2017-10

「女だらけの戦艦大和」・友よこの手を握ってくれ2<解決編> - 2013.05.19 Sun

――そもそも、豊島サキの生い立ちがそれほど幸せではない。

 

豊島サキの生家は代々続く県会議員の家柄。曾祖父から議員をしておりサキの父親で三代目のいわゆる世襲議員。サキには兄がいたがこれがかなり年齢の離れた兄。実はサキの母親は先妻(兄の実母)が病没後、後妻に入った人で、兄という人とサキとは異母兄弟である。兄にはすでに妻がいる。

サキが経理学校に入る二年前の冬に父が急逝。兄が家のあとを取った、そのとたんに兄も兄の妻もサキと母を邪魔者扱いし始めた。父という大きな支えを失い、失意のうちにサキの母は重い病気になり、あっという間に亡くなってしまった。

サキは居場所がなくなってしまった。それで海軍経理学校を受験して居ずらい家を出ることができたのだった。

 

「それでな、豊島は海経(海軍経理学校のこと)に入った年に兄さんから縁談を持ち込まれた」

と江古田中尉は視線を畳の上に落として言った。須川中尉は「ほう、そんな早くに縁談を?」と聞くと江古田中尉はうなずいて、

「兄嫁さんが豊島を嫌っててさ。海経を出てもここに戻ってこられるのは嫌だと言って勧めて来た縁談があった」

と話し出した。

 

・・・豊島サキは、在学中に縁談を兄から持ち込まれて(義姉(ねえ)さんは私が邪魔なのだな)と悟った。そしてこれも定めと思い「兄さんがよろしいという方なら、見合いをいたします」と言って海経二年目の年の冬、見合いをした。相手は兄嫁の知り合いの衣料問屋の息子で河合道明。二人は意気投合した。河合の両親もサキを気に入って話はまとまり、「サキさんが学校を出ておちついたころに」結婚しようということになった・・・

 

「待て。それでは豊島は先方にいいように使われるために結婚したのではないか?」

須川中尉は話に待ったをかけた。江古田中尉は「そうじゃあない。先方は本当に豊島を気に入ってくれてな、豊島自身も『いずれ海軍をやめたら一緒に家を盛りたてましょう』とうれしそうだった。あいつは実家はもう無いと思い定めて河合の家を自分の居場所と定めたのだよ」と言った。「それは俺があいつから直接聞いた話だから間違いない」

「そうか・・・そんな早くから話があったとは知らなかったな」と須川中尉は言って笑った。江古田中尉は「うん、あいつ他の連中には式の日まで黙っといてくれと言ってな。まあ、恥ずかしさもあったろうし・・・今となってはわからんが」と言った。

「今となっては?」と須川中尉は江古田中尉を不審げな眼で見つめた。その視線を避けて江古田中尉は「まあ聞けよ。それでな・・・」と話を続ける。

 

・・・海軍経理学校を出た後、豊島主計少尉候補生と江古田主計少尉候補生は同じ艦に配置された。豊島サキは頭がよかったし性格も良かったから先輩からも可愛がられ艦の主計長からも部下となる下士官・兵からも信頼された。そして少尉任官した時、正式に河合の家と結納を交わした。

出しておいた結婚願いも受理されて、豊島サキは幸せそうだった。河合の両親も夫となる道明もよく手紙をよこしたし、サキの上陸時には迎えに来ていたりして他の主計士官連中からの羨望の的だった。艦からのランチを降りて、河合の三人の前に走ってゆくサキの弾むような後ろ姿が今も鮮やかに江古田中尉の眼に浮かぶ。

そして昨年の春、豊島サキは河合道明と待ちに待った祝言をあげた。河合の家で式と披露宴をした、そこに江古田中尉も、所属艦の主計科長他も招待された。サキは白無垢姿も初々しい花嫁御寮で傍らに寄りそう道明の「若旦那」ぶりも微笑ましくまさに似合いの二人で、皆は見とれていた。

嫁として河合の家に上陸後は帰ることになったサキを、夫はもちろん両親そして大番頭の清さんという男性がよくしてくれた。清さんは「若奥さんにはいろいろ習いたいことがあります」と言って会計事務に関することを尋ねてサキを立てた。

姑も舅も「サキさん、艦隊勤務で疲れとるでしょう。ここに帰ってきたらゆっくり休みなさい」と言ってサキの好物など作って待っていてくれた。サキは家のすべての人に愛されて幸せだったと思う。

江古田と河合サキの所属艦は南方に行き戦闘に参加したこともあった。しかしいずれも無事に帰還できた。内地に帰るたびに、サキの夫やその両親が迎えにきていて独り者の江古田中尉はひどくうらやましかったものだ。サキはいつも三人に囲まれるようにして従業員たちの待つ「河合衣料」に帰っていった。

 

そして今年の初め。二人の所属の艦は内地にいた。

そんな折、河合サキ中尉は体調の不全を感じていたが突然出血をした。驚いた主計長が軍医長に診せると残念なことにサキは流産をしたことが分かった。子供は三月(みつき)と半分だった。サキは悲しみ、「子供を流してしまったのは自分のせいだ」と己をずいぶん責めた。が、軍医長が必死に「これは自然淘汰ということもあろうし、流産にはさまざまな原因があるのだからけっして貴様のせいではない。それより早く体を元に戻して次の子供を作ることを考えなさい」と諭し、サキもやっと「わかりました」と納得したのだった。が、サキのその後の肥立ちが全く良くなかった。サキは艦から降ろされ海軍病院に入院した。そこの産科軍医長は、サキの夫・その両親をある日病院に呼び、サキの命がそう長いものではない事を言いにくそうに伝えた。

「ですから・・・御家族さえよろしければ家で終わらせてあげた方がいいでしょう。本人も家に帰りたがっています」

道明も、両親も大変嘆き悲しんだがサキの長くはないその命を「うちで大事に看取ってやりましょう」ということになった。

そして道明と両親は、店のトラックの荷台を簡単に改造して布団を敷けるようにして病院にサキを迎えに走った。運転は清さんが「私にさせてください」と言ってくれた。道明と両親は荷台に乗ってゆく。江古田中尉は家までの手伝いを申し出て主計長に許可され、サキのそばに付き添っていた。

サキはすっかり顔色もなくし、息するさえつらそうであったが「河合中尉、家に帰れるぞ。今から旦那様とご両親が迎えに来るからしっかりしろ」と励まされ、「河合(・・)()()に・・?ほんとに?」と力のない声ではあったが嬉しげに囁いた。

江古田中尉はサキの手をしっかり握って「ああ、貴様(・・)()()だよ。そこでゆっくり養生してまた元気になって戻ってこい」と言ってやった。サキはその顔に弱弱しい頬笑みを浮かべると、「・・・主計長、待っててくれるかなあ。艦の皆怒ってないかなあ」と言って江古田中尉の手を握り返す。

江古田中尉は泣きたいのを必死にこらえ、「怒ってなんかいるもんか。主計長は貴様が元気で帰ってくるのを首を長くして待って居られる。他の連中もだ、だから養生して帰ってこい」と力強く言った。江古田中尉の手を握るサキの手には暖かさはほとんどなく、彼女の命がもういくばくもないことを示していた。が、江古田中尉は(神というものがおわして、そして奇跡というものが起きるならサキの身に起こしてほしい。そのために私はこの先すべての運を失くしてもかまわない)と祈った。

やがて河合の家からトラックが来て看護兵の担ぐサキの寝かされた担架は荷台に乗せられた。トラックの外に出て来た道明は病院の軍医たちに心をこめた礼をし、両親も涙ぐみつつ礼を言った。

そして軍医や看護兵たちの見送りを受けてトラックは河合の家目指して走り出した。荷台にはほろが掛けられ、サキには刺激の少ない状態になっている。

河合の三人はかわるがわるサキの手を握っては励ました。それにサキは弱弱しい声ではあったがしっかりと、子供を流産してしまったことへの謝罪をした。姑は涙をこらえて「済んだことはもういいのよ?しっかり休んでまた元気にならなきゃね」と励ました。

「お母さん・・・ありがとうございます」とサキは言って微笑んだ。トラックは河合の家について、江古田中尉も手伝って荷台からサキを担架ごと下ろした。清さんも手伝った、その清さんにサキは「・・・清さん。忙しいのにごめんなさいね」と謝り清さんは「何をおっしゃるんです、若奥さん。若奥さんがお元気になってまた艦に戻られる日は私がトラックでお送りしますからね」と言ってから後ろを向いてしまった。涙が清さんの頬を流れていた。

サキは、皆の手で静かな部屋に寝かされた。

江古田中尉はサキを覗き込んで「・・・河合中尉、俺は今日は帰るがまた来るからな。いろいろ考えないでよく休め、な?」と言ってサキの手を握った。サキは閉じていたまぶたをそっと開いた。そして自分の両脇に居並ぶ夫、舅姑そして江古田中尉を等分に見つめると、

「短い間でしたが、ありがとうございました」

というと眼を閉じた。江古田中尉が握っていたサキの手から力が抜けた。

それが・・・河合中尉の最期であった。奇跡はついに起きなかった。

 

聞いていた須川中尉の瞳から滂沱として涙があふれた。

「豊島は・・・あいつなんであっという間に逝っちまったんだ。旦那や親を置いて・・・」

そう絞り出すように言うと須川中尉は号泣した。その背中を江古田中尉はなだめるように撫でた。長いこと泣いていた須川中尉はやがて顔をあげ涙を拭くと、

「あいつの葬儀には出たのか?」

と聞いた。江古田中尉はうなずいて「出たよ」と答えた。

 

・・・河合中尉の葬儀は大勢の海軍関係者や店の取引先などが参列して盛大に行われた。皆、若くして逝った中尉を惜しんだ。しかしサキの実家の豊島の家からは誰ひとり来なかった。それが、今も江古田中尉の心には、すさまじいまでの豊島家への不信感として残る。

江古田中尉は納棺前にサキに会った。道明が「ぜひ会ってやってください」と言ってくれたのだ。江古田中尉は布団の中で一種軍装に包まれて眠るサキを見つめた。主計中尉の襟章が鈍く光り、胸の上に置かれた軍帽が悲しみをさらに増幅させた。

「おい。河合中尉、貴様どうして俺を置いて行くんだ?俺寂しくて寂しくて・・・一人でこれからどうやって仕事したらいいんだよ?経理学校からずっと一緒だったのに・・・これからもずっと一緒だと思ってたのに・・・馬鹿野郎・・・大事な旦那さまやご両親をおいて一人で行く奴があるか、この馬鹿たれ・・・」最後はその場にうち伏して号泣した。

サキは呼べば答えて起きるのではないかと思うくらいの安らかな表情である。道明がたまらず、ハンカチで眼を押さえ姑がサキの頬をその手のひらで優しく撫でた。舅はいたたまれずその場を立つと背を向けるなり慟哭した。

 

サキはいま、河合家の墓所をその終の居場所と決め安らかな眠りについている・・・

 

須川中尉は経理学校時代に徒歩行軍した日を思い出していた。すっかりばててしまった彼女に、「ほらもうちょっとだから頑張って!」と手を差し出してくれたサキのあの笑顔。

あの笑顔はもうこの世にはない。ばてた時差し出してくれる柔らかな手ももうない。それでも、それでも私は届かぬまでもこの手を差し伸べて叫ぼう。

「友よ、この手を握ってくれ」と。

 

       ~~~~~~~~~~~~~~~~

 

気がつけばいつの間に来たのだろう、サマラが眼に涙をいっぱいに浮かべて部屋の中に座っている。須川中尉は「サマラ・・・君、話がわかったのか?」と聞いてみた。サマラはうんとうなずいてからまず江古田中尉の胸に手を当てた。次に須川中尉の胸にも手を当ててから

「江古田さん、今日ココニキタときからカナシイお顔してマシタ。カナシイ・・・サマラもかなしいデス。でもサキサン、おふたりの胸ノナカ、イキテマス。サマラには、ミエマス。サキサン、笑ってる」

と言った。サマラのその大きな瞳から涙がぽろっと落ちた。次々に落ちて行く。

須川中尉と江古田中尉はサマラを抱きしめると大声で泣いた。まるでサマラがサキの様であるかのように、サキの魂を、体をこの世に引きとめるかのようにサマラを抱きしめて離さなかった。

 

 

記念写真に写った「河合」サキの笑顔は、いつになっても年ふることなく、あの日のまま――

 

           ・・・・・・・・・・・・・・・

 

哀しい物語になりました。

短い人生を力いっぱい駆け抜けた「河合サキ」中尉は、結婚して幸せだったのです。その幸せは大変短かったですが密度は大変濃かったのではないでしょうか。大事なことはその長さではなく密度ではないかと思う昨今です。

犬張り子とでんでん太鼓。きっと河合中尉は天国で子供をこれであやしている・・・(画像お借りました)
犬はりことでんでん太鼓


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● COMMENT ●

酔漢さんへ

酔漢さんこんにちは!
いつも読んでくださってうれしいです、ありがとうございます。
この話は「おんなだらけの~」始まって以来の哀しい話となりました・・・

ご冥福をお祈りいたします。

拝読しておりました。
この言葉しか浮かびませんでした。
ですから、これのみのコメントです。

鍵コメさんへ

鍵コメさんこんばんは
色々とおありだったのですね…ここではいろいろお返事を書くことは避けますが・・・お心うちお察しします!!
そして私の話とシンクロしちゃった部分もあったかな・・・哀しい思いをさせてしまったかなあと思っています。
今後もいろいろ吐き出したいことがあったらここに書きこんでくださいね!
胸に溜めると重くなります、どんどん利用してやってくださいね^^!

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ウダモさんへ

ウダモさんこんばんは!
>読んでよかったー!
とおっしゃってくださって本当にうれしいです。この話、仕事中に構想が浮かんで何度もどうしようか――書こうか書くまいかーー迷ったのです。
この一連の話での最初の物故者となりますのでずいぶん考えました。
でも戦死はさせない、という私のこの話のコンセプトには反しないと考え書きました。つらい話でしたがサキは結局幸せだったということを汲んでいただけたらそれが一番です。
ありがとうございました、またよろしくです~~♡

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
河合サキ中尉はかわいそうでしたが、幸せだったと思います。大好きな家族にみとられて逝くということは一番の贅沢かもしれませんね。
この話は私の願望なども交じっていますから…にいさまのご指摘はズバリです^^。
今日は壱日雨、こういう日はどうもいけません。でも頑張らんとね^^。
いつもご親にパイをありがとうございます、にいさまも御身大切になさってね。

No title

サキさんはきっと、生まれ変わったら嫁ぎ先の家族と一緒になれる…そう思いながら読んでいました。
一見すると報われない人生だったと嘆きたくなりますが、見張り員さんのおっしゃる通り、幸せはその長さより密度だと思います。
終の棲家を嫁ぎ先のお墓で…という件で、サキさんの悔いのない清々しい人生を悟りました。
今回は悲しいお話との事で、ちょっぴり構えて読んでいましたが、最後には清々しささえ感じる事ができました。
見張り員さんの腕だなぁ…と、つくづく感心いたしました!
読んでよかったー!^^!

No title

つらいですね。
せっかくの命、せっかく結婚まで遂げた人生の人だったのに。
しかし辛うじて間に合った家での終焉。そして旦那さんはもちろん、婚家のご両親の優しい心遣いは何よりのはなむけになったのではないでしょうか。もしかしたらそれは見張り員さんの夢であり望みの投影でもあるのではとふと感じました。
みんなから看取られながら旅立てること、厳しかった当時は何よりの幸せであったのかもしれませんね。そういった意味でもサキさんは徳の高い女性だったと思いました。
お加減は如何ですか。渾身の執筆の後、お疲れが出ていませんか。ゆっくりなさって下さい。


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Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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