「女だらけの戦艦大和」・薫風のふるさと3

長妻兵曹の休暇に先立つこと数日前、増添兵曹が休暇をいただき上陸して行った――

 

増添兵曹は(えらい久しぶりの家じゃなあ)と心浮き立つ半面、気の重いこともあった。しかし、(まあ、事態が好転してることを祈るしかあるまいて)と思い、生家に急ぐため呉駅から汽車に乗る。彼女の生家も、山の中である。いくつかのトンネルを抜けて汽車は走る。

最寄駅についてそこから木炭バスに乗る兵曹。数名の先客たちが一種軍装の増添兵曹を見て頭を下げ、その中の一人の年配の男性は「お務めご苦労様であります!」と大声でねぎらってくれて兵曹はちょっとびっくりした。

走り出したバスの中に五月の風が吹き込み、増添兵曹は(おお、これじゃ。うちの幼馴染の風じゃ)とうれしくなった。子供のころ、この風に吹かれながら友達と一緒に走った田んぼのあぜ道。ゲンゲの花だったろうか、畦に咲く花を摘もうとした兵曹に、少しお姉さんの友達が「かわいそうじゃけえ摘まんとき。ここに咲いとるんがこの花には一番似合うとる」と兵曹の手をそっと抑えたこともあった。そう言われてみれば、花はその場に咲いているのが最も美しい。

車窓の外には以前と変わらぬ景色が広がり、兵曹は思わず子供のころの自分と友達の姿を探した。自分たちのかつての姿に代わり、今はその末の兄弟や子供の世代があの日のようにあぜ道や山への道を走って笑っている。

(このまんま、ずうっと変わらんで居ってくれ)

増添兵曹は心からそう願った。そしてふと、(しかしなあ、うちはこがいに変わってしもうて。ちいと恥ずかしいのう)と苦笑いした。変わったとは、例の悩みの種頭髪であるが。

(まあかつらで何とかなるじゃろ。それより・・・)

思い悩む兵曹は、降りる停留所をひとつ乗り越してしまいあともどりする羽目になったがこの道も懐かしい道なれば心が弾む。

やがて兵曹の家が見えて来た。広い庭の片隅で漬物だるをあらう一人の女性の背中が見えた。疲れたようなその後ろ姿に増添兵曹は胸を突かれる思いがした。しかし気を取り直して

「ねえさん!」

と声をかけた。樽を洗っていた女性が振り向いたその顔に笑顔が広がった。

「要子ちゃん、要子ちゃんね!」

手拭いで両手を拭きながら女性は駆け寄ってきた。この女性は、増添兵曹の長兄の嫁のさつき。長兄と兵曹は年に大きな開きがあり、兵曹がまだ物心つくかどうかの時に嫁に来たのがさつきで以来世話になった。まるで自分の子供のように優しく、時には厳しくしてもらった。兵曹には長兄のほかに次兄がいて、母親は男の子には一所懸命であったが兵曹の世話はほとんど顧みない人であったから兵曹にとってはさつきは親も同然である。

ただ、さつきの大きな不幸は子供ができなかったことで、「子供の出来んような嫁はいらん、離縁じゃ」と母親にいびられたがそれを兵曹が、「さつきねえさんの子供はうちじゃ。うちが姉さんの子供じゃけえ、離縁なんぞしたらいけんで。ねえさんを離縁したらうちが承知せんで」と母親を半ば恫喝して収めた。物分かりのいい父親が生きていればよかったが父親は兵曹が生まれてすぐ亡くなっている。

 

さつきは兵曹を嬉しそうに見つめて「こがいに立派になりんさって」と言って感涙を前掛けの裾で拭った。そして「さあ、はよう入って」と兵曹の手を握って玄関に。

そして奥に向かい「お母さん、お母さん要子さんですよー」と声をかけた。兵曹は上がりかまちにちょっと座って靴を脱いだ。

居間に入るとしばらくして母が入ってきた。兵曹は母に「ただ今帰りました」とあいさつした。母親は兵曹を一瞥しただけで「さつき、庸一はまだか!」と台所で茶の準備をしている兄嫁に声を投げた。

さつきが茶菓子など持って居間に入り、「もうもどってくるころじゃ思いますよ。さあお母さん、要子ちゃんが久しぶりじゃけ、一緒にお茶でも」と言った。

が、母親は「うちはええ、いらんで」と唸るように言うと部屋を出てしまった。ああ、お母さんとあわてるさつきに兵曹は「ええですってねえさん。うちはねえさんに会いに帰って来たんですけえね」と冷静に言い放って「ねえさんの淹れてくださったお茶はおいしいですけえ、いただきます」と座卓の前に座り茶をすすった。

 

そのうち長兄の庸一が畑から戻ってきた。兵曹の顔を見ると「おお!要子か、なんじゃえらい立派になったのう!」と大喜びしてさつきを見て笑った。さつきも「なあ、ええ軍人さんになられて」と夫を見て微笑んだ。兵曹にとっての安心は、この夫婦仲がよいということである。兵曹はほっとした笑みを浮かべて二人を見た。

その夜は、さつきの心尽くしの料理で三人大いに語らって楽しんだ。母親は食事を取りに来て、あとは自分の部屋に引っ込んでしまった。さつきは困ったような顔をしたが庸一は「ええ、ほっとき」と言う。そして兵曹に「要子の方がどがいじゃ?きついことないんか?」と言って漬物をつまんだ。

兵曹は「きつうはないですよ。やりがいある配置ですけえね、張り切っとりますよ」と言って微笑んだ。そして「敵殲滅ももうちいとじゃと思います。その時にはにいさんねえさんをアメリカにご招待いたしますけえ楽しみにしとってくださいね」というと、杯を飲み干した。

さつきが「ほうね、そりゃ楽しみじゃわ。ねえあんた」と言って庸一を見て庸一もまた「ほうじゃのう、早いとこ頼むで」と言い三人は笑った。

 

その晩、風呂上がりの兵曹は昔使っていた懐かしい部屋で寝ることになった。本棚に入っている本などを引き出してぱらぱらめくったりして時が過ぎる。

もう寝ようか、と電燈を消した兵曹の耳に裏の山から下りてくる風の音が聞こえて来た・・・

 

翌日兵曹は兄夫婦と畑に出た。畑仕事はもう何年ぶりではあったが兵曹の心は弾んだ。仕事をしながらの会話も楽しく、兵曹は<シャバ>を実感した。さつきが「要子ちゃんがいてくれるとええねえ、楽しいて」と言ったのが、兵曹の心に刺さった。普段さつきがあの母親と一緒でどういう仕打ちを受けているかわかる気がした。昼食の後の午睡の時兄がいない時を見計らって、

「ねえさん、母さんにいびられとるんと違いますか?あんまりなことあったらうちに言うてくださいね。うちから母さんに注意しますけえ」

と言った。がさつきは笑って「そがいなことないけえ大丈夫じゃ。要子ちゃんはなあも心配せんと軍務に励んでくださいな」と言った。(うそじゃ、ねえさん気ぃつこうとる)と思った兵曹は、起き上がってさつきの手を握って

「ねえさん、もうちいとの辛抱じゃ。あがいなばあさんそうそう長生きせんでね。もうちいとの辛抱じゃ」

と変なことを口走っていた。さつきはびっくりしてこれも起き上がると、「・・・要子ちゃん」と絶句した。兵曹はさつきの手をさらにグッと握りしめて、

「うちはねえさんをお母さんじゃと思うとります。姉さんがここにお嫁にいらしてうちはどれほど嬉しかったか。うちが母さんにほっとかれた時もねえさんがいつも親切に面倒見てくださった恩は終生忘れません。うちはねえさんに育ててもろうて、ねえさんの子供も同然じゃ。じゃけえ、大事なねえさんをいじめるもんはたとえ生みの母親でも許せんがです。それはほんまにねえさんには申し訳ない思うてます。ねえさんがどがいな気持ちでここまで来たか思うとうちは・・・もう」

というと嗚咽した。さつきはその肩に手を添えると、

「要子ちゃん、ありがとうねえ。うちは自分の子は産めんかったがこがいにええ子ができてほんまに嬉しいわ。うちが子供を産んでもこがいにええ子が産めたかわからんよ。神様に感謝じゃね。いろいろ心配してくれてありがとう、うちは何があっても平気じゃ、要子ちゃんがこうして心配してくれるんがようわかってじゃけえ。要子ちゃんは、うちの大事な娘じゃ・・・」

というと兵曹を抱きしめてくれた。

実の母親に抱きしめてもらった記憶のない兵曹にとって、大人になってからの姉からの抱擁は思いがけない贈物であった。

さつきの胸の中で兵曹はそっと、

「・・・かあさん」

とつぶやいた。さつきが兵曹を抱きしめる腕にもう少し力がこもり、兵曹はさつきの胸の中でむせび泣いた。

 

増添兵曹が休暇を終え生家を去る日が来ても母親は顔を出さなかった。

家の前で見送るのは庸一とさつき。兵曹は「見送りはええですけえ、ここでお別れします。洋二兄さんに会うたらよろしゅう言うてつかあさい」と言った、洋二は次兄で岡山にいる。

庸一は「おう、伝えとくで。要子お前体には気いつけえや」と言って少し涙ぐんで兵曹を見つめた。さつきもさっきから眼頭をぬぐっている。

そのさつきに「ねえさん、ねえさんもお体大事になさってください。ねえさんはうちの大事な人ですけえね。また帰ってきたらあの漬物、食わしてくださいね」と言って笑って見せた。さつきはうなずいて「元気でね、まっとるからね」と言った。

その二人にしっかり敬礼した兵曹。踵を返そうとした時、兄が自分の頭をポンポンと叩いて妙なゼスチャーをした。

(わかっとるって!)と兵曹は内心にがにがしく思ったが顔に出さないでもう一度笑って見せると歩き出した。

 

実は前の晩、風呂から上がった兵曹のかつら無しの頭を見た庸一が「うひゃあ、要子その頭どうしたんじゃね!」と驚いて騒ぐので、実はこれこれと顛末を話して聞かせた。「ねえさんには言わんで置いてね、心配させるけえ」という兵曹にうなずきながらも兄は、「わかったが。・・・しかしなんじゃのう、お前の禿げ具合も親父の禿げ具合も、わしの禿げ具合もよう似とるのう!やっぱ親子じゃのう!」と言って大笑いしたのだった。

(詰まらんことを言う兄貴じゃ)と思いながらも兵曹は(お父さんもこがいな頭、しよったんかいな)とちょっと懐かしいような嬉しいような気になった兵曹であった。

 

山道をバス停まで下る兵曹の頭をふるさとの風が優しく撫でては過ぎて行った――

 

         ・・・・・・・・・・・・・

増添兵曹の母親はどういう考えなんだか?でも兄嫁さんがいい人で兵曹は幸せです。ねえさん孝行しなきゃいけませんよ要子さん。

さあ、あの二人はどうしたでしょうか。次回あの二人が登場です。

 

ゲンゲの花。
ゲンゲの花



木炭バスの歌!



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Comments 4

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見張り員  
まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
近親憎悪というもの、存在しますね。私も母親に対して愛情は当然ありますが、半面大きな憎悪を持っていることに最近気が付きました。
会いたくもない、というのではないんですが結婚に至る過程での母親の言動に今も腹が立ちます。今更、と思う気持ちもありますが許し難い、という気持ちも・・・。
でも結局は過去のこととあきらめるしかないのでしょうか。過去の出来事は今も細い筋を現在に引いているのですが。
まろにいさまのお気持ち、わかります。肉親だからこその気持ちですね。いっそ他人なら「どうぜ他人だから」と割り切れますが肉親ゆえにそれができない辛さ。
どうしてこうも人というものは業が深いというのか・・こんな思いをしてるのは、そして自分だけではないかと思うとやり切れませんね。
増添要子ちゃんも兄夫婦には心許して、いい関係です。
誰か優しくしてくれればたとえ母親にそっぽ向かれても帰りたくなるもの・・・でしょうか。

2012/05/08 (Tue) 21:58 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
まろゆーろ  
タイトル

「花はその場に咲いているのが最も美しい」。さつき姉さんにもダブりますね。
肉親の心の優しさと恐ろしさが混在した実家。要子さん、さぞや居心地悪かったでしょうに兄さん夫婦のもてなしでいくらか救われたのでしょうか。
お母さんも運命を恨まなければ良いのに。そうすれば一瞬にして心変わりが出来るのに。肉親同士のささくれ立った思いだけは嫌ですが私も弟と……。ここだけの話ですが大嫌いな人種です。私が死んでも知らせなくても良いと遺書に書いてあるくらい大嫌いです。ごめんなさい。こんな喉につっかえるような話を。

2012/05/08 (Tue) 08:47 | EDIT | REPLY |   
見張り員">
見張り員  
オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは!
さつきねえさんは本当に辛抱強いです、でも旦那である庸一がいい人だからここまで来れたようなもので、私は大変うらやましいですw。
このお母さん、二人の男児のあとまさかの出産がいやだった・・・しかも生まれたのは女の子であったから少々気にいらんかった、という設定にしてあります。実は。
昔の嫁しゅうとめは今以上に大変だったようです、私の亡き祖母がそれで大変な苦労した話をよく聞かされました。でもよく祖母も耐えたものだと感心します。私は無理・・・
兵曹の髪の毛、早くふさふさにしてあげたいと思うこのごろですw。

2012/05/07 (Mon) 20:18 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
オスカー  

こんにちは。なんて辛抱強いお義姉さん!!でもお母さんも最初はそれほどでもなかったのかも…なんて思いました。まわりに口うるさい人たちが多いと、だんだん「あんたのせいで私まで…」な気持ちになり意固地なばぁさんになってしまったと思いたい~!いつの時代も嫁姑は大変ですが(笑)お兄さん(ダンナ様)が偉い!!ガンバれ~!!髪の毛もガンバれ~!!(爆)

2012/05/07 (Mon) 08:26 | EDIT | REPLY |   

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女だらけの「帝国海軍」、大和や武蔵、飛龍や赤城そのほかの艦艇や飛行隊・潜水艦で生きる女の子たちの日常生活を描いています。どんな毎日があるのか、ちょっと覗いてみませんか?
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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)