2017-10

愛しきわが子 - 2015.04.05 Sun

<命のときめき>

横須賀海軍病院・産科病棟では先ほど出産を終えたばかりの「辺見少尉」が病室のベッドにその身を横たえていた――

 

彼女は「空母・飛龍」飛行隊の搭乗員で一昨年、横須賀海軍病院の辺見外科次長と結婚したばかりである。彼女の旧姓は小柳。結婚後も「飛龍」の飛行隊でいくつかの作戦に参加し戦果を挙げて夫の辺見軍医大佐を大いに喜ばせたのだった。

そして昨年の初夏、彼女は体調の変化を感じた。それの兆しは、格納庫で発覚した。

いつものように訓練前に愛機の零戦のそばに寄って行った彼女は、その場に漂う燃料のにおいを嗅いだとき「ううっ!」とうなって口に手を当ててその場にしゃがみ込んだ。激しい吐き気が彼女の胃の腑を突き上げてきたのだ。初めての経験に辺見少尉は動揺した。しかし吐き気は次々に波状攻撃のようにして襲ってくる。

整備兵曹が「どうしました、辺見少尉?」と不審に思って駆け寄ってきた。その場にうずくまっている辺見少尉の顔色は真っ青である。脂汗か冷や汗か、額に浮かんでとても辛そうである。

辺見少尉、辺見少尉と呼びかける必死な兵曹の声に搭乗員や整備兵嬢たちが集まってきた。そして少尉を取り囲んで騒ぎ始めた。

それを聞きつけた飛行長が「どうした!」と言って割り込んできて辺見少尉の様子をみた、そしてはっとしたように顔を上げると「誰か早く担架をもってこい」と叫び担架を持ってこさせるとそれに少尉を載せ、医務室に運ばれた。軍医長が辺見少尉を診察する…

そこで大尉は軍医長から「辺見少尉、おめでただよ。気が付かなかったかな」と言われて初めて自分の体の奥に新しい命が宿ったのを悟ったのだった。

「飛龍」を、加来艦長・山口たも司令官たちに祝福されて降りた辺見留美少尉は夫の辺見外科次長が出迎えて自宅へ戻った。しばらくの間休職である。

悪阻のひどいたちで五か月に入るまで苦しんだ彼女ではあったが夫の支えで乗り越え、安定期に入ると「飛龍」が内地にいるときは新人搭乗員への教官役として臨時教官として過ごした。教官役は臨月に入る直前までこなした。

そして三月最後の日に辺見留美少尉は産気づき、四月一日に玉のような女の子を生んだのだった。

夫の辺見軍医大佐は知らせを聞いてすぐに自分の病棟から走ってやってきて病室に休む妻を見舞った。そのあと赤ん坊を見てうれし涙にくれた大佐は、もう一度妻の病室に来て

「留美さん。お疲れさまでした…かわいい女の子をありがとう」

そういって妻の手を握る辺見大佐、少尉もうれしそうにほほ笑んで「恐れ入ります。無事にうむことができてほっといたしました」と答えた。

辺見大佐は飛び切りの笑顔を浮かべるとベッドの上の妻を力いっぱい抱きしめた。

窓の外には爛漫の桜花が咲き誇り新しい命の誕生を祝っている。

辺見少尉は夫とともに新生児室のわが子の顔を見に行ってその愛らしさにうれしさを感じるとともに、親としての責任感がふつふつと湧いてくるのも感じていた。

(私があなたの母親ですよ、どうぞよろしくね。新米のお母さんで頼りないと思うかもしれないけど精一杯、一所懸命あなたを育てて立派な日本人にします。健康で幸せな人生を歩んでください)

そう祈る辺見少尉の肩を夫の辺見大佐はそっと抱いた――。

 

 

<二人の娘>

女だらけの『大和』の梨賀幸子艦長はもうずいぶんと長期の休暇も上陸もしていなかった。『大和』が内地に帰ったとき、軍令部への報告に行った際数日間だけ自宅へ帰っただけだった。

今日艀がやってきて乗組員への手紙や小包を持ってきた、その中に梨賀艦長へ関東の留守家族からの手紙が届いた。その手紙を藤村少尉から「今日は艦長は鎮守府にいらして夕方までご不在です。預かっていただけますか?」と言われて受け取った山中副長は差出人の名前を見てはっとした表情になった。

なしが たみこ  はなこ 

とあるのは艦長の娘たちの名前である。

(艦長のお嬢様たち、お帰りを待っているのだ)

副長は艦長の休暇を自分の結婚休暇などで伸ばしていたのだと今更ながら気が付いて唇をかんだ。艦長の家族の思いも考えないで自分の幸せだけに浮かれていた己の浅はかさに、自分を殴りつけたくなるほどだった。

そこで副長は、森上参謀長を私室に尋ねた。参謀長は日野原軍医長を相手に将棋を打っていたが「おお、山中さん、どうしたね?」と言って自分の横にある椅子を示すと

「今いいところだからちょっと待っててね…何か急ぎの話かい?」

と言ったが副長は「いえ、特に急ぎません。待ちます」と言って椅子に座り将棋盤を覗き込むと「ほう、日野原軍医長にたいへん有利な展開ですねえ」と言って笑った。

日野原軍医長がウッフフフと笑い森上参謀長は

「軍医長はお強いからねえ、私はなかなかかないません」

と言って頭を抱えた。

この勝負はそれからものの数分であっさり決着がついた。日野原軍医長の「王手!」という声と参謀長の「あちゃー!しまったっ!」という声で。

山中副長はもう大笑いでイスから転げ落ちん風情である。参謀長は「おい副長、大丈夫か?」と心配してその体を横から支えたほどである。

日野原軍医長はそんな山中副長の様子を見て

(副長、本当に変わられたな。以前はあまりこういう場で自分の感情を表すほうではないと思ったが。結婚して人物が丸くなられた)

とほほえましく見ている。

「で、何かあったのかな。山中さん」

参謀長は立ち上がり手ずから副長と軍医長に日本茶を淹れながらもう一度尋ねた。副長が

「あ、そうでした。大事なこと。艦長にご家族からお手紙なんですが、艦長最近長い休暇をぜんぜんおとりではないですよね。ちょうどいま作戦も何もないですから艦長に休暇を取っていただきたいと私は思うんですが、いかがでしょうか」

と言って懐から艦長への手紙をそっと取り出した。

森上参謀長はその封筒を受け取り裏を返してみた。

幼い文字で書かれた艦長の娘たちの名前。

「前に梨賀が上陸したのは艦が内地に帰ってあいつが軍令部に行った時以来だな」

参謀長がつぶやいた、副長が「そのあと私のほうのあれこれがあって、艦長は休暇の機会を逸してしまわれました。だからこの機会に私は艦長にご自宅へいらしていただきたいと思うんです」と言い、日野原軍医長もそっとうなずいた。

参謀長は

「そうだな。梨賀が留守をしても我々で何とでもできる状態だからな。いいことに下士官兵たちの昇進の件も済んだし、各科長にも話をして了解を取ろう、今夜私から梨賀に言っておくよ。この手紙もその時渡そう」

と言って副長はほっとした。

その副長を見て参謀長は

「おい山中さん。間違っても梨賀が休暇を取れなかったことを自分のせいだと思いなさんなよ」

と言っておくのを忘れなかった。

副長は「はい、わかりました」と言い、日野原軍医長も「そうですとも」と言った。

 

そして夕刻帰艦した梨賀艦長に森上参謀長は家族からの手紙を手渡しながら

「梨賀、休暇を取って自宅へ帰ること。参謀長命令だ、これは副長も各科長もすべて了解済みだ。今週中に帰宅せよ」

と言った。びっくりして封筒と参謀長の顔を交互に見詰めている梨賀艦長に森上参謀長は

「山中が気にしていたよ、自分のせいで梨賀が休暇を取れなかったんだと。だからあいつのためにも休暇取ってくれ」

と言って、艦長は「そうか…わかった。ありがとう」と言って封を切った。

便箋には幼い娘たちの、母親の帰宅をせがむ内容がつづられていた。読み進むうちに涙を流し始めた艦長を参謀長は(一人にしてやろう)と部屋を出て行き、艦長は読み終えた手紙を胸に抱きしめて泣いた。

軍人とはいえやはり母の梨賀幸子、娘へのいとしさがその心に改めて湧き上がってきた。

 

艦長の休暇は今週の半ばから――。

 

 

<いとしいわが子>

増添兵曹の実家では、兵曹からの手紙を兄嫁のさつきが受け取った。郵便配達の男性が「ほい、増添さん。手紙だよ」と手渡してくれたのを「ご苦労様です」と受け取ったさつき、「誰からじゃろう」と封筒を裏返せば

「ありゃ!まあ!お母さん、あんた!要子ちゃんからじゃ、要子ちゃんから手紙が来たよう」

と大騒ぎのさつきである。

そのとりみだし方に度肝を抜かれたサツキの姑で兵曹の母親のやゑは

「どうしたんじゃねえ、さつきぃ。そげえに慌てて」

と台所からやってきたが「お母さん、要子ちゃんから!」と手紙を渡され「うひゃあ、要子から!えらい久しぶりじゃねえ」とこれも腰を抜かさんばかりに驚き喜ぶ。

普段ほとんど手紙を出してこない兵曹からの手紙ということで居間にはさつき、やゑ、そして兄の庸一が正座して手紙を前にしている。

緊張の面持ちで、庸一がさつきに「あんたがあけんさいな、要子ちゃんの兄さんじゃろ?」とつつかれて手紙を手に取った。「まったく要子の奴、はがきにしてくれたらえかったのに」とぶつぶつ言いながら。やゑは一言も発さないでこれも緊張して庸一の一挙一動を見守る。

封筒から便箋は引き出され、庸一はそれを声に出して読み始める。

「ええ…そして…>うちはこの四月一日付で海軍一等兵曹になりました、じゃと!」

庸一はとんでもない大声を出してさつきもやゑも「また一つえろうなりんさった!やったねえ要子ちゃんえらいわあ」と大騒ぎ。

やゑは「あの子が…あの子が」と言って泣き出した。サツキは姑の背中をやさしくなでて「えかったですねえ。おかあさんの娘じゃけえこれからもどんどん偉くなりんさるわ、お母さん楽しみじゃねえ」と言った。やゑはその手にすがって「ありがとう、ありがとう」と繰り返す。

さつきは娘を想う母の心の深さに、敬虔な思いを抱いたのだった。やゑも姑で苦労し、要子をないがしろにせねばならない時があり以来、母娘の仲も嫁姑の仲も険悪だったがいまではそれも晴れやゑは、要子もさつきも「私の娘じゃ」というくらいになった。

 

やゑは、わが子からの手紙を手にして(わが子はいとしい…そしてさつきもいとしい。うちはいとしい子供に囲まれて、幸せじゃ)と心から思った。

 

晴れた空に、一陣の春の風が吹きどこからか桜の花びらがひらひらと舞ってやゑの前にひらり、舞い降りた――

 

              ・・・・・・・・・・・・

 

辺見大尉、梨賀艦長、そして増添兵曹の母親と三人の母親模様でした。やはりわが子はいとしい。増添兵曹のお母さんはわが子・嫁と確執があったものの見事にそれを解消したという過去がありました。

辺見大尉は新人おかあさん、梨賀艦長は中堅おかあさん、そしてやゑさんはベテランおかあさん。みんなこれからもがんばれ!

千葉の街

千葉の街、私のお母さんが住む街。
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● COMMENT ●

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは!
母親と子供ってやはり特別な感じがしますね。どんなに険悪な関係にあろうともそれでも互いに気にしているし、以前見たTVの中で母親に暴力を受けて保護施設に入っている子が「--それでもおかあさん大好きだから」といてちたのがショックでもあり印象的でもありました。
お嬢様いよいよ新学期ですね、クラス替え…確かに気をもむんですが、不登校を決めるとは穏やかじゃないですね。子供には親にはわからないものを抱えているのでしょうけれど、どうか穏やかに済みますようにと祈らずにいられません。
さあそして梨賀艦長。休暇に入るようです。が!河内山さんもお察しのように…何かが起きます!どんなことが起きるのか、ご期待?くださいませね。
いつもご訪問とコメントをありがとうございます!

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは!。
おお、そうだ懐かしい郷ひろみのあの歌ですねww!
子供が小さい時、本当に幸せでこの日々がいつまでも続けばいいのにと思ったことでした。この、オスカーさんが読んでらっしゃる物語のお母さんのセリフ、まさにその通りですね。
子供が大人になる時、親というものは取り残されたような気分になるものなのですね。
泣けてきますね。きっと自分の母親もそう思ったんだなあと、やっとわかったような気がしています。
いつも美しいお言葉をありがとうございます。残った桜が最後の輝きを魅せています。
オスカーさんもどうぞ御身大切になさってくださいね^^。

親父が

いくら偉ぶって見せても、子供たちとの絆のつながり方は、母親にはかなわないんですよね、十月十日分の差以上に。正直なところ親父の方は、わが子が生まれ出でてからようやくいろいろ考え始めるくらいですから。
今日から娘も新学期、うちの中学校では最初で最後のクラス替えがあります。娘に言わせれば、今日の結果いかんでこれから不登校を決めるなんてぐらいの重大事らしいのですが、果たしてどうなることでしょう。
まあ、梨賀さんが休まなければ、山中さんも休めと言われても休まないでしょうし、ここは一つ家族水入らずの休暇を過ごしていただいて。ただ、重責のある人物が休みの時ってのは、何か事件の起こる前触れでもあるんですよね。そこがちょっと引っかかります。

こんばんは。
<命のときめき>……これをみた時にすぐ「エキゾチック・ジャパ~ン!!」と叫んでしまいました(笑) 私が今読んでいる本は母とちょっとヒキコモリンな二十歳の女の子の話なんですが、お母さんがこう言う場面があります。
「・・・親ってさ、昔のことを思い出すと、すごく、すごく淋しくなるんだよ・・・(中略)・・・もうあの頃のなっちゃんはどこにもいない。あたしの娘は大人になって、ここにいる。そうあたまでわかろうとしても、忘れられない・・・(中略)・・・もう子供は大人になったんだから、親としてのあんたの役目はおしまいだ、って、神様にそういわれても、未練がましく思い出しちゃうのよ。あたしが育てたのに。あんなに大変だったのに。そう思うと・・・泣きたくなっちゃうんだよ。」
……親だったらみんなこんな気持ちを抱きますよね。
見張り員さまにも娘さんふたりにも母上さまにも毎日が美しい桜日和でありますように。


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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