2017-09

ギンバイも視点を変えれば! - 2015.06.11 Thu

常夏のトレーラー環礁に停泊中の女だらけの「軍艦武蔵」では今日も皆が元気に訓練をしている――

 

そんな中で主計科烹炊班は早くも夕食の準備に大わらわである。午前の課業が終わりほとんどの乗組員は午睡の時間である。ここトレーラーは大変暑く、体力の消耗もただならぬものがある。普段から鍛えている女将兵とはいえ、休養を怠っていざというときへたっては物笑いの種、否、国の存続にかかわるということで暑さのひどい日は軍医長と副長とで午睡を決める。

が、主計科烹炊員にはほとんど関係のない話ではある。

今日も今日とて

「早く倉庫から人参もってこい!」だの

「塩が足りない!」だとか

「馬鹿!それは砂糖だ、塩だって言ってんでしょうがこの!」

などと雄叫びが聞こえてくる。

みな、「武蔵」乗組員の腹を満たすために必死なのである。そして三千名に近い人数の食事の準備は一筋縄ではいかぬ。大勢が汗だくになってやっと出来上がるのであった…

 

そんな騒ぎが一段落したころ。

烹炊員の水谷ヤエ上水は、岡持ちの小さいような入れ物に三つの小さな湯呑のようなものを入れた。その中には今日の夕飯のカレーが入っている。そして加東副長の部屋を訪れた。

これは、副長・軍医長・主計長に味見をしてもらい問題がなければそのまま乗員に出せるという『監査』のようなものである。いつもの行事のようなものだから時間には軍医長と主計長が副長の部屋で待っている。

水谷上水は副長たちにそれぞれ湯呑を手渡し、「願います!」と言って味見をまつ。

カレーの好きな加東副長は「おお、今日はカレーライスかあ。いいねえカレーライスは。――ねえこんどからカレーの味見の時はもうちょっと大きな器に入れてくれないかな?」

とこっそり水谷上水に耳打ちし、水谷上水は小さく「はい、わかりました」と答える。

村上軍医長と林主計長は味見を終えると水谷上水に

「問題なし。ご苦労様」

と言って湯呑を返し、上水は湯呑を岡持ちに戻し退出する。

 

副長室を出た水谷上水、緊張が解けてほーっと息をつきながら

「フーン、加東副長はカレーがお好きだったんだ。意外!もっと高級料理がお好きなのかと思ってたら庶民的なんだねえ」

と独り言ちる。

烹炊室に戻った水谷上水は班長に

「味見済みました…問題なしです」

と報告し、班長の神山量子二等兵曹はほっとした顔になって

「ご苦労様、毎日のことだけどやはり緊張するな」

と言って笑った。水谷上水も「はい、緊張しました」と言ってほほ笑んだ。

神山兵曹は

「あれ覚えてないか、ほらいつだったかクロマグロを仕入れたこと。あん時はこりゃあ刺身をみんなに食わしてやれるって思って張り切ってたのに、軍医長が『これはナマではダメだ、つくりかえろ』って言って泣く泣くネギま汁にしたことがあったよなあ」

と言って水谷上水もうなずいた。

でもあの時、烹炊員たちはこっそり刺身で食べたのだが。

「別に腹を壊したりもしなかったですよね」と水谷上水は言って、岡持ちの中の湯呑を出して洗い場に持ってゆく。

その背中に神山兵曹は

「結局なんだよ、ほら、何かあったら軍医長てめえが患者見るのが面倒なだけなんだよな」

と言って一人で大笑いしている。

水谷上水は湯呑を洗いながらあの時のクロマグロの<旨さ>を思い出していた…

 

夕飯の時間が始まり、乗組員たちはそれぞれの場所で食事をとる。

「ああ、おいしいなあ。私ほんとカレーライスが好き!」

と一人の水兵長が言えば

「私もだよ、死ぬ前にカレーライス腹いっぱい食べて死にたいわあ」

と二等兵曹嬢がいい、さらに

「こころざし低いなあ、私はすき焼きだね」

と別の二等兵曹嬢が言う。

するとお代わりをよそいに立った上等兵曹嬢が

「別に死ぬ前でなくたっていいんじゃない?――それよりさ、いつでもどこでも好きなものを食べられる世の中にしたいねえ。そのためにも我々もっと頑張らないとね」

と言ってその場の皆は「そうだそうだ、頑張ろう」といって盛り上がる場の雰囲気…。

 

そのあとも烹炊員は当直員のための夜食の用意などに忙殺される。

今宵の夜食は<汁粉>で、これは人気の高いもの。今夜は汁粉だ、と聞くと「おい、今夜の当直代われよ」と半分冗談、半分本気で言う将兵嬢もいるくらいである。

そして夜食を出し終えたころ――

 

烹炊所でうごめく謎の人影。

その人影は、肉の塊――と言ってもそれほど大きくはないが――をまな板の上に置くと薄く切り始めた。人影の正体は烹炊員の水兵長や兵曹たち。

神山兵曹は

「貴様たち絶対このこと誰にも言うなよ。これは私と貴様たちの秘密だからな」

とわざと怖い顔を作って数名を見まわし、皆しかつめらしい顔でうなずいた。その中の水谷上水は(神山班長、いつも怖いけど時々こうやっておいしいもんを作ってくださる。とってもいい人だな)と嬉しそうに神山兵曹の手元を見つめる。

今宵の秘密の晩餐は<牛肉のテンプラ>でいいにおいが漂い始める。神山兵曹は天ぷらを揚げる手つきもウキウキと上機嫌で鼻歌まじりである。

やがて天ぷらが揚がって兵曹は天ぷらを広げた新聞紙の上に置いて

「さあ、食べなさい。熱いから気をつけろ」

と言って笑みを浮かべた。

皆は「いただきます、班長」と言ってわれ先に手を伸ばした。

「おっ、おっ、おッ…おいしい~~」

一口食べて皆そのうまさに唸る。神山兵曹はそんな皆を見渡して

「うまいか、そりゃよかった」

とほほ笑む。栗原水兵長が

「しかし、班長は本当に料理が上手でいいですねえ。さささっと作ってしまわれるんですからねえ。さすが班長だ」

というと上原二等兵曹が

「栗原水兵長、知らなかったの?神山班長のご実家は料理屋さんだよ。だから班長は何でもできるのよ」

と言って栗原水兵長は「へえ!料理屋さんでありましたか、いつか内地に帰ったら連れて行ってくださいよ」とねだって皆笑った。

神山兵曹は

「おお、そうだな。じゃあ、もっと練磨を重ねて握り飯を早く作れるようになったらな」

と言ってまんざらでもなさそうな感じで言う。

と――!

 

「誰だそこで何をしておる!」

と大声が響き皆は笑いも動きも固まった。声の主は林主計長。彼女は烹炊所から何やらいい香りがしてくるのを不審に思い入ってきたのだ。

その場にまだたくさん残っている天ぷらを見つけた主計長は「何食ってんだ?――って、おおぃ!これ牛肉じゃないか、何やってんだよギンバイか貴様らぁ!」

と怒り始めた。

神山兵曹はさすがに困り切って

「あの、いやその主計長、これはですねギンバイなどでは決してなく…」

と苦しい言い訳を始めた。

ほかの兵たちは何も言えず黙って事の成り行きを見守るだけ。

すると林主計長がニヤリとすると

「あのな、私にだまってあれこれ作ればそれは立派なギンバイ行為だ。だがね、私に一言ことわって作ればそれは<研究献立>だ。新しい献立を考えて皆を喜ばしてやってくれ」

というと烹炊所を出て行った。

長い時間が過ぎ、誰かが「フーッ」とため息をついた。神山兵曹が「ああ、怖かった」と言って皆もうなずいた。

そして神山兵曹は

「そうか、今度から研究献立ということでやれば合法的なギンバイだ!――よーしこんどからそれで行こう」

と言って皆は喜びの声を上げた。

 

以来…烹炊員の間では「これは研究献立です」「研究献立に使いますっ」などと言って堂々とギンバイ行為をすることが流行したという。

林主計長は

「ああ、あんなこと言うんじゃなかった。しまったあ」

と頭を抱えたが、もう後の祭り。

 

今日も烹炊所では元気に働く烹炊員の声が響いている――

 

             ・・・・・・・・・・・

 

少しだけ史実が混じっております。

クロマグロの話と、研究献立の話は聞いたことがありましたので使わせてもらいました。それにしても『大和型』戦艦では約二千人からの食事を提供するのですからその後苦労はいかばかりだったか。それを想うときたった数名の家族の飯を作るのに文句垂れちゃあいけないなあ、と思うのでございます。

武蔵主砲発射
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● COMMENT ●

matsuyamaさんへ

matsuyamaさんこんばんは!
主計科烹炊班というのは艦内でもちょっと異色の場所ですね。生活の上でも生きる上でも大事な部署なのですが意外と軽んじられていたそうでざれ歌に「主計看護が兵ならば 蝶々トンボも鳥のうち」などというひどいものにあったと聞いています。
主計科の戦闘時は、弾薬運びや戦闘記録をつける係などがあったそうです。
研究献立という語は実際あったそうですがこれまらみんなしたがっちゃいますねw。

ウダモさんへ

ウダモさんこんばんは!
いや~うれしいお言葉をありがとうございます^^。
テンプレを探すときは読みやすさと季節感を大事に探しています。これはなんだか世界観と季節に合っていたのでさっそく使いました。
ウダモさんもお忙しそうですがお時間ある時はどうぞお気軽にいらしてくださいませね^^。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
そう、大変でありながらもどこか母親のような温かみを感じますね。
神山兵曹は、班長で班員の上に君臨していますが字母のような気持ちのある人、そんな人がいたらいいなあと思って登場させました。
林主計長、ちょっと裏目に出てしまった部分もありましたが、まあそれで皆がうまくゆくならいいか!という感じですね^^。
有り余るほどに食べ物があり廃棄される食べ物もこれまた大変に多い日本。たかだか70年前には食うや食わずだったことがうそのようですね。
未来永劫、いつでもどこでも好きなものが食べられる日本であってほしいものですよね^^。

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは!
横浜銀蠅懐かしいですね~、私の友人が大好きでした!
そしてギンバイ。まさに本物の銀バエのごとくそこからか湧いてきて取って去ってゆく…のだそうですw。本来なら窃盗と言われてもおかしくないのですがそう言わないのが海軍らしいところでしょうねw。
仕事で疲れてさらに食事の支度となるとさすがにげっそりする時がありますね(-_-;)。でも食べるものがあって作れる幸せをかみしめて―ー今日も頑張りますw!

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは!
うっかり主計長の林さん、いいと思ったらこの始末(;´Д`)。
本当は「私にも味見させよ!」と言いたいのでしょうけどさあ、どうなりますかw。でも味見ばっかで太らないかなあw。

「人参もってこい」、「塩が足りない」などの雄叫びは訓練中の軍艦にとって異色の掛け声ですね。
それにしても3千人の食事の用意、想像もつかない忙しさでしょうね。
それが朝昼晩、1日3食+夜食。烹炊員の目の回るような忙しさは戦闘訓練なんかしてる暇はないですね。
林主計長の粋な計らい、研究献立は良かったですね。軍艦武蔵の名言です。
烹炊員の誰も彼もが研究献立を食べたら、料理の素材代が軒並みアップしてしまいそうですけどね。

こんにちは!

いつ来てもここは清々しい空気に満ちてますね~b
そうそう、テンプレート!
私にはとっても読みやすいテンプレートです。
季節を考えて張り替えているのかな??
センスいいです!^^!
テンプレートにもお人柄が出るんだなぁと思った次第b
…あ、関係ないコメントですみませんww
久しぶりにPC開いたので、ちと、はしゃいでますw
画面が大きいと気持ちいいー!

大きな艦にある厨房の様子は、どことなく家の炊事の様子にも似た温か味がありますね。
こそっと食べさせる神山兵曹のささやかな心づくしはまるで母親のようです。
そして林主計長の計らいも粋です。
しかしそれが思わぬ仇になろうとは。それも微笑ましい仕方のなさかも。
>それよりさ、いつでもどこでも好きなものを食べられる世の中にしたいねえ。そのためにも我々もっと頑張らないとね。
この言葉。当時の人たちが思い描いていた等しい気持ちだったのでしょうね。
なんだか切なく思えてしまいます。

おはようございます。
横浜銀蠅を連想してしまった私~「食べ物にたかる蠅のように、正々堂々と食べ物をかっぱらう」(笑)つまみ食いとはまた違うこのニュアンスがいいです!
多くても少なくても食事の仕度は面倒ですよ~自分ひとりだととってもラクですが……でもそれも平和だからこそですよね。毎日の食事、毎日の暮らし、有り難く感謝します!

お墨付きがありますから

林さん、うかつでしたね。腹を減らした若者達に、最高の口実与えてしまったのですから。
当然役得として、おすそ分けはいただくようにしないと、割に合わないですよね。役目上それは無理?


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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