2017-09

横須賀の花嫁Ⅱ 加東副長の場合〈2〉 - 2016.12.18 Sun

瀬戸口大佐は、加東中佐の隣に座るとその片腕をつかみそして、言ったーー

 

「あなたはとてもきれいだしそして聡明な方だと私は思いますよ?そしてそれは『武蔵』の皆さんが思っていることではないでしょうか。だから猪田艦長はそうおっしゃったんだと私は思います。世辞の通用する世界ではないことはあなたが一番ご存知ではないでしょうか、だからあなたはご自分のもっと自信を持ってください。そして…もし差し支えなければあなたをそこまで追い込んでしまった原因、それがわかるなら教えてくれませんか?」

真剣な彼の瞳に、加東中佐の瞳が濡れた。ああ、この人は心底私を想ってくれているというのが中佐の心に伝わった。

そこで彼女は座りなおすと小さく咳払いをしてから

「お恥ずかしい話ではありますが」

と前置いて、以前給糧艦「多羅湖」の助平(すけひら)得露須艦長が催したいかがわしい「副長会」でのことを話した。そして助平艦長の「あなたのメーク、面白いわ。おてもやんね」という衝撃の言葉と『大和』の野村(当時)副長に「あなたとってもきれいね」と言った話をした。

瀬戸口大佐の顔が悲痛に歪み、「なんてかわいそうな」と言って次の瞬間、加東中佐は彼に抱きしめられた。瀬戸口大佐は彼女を抱きしめたままでその髪にほほを当てて

「つらい思いをなさったんですね…そんな辱めを受けてなおひどいことを言われて…傷つくなというほうが無茶です。でも加東さん、もう忘れましょうね。あなたはこれから私の妻になる人、過去の辛い思い出や言葉はすべて捨てて、私と新しい人生を歩いてゆきましょう。大丈夫、あなたはとてもきれいで聡明な女性であり海軍軍人です。それは私が保証します!私は、実は鍛冶屋くんの見合いの時あなたを見てひとめで惚れてしまったんです。あなたの美しさ、聡明さ、そして控えめでありながら感じる存在感。そんなあなたのすべてに惚れこんだのです。

きっと『武蔵』の皆さんもそう思っていることでしょう。そんな素敵な女性を妻にできる私は幸せ者です。ですからあなたもこれからは私のために笑っていてください。――いいですね、これは私との約束ですよ?」

と言った。

加東中佐は瀬戸口大佐の肩にすがると

「ありがとうございます、ありがとう…。私、もう後ろを見ません。前を見て、瀬戸口大佐と一緒にこの先の人生歩いてゆきます」

と言って思い切り泣いた。瀬戸口大佐はうなずいてさらに彼女を強く抱きしめると

「泣きなさい、思いっきり泣きなさい。そしてすっきりして笑ってくださいね」

と言ったのだった。

 

それから一週間ほどして、仮谷改め鍛冶屋実子航海長が休暇を終え『武蔵』に帰ってきた。猪田艦長そして加東副長は舷梯に鍛冶屋航海長を迎えに行き

「おかえり。休暇はいかがでしたか?」

と尋ねた。鍛冶屋航海長は嬉しそうにほほ笑み艦長と副長に敬礼してから

「長いこと勝手をして申し訳ありませんでした。…おかげさまでよい休暇をいただきました」

と言い猪田艦長は「中に入ろう、そして私の部屋で話を聞かせてほしい」と言って三人は連れ立って艦内に入った。

艦長室に入るとまもなく、艦長従兵の兵曹嬢が三人分の紅茶と菓子を持ってきてくれた。艦長は航海長の前に紅茶のカップをそっと置くと改めて

「お帰り航海長。あなたの不在中皆寂しがっていましたよ、もちろん私も」

と言って慈愛に満ちた瞳で航海長を見つめた。加東副長も

「一層綺麗になりましたね。どうですか新婚生活は」

とニコニコして話しかける。鍛冶屋航海長は頬をほのかに赤く染めて、副長を見つめ

「はい。とても楽しい日々です…今までなかったほどの。それから夫と互いの郷を訪ねあいまして両親はもちろん兄弟や親戚とも仲良くなりました」

と言った。加東副長は

「いいですねえ、うらやましい」

と言ったが猪田艦長が即座に「なに言ってるんです、加東さんだってもう間もなく花嫁さんじゃないですか」と言って三人は大きな声で笑った。

そのあと鍛冶屋航海長は

「では科長たちにご挨拶してきます。それから航海科の皆にも」

と言って艦長室を出た。艦長室のドアが静かに閉まると加東副長が

「綺麗になって…。航海長本当に幸せそうでほっとしました」

と言って猪田艦長もうなずいた。そして艦長は副長をひたと見つめると

「さあこんどはあなたの番ですよ。――そういえば加東さん、あなたこのところさらにきれいになりましたね。そして今まで以上に自信に満ち溢れている。何か…いいことがありましたね?」

と言った。加東副長は頬を真っ赤に染めた。そして

「あの…その…、先週瀬戸口大佐にお会いしたんですが、その時に」

とあの日のことを話した。恥じらいつつも彼の言葉を再現する様子に猪田艦長はほほえましさを覚えた。そして

「加東さんもいいご縁を得てよかったですね。瀬戸口大佐はとても良い人です。それは見ただけでもよくわかりました、彼はあなたを幸せにしてくれることでしょう。加東さん、大佐の想いに応えてあげてくださいね」

と言ってから「あ、余計なお世話でしたね」と付け足して笑い加東副長も笑った。

 

そしてその日からさらに二週間後。

明日はいよいよ加東副長の結婚の日である。横須賀の海は明日を祝うかのように穏やかである。初秋の横須賀に祝意が満ちているようにみえ、猪田艦長はその日防空指揮所に立って周囲を見回し、満足そうにうなずいた。

そばにいて哨戒に当たっていた見張り員の小椋兵曹は(いよいよ明日なんだなあ。加東副長いよいよお嫁入り。ああうらやましい)と思っている。明日のお輿入れに関しては、副長が以前から

「『大和』の野村副長のように『武蔵』から嫁ぎたいのです」

と要望を出していたので艦長は快諾し、内務長は「大和」に連絡をして揺れの少ないラッタルを「『大和』の野村副長の時と同じ要領で制作した。

花嫁衣装も昨日のうちに到着し、着付けや化粧のできる下士官嬢が明日はその腕を振るうこととなって居る。

乗組員嬢たちも明日のために一種軍装を寝押ししたりアイロンをかけたりと忙しい、が、おめでたいことなので笑顔が絶えない。明日、最高の状態でお輿入れさえてあげようという意気込みが全艦にみなぎった。

 

その意気込みを加東副長は感じてうれしかった。そして瀬戸口大佐の両親の顔を想った。互いの両親との顔合わせの時副長は本当は不安だったのだ。顔も知らない相手の両親に会うのが本当は怖かった。だが、実際あってみるととても気持ちの良い二人で中佐を見るなり

「なんと美しいひとでしょうか、おい剛三おまはん幸せもんぞ?こんな美しい頭のよか人を娶れるとは…よかったなあ」

と口々に言って加東中佐をほめたたえた。瀬戸口の両親は高齢であったが意気軒昂、母親のキンは中佐の手をやさしくとって

「どうか剛三をお願いいたしもす。剛三は五人兄弟の一番下で甘やかして育ててしまいもした、憲子さんにはご迷惑な息子ではございもすがどうかよろしくお願いいたしもす」

と言って平伏せんばかり、加東中佐は慌ててキンを抱き起すようにすると

「瀬戸口大佐のお母さま、私のほうこそ何もできない女です。瀬戸口大佐と瀬戸口家には迷惑な女かもしれませんが一所懸命務めます。どうかよろしくお願いいたします」

と言ってキンと父親の嘉左ヱ門の前に三つ指つくと頭を深く下げたのだった。それを見つめる瀬戸口大佐の顔は幸せそのものだったのを中佐は鮮明に覚えている。

(明日…私は瀬戸口大佐の妻になる)

加東中佐の心のうちに妻となる決意がふつふつと湧き始めた。

 

その晩は艦長の肝いりで副長の結婚祝賀会が艦長室で各科長を招いて行われた。

林主計長は「明日の晩はお祝いということで皆に赤飯を出します、といってもこれはまだ秘密ですがね」と言ってほほ笑んだ。猪田艦長も嬉しそうにほほ笑んで

「さてでは、乾杯を」

と言って立ち上がり科長たちも倣った。従兵嬢が酒を杯に注いでまわり終わると艦長が

「ここに加東中佐の末永い幸せをお祝いします。乾杯!」

と言って皆も「乾杯」と唱和し杯を干した。加東中佐は「ありがとうございます、幸せになります」と言って杯を干した。

会食が済んだ後、皆は副長室に行って衣桁にかかった花嫁衣裳を見せてもらい「いいですねえ、白無垢」「素晴らしい衣装ですね」「これは明日が楽しみです」などと言って華やいだ雰囲気になった。

皆が部屋を退出する前村上軍医長は加東副長の両手を握って

「副長おめでとうございます。末永いお幸せを心より祈っております。海軍生活と結婚生活の両立はそう難しくはありません…特にお相手が海軍の人ですからあなたの立場を解ってくれるでしょうし、あなたができる範囲のことを一所懸命になさればそれでいいんです。かくいう私も結婚生活は長い方です、最初は艦隊勤務の軍医と経理学校の教官とではどうかという向きもありましたがうまくやっていますよ。だからご心配なく。案ずるより産むがやすしですよ」

と言って握った両手を振った。

副長の瞳が感激に濡れ、「ありがとうございます軍医長。私、やってみせます」と言って微笑み軍医長は「大丈夫大丈夫。あなたなら絶対できますよ」と言ってその体をやさしく抱きしめた。

 

『武蔵』の夜は静かに更けて行った――

 

 (次回に続きます)

 

                   ・・・・・・・・・・・・・

 

不安・悩みは払しょくされました!相手の両親もいい人のようだし、何も言うことはないようです。そして加東さんも山中中佐のように『武蔵』からお嫁入りなさるようです。その模様をどうぞお楽しみに!

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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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