再会の時 3

継代は『武蔵』が横須賀に停泊したその翌日から、自宅の官舎の庭に出ては「かいぐんのおきゃくさま、まだかなあ」と独り言ちていたーー

 

そんな日が数日続いたある日、郵便配達の男性が三浦家に一通のはがきを届けに来た。ちょうど庭にいた継代に

「お嬢ちゃん、お葉書ですよ。お母さんかお父さんに渡してくださいな」

と言ってはがきを差し出した。はーい、ありがとうおじさんと言ってそれを受け取った継代ははがきを見たがむつかしい字が並んでいて読めない。そこで家の中に駆け込んで針仕事の最中の母の桃恵のもとに

「おかあしゃま、お葉書。誰からでしょう?」

と持って行った。

「ありがとう…誰からかな?」

と桃恵は受け取ってはがきの表を見て「あら!」と声を上げていた。そしてうれしそうに継代を見ると

「つぐちゃん、海軍のお客様のお葉書ですよ。お手柄お手柄」

と言って継代は「ほんとうに?おかあしゃま」とこれもうれしそうに言う。

秋川兵曹長のはがきには

>そちらも忙しい時に尋ねて申し訳なひこととは思ひますが、三十日午後から私秋川と北野中尉、それに橋野・本川・剣持の三人の都合五名がお邪魔したひと思ひます。この三人は三浦さんの同期でもあつたね。大勢で押しかけて大変申し訳なひとは思ひますがだうかよろしく願ひます。ご主人さまにもよろしくお伝へくださひますやう。

とあり

「三十日というと…明後日ですね。つぐちゃん、お客様は明後日いらっしゃいますよ」

と言って継代は「あしゃって?あしゃってって、あした?」と言って桃恵は明日の次ですよ、と言って二人はうれしそうに微笑みあった。その晩帰宅した智一も「そうですか、では私もその日は早めに帰宅します」と喜んでくれた。

桃恵はその日に皆に何をふるまおうかと楽しく頭を悩ますのであった。

 

そして当日。午後の瓶で上陸した北野中尉以下五名の一行、きちんと二種軍装を着こんでそれぞれ手には大きな風呂敷包みを持ってランチを降りた。

北野中尉が「春山の家の地図はあるんだろうな、私はこの辺りは不案内だ」と言ったのへ秋川兵曹長は「大丈夫きちんと持っております。それから中尉、〈春山〉ではありません〈三浦〉ですからその辺お気をつけてください」とやんわり注意した。

あ、そうだったとチロっと舌を出した北野中尉の顔に、橋野、本川、剣持の三人の上等兵曹はぷっと噴き出した。そして五人は地図を頼りに歩き出した。

 

そのころには三浦家ではすっかりお客を迎える用意が整い、客間には客用座布団やら大きな座卓が用意され継代は「まだかなあ~、まだかなあ~」と小さい声で言いながらそれを見つめている。

継代は今日はお客様をお迎えするのだからときれいな赤い着物を着せてもらってご満悦である。この着物は桃恵の兄の妻・あやこの手製で、継代の大好きな一着である。その娘の姿を微笑みで見ながら桃恵はまず茶の用意を済ませ、(あとは…皆様来てからね)と思ったその時、玄関で

「ごめんください」

と声がして、桃恵と継代は一緒に「はーい」と声を上げていた。二人が一緒に玄関に行くとそこには懐かしい北野中尉達が二種軍装もりりしい姿で立っていて、桃恵親子にさっと敬礼した。

桃恵が深く頭を下げ継代がそれに倣った。そして北野中尉が敬礼の手を下ろし

「久しぶりだね、春山…じゃなかった三浦さん」

と言って桃恵は頭を上げた。皆が手を下ろし懐かしげな微笑みを浮かべた。

桃恵は「北野中尉、お懐かしい。秋川さんも、橋野さん、本川さん、剣持さんもお元気そうで…」とそこまで言うとこみ上げる懐かしい思いに涙していた。が慌てて着物の袖でそれを軽くぬぐうと

「さあどうぞおあがりください」

と一同を招じ入れた。皆は海軍らしい几帳面さで靴を脱ぎ丁寧にそろえて桃恵のあとに従った。桃恵は客間に皆を案内し、皆は座卓の横に並んだ座布団のそのわきに座ると北野中尉が

「本日はお忙しいところをお招きいただきありがとうございます。三浦さんにはお変わりなく祝着に存じます」

と三つ指ついて頭を下げるとほかの四人も「ありがとうございます」と手をついて頭を下げた。

桃恵も「こちらこそお帰りになって間もないお忙しい時というのにお越しくださってありがとうございます。どうぞゆっくりなさっていってくださいませ」と頭を下げた。

継代も大人のすることを見て同じように手をついて

「かいぐんのおきゃくさま、いらちゃいませ」

とあいさつし皆は相好を崩して「継代ちゃんだね、いい子だねえ」「なかなかの子だぞ、三浦。これは将来有望だぞ」「赤いべべがよく似合ってるねえ、かわいいわ!」「こっち向いてよく見せて?」などと言って継代は嬉しそうにしている。

「さあみなさんどうぞお席に」と桃恵は座布団を勧め、皆それぞれに席に落ち着く。その皆に継代が小さな手でお茶を運び、北野中尉以下は大喜び。

早速秋川兵曹長が膝に抱き取って遊びはじめ、北野中尉や橋野、本川、剣持たちも楽しげである。

 

やがて一八〇〇(ひとはちまるまる、午後六時)を回って三浦智一技術大尉が帰宅した。北野中尉達は

「お邪魔いたしております、われわれ旧姓春山兵曹と『武蔵』で勤務しておりました北野タケ衛生中尉、秋川雅代衛生兵曹長、橋野笑子衛生上等兵曹、本川郁乃衛生上等兵曹、剣持ゆずる衛生上等兵曹であります。このたびは図々しくお邪魔いたしまして恐縮であります!」

と言って座布団から降りてあいさつ。四人もそれに倣い自己紹介した。三浦大尉はそれぞれに挨拶を丁寧に返して

「今日は皆さまよくお越しくださいました。どうぞゆくりとなさってください、そして今日は我が家に是非お泊り願いたいです。大したおもてなしもできず申し訳ないのですが休暇のひと時を桃恵と昔話などしておくつろぎいただきたいと思います。一晩と言わず日にちが許す限り幾日でもどうぞお泊り願えたらと思います」

と言って皆は感激、北野中尉は「しかしそれではご迷惑では」と言ったが継代が

「お布団もおかあしゃまと干しました。ごはんもたくさんつくりましたから」

というので「では今夜はそうさせてください」となった。秋川兵曹長が「北野中尉、あれを」とそっと言ったので北野中尉は剣持上曹と橋野上曹に持たせてきた風呂敷包みを手元に寄せ、それを開いて中身を出した。そして

「何かお持ちしようと思ったのですがいいものがなくて…。酒保を開けさせてこれをお持ちしました。珍しくもないものですがどうぞ」

と差し出したのが、〈間宮羊羹〉五本でこれには智一か「あ!あの噂の〈間宮羊羹〉ですね」と心なしか声を上ずらせ、桃恵さえ「懐かしい!〈間宮羊羹〉」と声を上げた。そして継代が「ヨウカン、ヨウカン」と笑う。その喜び方に皆は(持ってきてよかった)と思った。

継代は羊羹が大好きとのことでその一本を大事そうに抱えているのを見て秋川兵曹長は

「いやよかった、これほど喜んでくれるなら今度は〈間宮〉をそっくり持ってこようか」

と冗談を言ってみんな笑った。

 

その晩は桃恵の心つくしの料理に舌鼓を打ち、智一大尉が上司の樹木キリ大佐からいただいてきた酒を開けて話に興じた。

「それで、」と秋川兵曹長が言った。「桃さんは体平気なのか?辛かったら休んでほしい」と気遣ったのへ桃恵は膨らんだ腹部にそっと手を当てて

「平気です。今日は私の嬉しさがこの子にも分かったみたいで」

といった。継代がその横で

「つぐはもうじきお姉ちゃんになります」

と言って橋野兵曹は「そうだね、いいお姉ちゃんになるよ」とその頭をごしごし撫でた。

楽しい食事は延々と続いたがやがて継代があくびをし始めたのを見て智一は

「皆さんお風呂をいかがですか?ゆっくり使ってください」

と言って恐縮しながら北野中尉から風呂に入った。継代も「かいぐんのおきゃくさまと入ってから寝る」と言って中尉と一緒にふろに入っていった。

智一が「では皆さんもご順にどうぞ」と勧めてくれた。ありがとうございます、と秋川兵曹長が言ってほかの三人を見ると台所で桃恵を手伝って片づけをしている。

同期同士の三年ぶりの出会いに、時を忘れているようだ。

ふと、秋川兵曹長は

「そういえば三浦大尉、」

と今まで軽く疑問に思っていたことを口にした。

「継代ちゃんは大尉のもそうですが我々の軍帽を持ったりしませんね?ほかの子供は興味津々で手に取ったり眺めまわしたりかぶったりするのに?」

すると智一は

「桃恵の教育ですよ、桃恵は継代がある程度物がわかるようになったとき『これはお父様たち海軍の軍人さんの大事なものです、決してこれでお遊びしてはなりません』とくどいほど言っていましたからね。桃恵にとってはこれは海軍軍人の象徴、それをたとえわが子といえども勝手にはさせないという心情があるのですよ」

と教えてくれた。

ほう、と秋川兵曹長は感心した。桃恵にそれほどの深い思慮があったとは。でもその思慮は、こうして智一と一緒になって生活するうちに身に着けたものではないかと思った。独身の頃の彼女に比べて結婚後の彼女はさらに落ち着いて見える。

(結婚というもんは大したものだな。いや、相手にも寄り切りだな。桃恵はいい伴侶を得て幸せだ)

そう思う秋川兵曹長である。

そのうちに北野中尉が継代と一緒にふろから上がってきた。借りた浴衣を着て「とてもいいお湯でした、お先にありがとうございました」と言い、智一は秋川兵曹長たちに「さあ、どうぞお風呂へ」と勧めてくれ、今度は二人ずつ入っていく。

 

夜も更け、継代が眠り皆風呂に入り終わると今度は大人だけの時間。

七人は様々な話をして笑ったり軽く議論したりして楽しんだ。その中で智一は「今度新しい防御兵器が実用化されるらしいです。今、呉の海軍工廠の技術士官が南方で空母に実験中と聞いています、それが実戦配備されたらもう帝国海軍は向かうところ敵なしになりますよ」といった。

橋野兵曹が「なんと素晴らしい!して、どのような兵器でありますか?」と浴衣の膝を進めた。

これも浴衣姿の智一が教えたのは『大和』の松岡中尉のラケット兵器のことで、それを聞いた桃恵も北野中尉他も

「そんなにすごいものがあったなんて!知りませんでしたねえ」

と感心しきり。智一は皆を満足そうに見て

「まずは空母、そして飛行機。それから戦艦などの大型艦艇に施す予定だそうですから、待っていてくださいね」

とほほ笑んだ。

盛り上がる海軍嬢たちをまぶしげに見ながら桃恵もうれしそうにして皆に麦茶を勧める。初夏の夜風が窓から入り、涼しい夜である。

 

そして皆はそのあと、この上ないほどの熟睡をしたのであったーー

  (次回に続きます)

 

             ・・・・・・・・・・・・・・・・・

楽しい再会の宴でした。

何より夫の智一大尉が快く皆を受け入れてくれたのが何より一番桃恵にはうれしいことだったでしょう。

さて作中に出てきた「間宮」。給糧艦として知られています。羊羹はもちろん、最中にアイスクリーム、豆腐など何でも大量に作れた「海軍兵のアイドル」的艦艇でした。ここで作られる「間宮羊羹」は某有名和菓子屋のよりうまい!と評判だったそうです。

この「間宮」の話が一二月二日、二十二時からNHKTV『歴史ヒストリア』で放映されます。興味のある方は是非ご覧ください!

http://www.nhk.or.jp/historia/(歴史ヒストリア番組HP)
間宮 間宮
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まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
現在の人なら敬遠するような風景でしょうが私たちくらいの世代なら何とも言えない懐かしさを伴うのではないかな?という風景ですね。
座布団から降りてあいさつをするというのは基本中の基本ですが最近はそれをしないのかできないのかはたまた教わらないのか?堂々と座布団に座ったままで挨拶したり座布団の上に立つという不作法を平気でする人が多くなりました。
同じ釜の飯を食ったどうしが時を超えて再び会いまみえ、旧交を温める。こうありたいですね!
どんなに時代が変わっても変わらないのは人の心、とそうあってほしいものです。
この物語の世界の住人の心は私の理想です^^。

すがすがしい風景が目の前で広がっていくような快感です。
同じ釜の飯を食う。人とのつながりの本来の姿を見る思いがしています。
そして挨拶もまず座布団をよけて三つ指をついて礼儀正しく。今どきいるかなぁ。
継ちゃんもお母さんの薫陶が行き届いて立派です。
見張り員さんの心の中に描かれている大和撫子の姿は、反面今の人たちに失われているものばかりですね。
清らかな気持ちになりました。ありがとうございます。

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森須もりんさんへ

森須もりんさんこんばんは!
遠い昔、と言ってもたかだか数十年前まであった風景ですね。でも久しくいないから懐かしくも美しくも感じてしまいますね。
でも人が集まるって素敵なことだと思いますよね^^。
羊羹。些細なものではありますがアクセントになりました。
「間宮」に関する番組が明日放映ですのでお時間があったら是非ご覧ください!「間宮」結構奥の深い艦艇ですよーー^^。

鍵コメさんへ

鍵コメ様
こちらこそよろしくお願いいたします。
うれしいお言葉をありがとうございます!!

sukunahikona さんへ

sukunahikona さんこんばんは!
これほど全海軍将兵に愛された艦もないと思いますね^^。浮かぶ甘味処といった感じです。
敵がそれを知っていたら魚雷を打ち込むことはなかったと思いますが…シーライオンⅡのあほ~~という叫びが聞こえるようです(;´Д`)。

こんばんは

日本の原風景のような、家、家族の風景ですね。
こういう風景が、やっぱりほのぼのします。
ようかんが、この小説の中で、リズムがありますね。
間宮・・興味あります。

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この船の中身は全部羊羹なんですね。
敵もそのおいしさを知っていたら魚雷を打ち込むのを躊躇するでしょうね

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは!
この時代なら絶対「食玩付き羊羹」とか言って売りそうですよねw。
旧友・元上司の訪れは楽しいもので、彼女たちもう少し泊まってゆくようですよ!
楽しいことは胎教に絶対的に良いですよね。
またまたいい子供が生まれることでしょう。
続きをお楽しみに^^。

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは!
「給糧艦・間宮」の任期はものすごかったそうです。最中や羊羹を千・万の単位で作れちゃうそうですから!それにアイスクリームだとか饅頭ときたら!
きっと娑婆で食べるよりおいしかったでしょうね^^。
おお、和菓子屋さんのお孫様でしたか!うらやましい。
そうですよね、ヨウカンには酒が合うような気がしますよ私も。
今度やってみようと思います^^!
過ごさない程度に…ね♪

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こんにちは。
今だったら模型付きでヨウカンを販売しそうですね(笑) 皆さまの楽しさが文章全体から伝わってきて、嬉しくなりました。絶対、胎教にもいいですよね。続きが楽しみです!

管理人のみ閲覧できます

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戦地での甘味はさぞやうまかったかと。一応おいらは和菓子屋の孫なものですから、酒もやりますが和菓子も大好きです。甘みの強い練りようかん、さっぱりした風合いの蒸し羊羹それに辛口の酒を合わせれば・・・。
えっ、酒飲みの風上にもおけない?うまいもんはうまいのですから仕方がない。糖尿病には注意ですがwww
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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