2017-10

「女だらけの戦艦大和」・薫風のふるさと2 - 2012.05.04 Fri

長妻兵曹は、久しぶりに帰った実家の客間を覗いて「あれっ」と声をあげていた――

 

客間には、白無垢の打ち掛けが衣桁(いこう)に掛っていた。それをその場に立ち尽くして見つめていた兵曹に気がついた母のミツはああ、と笑いながら

「姉ちゃんいよいよお嫁入りじゃ。昭子がいるうちには間に合わんがのう・・・」

と最後は少し残念そうに言った。「姉ちゃんが、お嫁に」と兵曹は口の中でつぶやいた。ほうじゃ、と母は言って微笑んだがその横顔に寂しげな影が潜んでいるのを長妻兵曹は見逃さなかった。

ミツは「さあ、こっちでお茶でも飲みましょう。久しぶりじゃけえ、昭子の話も聞きたいけえね」というと、居間の方へ昭子をそっと押した。

一種軍装姿の長妻兵曹を、父親の正昭も姉の正代も妹の裕子(ゆうこ)、広子もまぶしそうに見ている。兵曹は大きな座卓の前に正座し、

「お久しぶりであります。・・・二日ほどお世話になります」

とあいさつした。正昭は満足げにうなずいた。その父と兵曹の前に茶を置いて、ミツもうれしげに「なあお父さん。昭子はえらい立派になりましたなあ。入団のころは、はあこがいに落ち着きのないもんがお役に立つんじゃろかと思うとったが、もう立派な下士官さんじゃ。あれから何年もたっとらん言うのに、なあお父さん」と正昭の顔を見て言った。

正昭も「ほうじゃ。そういやあ昭子、お前いつだったか映画に出とったのう。えらい<芸当>をしよったが腹は壊さんかったか?」と言い兵曹は顔を真っ赤にした。

「あれを観たんですか?あれは何というか、みんなにはめられたんじゃ、皆でうちをその気にさせて食わしたんですけえね。別にうちが食いたくて食うたわけではありませんけえの」

そう言って兵曹はいかにも「被害者」ぶったものの言い方をした。それを聞いた姉の正代がすかさず、

「ほうかの?うちには昭子が喜んで食うとるようにしか見えんがねえ」

ととどめを刺し、長妻兵曹は苦笑した。姉の言うことが正しかったからだ。妹の裕子が「昭子姉さんはもう人気者じゃね。うちはうらやましいわあ」と言い一番下の妹の広子が、「昭子姉ちゃん大食いじゃ」と言ったので皆はどっと笑った。

長妻兵曹は笑いすぎて涙のたまった目をこすって、「あのなあ、広子。そういう大食いのことを海軍では<スカッパー>いうんじゃ」と教えてやった。

「すかっぱー?」と問う広子に、「ほうじゃ、スカッパーじゃ。あのなスカッパーいうんは艦に必ずあるごみ捨てみとうなところじゃ。そこはなんでも入るけえ、大食いをこれにたとえて<スカッパー>いうんよ」と説明してやった。

裕子がびっくりしたように眼を見開いて、「ありゃ、ほいじゃあ昭子姉さんはごみ箱かいね!?」と素っ頓狂な声を出して皆はまた大笑いした。

 

楽しい夕食の後、長妻兵曹は正代と一緒に風呂に入った。

湯船の中で自分の肩をもみながら兵曹は「おお~、やっぱ家の風呂はええわあ。こがいにゆっくり入れるんは極楽じゃわあ」とうなった。そんな兵曹を微笑んで見つめている姉の正代に、兵曹は湯船の淵に両腕をかけるようにして乗り出して、

「なあ、姉さん。お嫁に行くんかいな」

とそっと尋ねた。正代のほほが赤く染まったのは、風呂の熱さだけではなさそうだ。正代はそっとうなずいた。兵曹は「ほうかあ。で?お相手は誰じゃね?うちのしっとる人かいね?」と尋ねてみた。正代はそっと首を横に振り「ううん、昭子の知らん人じゃ。ほいでも全く関係がない、言うわけでもないけえね」と言っていたずらっぽく笑って見せる。兵曹はちょっと不審げな顔つきで「全く関係がないわけでない、ゆうンはどういうことじゃね?そがいに遠回しな言い方ではうちにはようわからんで」と口をとがらす。

正代は兵曹の耳にそっと自分の口を近づけて「呉の海軍工廠に勤めとる人じゃわ。技術大尉言うてね、いろいろと研究しとりんさるお人じゃわ」と言った。

「ほう、なんや最近は工廠の技術士官と結婚するんがはやっとるんかいな?」と兵曹は言ったがこれは<武蔵>の春山兵曹の話を風のうわさで聴いてのこと。

兵曹は「ほいで?どうして知りおうたんね」と聞いた。興味がわいている。正代は、

「うち、海軍工廠に挺身隊でいっとったろう、その時たまたまうちが落し物したんをあの人が届けてくれたんよ、それからよ。とてもええ人でね、うちの妹が海軍に居るいうたら折々で昭子のフネのことそっと教えてくれんさって。ほいでまあ、つきおうとるうちに一緒になろうかのう言う話になってな」

と真っ赤になって話す。兵曹はわざと「ありゃいけんねえ、姉さん。風呂が熱うてのぼせとりんさるわ、顔がえらい真っ赤じゃわ」と言って笑った。正代がぷっとほほを膨らまして、「いやな昭子じゃなあ、もう!」と言ってから二人は大笑いした。

 

「姉さんは結婚したら呉に住むん?」

風呂からあがって縁側で風に吹かれながら兵曹は姉に尋ねた。布団を敷き終えた正代は縁側に歩いてきて、兵曹の横にそっと座った。

「うん。あの人の務めに近いところがええけえ、うちら呉に住む。・・・昭子、上陸したら遊びに来たらええよ」

そう言って正代は夜空を見上げた。初夏の風が吹き抜け庭の草木をさわさわと鳴らしてゆく。兵曹はなんだか寂しいようなどうにもいたたまれないような、不思議な気持ちになってきた。

「姉さんが・・・ほかの家のお人になってしまう」

言葉だけがふわふわと口を突いて出た。一旦言葉が出ると、次々に言葉が出て来た。抑制が効かない。

「姉さんが、姉さんが、よその家の人になってしもうたら、うちは寂しいていけん。母さんも父さんも、さみしいていけん。裕子も、広も・・・」

言いながら涙が驚くほど流れた。驚いたのは兵曹本人だけでなく正代もである。正代はあわてて兵曹を抱きしめて、

「どうしたんね、昭子。あんた海軍軍人じゃろ?軍人さんが泣いたらいけんで?うちは嫁には行くがどこへ行っても昭子や裕子や広子の姉さんじゃ。父さん母さんの娘じゃ。それだけは変わらんから、泣いたらいけんで・・・」

と諭したが正代も泣いていた。兵曹を抱きしめて泣きだした正代に、兵曹はそっと「姉さん、もしかしたら嫁に行くんは嫌なんか?」と聞いた。

すると。

今まで泣いていた正代が不意に顔をあげて

「いやなわけなかろうが!変なこと言うたらいけんで!」

と怒ったのには長妻兵曹は二の句が継げないほど驚いた。兵曹はあまりの意外な展開にしどろもどろになりつつ、

「ほいでもさっきまで泣いとったじゃないね?ほいじゃけえうちはてっきり嫁に行くんが嫌なんじゃないか思うたんじゃ」

と弁解した。正代は「もう、昭子は昔っから早合点じゃけえ、そがいなことでよう海軍さんが務まるわ・・・」と文句を言ったが、急に真面目な顔になると「式は今月の末じゃ。昭子には来てもらえんのが心残りじゃが、写真を送るけえね」というとその場に正座して、

「昭子、今までありがとう。お世話になりました。うちも新しい家で頑張るけえ、昭子も頑張らんとね」

というと深深と頭を下げた。兵曹も正座して「姉さん、うちこそ今までありがとうございました。姉さんのお幸せを心から祈っております。そして、上陸の際にはたまにはお邪魔したい思いますんでよろしゅう」とこれも深く頭を下げて礼をした。

正代はその兵曹の姿を見つめ、

「お邪魔するんは構わんが・・・あの人の前で大食いはしてくれんさんな」

と言い、兵曹は「ねえさんにはかなわんのう」と笑った。そして「ああ、そうじゃ。忘れんうちに」と言って「うちは姉さんの晴れ姿を見られんけえ」といい、白無垢の打ち掛けを着て見せてほしいと所望した。

正代はうなずくと客間から白無垢の打ち掛けを持ってきて、それに手を通した。

「どうじゃね、似合うとる?」

正代の問いかけに兵曹は力強くうなずき、「おお、三国一の嫁さんじゃ。これならその、なんとか言う大尉もご満足じゃろう」と言い、正代に「なんとか言う、じゃのうて斑目さんじゃわ。人の名前はきちんと覚えんさい」と言われたが

「そがいに言うても聞いとらんもん、言えんわ!」

と言い返し、「ありゃ!そうじゃったかね?」と笑い合う姉妹であった。

縁側から五月の夜風が姉妹を包み込むように優しく吹いた。

 

そして、長妻兵曹が『大和』に帰る日が来た。家族が居並んで兵曹を見送る。

正昭が「ええか、軍人として、日本人として恥ずかしいことだけはしてくれるなよ。ええな」と言い、ミツは「あんまり大食いをしたらいけんで?ほいで・・・」と言って兵曹のそばによると小声で「男遊びもええ加減にせんと、嫁にいけんようになるで?わかったかね?」と諭した。兵曹は(母さんの言いつけでも、こればかりは)とは思ったが殊勝な顔つきで「はい、わかりました」と答えた。

そして兵曹は正代に「では姉さん。お元気でええ嫁さんになってください。次にうちが帰って来た時にはもう<斑目正代>になっとりますな」と言って妹たちに「母さんをよろしゅうな」とその頭をごしごしなでて、

「では!」

というと、皆に向かい敬礼をした。兵曹は家族一人一人の顔を網膜に焼き付けるように見つめると敬礼の手を下し、クルリと向きを変えて歩き出した。

見送る家族は、その後ろ姿に静かに頭を下げた。

長妻兵曹は見慣れたふるさとの風景を、空気を体全体に感じながら駅へ向かう。

(うちはこの場所が好きじゃ。家族や近所の人が好きじゃ。これを守るためならうちのちっぽけな命をささげることに躊躇ない。本望じゃ。この場所がずっと、ずっとこのままでいてくれるなら・・・)

五月の風が、そんな兵曹をふるさとの香りでくるんでいった――

 

            ・・・・・・・・・・・・・・

長妻兵曹の休暇でした。きょうだいというものは一人っ子の私にはあまり理解できない部分もありますが大変なあこがれでもあります。わからぬながらも今回は「姉妹」を描いてみました。

いかがでしたか?

次回は増添兵曹です。

 

衣桁にかけた打ち掛け。これを着て長妻兵曹のお姉さんはお嫁に行きます・・・(画像お借りしました)

衣桁にかけた白無垢



スカッパー。残飯捨てですね(画像お借りしました)
スカッパー

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● COMMENT ●

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
最初、長妻兵曹の婚約者でも・・・と考えていましたがこうなりました!
白無垢の花嫁衣装は永遠の憧れです^^。文金高島田に結って、というのが伝統でしたが最近は髪をおろして飾りをつけてみたり(沢尻エリカの結婚のときみたく)、茶髪で白無垢というのもあるそうで「それだけはやめてくれ」と私は娘には言ってあります。
私自身にはきょうだいはいませんが娘たちをみていると「いいなあ」と思いうらやましいです。
しかし私の母は五人兄弟ですが長男とこの10数年、絶縁状態です。きょうだいもたくさんいれば何かと問題があるのかしら?と思います。
きょうだい。義理の仲ならおりますがこれはもうどうにもならん人たちですのであてにも頼りにもしていません。されても困りますしw。
いろんな形のきょうだいがいますね、よくも悪しくも・・・(^_^;)

matsuyama さんへ

matsuyama さんこんばんは!
白無垢の意味、深いですね。自分の結婚の日を思い出しながら書きました。
私がこの家の色に染まったか否かはご想像に・・・ですが、長妻兵曹のお姉さんはいい家庭を築くことでしょう。
そして、長妻兵曹のお嫁入りはまだ先のようです(-_-;)

タイトル

驚きの声はそういうことだったのですか。もしかしたら親の決めた許嫁でも暗闇の奥座敷に座らせていたのかと。
白無垢は女性の憧れでしょうね。最近の傾向はどうなんでしょう。
姉妹のほのぼのとした話。心が温かくなるような情景です。羨ましい。
きょうだいって良いものですね。私は弟と不仲なもので心底憧れます。そしてきょうだい愛というのが理解できないんですよ。まぁ、気の合わない弟の代わりに様々な人たちを手なずけて万端整えておりますが。

タイトル

白無垢を着て結婚式。長妻兵曹のお姉さんもいよいよ嫁ぐ日が近づいているんですね。
女は結婚して他家に嫁ぐ。何の曇り一つない純真な気持ちで嫁ぎ、その家柄に染まる。白無垢はその家のどんな色にも染まります、ということで純白の衣裳なんだそうですね。
まさに正代さんは大尉の家柄に染まろうとしているようです。幸せ色に染まってほしいですね。

オスカーさんへ

オスカーさんこんにちは!
いやいや・・・私は全然しっかりしてないですよ~(^^ゞ
でもよく「男兄弟がいるでしょう」と言われますが・・・なんでだ?w
同性のきょうだい、姉とか妹はほしかったですね。それは私の母親もよく言います、私の母は5人兄弟中女一人で「つまらない、きょうだいの嫁さんなんか結局他人だし」と今もボヤきます。
結婚前の心模様、自分や他の人から聞いた話を参考に書いてみました。
どうも私は情に流されやすいというか、自分の話の中の登場人物に厳しくできません。甘い結末になってゆきますがあの時代をモチーフに書いていると、実際にあれだけひどい目にあった日本人を創作の中とはいえ酷い目にあわせるのははばかられて・・・
悪い奴は悪いやつで出てきますから、これでいいかなあ?
さあ、次回は増添さんですがなんかこれも波乱の予感・・・ガーン。

こんばんは。見張り員さまはしっかりしているので、弟妹のいる長女なのだと思っていました~違ったのですね!! 私は兄がいますが、小さい頃は姉が欲しかったですね~今はいなくて良かったかも、なんて思いますが(笑)
結婚を前にした本人や家族の気持ちが手にとるように伝わってきましたよ~これは見張り員さまの人生経験の豊富さだけでなく観察力もあるのではと思います。人の気持ちの揺らぎに敏感な見張り員さまらしい、説得力のある文章でうんうん、わかるよ~なんて呟きながら読ませていただきました。お話に登場する人たちにはみんなしあわせになっていただきたいです。よろしくお願いしますね(*^^*)


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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