまたありますがね…(-_-;)。ご祖母様のような経験、絶対あってほしくないし支度もないですが形を変えて残っている部分もありますね。
はい。私も今どきと古式ゆかしい部分を塩梅よく配分した人間になりたくあります^^。

No title

航海長の白無垢姿が目に浮かぶようですね。
軍人と警官は結婚式のときは制服の礼装と聞きましたが、女だらけの世界では白無垢なんですね。
皆さんは今どきの若いお嫁さんには批判がおありのようですが、明治生まれの祖母の時代は女が自分で結婚相手を選ぶ自由も無ければ、離婚する自由も無かったし、況してや結婚しない自由も無かったわけですから、自分は昔がよかったとはこれっぽちも思えません。
最近の若い女の子がだらしないところがあるのも否めないですが、だからといって明治生まれの祖母の時代みたいな暗黒時代に戻ってほしいとは思いません。
むしろ戦争を体験してない今どきの若いロリコン男の方がよっぽど日本に害悪だと思います。
見張り員さんにはいい意味で今どきのお母さんでいてほしいと思います。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは
航海長の母親の言葉、私も結婚の時母に言われましたね。それをきちんと実行できてるかどうかは…ご想像にお任せしますが(笑)。
どんなに時代が変わろうとつけるべきけじめはつけねばなりません。娘を嫁がすには母親のほうにも覚悟が必要です、最近は「いやなら戻っておいで~」ですからねえ(◎_◎;)。どうしてもだめなら仕方がないですが、ちょっと気に入らないとさよなら、では情けなさすぎますね。
娘を持つ身としては、嫁ぐときの覚悟は植え付けておきたいです。
結婚式のシーンはどうしても力が入ります!
そして懐かしい人との再会。
結婚式ならではの風景、でしょうか^^。

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは
きっともう今の日本では見られない風景なのかもしれないと思うと寂しいですね。でもかつてはこんな風だったんだろうなあ~と思いつつ。
ああ花嫁。見ているだけで幸せになれる存在ですね。
山梨、熱くなってますね!熱くなりすぎですよね~(;´Д`)。今日も変な暑さでしたね、夜になって雨が降って一層蒸し暑くなったし(◎_◎;)。
どうぞお体大事になさってくださいませね^^。

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは
結婚。確かに勢いですね、恋愛であろうが見合いであろうがええいっとやるのが結婚でしょうね。
うちだって、先のことはわかりませんぜw。夫婦を続けるって本当に大変、辛抱の連続ですよ。しかし女だらけの海軍さんは皆さん幸せな人が多いですよ。
あやかりたいですねw。
えっ…バツイチってさんまさんの創作だったのですか!すっかり市民権を得てる言葉ですよね。

No title

「鍛冶屋さんのご両親を私たちと思ってしっかりお仕えしなさいね」、娘を嫁がせる母の言葉。とても厳粛で、そして優しさにあふれていますね。
一昔前までの母親のほとんどがこうやって娘を見送っていたはずです。今では母も娘もなし崩し。そのままダダ結婚。けじめと言うか覚悟をさせることもなく。やってきた嫁にお手上げの家もあると聞きます。
お嬢さんがいらっしゃる見張り員さんは決して今風の母親ではないと信じております!!
ツギちゃんの結婚式を彷彿とさせられるようなきれいなシーンが。見張り員さんの魂の入れようがよく伝わってきます。
こんな席でしか再会できない珍しいお客さん。それもまた素敵なことかもしれませんね。

こんにちは。
古きよき時代の日本の姿ですね。それぞれが相手の立場になり思いやり……ひとつひとつの情景が浮かんでくるようなステキなお話でした~! やはり花嫁さんは最強ですわ(笑)
昨日は身延で最高気温が……もうアツい以外の言葉が出なくなります。アツいと客足も鈍くなりますよね。商売は大変だと思います。どうぞ少しでも涼しく過ごせますように!

No title

あのころは・・・。まあそんなもんですよ、はい。
さすがにいつまでも新婚というわけでもないですし、結婚なんてのは勢いです(しみじみ)
おいらのところはどうにか15年体裁を保ってきましたが、将来的なこと考えるとねぇ(意味深?)
山中さんをはじめとして間違いなく?一生添い遂げそうな新婚さんがたくさんいらっしゃいますし、中にはバツ1で幸せをつかんでらっしゃる方も。
そういえばバツ1って明石家さんまさんが創作したとかしないとかw


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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