2017-09

乙女の涙 2〈解決編〉 - 2016.10.22 Sat

トレーラー水島に、珍しく大雨が降り出したーー

 

雨が降り出す数分前に診療所に帰り着いた繁木航海長と杉山少佐は、迎え出た看護兵曹嬢から「おかえりなさいませ。『大和』から梨賀大佐と森上大佐がお越しです」と聞かされ、応接室に入った。

二人が入ると梨賀・森上両大佐は立ち上がって「お久しぶりです。杉山少佐、このたびまたお世話になりまして…。繁木さん元気そうで安心しましたよ」とほほ笑んで迎えた。

杉山少佐は繁木航海長をソファに座らせ自分もその横にそっと座ると

「いやいや…おめでたの方を御二方も迎えることができてうれしいですよ。産科医師冥利に尽きるというものです」

と言って嬉しそうに笑った。航海長も

「杉山少佐には大変良くしていただいて、快適に過ごしております。なんだか本当のお母さんみたいで、安心できるんです」

と言って少佐を見てほほ笑む。それは良かった、と梨賀艦長が言いそれを合図のように軍医少佐は「私はちょっと外しますがどうぞごゆっくりなさってください。…ああ、大事なことが後になってしまいましたが繁木大尉は妊娠の経過は至極順調です。悪阻も中程度の強さで日によっては強弱ありますが、比較的安定しています。食事はあまりとれないようですが健康状態は良好です。今は好きなものを召し上がっていいですよ、食べられないことを気に病まないようにして気を楽に。そして…内地への帰還の時期ですが、今月中にはお帰りになれると思います」と説明した。そして少佐は部屋を出て行き入れ替わりに二人の看護兵曹嬢が紅茶と菓子を持って入ってきた。

三人は礼を言って受け取ると香りのよい紅茶と西洋菓子をいただいた。航海長も「今日は気分が良いです」と言って嬉しそうである。

窓の外が暗くなり、大粒の雨がガラス窓をたたき始めた。

ふと繁木航海長が艦長と参謀長の顔を等分に見て

「そ言えば艦長。私先ほど散歩の途中オトメチャンを艦隊司令部のところで見たんですが…どうして彼女があんな場所にいるんでしょうか」

と言った。艦長は噂話として<桜本兵曹は、小泉兵曹の釈放を願いに上陸のたびに司令部に行っているらしい>という話を耳にしていた。

が、その話を今繁木大尉にすべきではない。

梨賀艦長は「まさか、なんでオトメチャンが司令部に行くんです?それはね繁木さん、見間違いってやつですよ」とこともなげに笑って言ってのけた。森上参謀長も「そうだね、彼女が司令部に行く理由がないよ」といい、航海長も

「そうですよね、私の見間違いですね。ちらっと眼にしただけだから似てる人をオトメチャンと思っちゃったんでしょうね、やだわ私ったら、こんなおっちょこちょいなら赤ちゃんもおっちょこちょいになっちゃうかもしれませんね」

と言って笑った。

 

外は雨が激しい。

普段のスコールとは違う降り方である。『大和』の天辰中尉は「低気圧ですね。珍しいですがたまにこういうことがあるんですね。いつまで降るかって?そうですねえこの分だとあと三時間は降るかもしれませんよ」と言って将兵嬢たちは「やった!浴びるぞ」と言って裸で露天甲板に飛び出して行く。

将兵嬢たちは滝のような雨を浴びながら「ああ、ええわあ…。なんて気持ちええんじゃろう」と恍惚の表情を浮かべている。中にはオスタップを持ち出してきて雨水をためる兵隊嬢の姿もちらほら。

 

その同時刻。

桜本兵曹は艦隊司令部の玄関前の地面に両手をついてこうべを垂れ、激しい雨に打たれていた。雨は彼女の全身を容赦なく濡らし叩く。雨で跳ねた土が彼女の軍装を汚していく。オトメチャンの涙は、雨に流される。

衛兵嬢は困ってしまって自分も雨に濡れながら桜本兵曹の傍らに膝をついて

「あなた。どうやっても無駄です。司令にはお会いできませんし小泉兵曹にも会わせることはできません。こんなことをしていたら風邪をひいてしまいますよ、さあ早くお帰りなさい?」

と言ってその肩をゆすった。

が、桜本兵曹は

「どうか、どうか小泉に会わせてつかあさいー!」

と下を向いたまま泣いて叫ぶだけである。衛兵嬢はなすすべなく、玄関内に引っ込むと同僚の兵曹嬢に

「気の毒な…。ああして上陸した日には必ず来て『小泉を出してやってくれ』『わるいにんげんではないから』って土下座して頼むんだよ。なんだか気の毒で見てられないわ」

と言って悲痛な表情で外を見つめた。その服の裾からは雨水がぼたぼたと滴り落ちている。

そこに

「どうしたね、何かあったのか」

と小山田司令がやってきて、衛兵の兵曹嬢は訳を話した。すると司令は「ああ、あの子か!」と声を上げ衛兵嬢は「ご存じだったのですか司令」とびっくりしたように言った。うなずいた司令は、桜本兵曹がこの二週間ほどたびたび姿を見せて、衛兵嬢に帰るように言われるとしばしのあいだ悄然としてその場に立ち尽くしていたその姿を見ていたのだった。

そして今日…

司令はうんうんとうなずくとふいに踵を返してもと来た廊下を歩いて行った。そして小泉兵曹の入っている部屋の鍵を、見張の兵隊嬢に開けさせた。

「小泉兵曹、ちょっと来なさい」

司令にじかに声をかけられ、小泉兵曹は全身に警戒感を漂わした。見張当番の兵嬢が小泉兵曹の腰に素早くなわをくくった。縄の端を当番兵嬢が持ち、引きずられるように小泉は司令の後をついてゆく。

夕方のように暗くなった廊下、窓をたたく激しい雨に小泉兵曹は(えらい雨じゃな…ほうじゃ、この大雨なら水浴びを皆してしとるころじゃろうな)と思った。

そしてその脳裏によみがえったのは、『大和』に初乗務して初めてトレーラーに来たときの「スコール浴び方用意」で当時まだ上等水兵だった桜本と大はしゃぎして石鹸まみれになった思い出。

「…オトメチャン…」

小泉の唇がかすかに動いた。やがて司令は玄関先を見通せる窓の前に小泉を立たせた。そして

「見てごらん」

と外を指さした。激しい雨の中に、誰かがうつ伏しているように見え小泉兵曹は窓に顔を張り付けるようにしてそれに見入った。

はっ、と息をのむ音がして次の瞬間小泉兵曹は

「お、オトメチャン…!」

と小さく叫んでいた。そして両手を窓ガラスに当ててどんどんと叩いたがその手を小山田司令はそっとつかんで止めさせた。司令は雨の流れるガラス窓の外を見つめたまま

「あの兵曹は小泉兵曹がここに来てから上陸のたびにああして玄関の前で『小泉兵曹を出してやってください』『小泉兵曹は悪い人間ではない、どうか出してやってください』と懇願していたんだよ。私に会わせてほしい、小泉兵曹にひとめでいい合わせてほしいと言ってね。貴重な上陸の時間を割いてだ。そして今日もこの雨の中ああして雨に打たれている。――どうだね、小泉君。あなたのことを想って雨に打たれ泣いている人のことを想ったら、もういい加減なことをしていいとは思わないでしょう?どうか、改心してきちんと軍務に励んでほしいと思うんだが…」

とつぶやくように言った。小泉兵曹は雨水の流れるガラス窓にすがると「オトメチャン…オトメチャン…うちがあほじゃった…オトメチャン」とうめくように言って、絞り出すような声で泣き始めた。司令は、床に頽れて泣く小泉兵曹の肩に手を置くと

「いい友達がいるのに、もったいないよ。大事にしなさい。あの子の思いにきちんと応えなさい。今までのこときちんと反省し、元に戻りなさい。いいね?」

と優しく諭した。小泉兵曹は泣きながら「はい、わかりました。うち、まちごうてました。自分の思い通りに人生行かんからって、上手いこといっとる桜本をねたんだりして、ほいでひねくれて軍務をおろそかにしたりして…。その上うちは、口先だけうまいこと言うたらみんなが騙されてうちを解放してくれる思うて…うちは本当に悪党です。ほいでもうち本当に反省しました。本当に…艦のみんなにすまん事をしてしまいました…」と司令の足にすがるようにして言った。

小山田司令は厳しい顔を作って小泉兵曹の前にしゃがみその肩をしっかりつかむと

「信じていいのだな?もしまた同じことをしたときは…わかっておろうね」

といい、小泉兵曹は「もう決して致しません」と宣言した。

その外では、まだ桜本兵曹が涙にくれながら土下座を続けているーー

 

それから数日ののち、『大和』艦長宛てにトレーラー艦隊司令小山田イツ少将から小泉兵曹を釈放するという旨の知らせが届いた。艦長は急いで上陸し小山田司令と逢った。

司令は、小泉兵曹が本心から今回のことを悔やんで改心したことを報告し「今後同様の事件を起こしたときは軍法会議に掛けられても不服を言わない」旨を誓約したと言った。

そして

「小泉兵曹を改心させたのは桜本という兵曹のおかげですな。桜本兵曹は上陸のたびここで小泉を許してほしいと地面に顔をこすりつけんばかりにしていましたからね。あの大雨の日、泥に汚れながら土下座している桜本兵曹を見てさすがの小泉兵曹も心を動かされたのですね。あれを見聞きして改心しなかったらそれは本当の〈悪党〉ですよ」

と小泉兵曹の言葉をちょっとだけ借りて言い、梨賀艦長は「やはり…あの噂は本当だったのですね」とうなずいた。

 

さらにその三日後、小泉兵曹は司令部の一室から解放されて『大和』に帰艦してきた。

最上甲板で出迎えたのは桜本兵曹他の配置のものたちで、桜本兵曹は周囲の目も気にしないで「小泉兵曹!」と叫んで抱きついてきた。小泉兵曹もオトメチャンを抱きしめ、

「すまんかった、本当にすまんことをした…ごめんなあオトメチャン、うちはオトメチャンにえらい心労をかけてしもうた…。ほいでほかのみんなはうちを許してくれるじゃろうか」

と言って泣いた。

オトメチャンも泣きながら

「もうええ、もうええんよ。みんなも小泉の帰りを待っとってなけえ、誰ももう怒っとらんで?じゃけえまた仲ようやろうな…小泉」

と言って二人は涙にぬれた顔を見合わせてほほ笑みあった。それを見ていた分隊長、分隊士ほかの瞳もいつしか濡れていた。

 

乙女たちの涙は、くすんだ心の埃をすっかり洗い流してすがすがしいトレーラーの海と空の色を映し出していた――

 

             ・・・・・・・・・・・・・・・・・

どうなることかと思った小泉兵曹の事件も、オトメチャンの行動で無事終息しました。この上はもう、決しておかしなことをしないで仲良くやってほしいものです。

さて次回は??
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● COMMENT ●

森須もりんさんへ

もりすもりんさんこんばんは
お返事遅れましたことお詫び申し上げます、ごめんなさい!

人を信じること、そして人から信じられることって宝物にも等しいと思いますね。そんな友達、一人は欲しいものです。

乙女の涙、なんだかとっても美しいものに感じます。

ときどき私、自分のこの世界の夢を見ることがあります。覚めてほしくない夢の一つですw。

いい結果でよかった。

こういうピュアなドラマ、久々な感じです。
爽やかですね。
「乙女の涙」いいタイトル!

やっぱり、この物語の世界にわたしも、はいりたいなあ。

ponch さんへ

ponchさんこんばんは
一件落着でございます^^。
オトメチャンと小泉は長年同じ釜の飯を食った間柄、ねじれた心もいつか必ず修復できる。互いの生まれや育ちに違いはあっても分かり合える稀有な存在です。
確かにオトメチャンお人よしかもしれません。でもそこまでなれる相手がいるというのがうらやましい…。

小泉さんもわがままな部分はあってもホントの「ワル」ではないです^^。

オトメチャンの岩をも穿つ一心が小泉兵曹の心を頑なにしていた岩を打ち砕いたんでしょうか。
この一件はこれで一件落着と見ていいんでしょうか。
自分を妬んで足を引っ張ってた人のために、ここまで身体を張るオトメチャンはお人好しもいいところですよね。
自分にはちょっと無理です(^-^;)
小泉兵曹は本当に改心したのでしょうか。
性格の悪い人間だと恩を着せられたと思って、逆恨みする人もいますからねー┐(´д`)┌
小泉兵曹はそこまで性格は悪くないとは思うんですけど。

おっちゃんさんへ

おっちゃんさんこんにちは
あのままひねくれていたら内地送還の上軍法会議に掛けられて不名誉な除隊となって居たかもしれないと思うと、同期の桜のオトメチャンの存在はありがたいものですよね。
人って純粋なもの、一途に自分を想ってくれるその心にはそむけない、そう思いますしそうあってほしいなあと思う昨今です。
>途中、思わずうるっとさせられてしまいました。
このお言葉、書き手にとっては最高のお褒めです。ありがとうございます!!

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんにちは
これで〈悪党〉小泉の汚名を返上できたらいいと思うのですが、まあ彼女のことですからどうせまた男がらみの事件でも起こすんでしょうねw。そうなら無いよう見守ってやってつかあさいww。

この抜けるようなトレーラーの青空ですが曇ることが無いよう祈るばかりですね。アメちゃん嬢もただ負けるわけにはいかん!と言っているようですから…
ま、なにがあっても「鎧袖一触なけえあんしんしとり」と小泉さんあたりは言いそうですね。慢心しないよう言っておかないといけませんが…

こんにちは

小泉兵曹、大和に戻れてよかったですね。
オトメチャンの純真な気持ちが小泉兵曹を目覚めさせましたね。
やはり同期の絆でしょうか。
途中、思わずうるっとさせられてしまいました。

これで悪党の?小泉さんも見納め?さすがに軍務をおろそかにはしないでしょうが、トラブルメーカーと言えば彼女の代名詞ですから、今後も様々な事件には関わっていきそうですね。

トレーラーの青空がいつまでも続くことを願ってやみませんが、最近なりを潜めているアメ嬢たちの攻勢があるやもしれませんね。新生桜本・小泉のタッグにはかなうものはないと思いますが。

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは
いや~泣かせてしまいましたか…
この話も何度か練り直しました。やはりオトメチャンはこうでなくてはいけないと思いまして(;'∀')。小泉兵曹もあまりなところがありましたが周囲がだんだん身を固めてゆく中で焦りもあるだろうし、その辺をオトメチャンもわかって嘆願したのでしょう。
第一海兵団からの友人ですから気心も知れているはず、単なる友人以上の思いがあるのですね。さあ、今後どうなってゆくでしょうか、ご期待ください!

〉豊かなみのりの時期
うれしいですね!最高のお言葉です、ありがとうございます!
最近疲れた疲れたとか言いながらも創作意欲はあってあふれるほどです。いろんな私の経験や聞いた話読んだ話を織り交ぜて書いてゆきたい、そう思っております。これからもどうぞよろしくお願いいたします!!

こんばんは。
見張り員さまったら……おやぢ、泣かせてどうするつもり?ですよ~オトメちゃんの健気さに泣ける……!!
♪ベスト・フレンド ベスト・フレンド 大切なひと いちばん身近な 僕のベスト・フレンド
これは反抗期の子どもが母親に向けた気持ちだけれど、読み終わった後にSMAPの歌声が聞こえてきましたわ……。
相手を思う気持ちの伝え方、受け止め方ってそのふたりの関係性により、それぞれ違うと思いますが、オトメちゃんはずっと本当のかわいい小泉さんをわかっているし、信じているんだなぁと胸がアツくなりました。本当に素敵なお話! 見張り員さまが今までたくさん経験してきた、楽しいことも辛いこともみんなみんな作品の糧になり、豊かなみのりの時期がやってきたんだ……と思ってしまうくらい、最近の作品は奥深いし、登場人物への愛を感じます。みんなみんな幸せに……といつも願わずにいられない、魅力的な乙女たちばかりで……。これからは嬉し涙をたくさん流してほしいです。
本当に素敵な物語をありがとうございました(´∇`)


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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