横須賀の花嫁Ⅱ 加東副長の場合〈3〉

『武蔵』副長、加東憲子中佐の結婚の日がやってきたーー

 

雲一つない日本晴れのその日の朝早くから、副長室では数名の下士官たちによって副長を花嫁姿に仕立て上げていた。ドアの前には一人の下士官嬢が「絶対に開けさせてはいけない、すべて準備が整うまで何人と言えど中に入ること能わず」との今日の「着付け長」の命によって見張に立っている。

副長が部屋に入って二時間ほどしたころ猪田艦長が「どうかね、もうできたころではないのかな」と来た時も見張の兵曹は厳しい表情で

「申し訳ありません、まだ入室の許可が出ておりません」

と断ったほどである。そのあとから「どうですかまだでしょうか」と来た鍛冶屋航海長や村上軍医長も猪田艦長が笑いながら「まだだそうだよ、絶対入れてくれないよ」と言うのを聞いて

「ほう、ずいぶん念の入ったことですね。では、その時まで待ちましょう」

と皆連れ立って艦長室へ向かった。

 

そんなころ部屋の中では加東副長がもうほとんど支度を終え、鏡の中の自分を見つめていた。

(これが、私なのですね)

髪はつややかに結い上げられ文金高島田。そして鼈甲のかんざしが差し込まれている。ほんのり白く塗られた顔、唇には紅が引かれ、副長の若さを引き立たせている。そして真っ白な角隠しにその身を包む白無垢…。

かんざしの位置を直して、「着付け長」の大役をつかさどった西村一等兵曹はほっと安どの息をついて

「加東副長、すべてご用意整いました」

と言い、ほかの下士官嬢たちは「おめでとうございます」と頭を下げた。加東副長はそっと椅子から立ち上がるとそれらの下士官嬢の前に

「どうもありがとう。こんなにきれいにしてくださった事、どれほどお礼を申しても足りません。本当にありがとう」

と感謝の意を表した。

下士官嬢たちは改めて頭を下げ「副長の末永いお幸せをお祈りいたします」と言った。嬉しそうにほほ笑んだ副長、着付け長の西村兵曹がドアを開け、見張の下士官嬢に用意が整ったことを告げ、見張の下士官嬢・原田二等兵曹は「では、猪田艦長をお呼びしてまいります」と駆けだしていった。

 

副長が下士官嬢たちと待つ部屋のドアがノックされ、一人の下士官嬢がドアを急いで開けた。外には猪田艦長以下の科長たちがいて

「どうぞ、すっかりお支度が出来ております」

と皆を中に招じ入れた。そして椅子に浅く掛けた花嫁姿の加東中佐を見るなり皆「おお…」「なんてきれいな」「美しい」と歓声を上げた。

鍛冶屋航海長は涙ぐむほど感激して副長の前に膝をつくと

「副長、おめでとうございます。なんて美しい…、瀬戸口大佐は男冥利に尽きますね。こんなにきれいで素晴らしい女性を妻にできるんですから。ああなんだかわがことのようにうれしいです」

と言ってほほ笑んだ。その頬を涙が一条流れ、航海長は慌てて手の甲でそれを拭きとった。

加東副長はその航海長を微笑みで見つめ

「ありがとう航海長。あなたもとてもきれいな花嫁さんでした、そのあなたからそういってもらえるなんて本当にうれしいことです」

と言って航海長の手をそっと取って握った。

その様子を猪田艦長は微笑みを持って見つめていたが

「さて副長、そろそろ時間だからね。甲板に上がろうじゃないか」

と言って副長はうなずいた。介添え役の甲板士官の金子少尉が一種軍装に身を包んで部屋にやってきて

「加東副長、本日はおめでとうございます」

と言って敬礼した。副長はそれに頭を下げて応え

「お世話になります。そして私の留守中よろしく願います」

というと金子少尉は(任せてください)と瞳で応えた。猪田艦長がまず部屋を出、そのあとを金子少尉に手を取られた加東副長が続きさらにそのあとを各科長たちが続いて甲板に上がる…

 

最上甲板は、前から後ろまで、そして艦橋や見張所など人がたてる所という場所に将兵嬢たちが立ち並んで加東副長が出てくるのを今や遅しと待っている。

一人の水兵嬢が

「ああ、早く見たいなあ。副長の花嫁姿。きれいだろうなあ~、いいなあ」

と言って軽く足踏みをする。その隣の水兵長嬢が

「そりゃわが『武蔵』の副長なんだからきれいに決まっているよ。そういえば『大和』の副長も艦からお嫁入りなさったと伺ったが…これから大型艦の副長は艦からお嫁に行くのが倣いになるのかな?」

と言って小首をかしげ、周囲の兵員嬢も「うーん、そうかもしれないねえ。そのほうが素敵だし」と言ってうなずく。

と、一人の士官嬢が前檣楼の扉前に立ち皆は鎮まった。ドアは士官嬢によって開かれ、まず猪田艦長が一種軍装に白手袋、短剣をつって表れそのあとを金子少尉に手を取られた花嫁姿の加東副長が現れると艦上には声にならないどよめきが起きた。

白無垢姿の加東中佐は、舷門近くへと進み向き直って一礼した。そして猪田艦長が金子少尉に代わって副長の手を取ると、二人は艦上をゆっくり一周する。

これは『大和』の副長が嫁入りの際にしたというのを聞いて猪田艦長が「それをしよう、せっかくの花嫁姿をみんなに見せてあげよう」と言って実現したもの。

二人が通るたび、将兵嬢たちの敬礼の手が次々に上がり通り過ぎれば降りる。それはまるで一場の夢のようである。そして横須賀港在泊の艦艇から祝福の発光信号が放たれる。副長はそれらにも頭を下げ、

(どうもありがとう皆さん…皆さんにも大きな幸せが来ますよう祈ります)

と心の中で返礼した。

やがて元の場所に戻った艦長と花嫁は、今度は全艦の拍手で包まれた。そして介添えが金子少尉にもう一度移り、猪田艦長の前に立った花嫁と金子少尉は深々と一礼した。猪田艦長は満面の微笑みで加東副長を見つめて

「とてもきれいです。最高の花嫁です。…末永い幸せを祈ります。金子少尉、よろしく願います。のちほど式場で逢いましょう。では気を付けて。ごきげんよう」

と言った。その艦長にもう一度二人は礼をすると、特製のラッタルを降り、用意された内火艇に乗り込んでいった。内火艇は、『武蔵』の周りを一周した後上陸場目指して穏やかな秋の海を走ってゆく。

防空指揮所でそれを見送った小椋兵曹たち見張り員は

「ああ、いいなあ副長。私も早く結婚したいなあ」

とため息をつき、「そういえばさ」と小柄な見張り員の東海林兵曹がが内緒っぽくささやき、その場の見張り員たちは「なになに?東海林兵曹なに?」と彼女の周りに集まる。

東海林兵曹はちょっと得意げな顔で

「ほら、あの『大和』の見張りの達人・オトメチャンを知ってるでしょう?あの子、許嫁がいるんだって!」

とささやき、見張嬢たちは「ええーっ、あのおぼこで有名なあの子が?ええー、まさかあ!」と叫び東海林兵曹は

「ホントもほんと。『大和』の従姉に聞いたから嘘じゃない」

と言って胸を張る。そしてその場の見張嬢たちは「はあ…いいなあ。私も誰か見合い相手探してもらおうかなあ」とつぶやくのであった。

 

加東中佐と金子少尉を乗せた内火艇は、上陸場に到着した。金子少尉は上手に中佐を内火艇から外へいざない、その場に居並んだ衛兵嬢たちの敬礼の中上陸場のもんへと歩いた。

そしてその先に、瀬戸口大佐の勤め先・横須賀軍需部からの迎えの自動車が来ていて、二人はそれに乗り込み式場へと向かった。

加東中佐の瞳はきらきらと輝き、金子少尉にはそれが嫁ぎゆく者の決意と見え、

(これが花嫁となる人というものなのだな…私はしっかり覚えておこう。自分のその日のために)

と思うのであった。

 

式場はもうすぐそこーー。

 (次回に続きます)

 

 

              ・・・・・・・・・・・・・・・・

いよいよ加東副長の挙式の日です。

『大和』の山中副長のように艦からのお嫁入りです。これ、本当に『女だらけの海軍』の倣いになっちゃうかもしれませんね。

さあ次回はいよいよ挙式と披露宴です!

 

祝典行進曲

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通りすがりさんへ

通りすがりさんこんばんは
すごいおほめにあずかりうれしいです!なんだか恥ずかしいですね^^。これからもたくさん書きますので応援してくださいね、ありがとうございます!

格調高い文章ですね、こんな長文なかなか書けない!
これからも楽しみに待ってます~。
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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