それぞれの愛

休暇の四日目、桜本兵曹は下宿で麻生中尉と会った――

 

麻生中尉は二階への階段をトントンと上がってきた。その足音を聞きつけてオトメチャンは部屋のふすまを開いた、そして「分隊士!」と笑顔で分隊士を出迎えた。

オトメチャン、と中尉も笑顔で部屋に走りこむとオトメチャンを思いっきり抱きしめた。オトメチャンは麻生中尉の胸の中で幸せそうにうふふと笑った。

麻生中尉はオトメチャンから身体を離し、その綺麗な顔を見つめた。見つめられてオトメチャンは面映ゆそうな表情になったが不意にまじめな顔つきになって中尉を見つめ返した。

「ん?どうしたねオトメチャン?」

と麻生中尉は言ってもう一度オトメチャンを抱きしめた。オトメチャンは

「うち、どこかちごうて見えますか?」

と囁いた。麻生中尉はうんとうなずいて

「見える…オトメチャン、あん人に会うたんじゃろ?…休暇の前よりきれいになったような気がするんじゃ」

と言った。果たしてオトメチャンは頬を紅く染めて

「そげえなこと…」

とうつむいた。麻生中尉は彼女を抱きしめたまんまで

「ほいで?そん人はどがいじゃったね?ええ人じゃったかね」

と尋ねた。オトメチャンは中尉の軍装の胸に頬をつけて

「はい。ええお人でした。―ほいで、うち、うちの生まれのこともあの人――紅林さん言うてですが――にすべてお話ししました」

と言った。麻生中尉はさすがに驚いてオトメチャンの肩を掴んでその顔を覗き込んだ。そして

「話たんか?ほいで、その人の反応はどうじゃったね?」

と急き込んで聞いた。麻生中尉としてはその点が気がかりで仕方がなかった。オトメチャンの性格なら黙って居られないだろうからきっと話しただろう。そして相手は―。

「ほいで、相手のその人、紅林さん言うんか?彼はどげえな反応じゃった?」

麻生中尉はもう一度尋ねた。

オトメチャンは微笑んで

「紅林さんはそんなうちでもええ、離れとうない、離れられんと言うてくださいました」

と言って中尉を見つめた。が、さすがに抱きしめられたことは言えなかった。大好きな分隊士・麻生中尉ではあったがその思い出は話したくない気分だった。

(分隊士ごめんなさい、うちにとっての初めての大事な思い出じゃけ、話せんのです)

と心の内で謝って。

麻生中尉はそんなオトメチャンの心の内を知ってか知らずか、いとおしむような声音で

「えかったな。ほんまにえかった…うちはオトメチャンが幸せになるのがうれしい。このままずっと幸せになってほしい」

と言ってオトメチャンの瞳を見つめて微笑んだ。

オトメチャンも中尉の瞳をまっすぐに見つめて「ありがとうございます分隊士―ー」と言った、その唇を麻生中尉は奪って、二人はかたく抱き合った。

 

 

そんなころ山中副長は自宅にいて、夫の新矢大佐の南方出張の準備をしていた。話を聞きつけた江崎少将の妻・キヌからの差し入れの晒で夫のために下帯を縫っている。

キヌは「お寂しいことでしょうね、次子さんもそろそろ出港と伺いました…お互い寂しいですがここは踏ん張りどころですよ。気持ちをしっかり持ってくださいね」と励まして、「これでご主人に」肌着を作って差し上げてください、と晒をくれたのだった。

その有難い配慮に感謝しながら、次ちゃんは一針一針、心を込めて夫の無事を祈りながら下帯を縫う。その脳裏には、出会いの日からこちらの思い出が去来している。

(新矢さん、しん兄さん…。どうぞご無事でお仕事がうまくいきますように)

愛しい夫への想いをこめて縫物をする次ちゃんに、初夏の日差しと海からの風がやさしく通り過ぎてゆく。

 

 

山中新矢大佐はその日は一八〇〇(午後六時)に海軍工廠研究棟から家路に向かった。

帰宅する工員たちに交じって、家路を急ぐ彼の心は弾んでいた。(帰れば次ちゃんが待っている、次ちゃんがいる!)

そして彼は町中を小走りに走り抜け、家への坂道を駆け上がった。自分でも、まるで羽でも生えているようだと思うくらい。

そして家の前に着くと、家の中には明かりがともり、夕餉の支度をする良いにおいが漂い出ている。大佐はオホンと咳払いをしてからおもむろに玄関の引き戸を開けた。

呼び鈴がチリチリと良い音を立て、大佐は「ただいま-!」と言って玄関に入った。奥から「お帰りなさい」と声がして次ちゃんが走り出てきた。

着物を着ていていかにも新妻の風情が漂っていて大佐は見とれた。

次ちゃんは玄関に立つ夫の前に頭を下げ「お疲れさまでした、さあ…」とその手から鞄をとった。うん、とうれしげに頷いて新矢は靴を脱ぎ、中へと入る。次ちゃんはその場に膝をつき大佐の靴をきちんとそろえた。

そして

「お風呂が沸いておりますが、どうなさいますか?お食事を先になさいますか」

と尋ねた。大佐はそうだなあ、と考えるポーズをとってからいきなり次ちゃんを抱きしめ

「家に帰って次ちゃんが迎えてくれる、これほどの幸せはほかにありませんよ…」

としばし、その幸せに酔っているようだ。

次ちゃんも抱きしめられながら夫を迎える幸せにこれも酔う。

しばし二人はそうしていたが、やがて大佐は「ご飯を先に願います…正直腹が減って仕方がなかったんです」と言って笑い、次ちゃんは「まあ、それは大変!すぐにお支度をします」と台所に立った――

 

オトメチャン、山中夫妻のささやかな幸せを運んできた休暇も、『大和』の内地碇泊も、そろそろ終わりである――

 

               ・・・・・・・・・・・・

 

気になる二組の愛の行方、どうなりますでしょう。

山中夫妻は夫婦であるゆえに離れがたく、オトメチャンは心を結び合ったばかりゆえに離れがたい。それぞれの愛の形がそこにあります。

今後の彼女たち、どんな愛の形を紡いでゆくでしょうか。

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Secre

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんおはようございます^^!
ずっとそばに痛いけどそれぞれに与えられた仕事があり、女と言えど軍人の彼女たちならではの苦悩。しかし故に愛はどこまでも深く相手を想う心はいよいよその色を深くしてゆきます。
もしこれが21世紀の今なら??
そう思うと人と人のつながりの濃厚だった時代は、険しくはありましたがよかったんだろうなあと思うときがしばしばあります。必死だったのでしょう、今のどちらかと言えばお手軽な『愛』を見たらなんというでしょうね(;´Д`)。
次ちゃん、オトメチャン、麻生さん。
この先波乱があるのでしょうか…穏やかにそれぞれの愛を育ませたいと思っております!
暑さいよいよ厳しいですね、どうぞ御身大切になさってくださいませね。

オスカーさんへ

オスカーさんおはようございます^^。
同性同士だと、感情が余計複雑なのかもしれません…同じ性を持つ身としてその考えとか想いを知っているゆえなのか、複雑になりますね。
うまく、丸く収まりますようにと祈らずにはいられない『愛』の形です。
ほんとに皆が幸せになれるのが一番です!
猛暑連続5日間。しかも更新中ですか???!!!
もう嫌です、こうなったら早く冬が来てもいい(と言いつついざ冬になると文句垂れる私ですがw)、くらいの想いがありますね。湿度の高い暑さは閉口です。
オスカーさんもどうぞお体大切になさってくださいませね!

会者定離。つらい現実を知っているからこそ、それぞれの愛が深まっていくのですね。
時代こそ違っていたならこんなに素敵な人たちの人生も大きく変わっていただろうにとつくづく感じています。
だからこそ、尚のこと今を生きる人たちには愛を大切にしてもらいたいです。
古風な次ちゃん。色気も優しさも匂い立つような。
麻生さんとオトメチャン。どうなるのでしょう。
同性の愛。麻生さんのように相手の幸せを望むものだろうかと。つらい別れにならなければ良いがと思っています。
同性の愛もストレートの人の愛も変わらないということですね。両方とも人間らしくて僕は認めるなあ。

こんばんは。
麻生さんとオトメちゃん、昔読んだ池田理代子先生のマンガを思い出しました。同性のこの複雑な感情を表す言葉が見つかりませんが、誰かを大切にいとおしく思う気持ち、あたたかく見守っていきたいです~みんなが幸せになれますように!
暑い毎日にウンザリですが、どうぞお身体を大切にして下さいませ!

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは!
どうして楽しい時間ってああおあっという間に過ぎてしまうのでしょう…悲しいほどに。
山中夫妻、オトメチャン。
この先もきっと、楽しいことが待っているよ!と言ってあげたくなりますね^^。
トレーラー基地へ戻る『大和』。想いを内地に残して…。

楽しいひとときは

あっという間に過ぎ去りゆきます。
山中夫妻のつかの間の休暇、オトメちゃんのお見合いとそれぞれに幸せな時間が訪れてました。
久々の内地も当分はお別れ、遠く離れる方々の思いやいかに。
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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