参謀長はお見通し 2〈解決編〉

森上参謀長は揺れる気持ちを抱えて自室に入ったものの寝付けなかったーー

 

翌日、午前中の課業をこなした後昼食そして久しぶりの午睡の時間を設けた。この日はことのほか熱く、久々にトレーラーに戻ってきた将兵嬢たちにはつらいものがあろうとの判断からである。

艦内が静かな寝息に包まれたころ、森上参謀長は日野原軍医長とともに山中副長の部屋を訪れた。ドアをそっとノックすると「はい」と返事があって衣擦れの音がし、そのあと彼女はドアを開いた。

「ちょっといいかな、お邪魔しても」

参謀長はそう言って、日野原軍医長も「すみませんね、お忙しいでしょうが少しだけ」というので副長は

「どうぞ。私もちょっと休んでいましたので散らかっていますが」

とほほ笑んで二人を招じ入れた。お茶でも、という副長を抑えて参謀長・軍医長は副長を椅子に座らせた。副長は

「いったい何ですか、そんなに真剣なお顔で」

と笑ったが、参謀長はまっすぐ副長の瞳を見つめると

「率直に聞く。野村、じゃなかった山中。お前――妊娠してるんじゃないか?」

といった。副長はいきなりの言葉にぽかんとして口を半開きにして参謀長を見ている。そして日野原軍医長も

「最近の副長を拝見していますとどうもその兆候が表れています。どうですかご自身でそんな感じはしませんか?」

という。その二人の真剣な表情に副長はちょっと胸に片手を当てた後

「私…これが本当にそうかどうかわからないんです。でもこのところ…休暇の終わりくらいからあまり体調がよくないんです。よくない病気だったらいやだなと思って」

といった、日野原軍医長が膝を乗り出して

「まさか。薬を飲んだりはしなかったでしょうね?

といったので副長はびっくりして「いいえ、薬なんて飲みません。私ちょっとやそっとでは薬は飲みませんから」といったので軍医長はほっとして体を元に戻した。

参謀長は

「お前が最近、吐いているのを俺は知ってたよ。昨日も上甲板に風に吹かれに行ったらお前がうずくまっていた。吐きそうなのを我慢してるって風情だった。ほかの人間は騙せても、俺や軍医長は騙せんぞ?俺はすべてお見通しだからな」

と言って副長は「そんな。だますなんてこと」とうつむいた。日野原軍医長が穏やかに

「初めてのことならなおさら、自分の体でもよくわかりませんよね。副長、本当にご懐妊なのかそうでないのか、確定診断する必要があります。ですからこれから医務室に行って診察させてもらえませんか?そのうえでご懐妊なら艦長にご報告する義務がありますから」

と言って副長をやさしい目で見つめた。

森上参謀長も

「そうしたほうがいいぞ、さあ行こう」

と言う。すると、副長の瞳が見る見るうちに潤んで涙がポロリ、流れ落ちた。そして副長は嗚咽を漏らし始めた。軍医長も参謀長もびっくりして彼女を見つめた。

やがて副長は涙をふくと顔を上げて

「ごめんなさい…私、なんとなくそうではないかなと思ったことがあったんです。でも私、月のものがもともと不順だしそうではないかもしれないって思って…。でも今、本当にそうだったらどうしようて思ったら…」

というとまた泣き出した。

参謀長は

「どうしようって、お前…。めでたいことじゃないか何をそんなに困った風に言うんだよ?」

と首を傾げた。そして

「山中大佐も心待ちになさってるんじゃないのか?おめでたいことだよ、だからなおさらきちんと診ていただこうじゃないか」

と副長の肩をそっとたたいて誘った。が、副長は

「私…これで艦を降りなきゃいけないと思うとなんだか寂しいような悲しいような怖いような…、変な気持ちになってしまって…。私なんかもういらないって思われるんじゃないかって…」

というとさらに泣く。

参謀長は困ってしまって日野原軍医長に助けを求める目をした。軍医長はその参謀長にうなずくと副長の背中にやさしく手を置いた。

「副長、」と呼びかけた。副長は日野原軍医長を見て、軍医長は優しいまなざしで彼女を見つめて

「山中中佐のような大事な人をどうしていらないなんて思いますか、誰がそんなことを思うでしょう?そんな心配はいりませんよ。皆が心配するのはたった一つ、大事なあなたがお子様を身ごもられたら、無事に生んでいただきたいということ。そしてさらに言うならお子様を産み育てるために艦を降りられたとしてもまた戻ってきていただきたい、そういうことだと私は思っております。決して誰もあなたをいらないなんて思いませんよ?そんなご懸念は不要です。――だから、さあ診察をさせてください」

と説いた。

副長は軍医長の両手をつかむと必死な表情で

「私は不要じゃないんですね。本当に、本当ですね?」

と尋ね軍医長がしっかりうなずくとほっとした息を一つついた。そして

「私。もし子供ができたとしても…私のことを〈いらない〉と言われるなら子供は産まない、と思っていました」

と告白し、軍医長も参謀長も衝撃を受けた。参謀長は思わず「この馬鹿野郎!」と怒鳴ると次の瞬間副長を思い切り抱きしめていた。

「…なんで、なんでそんなことを思う?お前は『大和』にとっても帝国海軍にとっても大事な人間だ。いなくていいわけないだろう?だが今度はお前は女として妻としての大事な任務を担ったかもしれないんだ。それを一方的な思い込みから放棄しようとするなんか、軍法会議行きだぞ…。それに俺は、お前にそんなことを思わせてしまったなら山中大佐にどうやっても申し開きできないじゃないか。梨賀だってそうだ、あいつの皺腹一つや二つ切っても責任をとれない…。それだけお前は大事な人間だってことだ」

そう参謀長は言って涙を流した。副長も抱きしめられながら「…森上大佐」と言って泣いた。日野原軍医長はもらい泣きをしていたがやがて顔を上げると

「さあ、診察室へ行きましょう」

と言って、抱き合った二人は腕を解くと軍医長に従って歩き出すー。

 

艦内〈婦人科診察室〉…日野原軍医長による診察が始まった。参謀長が梨賀艦長を呼び、艦長はすぐにやってきて診察室の前で待った。

梨賀艦長は

「森上さん、あんた彼女の様子がおかしいってわかっていたか?」

と海兵同期の友に話しかけた。参謀長は「ああ、ちょっとね」と言い、

「決定的だったのはいつだったかお前の部屋で酒盛りをしたとき、あいつが俺の持ってきた芋焼酎に〈くさいですねえ〉と言ったことがあったろう?あの時にあっと思ったよ、今まであいつ芋焼酎にくさいだなんて言ったことがなかったからね…それにその前にも時々あいつが厠や上甲板で戻してるのを見ていたから。最初は単なる体調不良かと思っていたが、徐々にそうじゃないと確信してきたよ」

そう森上参謀長は言って、

「出来てると…いいな」

と梨賀艦長を見た。艦長も「ああ、そうだね。なんだか孫でもできるような気分だよ」と言って参謀長は

「私はまだ自分の子供もいないんだけどなあ」

と笑った。

艦長も思わず笑った時、診察室のドアが開いて日野原軍医長が「どうぞ。お待たせしました」と二人を招じ入れた。

診察台横のデスクの前の椅子に、副長は腰かけていた。その副長を見て軍医長は微笑みながら

「おめでたです。三月(みつき)目に入っています。ご出産はそうですね、来年の二月になるでしょう」

と言った。副長が椅子から立ち上がり恥ずかし気に艦長たちに頭を下げた。艦長は彼女のそばによるとそっと「座って」と椅子に座らせて

「おめでとう山中中佐。よかったね、きっと大佐もお喜びになります。この上は体を大事にしてください、無理のないように」

と祝った。参謀長も「よかったな。おめでとう」と言ったがその表情は何か、どこか悲しげでさえあるのをその場の皆は気が付かない。

副長は、艦長と軍医長に伴われて自室に帰った。そこで艦長は

「軍医長、私は副長に休業させたいと思います。つわりの症状が顕著ですし妊娠初期の体に軍務はきついですから」

と提案し、軍医長もうなずいて

「中佐はつわりのきついたちとお見受けしました。脅かすようですがこれからしばらくはもっとつらくなります。ですから中佐、ある程度収まるまで〈入室〉していただきます。明日からです、よろしいですね?

と言って副長は「わかりました、どうぞよろしくお願いいたします」とあいさつした。軍医長は満足そうにうなずいて、副長をベッドにいざなうと

「さあ大事なおからだです、ゆっくり休めてください」

と彼女の寝間着を取り防暑服を脱がせて着かえさせた。艦長が

「副長、明日からのことは何も心配いらない。つわりは朝が特につらい、ゆっくり眠っていなさい」

と命じた。副長は

「でもそれでは…」

と言いかけたが艦長は「平気だから。もしものことがあってはいけない。これは艦長命令だ、いいね」と言って副長もほほ笑んで

「わかりました。では心苦しゅうございますがよろしくお願いいたします」

といい、艦長と軍医長は部屋を出た。

自室に戻る道々、艦長はそっと軍医長に「副長の部屋の前に誰か衛生兵を見張に立たせてもらえませんか。副長口ではああいいますがきっと動き出すでしょうから」と頼み、日野原軍医長もうなずいて「そうします。明日昼までに病室を整えておきますので」といい二人は別れた。

 

そんなころ森上大佐は苦しい胸の内をどうやって納めたらいいのか呻吟していた。

森上大佐にとって山中次子は単なる艦の仲間とか、海兵の後輩といった感情ではない。恋に似た感情を、森上は山中中佐に持っている。

だから、

(あいつが山中大佐と結婚するとき、どれほど悔しかったか。あの花嫁姿を見たとき大佐に嫉妬した。あの男がどんなふうにして次子を抱くのか、それを思うとどうにもいてもたってもいられなかった。そして結婚した以上はいつかは、と思っていたが子供ができたのではないかと悟ったときは変な話だが悲しかったし寂しかった…あいつのほうが俺から去って行ってしまうような気がして。でももう、いつかみたいにあいつをめちゃくちゃにするわけにもいかない。こんな思いをどうしたらいいんだろう)

と苦しんでいるのである。

森上大佐の思いはあまり報われていなかったようで、以前の次子中佐は森上大佐より〈オトメチャン〉に興味があったようだ。オトメチャンにちょっかいを出したこともあったがそれもいつしか収まってしまった。

ならば私を見てほしい、と思った森上の思いは受け入れられることがなかったのが彼女には本当につらかった。

長い時間森上大佐は寝台の上で苦しんだがやがて決然顔を上げると

「忘れよう、これからはあいつの新しい人生を祝ってやるんだ。で、私は私の道を歩けばいい。私も野村に負けない相手を探そう、遅くはない、がんばろう」

と独り言ちて毛布にくるまると眠りに入ろうとした。が、ふっと頭にひらめいたことがあり目を開いた。

そして

「山中大佐のようなラリキのすごい男だから…もしかしたら…」

とつぶやいて「まさかね。フフッ」と笑うともう一度目を閉じ、そして眠りに落ちて行った。

 

翌朝、艦長から話を聞いた幹部たちは喜びに沸いた。そして艦長は

「というわけであるから副長の任を黒多君、あなたに頼みます。砲術長との兼務は厳しいだろうがしばらくの間願います。海軍省の人事に後任を頼みますからそれまでの間。皆はこの件を各分隊に周知させてほしい。くれぐれも副長の体や気持ちを煩わせなようにと」

と訓示し、黒多砲術長は顔を引き締め

「わかりました。黒多少佐副長の任を務めさせていただきます」

といい、ほかの幹部たちも「がんばれよ黒多さん」「困ったことがあったら何でも言いなさい」と励ました。

そして艦内の総員にこのおめでたい話は伝わり、松岡中尉など例によってラケットを振り回しながら

「聞きましたかみなさん!山中副長おめでたですよ、素晴らしい!さすが副長です。さあみなさん、副長のご無事な妊娠と出産を祈念して万歳三唱いたしましょう…そーれ、万歳万歳ばんざ~い」

と叫んでハッシー・デ・ラ・マツコとトメキチ、そしてニャマトに

「うるさいったらこの馬鹿ッたれ!!そんなに騒いだら副長さんが余計気分悪くなっちゃうでしょう?そのくらいわかりなさいよこのアホンダラ!」

と叱られる始末。

それを見て麻生分隊士や桜本兵曹、小泉兵曹が笑ったがその声もうれしそうである。

今日どこの分隊でもうれしい話を聞いて声が弾んでいる。

 

そんな声を甲板にいて風に吹かれながら聞いていた森上参謀長は

(さすが山中、みんながこうして喜んでくれるなんて人徳だね。うらやましい。それはともかく…私の勘は鋭いぞ、なんでも見通せる参謀長。いいか野村じゃなかった、山中、お前はきっと…)

と思って一人にやにやと笑っている。

 

幸せな気分の中、山中副長は日野原軍医長に伴われて特別にしつらえられた病室に入った。

個室になっていて

「どうぞここでゆっくり休んでください。何も案じることはありません、赤ちゃんのことだけ考えてゆったりとしていてください」

と軍医長は言って、副長は心から感謝の言葉を述べてベッドに入った。軍医長は「ご主人にはお知らせしないといけませんね。リンガにいらっしゃると伺いました、後でお手紙を書きますか?」と言って副長は「はい。明日までに書こうと思います」と答えた。

するとまた、彼女の胃の腑を吐き気が付き上げたーー

 

           ・・・・・・・・・・・・・・

やはり!山中副長おめでたでございました。

そして森上大佐はまた何をお見通しだというんでしょうか?今後の彼女たちを見守ってくださいませね。


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森須もりんさんへ

森須もりんさんこんばんは!
やっぱりでございました^^。
ご懐妊です。
森上大佐の心のうちは複雑…
彼女これからどうなるんでしょう?
見守ってやってくださいませね^^。

こんばんは

おめでとうございまーす。
やっぱり、やっぱり。
筋の気運が盛り上がりますね。
そして森上大佐のことが、気がかり。
ちょっと心配。

鍵コメさんへ

鍵コメさんこんばんは
とても気になります、心配です。
由々しき事態と言わざるを得ませんね。ちょっとお話ししたい気分です。もし…よろしければ私のブログ内の「メールフォーム」からご連絡くださいませんか?そちらさまのメルアドなどは公開されませんのでご安心ください、いただいたメールは私のメールボックスに入ります。
ご一考いただきよろしかったらどうぞお願いいたします!

ponch さんへ

ponch さんこんばんは!
懐妊で解任…w素晴らしい座布団10枚ですね^^。
某潜水艦劇画に山中副長というキャラがいるんですか、ぜひ拝見したいですね!
そうなんですわたしは二人の娘もちでございます!
びっくりさせてしまってごめんなさい(-_-;)…意外でしたか?^^。

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No title

山中副長が懐妊ということは、このまま解任されてしまうのでしょうか。
山中副長というと、自分はどうしても某潜水艦劇画の山中副長を思い出してしまいます。
それはそうと見張り員さん二人の子持ちだったんですね。
個人的には、山中副長の懐妊よりそちらの方が驚きでした。

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは!
なんだか夕方近くなると寒くなっていやだなあ~と思いますね。今日はなんだか体がだるくていけません。
手放しで喜べなかった次子ちゃんですが、皆に諭され前向きになってきました。やはり重大な責任のある立場でのおめでたはむつかしいものもあるでしょうがせっかく授かった命を大事にしてほしいですね^^。
オスカーさんのお子様方、2月生まれですか!おお、ではその時を楽しみにしていてくださいませ~~♪

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは!
森上さんの予想と河内山さんの読み。すばらしいですよ^^、この後をどうぞご期待いただければと思います。
私もつわりは本当にひどくってつらかったです。最初の娘の時は何にも食べられなくってそれでも家業をしなきゃいけなくて、入院して点滴の一週間でした。二人目も入院して点滴。退院後は実家にGOしましたw。
ああいうときはほんと痩せますね。げっそりしましたw。

こんにちは。今日は風が強く冷たくなってきましたね。オメデタに複雑な職業婦人(?)の気持ちが伝わってきました。責任もあるし……でも覚悟が出来たら無事に出産を目指してほしいです。ウチの子どもたちも2月生まれなんでちょっと嬉しいかも(笑)

No title

森上さんの予想、たぶん双子ということなのでしょうかな?つわりのきつさからすればそんな気もします。
つわりといえばうちの女房もものすごくきつかったほうで、入院して強力な輸液を点滴されるほどでした。実際のところやせた姿を見たことはそのとき以来ないのですがw
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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