益川中佐、感激する。

内地に帰ってひと月半が過ぎた山中夫妻は、ある土曜日の夕方、大佐の部下の益川中佐を家に招いたーー

 

内地に帰ってすぐの集まりの際、益川中佐は山中夫妻を車に乗せるため酒を一滴も飲めずにいたのを「お気の毒でしたわ、益川中佐。今度我が家にお招きしてあの時の埋め合わせをいたしましょうよ」と次子中佐が山中新矢大佐に言って、その日が決定したのだった。

新矢は、そうした妻の優しさに(なんて気配りのできる人なんだろう、私は次ちゃんを妻にして本当に良かった)とうれしく思いまた、誇りにも思うのであった。

その日は朝から次子がいそいそと支度をし、新矢は「無理をしないように…。嫂さんに手伝ってもらおうか?」と言ったのだが次子は嬉しそうにほほ笑みながら

「今日は私一人にさせてくださいな。せっかく大事なお客様がいらっしゃるんですから、私の料理でおもてなししたいんです。と言っても私それほど料理が上手でないから心配ではありますけど」

と言った。姉様かぶりの姿が深夜にはまぶしく、思わずそばに寄って抱きしめると

「ありがとう次ちゃん。きっと益川君も喜ぶよ、次ちゃんの料理はとても上手だからね。益川君また『結婚したい』が始まるよ」

と言って二人は額をくっつけあって笑った。

と、次子は「あ…」と言って新矢の顔を見上げた。どうしたの?と心配そうな顔の新矢に次子はウフフと笑い、新矢の片手を自分の、妊娠6か月のお腹にそっと当てた。

「あ!赤ちゃんが」

動いた、動いたよと新矢はやや興奮して言い、次子はうなずいて微笑んだ。このところだいぶ胎動がはっきりわかるようになってきていた。が、新矢が工廠に出かけてから動きを感じることが多く次子は(お父さんのいらっしゃるときにもっと動いてちょうだい)と思っていたのだった。

「元気に生まれておいで、みんな待ってるからね」

新矢はそういってまた優しく次子のお腹を撫でた。その手のひらに子供たちの動きが伝わり新矢は「ああ、なんてうれしいんだ」というと次子をしっかり抱きしめた。

 

その日も日が傾いたころ、坂をハアハア言いながら登ってくる一人の男性、それこそが益川技術中佐である。

彼は憧れの山中次子中佐の招きとあって勤務が半ドンで終わったあと普段よりずっとお洒落をして風呂にも念入りに入って、一種軍装も新しいものを用意しさらに、ブラシまでかけてきたのだった。(失礼があってはいけない、あの人は天女のような人だ…天女に失礼をしたらまさに天罰ものだ)

そんな風に思いながら益川中佐は坂を上り、「山中」の表札のついた門の前に立ちエヘンと咳払いをして門をくぐると玄関の前に立ち、そっとノックしようとした。すると扉が向こうからそっと開いて灯りがまぶしい。中から山中大佐と次子中佐がほほ笑みながら顔を出した。

「ようこそ益川中佐」

「ようこそいらっしゃいました益川中佐、さあどうぞおあがりくださいませ」

二人は口々に言って、次子は緊張で固くなって玄関前に立ち尽くしてしまった益川中佐の片手をやさしくとって「さあ…」と中へといざなった。益川中佐はいよいよ緊張して、まるで操り人形のようにぎこちなく歩きながら家の中へと入る。それを見てコッソリと笑う山中大佐――

 

益川中佐は広間に案内された、「ここが一番落ち着きますので」と次子は言って、上座に案内されそこの座布団の上に落ち着いた。

大佐が下座に座ると益川中佐は座布団から降りて「本日はお招きありがとうございます。お忙しい時、またお休みの日にお邪魔して申し訳ございません」とあいさつした。

大佐の横に座った次子が畳に手をついて頭を下げ、大佐は満足そうにうなずいて

「よく来てくれました…。今夜はゆっくりくつろいでください。実はね、今日のことは次子が考えてね…内地に帰ってきた時みんなで料亭に招待してくれた時益川君、運転があるからと好きな酒も飲めなかっただろう?それを次子は気にしていてね…。今日はだれにも遠慮することない、たくさん飲んで食べてほしい!」

と言って益川中佐は大感激した。中佐は感涙を禁じ得ず、瞳を濡らして「…山中中佐」と言ったのへ次子は

「中佐、はやめてください…次子と呼んでください」

と恥ずかしげに言い、益川中佐は「御名前をそのままお呼びしては失礼になります…では奥様とお呼びいたします」と言った。夫妻は微笑んでうなずき、次子は立って料理を運び始める。次々に座卓に並ぶ料理に益川中佐は驚き

「どうか奥様、お座りになってください。これ以上お構いなく願います」

と言った。次子は微笑みながら「さあどうぞ召し上がってくださいませ。お口に合うかどうか…」と言い大きな皿に盛った煮物を卓に置く。

またまた感激の益川中佐である――

 

三人は語り合い食べつくし、男性二人は酒を酌み交わしあう。次子はそれを嬉しそうに見ながら、益川の杯と夫の新矢の杯に酒を注いでゆく。そのタイミングが絶妙で、益川中佐はつい、過ごした。顔を真っ赤にしながら益川は

「いやあ、これ以上飲むと腰抜けちゃいますよ…帰れなくなると困りますから」

と言ったが新矢が笑って「そんなら泊まってゆけばいい。部屋はたくさんあるからね、まあゆっくり飲みなさい」と言った。そばで次子がほほ笑みながら

「そうですよ。ぜひ今夜はゆっくりなさってくださいませね」

という。益川中佐は天にも昇る気持ちになった。

 

その晩も遅くなった。

益川中佐は、だんだん愚痴っぽくなってきた。しかし大佐も次子も真剣に耳を傾ける。

益川は

「どうせ私なんか、結婚できないで終わるんですよ。そうなんだ絶対…。わたしだって幸せになりたいのに。大佐、奥様。私の母はおととし亡くなりましたがその死に際して『トシの嫁さんが一目見たかった』って言って死んだんだそうです。私は死に目に会えませんでしたが、嫂からそれを聞いてもう情けなくて情けなくて…。嫂も心配して見合いの話を持ってきてはくれるんですがなかなかその気になれなくって。――いや過去に一度見合いをしたんですがこっぴどく振られましたんで、もうする気もないんです…でも、ああ私も結婚したい、奥様のような天女を妻にしたい~~!」

と最後は泣いた。

その彼を気の毒そうに見つめていた大佐は

「泣くな益川君!縁には時期というものがある。待てば海路の日和あり、というだろう?待つんだ益川君、そうすればそのうち次子のような妻を娶れる日も来る!」

そういって彼の背中を叩いて励ました。次子は自分を「天女」と言われて恥ずかしかったがうなずいた。益川中佐の焦りとか悲しみが伝わってきてどうにか、なんとかして力づけたかった。

そこで益川中佐の瞳を見つめ

「益川中佐。夫もこう申しております、きっといいご縁がありましょうからお力落としないように…。私どもでもよい人が居ましたらご紹介いたしますから」

と優しく慰めた。

すると、益川中佐の顔が歪んでまた泣き出した。奥様―、と叫んで次子の両手をつかんで泣いた。

「奥様はなんてお優しいんでしょう、やはり天女です。ああ、私も奥様のような人を娶りたい…いや、絶対娶りますーっ」

そういって泣き、新矢大佐はなんだか可笑しくなってしまって下を向いてそっと笑った。しかし次子は

「大丈夫ですよ、大丈夫」

と言ってしっかり彼を励ますのであった。

 

その晩はついに、益川中佐は腰が抜けてしまい山中家に泊まったのであった。

翌朝バツの悪そうな顔で起きてきた中佐に次子は笑顔で「おはようございます、よく眠れましたか?」と言って茶を差し出した。益川中佐はありがとうございます、と言って茶を受け取ってから

「最近ないほどよく眠りました…奥様にはご迷惑をおかけして申し訳なく思います。身重でいらっしゃるのに、お疲れではないかと心配です…昨晩はたくさんおいしいものをいただいてありがとうございました」

と謝りかつ、礼を言った。次子は微笑みながら

「そんな、このくらいなんてことありませんわ。喜んでいただけて良かったです。また、どうぞいらしてくださいませね」

と言い、そこに大佐がやってきて

「おお、益川君目が覚めたかね?よく寝られたみたいだね、顔色もいいぞ。朝飯の前に風呂に入ってきたらどうかね」

と言った。次子も勧めるので益川は風呂に入り、そのあと朝食をとった。深酒の後なので粥を中心としたあっさりめの献立がうれしかった。(やはり私は奥様のような人を貰いたい)

益川中佐はおいしい粥をいただきながら彼は思った。

 

日曜日、午前中のうちに山中家を益川中佐は辞した。

上天気の空の下、益川中佐は丘の上の山中家を振り仰ぎ(ありがとうございます。こんな私をこれほどまで歓待してくださって。このご恩はいつか必ずお返しします。そしていつか、奥様のような天女を娶ります。それまでこの益川、がんばります!)と誓ったのだった。

呉湾に幾隻かの海軍艦艇が浮かび、まるで彼の決意を応援するかのように見える日のことであったーー

 

               ・・・・・・・・・・・・・・・

久しぶり山中夫妻と益川中佐のお話でした。

山中夫妻のもてなしに益川中佐は大喜び。つい「結婚したい」本音が出て泣いてしまいました。

大丈夫きっと益川中佐もいいご縁をつかむ日が来ますから!!

衣桁にかけた白無垢
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森須もりんさんへ

森須もりんさんこんにちは
一種軍装、調べて読んでくだださったんですね!書き手として嬉しいです。尚更場面が鮮明になりますものね^^。

最近では手ぬぐいを頭にかぶるということ自体亡くなったようですよね。私はたまにやりますがいいものですよね。姉様かぶりなんて言葉ももしかしたら死語の部類でしょうか、ちょっと悲しい。

益川中佐きっといい縁があると思いますのでお楽しみに^^。

>日本の原風景のようなシーンがいいですね。
うれしいお言葉です!

No title

まずはブログの中にあることば「一種軍装」を
調べました。
しっかり把握してから読むとますます光景がはっきりしました。

姉様かぶり・・・懐かしいですが
素敵ですよね、わたし、憧れます。


益川中佐もきっと、いいご縁があると思います。
日本の原風景のようなシーンがいいですね。

ponch さんへ

ponchさんこんばんは
お返事が遅れまして申し訳ありません。ごめんなさい。

益川中佐は良縁には恵まれませんが上司に恵まれてうらやましい…現実世界にいる上司に中にはとんでもないのがいますからね。それを想えば素敵です。
良縁は…きっとそのうち思いがけないところから飛び込んでくるでしょう!!

益川中佐にもいいご縁があるといいですね。
益川中佐は今のところ良縁には恵まれてないようですが、
上司には恵まれてると思いました。
現代社会の底辺では良縁にも上司にも恵まれてない人
たくさんいますしね。
自分にも山中中佐のような上司がいたらと思います(´・ω・`)

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは
いろいろとお忙しそうですね、そんな中のコメント感謝いたします!

この『女だらけの~』の中において一服の清涼剤のような家庭です。こんな夫婦がいたらいいな、と思って書いています。常に穏やかで座右に春風が吹いているような、そんな夫婦がいたらどんなにいいだろうかと思います。
益川中佐もこんな夫婦を見たら是が非でも結婚したいと思いますね。彼にいいご縁をつけてあげねばなりません。
そしてそのうち山中夫妻も子供が生まれいよいよ家庭として本格的になってきますのでお楽しみに^^。

白無垢に文金高島田の結婚式。やっぱり日本人ならこの姿で、と思います。楚々とした花嫁姿、見ているものさえ幸せな気分にさせてくれます。

だいぶ寒くなって今日は午前中は雨、午後は止みましたがずっと曇って寒いこと(◎_◎;)…そちらはいかがですか?どうぞ御身大切になさってくださいませね。

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは
そうです結婚とは勢いが大事ですねw。
でも焦っちゃだめですよねえ、焦ってよいことなんかこの世に一つもない気がします。ただ益川さん理想が高い!次ちゃんを目指すなんか正直無謀です。

小泉兵曹…どうかなあw、彼女がオッサン好みならいいんですがw。

こんにちは。
ご無沙汰ばかりで申し訳なく思っています。人生いろいろ……いろいろありすぎて(笑)

山中家の物語はいつも穏やかで優しさにあふれた内容ですね。なんだか安心して拝見できます。
女だらけの戦艦大和のなかで、特にホッとできるお話です。
夫妻の人柄がとてもよくにじみ出たもてなし。決して華美でもなく、押しつけがましくもなく、随所に心遣いが行き届いていて、こんな夫婦が知り合いだったらと羨ましく思います。
益川さんが憧れ、そして結婚に焦るのも当然ですね。
お腹の赤ちゃんも順調のようで美男美女のふたりのお子の誕生が待ち遠しいです。
白無垢、きれいですね。今も昔も無垢でもない人でもまずは着て新たな人生のスタートを切るような。それもまたよいことかもしれませんね。リセット!!(笑)

季節の大きな変わり目です。くれぐれもご自愛ください。

益川さん結婚は勢いですから、ただ万事うまくいくかどうかはその人次第。
焦るとろくなことないですから、そこは慎重に。
ただ次ちゃんクラスの良縁を目指してしまうと、それこそ一生・・・・。

小泉さんも更生?しつつありますし、益川さんさえよろしければですけども。
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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